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【第12回】 2013年10月17日 田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]
空母「遼寧」は張り子の虎
中国海軍脅威論を検証する
10月上旬のAPEC、ASEANで、安倍首相は中国の海洋進出に対して暗にこれを非難するような発言を行った。だが、米国は従前より中国の「封じ込め」ではなく、「抱き込み」を目指すことを表明し、その方向に努力している。その背景には、米国海軍が本音では中国海軍が脅威になるとは思っていないことが伺える。中国海軍は果たしてどの程度の実力を持つのか検証する。
米国が「航海の自由」を主張するワケ
日本の経済界や米国政府が日中関係の修復を期待し、中国が尖閣問題の「棚上げ」(事実上の日本の実効支配継続黙認)の意向を表明する中、10月7日、8日のインドネシア・バリ島でのAPEC(アジア太平洋経済協力)や、同月9、10日ブルネイでのASEAN(東南アジア諸国連合)とEAS(東アジアサミット)での会合の際に、安倍総理と習近平中国主席、朴槿恵韓国大統領との首脳会談を実現しようと外務省は両国と折衝した。
だが、現実には安倍総理は7日に習主席、朴大統領と儀礼的な握手を交わしただけで首脳会談は行えず、対中、対韓関係の改善は全く前進しない。逆に安倍総理はASEAN首脳会議で、南シナ海の領有権問題について「力による現状変更の動きを大変懸念している」などと、暗に中国を非難し「それに対してASEAN諸国が一体性を保って対応することが重要で、日本も連携したい」と中国包囲網形成を目指すような発言を行った。
だが、肝腎のアメリカは1600兆円を超える政府債務と、昨年で約48兆円に達した経常赤字で破綻の危機に直面し「財務再建、輸出倍増」を国家目標としている。そのためには米国債の最大の海外保有国であり、巨大な市場を有し、昨年で約19兆円の経常黒字を出している中国への食い込みが重要だから、米国政府は中国の「コンティンメント」(封じ込め)は考えず「エンゲージメント」(抱き込み)を目指すことを何度も言明している。米軍も中国抱き込みに協力し、来年のリムパック(環太平洋合同演習)に中国海軍の参加を求めて、その承諾を得たり、アナポリスの米海軍兵学校に中国海軍士官候補生を入学させて教育に当たったり、米統合参謀本部と中国軍総参謀部との恒常的な人的交流により戦略調整をはかることで合意した、などの努力をしている。
オバマ米大統領の代理として東アジアサミットに出席したケリー国務長官はもっぱら「航海の自由」を強調したが、航海の自由は世界最大の貿易国家、最大の造船国、最大の漁業国である中国にとって、まさに核心的利益であり、米国は中国も基本的に異存のないことを言って、存在感を保とうとしているにすぎない。
空母「遼寧」はほとんど戦力にならず
米国が中国封じ込めに加わらないのは、財政・経済の切迫が第一の理由だろうが、同時に米国海軍が、本音では中国海軍が脅威になるとは思っていないことも第2の理由だろう。日本では中国が昨年の9月就役させた空母「遼寧」が本格的空母であるように思っている人が多いが、実はほとんど戦力にならない代物だ。
「遼寧」は艦載機を発進させる加速装置「カタパルト」を持っていない。米空母は長さ約76メートルの特殊鋼のシリンダー(管)4本を飛行甲板の下に設置し、高圧蒸気を吹き込んでピストンを前方に推進し、それが重さ30トン程度の艦載機の首輪(前輪)を押して一気に時速約270キロに加速、射出する。「重さ2トンのキャデラックなら2.4キロも飛ぶ」と言う程強力なものだ。車輪を押す金具(シャトル)は当然甲板上にあり、それと甲板下のピストンをつなぐ金具が通るよう、シリンダー上部にはほぼ全長にわたりすき間があるから、蒸気が洩れないようにするには、ジッパー様の物で後方のすき間を塞ぎつつピストンが急激に前進する。高温、高圧の蒸気に耐える巨大なジッパーを作る技術、ノウハウは高度なものだ。蒸気カタパルトは元は英国で開発されたが、今では米国でしか製造されず、フランスの原子力空母「シャルル・ドゴール」も米国製のC13カタパルトを輸入して設置した。
