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アジア経済を歩く
究極の選択だった韓国の「国民カジノ」[日経新聞]
編集委員 梶原 誠
2014/12/8 7:00
韓国は、なぜ自国民向けのカジノを運営しているのか。そう感じる人々は、カジノ創設の機運がくすぶる日本にも多かろう。聞こえてくるのは、ギャンブル依存症や街の乱れなど、暗い部分だけ。それでも何とか耐えているのは、生半可な決断ではなかったからだ。日本には、その覚悟があるだろうか。
■しぼんだ「炭鉱の街」が託した期待
ギャンブラーのたまり場があると聞き、そのサウナを訪ねた。木製の二段ベッドが70〜80床。「睡眠室」と書かれた暗室は、男で半分ほど埋まっている。
平日というのに、朝の8時になっても皆寝息を立てたままだ。午前6時に閉まったカジノが同10時に再開するまで、休息しているという。
首都ソウルからバスで東に2時間半。江原道・旌善(チョンソン)郡の山あいの街、舎北(サブク)に、韓国で唯一の自国民向けカジノができたのは2000年のことだ。街の中心地から自動車で10分。標高にして300メートルほど山を登ったところに、ホテルを兼ねた建物がそびえ立つ。街で「登ってくる」といえば、カジノで一勝負するという意味だ。
街で撮影した1枚の写真を見てもらいたい。山の上に輝くのがカジノだ。中央が石炭を採掘する設備だが、久しく使われていない。そして手前は、質屋の看板である。
写真は、この地域の挫折、希望、そして苦悩を凝縮している。1970年代に炭鉱で栄えたが、石炭の時代が終わると共にしぼんでいった。14万人に迫った郡の人口も、4万人まで激減した。
新たな産業として、人々はカジノ、しかも外国為替や外国景気に振り回されない国民向けに期待した。しかし、クルマや時計を質に入れてまで賭けに没頭する人々が全国から押し寄せ、街の雰囲気は一変した――。
■「もうやめなさい、と言っても来る」
福島県・常磐炭鉱の衰退と街おこしの奮闘を活写した映画「フラガール」。その韓国版ともいえる試みの結果を、現場を歩いて検証しよう。
カジノによる経済効果は、あった。まず雇用。郡などの公共部門が51%出資するカジノの運営会社「江原(カンウォン)ランド」の従業員は、昨年末で3600人強。ディーラーや、併設するホテルやレストランの従業員ら、多くは地元の出身者だ。地元の取引先まで入れると6000人の雇用を創出しているともいわれる。
街を走る多くのタクシーも、カジノなしには考えられない。ここ数年は毎年延べ600万〜800万人が、カジノなど郡の有料観光地を訪れている。地元の銀行員によれば、街の繁華街の収入の70〜80%はカジノ客に依存している。
「コンプ使えます」。街を歩くと、食堂などの入り口にある貼り紙が目につく。コンプとは無料を意味する「Complimentary」の略。カジノで使った額に応じてもらえるポイントのことで、地元の店で通貨代わりに使える。店はポイントを江原ランドで換金する。「カジノ経済圏」の一端だ。
ならば、負の側面はどうか。ギャンブル依存症の象徴ともされる質屋の現実を知ろうと、自動車を担保に融資をしている店を訪ねた。社長のA氏(60)は匿名を条件に取材に応じた。
「カジノで遊ぶ手っ取り早い方法は、乗ってきたクルマを担保に入れてお金を作ることだ」とA氏。車両の市場価格の50%を限度に貸し、カジノまでは店の自動車で連れて行く。客はタクシーで店に戻り、返済する。
負けて返せない場合は一週間ほど待つが、それでも返済がないと、クルマは市場に流れる。客層の傾向は「ない」という。「医者も教師も公務員も、多様な人々が来る。家庭が壊れるから、もうやめなさいと言っても来る」
■「核処理場であっても、来てほしいと願った」
街も荒れた。「カジノ客で雰囲気が悪くなったので、初等学校(小学校)も移転した」。地元紙、旌善新聞の崔光皓(チェ・グァンホ)代表(32)の証言を頼りに、現場を訪ねてみた。
舎北の繁華街の端に、まだ生活感が漂う鉄筋の校舎が残っていた。運動場から外を見渡すと、いかがわしげな看板を掲げた建物が目に飛び込んでくる。
それだけではない。「現金支給」「信用不安の方も可能」――道端に据え付けられた休憩用の木製のイス。亀裂には、金融業者の名刺大の広告が競うように差してある。親は、こんな風景から子供を遠ざけたかったのだろう。舎北の人口は昨年11月で約5600人。カジノを開いた00年から2400人以上減った。
驚いたのは、ここまで副作用がありながら、地元の人々の多くはカジノを容認していることだった。旌善新聞の崔代表も「悪影響もあるが、雇用や税収を考えると相殺できる」と結論づける。
前向きな発想のヒントをくれたのは、炭鉱跡地の案内をしてくれた全周益(チョン・ジュイク)氏(54)だ。炭鉱の管理部門で働いていたという全氏は、カジノ誘致の経緯を明かした。「刑務所でも、核廃棄物の処理場でもいいから来てほしいと人々は願った」と。
山に囲まれたこの地域は道路事情が悪く、炭鉱が衰退しても製造業を誘致できなかった。「追い詰められたからこそ、副作用も我慢できる」。人口は減ったが、カジノがなかったら今の水準すら維持できていなかったはずだ。
■依存症予防の相談、「予備軍」に義務化
一方、後がないという事情はカジノを持続可能なビジネスモデルにするという課題を突き付ける。目先の利益を犠牲にしてでも、ギャンブル依存症への対策は欠かせない。
「klacc」。カジノの入場券売り場には、こんな看板を掲げた入り口が併設されている。江原ランドが運営する「中毒管理センター」。頻繁に入場する客は、ここで依存症予防の相談をする決まりだ。入場は一月あたり15日が上限で、家族が入場に歯止めをかける制度もある。
収益のために、規制を緩める誘惑もあるだろう。江原ランドは株式を上場しており、利益の約半分を配当している。株式市場や大株主である政府から、短期的な株価や配当を求めて規制緩和への圧力がかかるかもしれない。
だが、それでは社会との共存は遠のき、ただでさえ悪いカジノのイメージはもっと悪化する。のしかかるのは、収益を追うアクセルと質の維持というブレーキの両立という難題に違いない。
韓国政府は昨年、「韓国賭博問題管理センター」をソウルに設立した。カジノだけでなく競馬など全てのギャンブル依存症の被害を軽減するのが目的で、全国の拠点で相談や治療を受け付ける。今年6月までの1年間に相談件数は2万4000を超えた。
李光子(イ・グァンジャ)院長(66)が今注力しているのは依存症の予防で、ギャンブルの危うさを訴える対象は幼稚園児にも及ぶ。「いったん依存症になると、回復までの時間や社会的コストが膨らむから」という。
長年、精神看護を専門とする学者だった李院長は、カジノを模索する日本にも予防の重要性を説いて、こう警告する。「中毒患者は必ず現れる。カジノの魔力は他のギャンブルの比ではない」と。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO80530320V01C14A2000000/?dg=1
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