01. 2014年9月26日 05:16:19
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http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20140925/271702/?ST=print「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」 蟻族の新たな巣、「北四村」探訪記 流浪する高学歴ワーキングプアたち 2014年9月26日(金) 北村 豊 古巣の“唐家嶺村”を追われた“蟻族”はその後どうしているのか。久方ぶりに訪れた北京で筆者は蟻族の新たな巣を探訪した。そこには貧困にもめげず、明るい未来を夢見て懸命に生きる高学歴の若者たちの姿があった。 蟻の巣のような小部屋から都市へ通う高学歴者たち ところで、蟻族とは何か。2012年出版の『“現代漢語詞典(現代中国語辞典)”(第6版)』には、「“蟻族”」という新語が採録され、「高等教育を受け、都市と農村の結合部あるいは都市近郊の農村に集まって住み、大都市で就職して働く若者」を意味するとある。蟻族という言葉は、2009年9月に当時“北京大学”の博士研究員であり、現在“対外経済貿易大学”の教授である“廉思(れんし)”が、北京で高学歴ワーキングプアたちの実態を1年9カ月にわたって調査した結果を取りまとめて出版した本の書名『蟻族:大学卒業生が集まり住む村の実録』<注1>に由来する。 <注1>2009年11月6日付本リポート「“蟻族”急増中、大学は出たけれど…」参照。なお、廉思著の『蟻族』は、2010年9月に日本語訳本『蟻族 −高学歴ワーキングプアたちの群れ』が出版されている。 廉思が2008年から行った実態調査の主たる対象地域は、北京市の西北部にあり、“五環路(環状5号線)”の外側に位置する“海淀区西北旺鎮”の“唐家嶺村”であった。当時の唐家嶺村には北京全体で10万人を数える蟻族の半数に当たる5万人ほどがひしめきあって暮らしていた。彼らは明日への飛躍を夢見て、1日2回の食事、市中心部にある職場までの往復4時間のバス通勤などという過酷な生活に耐えて、家賃と生活費が安い唐家嶺村に集まって暮らしていた。彼らが唐家嶺村に集まったのは、自然発生的なもので、誰に命じられたものでもなかった。彼らの住み家は地元民である農民たちが違法に建築した安普請のアパートで、アパートの中は蟻の巣のように小さな小部屋が並んでいたのだった。 廉思の著作『蟻族』が評判となり、“蟻族”という言葉が流行語になった2009年の11月頃、海淀区のNo.1である区党委員会書記の人事異動があり、新たに任命された書記は唐家嶺地区の全体整備および旧村改造作業の実施を打ち出した。その最大要因は多くの安普請のアパートが極めて狭い間隔で建てられていることにあり、万一にも火災が発生したら大惨事を招きかねないばかりか、海淀区指導部の責任が追及される可能性があった。その責任を回避するためには、違法建築を理由に、蟻族の住む安普請のアパートの取り壊しは不可欠であった。こうして唐家嶺村に居住していた蟻族たちは、家主から一斉に安普請のアパートからの退去を要求され、2010年5月の取り壊し開始を前提に次々と唐家嶺村からの移転を開始した<注2>。 <注2>2010年4月23日付本リポート「北京最大の“蟻族”集落はどこへ?」参照。 こうして唐家嶺村に居住していた蟻族の3分の1が移転したのが、唐家嶺村からさらに奥地の“昌平区回龍観鎮”にある“北四村”であった。北四村は“史各庄村”、“東半壁店村”、“西半壁店村”、“定福黄庄”の4カ村を統合して出来た村で、蟻族を含む“外来人(よそ者)”が9万人住んでいる。北四村の傍には地下鉄「昌平線」<注3>が走り、「“生命科学園”」という名の駅が、彼らの主要な交通機関となっている。 <注3>地下鉄「昌平線」は2010年12月30日に第1期(西二旗−南邵:21.3km)が開通したが、第2期(南邵−澗頭西:10.6km)は2015年末に開通予定。生命科学園駅は始発駅である西二旗駅の次の駅。 地元民6000人、蟻族など外来人9万人 2014年7月28日の夜9時30分、国営テレビ局“中央電視台(中央テレビ)の報道番組『“新聞(ニュース)”1+1』は、「青春、雑踏の中を出発」という標題で、北四村に住む蟻族たちの特集を放送した。同特集が報じた要点を列記すると以下の通り。 【1】北四村の総人口は約9万6000人、このうち地元民の人口は6000人であるのに対して外来人の人口は約9万人で、その比率は1:15となっている。これら地元民の多くが自身の土地にアパートを建設し、外来人たちに部屋を貸すことで生計を立てている。地元民が7階建のアパートを建設する費用は200万〜300万元(約3500〜5300万円)だが、この費用は大体3年程度で回収が可能である。 