カタパルトなしで空母を作るなら、英国の「ハリアー」のような垂直離着陸機(ジェット噴気を前後左右4点から出し浮上させる)を積む方法がある。英国のインビンシブル級軽空母や、スペイン、イタリア、タイの軽空母はその方式だが、今日では垂直離着陸可能な戦闘攻撃機は米国のF35B(海兵隊用)しか生産されていない。
旧ソ連も空母用に垂直離着陸機YaK(ヤコブレフ)38を造ったが失敗作だった。このためソ連は新型戦闘機の重量よりエンジンの推力の方が大きく、機首を上に向ければロケットのように垂直上昇も可能であることを利用し、空母の飛行甲板の前端を上向きにし、力まかせに発進させることを考えた。現在ロシアが持つ唯一の空母「クズネツォフ」がそのタイプで、同型の2番艦「ワリヤーグ」の工事はソ連崩壊で中断されたが、それを中国がスクラップ状態で購入、苦心の末完成させたのが「遼寧」だ。
だが「クズネツォフ」は1990年の完成以来23年たつが、外洋に出たのは7、8回だ。飛行甲板の前端は14度上向きに反っているが、波が高いと艦首は大きく上下するため、発進に適当な角度が保てず、海が穏やかでないと危険がある。搭載する戦闘機Su(スホーイ)33の標準離陸重量(翼下の増加燃料タンクや爆弾などは着けない)は25.7トン、エンジン2基の推力は最大25.6トンだから爆弾、ミサイルを積まず、さらに燃料を減らさないと発進出来ない。飛行甲板の後端から全力で滑走してやっと浮くから、米空母のように甲板上に多数の航空機を並べておき、次々にカタパルトで射出することは不可能で、下の格納甲板から1機ずつエレベーターで上げては発進させるしかない。
また、空母などを狙う攻撃機は低空飛行で水平線の下に隠れて接近し、一瞬上昇して目標をレーダーでとらえて射程100キロ以上もある空対艦ミサイルを発射し、また低空飛行で離脱するから、空母は自衛のために大型レーダーを付けた空中早期警戒機を上空に出し、遠方を見下ろす形で見張らせる必要がある。だが艦載の早期警戒機は米国のE2C以外にないし、カタパルトなしではE2Cは発進できない。ロシアはヘリコプターに対空レーダーを付けたKa(カモフ)31を空母に載せているが、レーダーの能力も、航続時間、高度もE2Cとは比較にならず「無いよりまし」程度だ。
これらの「クズネツォフ」の問題点は基本的に同型の「遼寧」でも全く同じだ。中国が自力で次の空母を建造しても、カタパルトと艦載早期警戒機、あるいはF35Bとオスプレイの早期警戒型(今はないが開発は可能)を米国から輸入しない限り問題は解消しない。また「クズネツォフ」の搭載可能な戦闘機数は22機とヘリコプター17機だ。同艦が艦首の飛行甲板下に装備する対艦ミサイル12発の垂直発射機を 「遼寧」は廃止したから、搭載機数は数機増えるかもしれないが、米空母が平時に戦闘・攻撃機44機など58機、有事には75機まで搭載可能なのと比べれば機数も質も段違いだ。しかも米空母は現在10隻、近年中に11隻にもどるから、艦載戦闘・攻撃機の総数は平時で計484機。中国の艦載戦闘機二十余機では全く相手にならない。
対潜水艦能力でも日米が優勢
中国海軍が「第1列島線」(南西諸島から台湾、フィリピンなど)を超え「第2列島線」(小笠原諸島からグアム、ニューギニア)まで進出、米海軍と対決するような話も報じられるが制海権確保には海上の航空優勢(制空権)が不可欠だ。中国空母がほとんど役に立たない以上、中国海軍の水上艦の行動は戦時には地上基地戦闘機の戦闘行動半径(約1000キロ)内に制約され、第一列島線を守るのがやっとだろう。
中国海軍の水上艦(駆逐艦、フリゲート)は10年前の2003年に63隻、今年で76隻に増えたが、うち33隻は旧式だ。新型艦も兵器、レーダーなど装備はロシア製、フランス製、国産などの寄せ集めで、特に潜水艦を探知、攻撃する能力は日本の護衛艦(ヘリ空母2隻を含み48隻、他に練習艦に使用中の護衛艦3隻)に比べ、相当低いと見られる。
