01. 2014年7月03日 21:47:26
: nJF6kGWndY
>ウォン高さらに加速、1009ウォン台まで上昇 迫る最終防衛ライン本質的ではない問題の好例だな http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/41127 JBpress>海外>Financial Times [Financial Times] バーゼルのエレミヤによる誤った助言 危機後の政策に関するBISの提言には欠陥がある 2014年07月03日(Thu) Financial Times (2014年7月2日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 各国の金融危機対策には一定の効果、国際決済銀行 スイス・バーゼルの国際決済銀行(BIS)本部〔AFPBB News〕 スイスのバーゼルに本部を構える国際決済銀行(BIS)は素晴らしいと思う。自分のオーナーである主要国の中央銀行の無能さを告発するには勇気がいる。だが、BISが直近では最新の年次報告書でやったのはまさにそれだ。 悲観的なことばかり言う預言者の評価にすぎないと切り捨てることは簡単だろうが、それは間違っている。この報告書で展開されている、1930年代以前に主流だったマクロ経済政策観に同意するどうかはともかく、BISは重要な疑問を提起している。反論する姿勢はその価値を高めることになる。 BISの分析は大きく3つに分けられる。危機の原因は何か、我々は危機からどの程度抜け出しているのか、我々は今後何をすべきか、という3点だ。 危機の原因と現状の分析 1点目の問題にBISは「金融サイクル」の視点から切り込んでいる。この分析の起源は、20世紀初頭に活躍したスウェーデンの偉大な経済学者クヌート・ヴィクセルの仕事に求められる。金利が低すぎると、信用拡大による好景気と資産価格の上昇がその後生じる可能性がある、というのがこの考え方の中心にある。ここから推論できる重要な(かつ正しい)ポイントの1つに、信用とマネーは内生的だというものがある。つまり、どちらも経済によって創り出されるということだ。 この金融サイクルが上昇から下降に転じると、危機が勃発する。そして野村総合研究所のリチャード・クー氏が論じた「バランスシート不況」という、痛みを伴うデレバレッジ(債務圧縮)と長期の低成長にあえぐ時期がやって来る。BISによれば、こうしたサイクルは「一巡するのに平均で15〜20年かかる傾向がある」。 公平な評価のために書き添えておくと、BISはこのような警告を、高所得国が2007年以降の危機に見舞われるずっと前から行っていた。 2点目については、新興国は失速しているものの先進国は勢いづいており、世界全体の経済成長率はこの1年で上向いてきたとBISは指摘している。とはいえ、危機で打撃を受けた国々の回復は緩慢で弱々しい。 世界全体の足元の成長率は2000年代のそれとあまり変わらなくなっているが、現在の国内総生産(GDP)の水準とそのトレンドとの乖離は解消されていない。また、債務負担も大きくなり続けている。やはり、金融危機は長期的な影響を及ぼしているのだ。 加えて、中央銀行の政策は金融市場にとてつもなく大きな影響を及ぼしている。具体的には、投資家が「利回り追求」に乗り出したり、リスクのプライシング(リスクの評価)が行われなくなったり、市場のボラティリティ(変動性)が著しく低下したりしている。バランスシートが依然あれほど拡大されていてもそうなのだ。 一方、多くの新興国では過剰信用が発生している。非金融法人による外国からの借り入れなど、脆弱性の新たな源泉が新興国に生じていることをBISは特に懸念している。こうしたことからBISは、総じて言えば「市場の活発さと実体経済の情勢が世界全体で連動しなくなっているという感覚がぬぐえない」と結論づけている。 そして3点目――何をすべきか――に話が移ると、BISは旧約聖書の悲観的な預言者エレミヤになる。今度は緊縮を求めてくるのだ。 