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米西部グレンデール市内に設置された慰安婦記念像(黒沢潤撮影)
【ソウルから 倭人の眼】朝日の責任問わぬ韓国 “慰安婦誤報”に乗せられても
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140818/frn1408180700001-n1.htm
2014.08.18 夕刊フジ
朝日新聞が自社の慰安婦問題報道の点検記事(8月5日、6日付)を掲載し、「慰安婦を強制連行した」という虚偽証言に関する記事を取り消し、「慰安婦」と「挺身隊」の混同や誤用を認めた。いずれも慰安婦問題の発端や、歴史認識をめぐる日韓摩擦の原因であり、“核心部分”である。にもかかわらず、朝日新聞の誤報に乗った形で「反日報道」が長年展開され、現在も続く韓国では、不思議なことに“朝日の責任”を問う声は聞こえてこない。(ソウル 名村隆寛)
■歴史的誤報も不問に
朝日新聞が認めた慰安婦報道での“主な誤り”は(1)日本の植民地だった朝鮮や台湾では、軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていない(2)吉田清治氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽であり、記事を取り消す(3)女子挺身隊は、戦時下で女性を軍事工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とは全く別。混同し誤用した−の3つだ。
このうち、(1)と(3)については1991〜92年に(2)は82年に朝日新聞が誤って報道した。これらの誤報を基に、韓国では市民団体の反日運動やメディアの反日報道に火がつき、90年代初め以降、慰安婦問題は日韓関係険悪化の火種としてくすぶり続けている。
特に92年の宮沢喜一首相(当時)の訪韓直前に、韓国メディアが「12歳の少女が挺身隊に動員されたことを示す学籍簿が見つかった」との内容の報道をし、韓国では「日本は小学生まで慰安婦にした」と、挺身隊と慰安婦を混同する誤解が“真実”として拡散し、独り歩きした。
これらの歴史的な誤報や誤解は、韓国で常識とみなされ続け、現在もそう信じている人々が実際にいる。それを「間違いである」と否定することは、「歴史の歪曲(わいきょく)」とされ、確実に反日的な非難の標的にされる。
韓国各メディアは、誤りを認めた朝日新聞の報道を韓国国内向けに伝えた。ところが、慰安婦と挺身隊の混同や誤用、吉田氏の虚偽証言とこれに関した記事の取り消しなど核心部分は、引用報道をしつつも、大きく問題視していない。
■誤報に基づき20余年
日本で問題視されているであろう朝日新聞が認めた“誤り”の根深さは、韓国では皮膚感覚として強く感じる。
市民団体により、ソウルの日本大使館前に不法に設置されている「慰安婦少女の銅像」などは、その象徴的なものだ。一目で女の子と分かり、かつて国民学校(小学校)で使われていた木製のイスにちょこんと座っているような像だ。この像を囲み毎週水曜日、日本大使館に向けて反日集会が続けられている。像の前には花束が置かれ、寒い日には赤いコートが着せられていたりする。
ソウル南方の華城(ファソン)市の公園にも最近、新たに「旧日本軍の慰安婦を象徴する少女像」(韓国メディア)が市の出資や募金によって設置された。8月14日に現地で記念式典が行われたばかりだ。同様の少女の像は、韓国の複数カ所だけでなく、すでに米国にも置かれている。
また、韓国の民族衣装を着た女の子がお花畑で花を摘んでいるところ、突然、オオカミに襲われるという内容の「慰安婦としての少女の強制連行」を明らかに示したアニメや漫画が、韓国だけでなく、海外での催しでも紹介されている。
いずれも、「女子挺身隊=慰安婦」の誤解から生まれ、今や常識化したものと言っていい。朝日新聞の誤報から始まり、20年数年を経て、今や“真実”として信じられ、定着してしまっている。
■笑えない話
韓国での体験としてこんなことがあった。1990年代半ばと2000年代前半に、いずれもソウルに駐在していたころ、「私の母親(日本の終戦当時15歳)は挺身隊でした」と言ったところ、相手の韓国人(筆者と同世代か下の世代で1960年代生まれ)から真剣に驚かれたことが何回かあった。相手の頭の中は「挺身隊=慰安婦」で、困惑と筆者に対する同情の表情がうかがえた。
もちろん筆者の母は、戦時中、他の同世代の女性のほとんどがそうであったように、「女子勤労挺身隊」にいたわけで、「兵庫県の鳴尾(現在の西宮市内)にあった飛行機工場で働いていた」と生前によく聞かされた。それなのに「俺の母親まで慰安婦にされちゃうわけ?」と逆にこちらが戸惑った記憶がある。