【2】北四村にはそうした貸部屋が9万2000室あり、その1室当たり月額の最低家賃は窓の無い部屋なら260元(約4600円)と極めて安価である<注4>。北四村は家賃が安いだけでなく、あらゆる物価が安い上に、地下鉄の生命科学園駅が近くて交通が便利である。 <注4>北京の環状3号線付近であれば、トイレと炊事は共同の“1室1庁(1LD)”でも家賃は3000元(約5万2500円)以上だから、260元は超格安といえる。 【3】2013年に廉思の所属する対外経済貿易大学が発表した『北京“蟻族”青年群体 2013年調査報告』(以下「2013年調査報告」)によれば、北京の蟻族の居住面積は平均6.4平方メートルであり、家賃の平均は518元(約9000円)であった。北四村の最低家賃260元はその平均額の半額である。 【4】北四村に居住する外来人口の半分は大学卒業の学歴を有する22〜35歳の青年である。一方、2013年調査報告によれば、北京の“蟻族”の学歴は、高等専門学校卒業が40.5%、大学卒業が43.9%、大学院卒業が7.4%であった。廉思によれば、2009年に著作『蟻族』を出版した当時は、北京の蟻族に占める大学卒業学歴者の比率は31.9%を占めるに過ぎなかったし、大学院卒業の学歴はわずか1.6%であったという。両者の比率が共に増大していることは、高学歴が蟻族からの離脱を促進する理由にはならないことを示している。 毎朝、乗車待ちの列は2キロメートル 【5】今年6月に河北省“邯鄲市”にある大学を卒業した同級生7人は一緒に北京へ出て来て北四村に住むことにした。彼らのクラスは約60人だが、そのうちの十数人が北四村に住んでいるという。彼らは家賃500元(約8800円)の部屋を3人で、家賃700元(約1万2000円)の部屋を4人で借りて共同生活している。その中の1人である“王玉成”の生活を分析すると、市中心部にある勤務先までの出勤は地下鉄を2回、バスを3回乗り換えて1時間20分かかる。勤務先の周辺で住居を探せば最低でも1500元(約2万6000円)かかるが、北四村なら同級生との共同生活なので家賃は200元(約3500円)前後で済む。月給は試用期間中が2000元(約3万5000円)、正式採用後は3500元(約6万1300円)だから、家賃が安いことは大いに助かる。家賃、交通費、食費の合計は月に1500元ほどで済み、正式採用後は残りを衣料、雑費、実家への仕送りなどに当てることが出来る。現状では許容可能な家賃は500元だという。 【6】王玉成は地下鉄で出勤しているが、毎朝生命科学園駅から地下鉄に乗車するのは並大抵のことではない。毎朝の出勤時間には約1万人が生命科学園駅から市中心部へ向かい、最盛期の7時半頃には乗車待ちの人々が延々2キロメートルもの列を作る。電車に乗るには30分位、列に並ばなければならないのである。 さて、筆者は9月9日に地下鉄を乗り継いで生命科学園駅に降り立った。思いつくままにその時の印象を述べると以下の通り。 各地の料理店がひしめき、安価で味を競う (1)地下鉄「昌平線」は地下鉄と言いながら、その大部分が地上の高架上を走り、生命科学園駅も高架上にあった。駅舎を出て地上に降り立つと、そこには鉄柵が何列も並び、朝のラッシュ時にこの鉄柵に沿って黙々と行列を作る人々の姿が想像できた。駅舎を背にして周囲を見渡すと、左側の少し離れた場所には日本から進出したイオンモール(“永旺国際商城”)があるだけで、あとは500メートル位先まで塀で囲まれたマンションの建設予定地が続いていた。塀が途切れる辺りにビルやマンションが数棟建っているが、それ以外には北四村らしき場所は見当たらない。肝心な北四村は一体どこにあるのか。駅前の物売りに尋ねたが、北四村など知らないというが、たまたますれ違ったマンションの工事関係者に尋ねてようやく分かった。駅から塀に沿ってまっすぐ進むと道路に突き当たるが、その道路の向こう側が北四村なのだという。 (2)強い日射を浴びながら駅舎から歩くこと5〜6分で道路に到着。道路の向こう側にはどこから出てくるのか大勢の人々が慌ただしく行き交っている。何だろうと思いつつ時計を見ると正午である。道路を渡ってみると、そこには露天の弁当屋が軒を並べ、人々が思い思いに昼食を買い求めていた。その先をさらに進むと、北四村の入り口があり、4メートルほどの道幅の両側に商店が軒を連ねていた。最初に目についた携帯電話店に入って女店主と雑談しつつ出身を尋ねると、山西省だという。ここには山西省出身者が多いのかと問うと、(北京市に隣接する)河北省の出身者が一番多いとのことだった。 (3)店舗のほとんどは食堂で、四川、雲南、甘粛、湖南、山西、安徽など各地方の料理が味を競っている。大多数の人々が出勤している平日の昼間であったが、昼食時であったこともあり、どこの食堂も満員の盛況であった。また、食事をしている客の中には、夜の勤務を待つのか女性たちが多かったのも印象に残った。