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美しすぎる首相を倒したタイの「司法クーデター」 編集委員 飯野克彦[日経新聞]
2014/5/19 7:00
「美しすぎる首相」の、何ともあっけない退場だった。タイの憲法裁判所は7日、インラック首相が政府高官人事で職権を乱用し憲法に違反した、とする判断を下した。これにより、就任から3年足らずで首相は失職した。
■07年憲法の影響力
憲法裁が問題にしたのは、2011年に国家安全保障会議(NSC)のタウィン事務局長を更迭した人事だ。インラック氏の親族を国家警察長官に起用するための玉突き人事だったとされる。実は憲法裁に先だって、最高行政裁判所がこの人事は違法だとしてタウィン氏の復職を命じる判決を今年3月に出していた。
2007年に制定された現行の憲法は、首相が自分や他人の利益のため公務員人事に介入することを禁じている。これにインラック氏が違反した、として、憲法裁は首相にふさわしくないと判断した。
インラック氏に対しては、07年憲法で生まれた独立機関、国家汚職追放委員会(NACC)が8日、政府によるコメの高値買い上げ政策を巡り上院への弾劾請求を決めた。上院議員の5分の3以上の賛成で弾劾される。インラック氏はすでに首相ではないが、弾劾が決まれば公民権が5年間停止され、選挙に出馬できなくなる。刑事責任を問われる可能性もある。
一連の経緯から浮かび上がるのは、07年憲法の影響力の大きさだろう。同憲法は、06年にタクシン政権を軍事クーデターで倒して発足した軍事政権の下で生まれた。政府に対する司法やNACCなどの強い権限を定めたのは、選挙では圧倒的に強いタクシン氏の影響力を封じ込めようとした、とみることができよう。
言うまでもなく、タクシン氏はインラック氏の実兄で、インラック政権はタクシン氏の影響下にあるとみられてきた。司法やNACCなどにつけいる隙を見せてはならないことを、インラック政権は理解していたはずだ。11日付の「日経ヴェリタス」が指摘するように、インラック氏が自ら失職の種をまいた印象は否定できない。
とはいえ、インラック氏ひいてはタクシン氏を支持する勢力は納得していない。「司法によるクーデターだ」といった非難の声をあげている。立法府や行政府が多少空転しても社会の安定がたやすく揺らぐものではないが、司法への信頼が損なわれると影響は計り知れない。英字紙「バンコク・ポスト」が憲法裁の判断の翌日、社説で「判決は尊重されなくてはならない」と訴えたのも、そうした危機意識の表れといえよう。
インラック氏とともに一部の関係閣僚も失職したが、失職を免れた閣僚の中からニワットタムロン副首相兼商業相が首相代行に就いた。どうにか政治不在という事態は回避したわけだが、昨年10月末にバンコクで反タクシン勢力がデモを始めてから半年におよぶ政治の混迷は、一段と深まっている。10日にはタクシン支持派もデモを開始し、対抗する2つの勢力が街頭行動を競い合う危うい構図が浮上しつつある。
■事態打開の名案見あたらず
タイは崖っぷちに近づいている――。英誌「エコノミスト」の指摘は杞憂(きゆう)と言い切れないのが実情だ。残念なことに、事態を打開する名案は見あたらない。「両勢力の妥協」の必要性を指摘する議論は同誌に限らず多いが、それができないから事態がここに至った、というのが実情なのだ。先行きは不透明、と言うしかない。
最後に、同じ号の「エコノミスト」が興味深い議論をしているのを紹介しておきたい。アジアの多くの国々で「裁判官たちが政治に対して大いに口を挟んでいる」というのである。インドやパキスタンでは伝統的に、断固として独立した司法が積極的な姿勢を示してきた。環境対策などを先取りし政治を引っ張ってきたのである。同誌は触れていないが、最近は韓国の司法が同様の姿勢を示している。少なくとも、従軍慰安婦問題ではそんな印象を受ける。
中国やベトナムといった一党独裁の国で典型的なのは、司法がいわば政権の手足となって働く傾向だ。そしてタイの場合は、いわば旧来のエリート層である司法が古い秩序を守ろうとして新興の政治勢力と対決する、という第3のケースに当たる。モルディブで2012年、ナシード大統領が退陣に追い込まれた際も同様の構図があった、と同誌は指摘している。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1504I_W4A510C1000000/?dg=1
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