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【周永康事件の衝撃(上)】周永康氏失脚劇 引き金は習近平氏、江沢民氏が激怒した事件
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140803/frn1408030700001-n1.htm
2014.08.03 夕刊フジ
習近平体制が発足してから1カ月もたっていない2012年12月6日。中国共産党の党紀違反を取り締まる中央規律検査委員会のホームページに「李春城・四川省党委員会副書記が重大規律違反容疑で取り調べを受けている」という知らせが掲載された。党関係者の間で衝撃が走った。
唐の詩人、杜甫は「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という意味の詩を残した。中国共産党内の権力抗争でいつも使われる手法でもある。大物政治家を失脚させるのに、まずその周りから粛清し、丸裸にしてから本丸を攻めるやり方だ。
「李氏を突破口に、新政権は周永康を狙っている」。そう感じ取った党関係者は少なくなかった。李氏が、胡錦濤政権で序列9位の大物政治家である周・前党政治局常務委員(71)の側近ということはよく知られていた。
李氏失脚から間もなくして、蒋潔敏・国有資産監督管理委員会主任、李東生・公安省次官ら周氏の腹心といわれる人物が次々と拘束されていく。中国メディアの統計によれば、今年7月までに周氏の元部下や親族など300人以上が拘束されたという。
そして李春城氏からスタートした周氏失脚劇は、今月29日に終了した。約600日もかかった計算になる。
習国家主席はなぜ、ここまでして周氏を追い詰めなければならなかったのか。
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共産党筋はその理由を以下のように説明する。
周氏は2010年11月に重慶市を訪問した際、同市党委書記だった薄煕来氏と会談した。薄氏は当時、幼なじみだった習氏が党最高指導者の候補に選ばれたことに大きな不満を抱いており、習氏の能力を否定する発言を繰り返したという。
すると周氏も薄氏に合わせて習氏批判を展開した。その会話を、薄氏の側近で同市副市長だった王立軍氏がひそかに録音していた。王氏は12年2月、四川省成都市にある米国総領事館に亡命しようとした際、その録音を米国側に渡した。このことを米国を通じて知った習氏は激怒し、薄氏だけでなく周氏にも恨みを抱き、打倒することを決心したのだという。
治安・司法部門に大きな影響力を持ち、薄氏の盟友でもある周氏を野放しにすることは、習氏にとってやはり危険だった。また、12年11月に発足した習体制は、政治運動として反腐敗キャンペーンを展開し、「ハエもトラも同時にたたく」と国民に宣言していた。周氏クラスの大物政治家を失脚させることで、国民に対し反腐敗の決意をアピールする狙いがあったともみられている。
そして重要なことは、江沢民派の重鎮として知られた周氏と、元国家主席である江氏本人の関係が最近良くなかったことだ。
香港紙などによると、周氏の最初の妻は江氏の親族だが、周氏は2000年ごろ、交通事故と見せかけて殺害した。元テレビキャスターの現在の妻と結婚するためだったとされる。最近、この事実を知った江氏は激怒し、周氏の摘発に同意したという。
北朝鮮の金正恩第1書記は、権力掌握をアピールするため、叔父である張成沢(チャンソンテク)氏を粛清した。習氏にとって、周氏の失脚は同じような意味をもっていると指摘する声もある。
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中国共産党の大物政治家、周永康氏の失脚が発表された。最高指導部の責任を問わないという長年の不文律が破られ、国内外に衝撃が走った。中国の権力中枢で何が起きたのか。習近平政権の狙いは何か。今後の中国政局にどんな影響を与えるのか。党を揺るがした一大事件を検証する。(北京 矢板明夫)
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