まっすぐに伸びる通りを進むと、八百屋、果物屋、クリーニング店、薬局、雑貨店、携帯電話店など、生活に必要な物は何でも売っているし、その価格は市中心部に比べて相当に安いように思えた。 北四村のメインストリート(筆者撮影) (4)こうした店舗のビルの1階部分にあり、2階以上は全てアパートになっている。その後にあるビルもアパート、さらにその後もアパートが立ち並び、路地に入ると、道幅1メートルもない道路が続いている。一体どれだけのアパートが建っているのか、見当もつかないが、アパートは高いもので7〜8階建てである。そうしたアパートの間に“大鵬鳥双語幼児園(大鳥バイリンガル幼稚園)”があった。園児たちの姿は見えなかったが、狭小な場所で共稼ぎの親たちに便宜を提供しているのだろう。
アパート群の中にあった幼稚園(筆者撮影) 蟻族から抜け出るのは、容易ではない
(5)アパートの壁には至る所に“公寓出租(アパート貸します)”の広告が張られていた。北四村全体で貸部屋が9万2000室もあり、一方では1部屋で数人が共同生活しているケースが多いので、空室率は意外に高いのかもしれない。広告には具体的な家賃が書かれていないものが多かったが、生命科学園駅へ戻る途中に見た広告には、“一居(1LD)”700万〜800元(約1万2300〜1万4000円)、“二居(2LD)”1200〜1800元(約2万1000〜3万2000円)とあり、さらに「独立キッチン、ベッド・洋ダンス・テーブル・椅子附属、熱水器付、インターネット配線有り、無料駐車場」と好条件がうたわれていた。この条件が果たしてどこまで本当なのかは分からないが、いずれにせよ“三環路(環状3号線)”以内の市中心部に比べて家賃が大幅に安いことは間違いない。 すでに老朽化しているアパート(筆者撮影) (6)北四村に集まり暮らす蟻族たちが、収入増によって、少しでも早く蟻族の身分から脱却することを祈りたいが、上述した中央テレビの「新聞1+1」の特集には、蟻族からの脱出が叶わぬままに30代後半を迎えた夫婦の姿があった。夫婦の収入は合わせて4000元(約7万円)、このうち家賃に1000元(約1万7500円)が消え、子供1人を抱えた夫婦はぎりぎりの生活で、到底今の生活から抜け出せそうにないように思われる。社会格差が拡がり、貧富の格差が顕著なものとなっている今の中国で、蟻族から抜け出せるのは恐らく飛びぬけた能力を持つ一部の人たちだけなのではないだろうか。蟻族の大部分が高学歴であるからこそ、彼らが感じる悲哀と社会矛盾はますます大きなものとなって行く可能性がある。
「新聞1+1」の特集は、最後の部分で次のように述べていた。 【A】北四村のアパート群はそのほとんどが違反建築で、電線が交錯して張り巡らされており、住人が多過ぎることから、電気負荷の超過により出火する危険性が大きい。これに加えて、アパートの多くは消防車も入れない細い路地に沿って建てられていて、一度火災が発生すると消火活動が困難を極める。さらに、アパート内の廊下には大量のゴミ堆積していることが多く、火災発生時に消火活動が容易でない。北四村では過去2年間に3件の火災が発生しており、火災防止の観点から、現在の違法建築群をそのまま放置しておくことは難しい。 5年以内に区画整理、通勤はさらに厳しく 【B】北四村はすでに北京市の“工業園区(工業団地)”計画に組み入れられている。従い、北四村は今後5年以内に区画整理が行われるので、現在のアパート群は早晩取り壊されることになる。そうなれば、現在の住民や商店は北四村を立ち退かなければならず、北京市中心部からさらに遠い場所へ移らなければならなくなる。北四村でも市中心部まで出勤するには1時間以上かかるのに、住居がさらに遠くなれば、朝の出勤はより早く、夜の帰宅はより遅くなるのは必定である。 ところで、北京市地下鉄の運賃は過去7年間にわたってどこまで乗っても2元(約35円)という定額制が取られていたが、来年にもこの定額制は乗車距離に応じて運賃を定める距離制に改正される。そうなれば、北京市中心部から遠くに住む蟻族たちの交通費は大幅に増大することが予想される。2010年の唐家嶺村に続いて、北四村からも数年以内に退去を余儀なくされるであろう蟻族には新たな苦難が待ち受けている。 筆者は北四村を探訪した翌々日の9月11日の夜9時過ぎに、改めて地下鉄「昌平線」に乗って終点の南邵駅まで行ってみた。始発の西二旗駅で電車を待つ人々は一様に一日の仕事に疲れ果てて無表情であり、電車の中では誰も無口で、昼間の活力に満ちた様子とは異なっていた。北四村のある生命科学園駅では多数の乗客が下車したが、彼らの足取りは日々の重圧に耐えるかのように重く思われたのだった。 このコラムについて 世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」 日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。 |