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【第5回】 2013年10月9日 香田洋二
気がつけば尖閣に五星紅旗が翻る事態も
日本の防衛体制の矛盾と制度的欠陥
――香田洋二・元自衛艦隊司令官
こうだ・ようじ
1949年12月徳島県生まれ。72年3月防衛大学校を卒業(第16期生)後、海上自衛隊に入隊。36年余、海上自衛隊で勤務。職域:水上艦、海上自衛隊幹部学校「指揮幕僚課程」、米海軍大学校「指揮課程」、護衛艦「さわゆき」艦長、第3護衛隊群司令、護衛艦隊司令官、海幕防衛部長、統幕事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官(最終配置)。08年8月退役。09年7月〜11年7月ハーバード大学アジアセンター上席研究員「中国海洋戦略」研究 ジャパンマリンユナイテッド、伊藤忠商事顧問。
近年の急速な中国軍の近代化と強硬な対外姿勢や海洋進出が、南シナ海と並び東シナ海においても海底資源開発権や尖閣諸島(尖閣)事案等、深刻な問題を引き起こしている。尖閣海域での中国の自己中心かつ挑戦的な活動は、国民の間に「尖閣防衛」と「南西諸島の領土・領域保全」(領域等保全)の2つの問題意識を高める契機となった。
近年、中国の独善的な海洋進出と海軍力を背景としたその強権的な対外姿勢が広く内外の注目を浴びている。我が国では現にその圧力を正面に受けている尖閣事案を中心に、島嶼(とうしょ)防衛に関する論議も深まっている。
ただし我が国の安全保障上、島嶼防衛は大きな枠組みでとらえるべき課題であり、これを尖閣事案に絞るとすれば本質を見失う。
この前提に立ち、我が国固有の地勢と中国の海洋活動の両者に現在の安全保障環境を加味した場合、我が国の島嶼防衛は
・ 尖閣諸島及び先島諸島から沖縄、奄美に至る南西諸島を対象とし
・ 海軍力整備・海洋活動が活発化する中国を想定したもの
と定義できる。
海自は出動しても海保以下!?
致命的制度的欠陥と矛盾
島嶼防衛のうち、平時における海上保安庁(海保)の役割は明白であり、日常の警戒とともに生起公算の高い外国漁船の違法操業、領海や接続水域侵入そして活動家等の違法上陸には海保の対処が基本である。その際の問題点は、海保が我が国の法執行機関であること及び取り締まり対象が民間船や人(民間)に限られることである。
中国巡視船「海警」等の政府公船(公船)や軍艦の違法行為に対しては、国際法及び海上保安庁法20条(海保法)により武力行使は認められず、「警告と退去要求」(警告等)のみが実施可能という限界がある。
更に、海保の任務は海保法2条により「海上の安全及び治安の確保を図ること」とされており領域等保全任務はない。この現実を踏まえて現状を解釈すれば、尖閣海域における海保の活動は「海上の安全と治安維持のための巡視船艇による警戒が、我が領海への侵入を試みる中国公船に対する随伴と領海侵入時の警告等」に繋がり、結果的に中国公船の常続的な領海侵犯を阻止している。この海保の活動により、尖閣に対する我が国の実効支配がかろうじて維持されているのである。
海上自衛隊(海自)の任務行動はどうであろうか。
防衛出動下令前の「平時」における海自の行動根拠は、今日まで幾例か適用しているが批判も多い、防衛省設置法に基づく「調査研究」がある。また、海上警備行動や特別措置法に基づく任務もまた、防衛出動に至らないものであり、法的権限は警察官職務執行法の準用と緊急避難及び正当防衛の範囲内の武器の使用に限られる。そのため、国防組織としての自衛隊本来の活動は不可能である。
ここに、海保の対処能力を超える事態であるからこそ自衛隊を投入するはずが、「出動した自衛隊は海保と同等以下の権限と武器の使用しか許されない」という致命的な矛盾が存在する。
南西諸島の戦略価値は突出
尖閣防衛は緊要性高い
我が国の島嶼防衛において、「尖閣」と「先島諸島(宮古+八重山列島)と沖縄諸島から薩南諸島までを含む南西諸島」では戦略的意義が根本的に異なる。
地理的に台湾近傍にあり宮古、石垣水道という戦略的チョークポイントを扼し、社会基盤が整備された「先島諸島」、及び米軍の主要部隊が展開し、且つ自衛隊部隊も配備されている「沖縄諸島」の戦略価値は突出している。