誤解が生んだ笑えない話なのだが、韓国を取材対象にしていると、「挺身隊=慰安婦」といった根本から誤った認識を持つ相手と、かみ合うはずもない“真面目な議論”を強いられることは少なくない。
■英雄と悪人、好感と嫌悪感
日本と韓国の報道記者の間で「日韓記者交流」のようなものがある。毎年、東京かソウルで互いの記者(大体は報道各社1人)が相手国に行き、討論会に臨む。2004、05年のころだったと思うが、東京・内幸町の日本記者クラブがあるプレスセンターで、韓国から記者を招いて記者同士の討論会があった。
討論会で韓国メディアの記者は日韓の歴史の問題で当然、言いたいことを率直に言っていた。日韓の記者がほぼ半分半分ではあったものの、討論会は終始“反日論調”で進み、「ここは日本なのか?」と頭をひねったことがある。
産経新聞の名は韓国でもよく知られており、韓国メディアは「右翼的新聞」と形容することが多い。「右翼紙」「極右」との表現もしょっちゅう登場する。その産経新聞の記者として、韓国人とのこうした討論会に出るたび、産経記者にしか味わえないであろう“独特の感じ”を覚えたりする。
その年の記者交流には、慰安婦問題に火をつけた朝日新聞のベテラン記者の姿もあった。韓国記者の朝日新聞記者を見る目は、まるで“英雄”に会ったかのように温かだった。逆に当方は、“極右”とみなされ、第一印象としては、悪人か罪人かのように見られた覚えがある。
韓国記者が見せた朝日新聞記者と筆者(産経新聞記者)に対してみた態度の差は、慰安婦問題を世に送り出した者(朝日)への好感と、それを否定する者(産経)への嫌悪感だったとみている。だが、朝日新聞が誤報を認めた今、「あれは一体、何だったんだろう」と当時を振り返ることがある。
■被害者としての韓国メディア
紹介したエピソードには、いずれも20数年前の朝日新聞の報道が間違いなく、背景にある。それも慰安婦問題が拡大・拡散した核心部分の誤りだ。
それも、名前や数字の誤記といった、訂正がきく単なる誤りではない。20〜30年余りの長い年月、放置され、その間、核心的部分の誤りは日韓関係にまで深刻な影響を及ぼした。韓国メディアはこれまで、朝日新聞の誤報に乗るかたちで反日報道を続けてきた。その論調は、朝日新聞の慰安婦問題へのスタンスをベースにし、また、それによって成り立ってきた−と言ってもいい。
言い方を換えれば、朝日報道に乗ってしまった韓国メディアも誤報の“被害者”とも言える。朝日新聞の誤りをもとに、韓国メディアは長年、慰安婦問題で“反日の炎”を燃やし続けてきたわけだから。
しかし、朝日新聞の誤りに対する韓国メディアの批判は、さびしいほど見受けられない。むしろ、朝日新聞を擁護するような報道が見られる。「朝日新聞、安倍に反撃」「朝日、一部記事の誤りを率直に認めつつも、日本の保守勢力の責任否定論に対し警告」と反日の同伴者として応援しているかのようだ。
朝日新聞の非よりも、誤りを認めたことを「潔い」と評価するような見方も目立った。「日本で孤立する朝日新聞を助ける方法」を韓国政府に求める主張さえある。
逆に、「安倍首相と産経新聞など極右メディアは、慰安婦問題の公論化を導いた朝日新聞を狙い『慰安婦=朝日新聞捏造(ねつぞう)説』まで公然と広めている」(朝鮮日報)、などとし、朝日新聞の誤報を問題視している産経新聞などが、なぜか悪者扱いされている。
■根拠はどうでもいいのか
朝日新聞の報道に乗ってしまい、韓国メディアも後に引けないのでは−との質問を最近、日本の読者から受けた。それもあるかもしれない。だが、現地で見ていると、韓国の反日団体やメディアにとって、朝日新聞の誤りの核心である慰安婦問題の根拠は、もはやどうでもいいかのようだ。
韓国政府は慰安婦問題を「女性の人権侵害という普遍的な問題」とみなしている。軍の関与や強制連行がなかろうが、許してはならない問題であり、「勝手に隠すことも、否定することもできない歴史の真実」(朴槿恵大統領の光復節での演説・8月15日)なのだ。
韓国各メディアの報道も、これと同じで、慰安婦問題に関し日本に譲る姿勢は全くうかがえない。気分的にも「日本は悪い。反省が足りない」との主張を退けることができないようだ。朝日新聞は長い年月の末、ついに自ら誤りを認めたが、韓国メディアの慰安婦報道、反日報道は今後も変わりそうにはない。それどころか、慰安婦問題は現時点でも、世界に向けて独り歩きを続けている。
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