02. 2014年12月03日 07:37:11
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「日本と韓国の交差点」 60歳定年は正規職を過保護すること?韓国の雇用政策、非正規職の問題を解決するはずが…
2014年12月3日(水) 趙 章恩 韓国の企画財政部(部は省)と雇用労働部は12月1日、「新しい正規職」を導入すると発表した。現在の非正規職より賃金は高いものの、正規職より解雇しやすい「中規職」を作る政策だ。韓国政府は、「従業員を自由に解雇することができない」という負担を減らせば採用が増えると考えている。だが、与党のセヌリ党内部や学界でも「時代錯誤な発想」だとして反発する声がある。韓国の「民心」を逆なでする計画だからだ。 このところ韓国で、非正規職をめぐる社会問題が相次いでいる。11月に封切りし、口コミで観客が増えている映画「カート」は、大手スーパーで働くパート主婦らが主人公だ。不当な解雇に立ち向かい、2007年に労働組合を結成。500日以上会社に対抗し職場を取り戻した実話をモチーフにした。 映画に登場する大手スーパーは、ある日突然、非正規職の全員を解雇し派遣社員に切り替える決定をする。理由は、非正規職保護法を順守するため。同法は、非正規職が24カ月間同じ職場で働いた場合、25カ月目からは正規職として採用しなければならないという内容だ。スーパーはパート主婦を正規職にしたくないため全員を解雇し、いつでも契約を切ることができる派遣社員に代える方法を選んだ。映画「カート」の主人公らは、時間に余裕があるからパートに出ている主婦ではない。色々な事情があり、夫に代わって生計を支えるために働いている。だから職場を取り戻したい。 映画「カート」は、非正規職問題をテーマにした初の韓国映画として注目を浴びている。映画の中には、会社側から不当な待遇を受けながらも解雇されることを恐れて何も言えないパート主婦、清掃員、コンビニのアルバイトなどの非正規職が数多く登場する。この映画には非正規職と正規職という差別をなくし、みんなで生きていく社会にしようというメッセージが込められている。 正規職にならないと普通の暮らしはできない 正規職の給料は基本給と手当からなる。基本給は勤務年数に応じて増える。一方、非正規職の給料は時給で、同じ職場で何年働いても上がることはめったにない。2007年に施行した非正規職保護法は、非正規職を減らすはずが、24カ月で解雇される若者を増やしただけだった。 統計庁のデータによると、非正規職の数は2007年の570万人から2013年の607万人に増えた。正規職と非正規職の給料の差は、2008年の134万ウォン(約14.8万円)から2013年の158万ウォン(約17.3万円)に広がった。正規職の給料は2008年の256万ウォン(約28万円)から2013年の298万ウォン(約32万円)に増えたが、非正規職の給料は同122万ウォン(約13.4万円)から同140万4000ウォン(約15.4万円)とあまり増えなかった。同じ時間働いたとしても、非正規職は正規職より約17.3万円給料が少ない。 統計庁は以下の調査結果も公表している。韓国の賃金労働者のうち、35.5%を非正規職が占める(2014年10月時点)。賃金を時給に換算すると、非正規職の時給は正規職の64.2%程度に過ぎない。インターンや契約社員として入社し、1年後に正規職になれる割合は11.1%に過ぎない。韓国では正規職にならないと1人分の給料で普通に生活していくことはできない。だから正規職になれるかなれないかは死活問題なのだ。 正規職になるためセクハラを我慢 映画「カート」の封切りと相前後して、非正規職の自殺や、正規職まで大量解雇した会社が最高裁で勝訴した事件が話題になった。 9月には、「2年経ったら正規職として採用する」という人事権を握る専務の言葉を信じてセクハラを我慢し続けた非正規職の女性が、24カ月目に解雇され自殺する事件があった。10月には、非正規職に対する待遇を不当だと訴えながら、ある大手通信会社の下請け会社に勤める男性社員が自殺した。この男性の自殺をきっかけに、この大手通信会社のコールセンターに勤める非正規職らの労働実態が明るみにでた。長時間のサービス残業を強いられる。顧客相談室を担当する者でも営業を強要され、ノルマを達成できないと家に帰れない。トイレにも自由に行けないという。 この事件をきっかけに韓国でも「ブラック企業」という言葉が流行るようになった。韓国の青年団体はブラック企業の名前を公表する「ブラック企業通報サイト」を開設した。今後は日本の青年団体と協力して日韓の事例を共有しながら、ブラック企業にどう立ち向かっていくかを議論するという。 労働庁は上記2件の自殺事件に関して非正規職の待遇に問題があったかどうかを調査し、改善するよう自殺事件のあった両社に求めている。 中規職に与野党から批判 こうした中、韓国政府は非正規職を正規職にして待遇をよくするのではなく、「中規職」を導入する方針を決めた。中規職は、正規職の待遇を悪くするものだ。 韓国政府は、「労働市場の柔軟性を拡大」し、「正規職に対する過保護をなくす」ことが大事だと見ている。しかし正規職に対する過保護の例として挙げるのは60歳定年だ。チェ・キョンファン副総理は、「企業は正規職をいったん雇うと60歳まで雇用しないといけない。これを負担に感じて非正規職ばかり雇うのではないか」と発言した。 実際には正社員であっても60歳まで会社にいることは難しい。大手企業の場合、長く勤められたとしても平均53歳で退職するという調査結果がある。高齢化に伴い、日本や先進国では定年を65歳や70歳にまで延長する動きがある。韓国も高齢化社会に向かっているのに、60歳まで働けるようにした定年退職制度が過保護に当たるのだろうか。 正規職の待遇を落として非正規職との差を減らす中規職の発表を受けて、ネットの掲示板や新聞記事のコメント欄には、1700件を超える政府批判が書き込まれている。 与党のセヌリ党内部でも、「正規職の待遇を悪くして非正規職との差をなくすという発想は社会的葛藤を招くだけ」だとして反対する声が上がっている。 ただし、一方で「大手と下請けで働く社員の賃金格差を減らすためには、正規職の過保護をなくすのが正しい」という意見もある。大手財閥企業が、正規職の賃金を上げるための原資を確保するため、下請け会社に出す仕事の単価を安くしている。このため下請け会社は、非正規職ばかり雇い、賃金を安く抑えるしかないのが現状だ。財閥企業で働く正規職の待遇を下げ、その分を下請け企業の非正規職に回すべきという意見である。 野党・正義党のシム・サンジョン代表も次のように反発している。「企業の社内留保金は750兆ウォン(約83兆円)もある。であるにもかかわらず、給料は上がるどころか実質的に減少している」「正規職の給料が高いから、それを奪って非正規職に配分するという発想は、消費を減らし、韓国経済を悪くするだけである。最低賃金を値上げして、消費を増やす方法を考えなくてはいけない」。 このコラムについて 日本と韓国の交差点 韓国人ジャーナリスト、研究者の趙章恩氏が、日本と韓国の文化・習慣の違い、日本人と韓国人の考え方・モノの見方の違い、を紹介する。同氏は東京大学に留学中。博士課程で「ITがビジネスや社会にどのような影響を及ぼすか」を研究している。 趙氏は中学・高校時代を日本で過ごした後、韓国で大学を卒業。再び日本に留学して研究を続けている。2つの国の共通性と差異を熟知する。このコラムでは、2つの国に住む人々がより良い関係を築いていくためのヒントを提供する。 中国に留学する韓国人学生の数が、日本に留学する学生の数を超えた。韓国の厳しい教育競争が背景にあることを、あなたはご存知だろうか? http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141202/274547/?ST=print |