中国の潜水艦は10年前に69隻、現在65隻とされるが、うち24隻(原潜3隻を含む)が旧式、1隻は実験用で、実用になりなそうなのは、弾道ミサイル原潜3、攻撃原潜(対艦船)2、通常型(ディーゼル・電池式)潜水艦35隻だ。(日本は通常型16隻と練習潜水艦2隻、近く22隻に増強を計画)中国の攻撃原潜「商型」はソ連で1978年に1番艦が完成した「ヴィクターIII型」の技術を参考にしたとされ、騒音が大きく探知されやすい。通常型潜水艦は水中では電池・電気モーターで走るから当然音は低いが、ときおり充電のためシュノーケル(吸気筒)を水面に出しディーゼル機関を回すから、その際に発見されやすい。液体酸素を使うなど、外気を必要としない通常型潜水艦も生まれ、日本では「そうりゅう」型(4200トン)5隻がそうだが、原潜に比べ潜航時間、速力は限られる。中国の「元」型(3000トン)7隻もそのタイプ、との推定もあるが定かではない。
潜水艦に決定的に重要なのは静粛性とソナー(音波探知機)の能力だ。冷戦時代の米、英、日本などではソ連潜水艦探知のために水中での音の伝わり方を研究する「水中音響学」が発達、ソナーの探知距離は飛躍的に伸び、海中の多くの騒音の中から敵潜水艦の音だけを拾い出す技術も生まれたが、ソ連はこの分野で最後まで西側海軍と大差があった。中国潜水艦は今日もロシアの技術に頼るだけにソナーの能力に疑問がある。
中国は対艦弾道ミサイルを開発し、それが米空母への脅威となる、とも言われる。だが問題はどうして目標の位置、針路、速力を知るか、だ。偵察衛星は1日約1回、世界各地上空を時速約2万8000キロで通過するから、飛行場など固定目標は撮影できても、移動する物体の探知はほぼ不可能だ。哨戒機で空母を発見し、その針路、速力を計って連絡し、弾道ミサイルを空母の未来位置に発射させるくらいなら、哨戒機自身が空対艦ミサイルを発射する方が簡単、確実だ。だが、哨戒機などが空母に接近すると艦載戦闘機に撃墜される可能性が高い。しかもレーダーでは、スコープに現れた光の点が空母なのか、タンカー、コンテナ船などの大型船かの区別がつきにくい。旧ソ連も米空母に対抗するため、対艦弾道ミサイルを研究したが、結局あきらめた。
海軍よりめざましい非軍事分野の海洋進出
中国は輸入資源への依存度が高まり「海上交通路確保のために海軍拡大が必要となる」との説は中国でも、米国、日本などでも唱えられる。だが現実には中東、アフリカからの長大な石油ルートを、中国海軍が米海軍に対抗して守ることは将来もまず不可能だろう。輸入資源が重要になればなるほど、世界的制海権を握る米国との協調が中国には必要になる。また中国の資源輸入の増加は米国、西欧、東南アジア、日本等への輸出増大の結果だから、もし中国がこれらの諸国と軍事的に対立し、輸出市場を失えば、資源輸入の必要も、その原資もなくなるのだから、この説はこっけいだ。
中国のシー・パワーの伸びは海軍よりも非軍事分野で著しい。中国籍商船は昨年末で4061万トン、日本の1852万トンの2.2倍だ。双方とも外国に登録した便宜置籍船があり、日本は事実上はなお世界一の船主国とも言えるが、乗組員は日本籍船でもほとんど外国人だ。日本人の外航船員は2400人しか残っておらず、その大半は陸上勤務の管理職だ。外国人船員は危険があれば下船し、帰国の航空運賃まで貰う契約だから、日本は有事の際に石油や食料の輸入が止まる安全保障上の致命的弱点を抱えている。商船員がいなくては海上自衛隊に金をかけ「シーレーン防衛」をはかっても無意味なのだ。
造船でも中国は2010年に韓国を抜いて1位となり、昨年の竣工量が3900万トンで、第3位の日本の約2.3倍だ。漁業でも中国の漁獲量は2011年に1604万トンで、90年の2.4倍に拡大した。その間日本は2.5分の1の385万トンに低下し、中国の4分の1以下でしかない。中国では高速道路が年平均6000キロ以上、07年には8300キロも完成し(日本は現在の総延長7856キロ)、冷凍設備、保冷車も普及して、内陸部まで魚の販路が急拡大した。また中国の資本主義化で、船主が多数の漁船を持ち、漁船の船長は1日いくらで船を借り、乗組員を雇って出漁するため無理な操業をしがちで、近隣諸国とトラブルを起こす結果となっている。
一方、日本では外航船員は「絶滅危惧種」の状態で、内航船員、漁船員も高齢化が進み、海洋国の地位を失いつつある。安全保障を真剣に考えるなら、中国海軍の心配をするより、日本の若者が船に乗るような政策を考える方が先決問題だろう。
http://diamond.jp/articles/print/43110
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