BISの提言する対策が賢明で愚かで不確かな理由 金融危機を経験した国に対しては、バランスシートの修復と構造改革――規制緩和、労働力の柔軟性の向上、および「膨れ上がった公的セクターの縮小」――を推奨する。歳出の削減も要求する。しかし、英国のジョージ・オズボーン財務相などと異なるのは、BISが拡張的な金融政策から「抜け出すタイミングが遅れたり、抜け出すペースが緩慢すぎたりする」リスクを強調するあまり、金融政策による景気刺激策の打ち切りも併せて求めていることだ。 BISは、巨額の債務が残っていることを強調しておきながら、デフレに陥るリスクとコストを軽視している。あのブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)のイェンス・バイトマン総裁でさえ、そんなことはしない。ブンデスバンクをしのぐタカ派なのだとしたら、これは大したものだ。 一方、金融ブームを経験してきた国々(報告書ではブラジル、中国、トルコの名が上げられている)には、BISは予防的な金融引き締めとマクロプルーデンスの考えに沿った制限の導入を推奨している。 筆者に言わせれば、このようなBISの主張は賢明さと愚かさ、そして不確かさの混ぜ合わせだ。 まず不確かさから見ていこう。信用拡大を原動力とした好景気が大変なコストをもたらすことを強調している点は正しい。だがBISは、政策立案者がそのような好景気の実現を許すことになった文脈を無視している。特に、危機前の長期実質金利の低さに示されている貯蓄過剰の証拠と、優れた投資機会のある国からそれよりはるかに劣る投資機会しかない国に資本が純流出したことを無視している。 同様に、所得分配と企業行動が悪い方向に変化したことが貯蓄性向と投資性向に及ぼしたダメージもBISは無視している。 ここでもBISは、トレンドに対するGDPの減退は不可避だと主張する。大半の危機が莫大な長期的喪失を生む結果になることは間違いない。だが、米国は1950年代までに、史上最大の危機である大恐慌がもたらした、1929年以前の1人当たりGDPのトレンドに対する巨大な喪失から完全に回復していた。 これは、気弱な現在の状況と異なり、米国がその後、第2次世界大戦という史上最大の財政刺激策を経験したからではなかったか? 筆者は、BISがそのような無責任な財政にどう警鐘を鳴らしたか想像できる。 今度は、賢明さに目を向けよう。まず、BISが信用ブームへの警告に加勢した点は正しい。信用ブームの喜びははかなく、その後遺症はあまりに苦痛だ。この点は、自国通貨建てでの簡単に借り入れを行えない国や、多額の外貨準備を持たない国に特に当てはまる。予防的な措置は確かに必要だ。 第2に、BISが危機後の不良債権の評価・計上と、借り手、仲介業者双方のバランスシート再建を加速すべき根拠を強調する姿勢も正しい。このデレバレッジングのプロセスはほぼ決まって遅すぎる。アティフ・ミアン、アミール・サフィ両教授は重要な著作『House of Debt(借金漬けの家)』で、こうした主張を大々的に展開している。残念なことに、このプロセスを機能させるのは政治的に難しい。 最後に、愚かさについて考えてみよう。金融危機に対する財政措置と金融措置の間で取るべき正しいバランスに関しては、確かに重要な議論ができるだろう。 中央銀行は丁重に耳を傾け、重要な助言は拒絶せよ 筆者の考えでは、我々は金融政策に依存しすぎた。金融政策は実際、BISがいみじくも強調する多くのリスクを伴う。だが、レバレッジを過剰に利かせたバランスシートが招いた危機に対処する最善の方法は、需要の支えを取り除き、全面的なデフレまで受け入れることだという考えは、奇怪だ。 その結果は必然的に、一段と早い実質債務負担の増加、ひいてはさらに大きな破産の波であり、それが弱い経済、さらなる債務負担の増加につながる。BIS(およびその他多くの人)がどう考えるにせよ、ケインズ以前のコンセンサスを放棄する理由は強力だった。 BISには警告を発する権利がある。中央銀行は丁重に警告に耳を傾けるべきだ。だが、BISが助言する内容の重要な部分は拒否しなければならない。 By Martin Wolf
|