中国最大の関心地である台湾に加え、彼の戦略であるAA/AD(Anti Access Area Denial、接近阻止・領域拒否戦略)が対象海域とする西太平洋に面する南西諸島の戦略的価値は彼我共に極めて大きい。他方、尖閣は我が国領土及び日中両国の排他的経済水域(EEZ)の確定という主権、政治、経済並びにナショナリズム面での大きな意義は認められるが、南西諸島とは戦略意義の質が大きく異なる。
一方で、我が国の島嶼防衛上、尖閣の緊要性は高い。
我が国で定着している尖閣シナリオは、多数の中国漁船群による我がEEZ等での集団違法操業、海保の警備の間隙を突いた違法上陸、更に中国公船による上陸後の支援等の既成事実の積み重ねに加え、必要な場合の軍事侵攻手段も併用した尖閣の強奪というものである。
この中の非軍事事案には昨年8月の香港過激活動家の尖閣不法上陸事案同様、海保で対処すべきであり、今後は大規模事態への準備を整える必要がある。多数の漁船や人員が蝟集したとしても、海保の投入兵力と戦術の準備ができていれば、「大汗をかく」であろうが国内法に基づいて対処できる。
本事案への法執行機関である海保による対処は、中国のみならず世界に対し「我が国が中国人に対して法執行をすることにより、尖閣の主権そのものが日本に属する事実」を示す好機であり、万全を期する必要がある。
一発の弾も打たず、一滴の血も流さず
尖閣諸島を強奪される可能性も
では、中国はどのような手法で尖閣を奪還するのだろうか。尖閣案件に関し、尖閣を実効支配していないために、圧倒的に劣勢な中国が、昨年春頃から「尖閣の実効支配の早急な奪還」を明言しはじめた点は注目する必要がある。
中国の尖閣奪還作戦に示唆を与える事例として、昭和17年8月のマキン島事件がある。
中部太平洋全域の制海空権が未だ日本海軍の手中にあった当時、潜水艦2隻に分乗した米海兵隊襲撃大隊(200人強)が、日本支配のマキン島沖まで潜航進出して隠密裏に浮上、ゴムボートで上陸し同島を奇襲・掃討して、翌日潜水艦に帰還撤収した事案である。
これを尖閣事案に焼き直せば、「特殊部隊による空挺降下あるいは潜水艦からの水中隠密上陸」等、海保の警戒の間隙を突いた尖閣への侵入となる。海保巡視船艇には対空・対潜能力はないため、警戒中の巡視船艇が気づいた時には尖閣に中国軍特殊部隊が上陸し、衛星経由で送信された「五星紅旗が山頂に翻る映像」が中国政府の記者会見で上映され、「中国人民解放軍による釣魚島の日本からの奪還」という宣伝が全世界に報道される恐れも考慮する必要がある。
この後、「実効支配奪還・主権確立」を示すため中国軍輸送機・公船等による事後の補給作戦を開始する公算もある。
この様な事案対処は海保の任務外であるが、前述の問題と制約のため自衛隊の出動もままならず、仮に出動したとしても防衛出動下令なき自衛隊部隊は海保以下の活動しかできないという八方塞がりになる恐れがある。
政府の対応が遅れる場合は、防衛出動のみならず日米安保発動のタイミングも失い、中国の思惑通り「一発の弾も撃たず」、「一滴の血も流さず」、「長期化した国際問題に発展することもなく」、「日米安保発動も回避し」て尖閣の「実効支配」と「領有権」の両方が簡単に強奪される事態となり得る。
中国の実効支配の確立、領有権強奪を目的とする侵攻形態は「違法操業等の段階的エスカレート」等の非軍事事案に加え、奇襲から正攻法軍事作戦まで多数の選択肢があり、この見積もりに際しては決して我の都合による先入観・希望的観測に支配されてはならない。
この欠陥を解消するための政府措置立案に際しては、以下の4点を重視しなければならない。
・中国の冒険主義、特に我の間隙を突く奇襲を抑止する自衛隊の態勢確立
・海保の能力が欠落している空水潜への警戒監視体制確立
・迅速な政府の意思決定メカニズム構築
・海保・自衛隊の対処能力の向上
また、尖閣をめぐる日中対立に対して、米国は領有権に関しては中立としながら、「同諸島に対する中国の侵略は日米安保条約第5条の対象である」と旗色を鮮明にしている。このような米国の配慮はあるが、我々は「日本の行動なくして米国の来援なし」という常識を決して忘れてはならない。
南西諸島の防衛体制は
極めて危険な状態
南西諸島防衛上の要点は同諸島居住の沖縄、鹿児島両県民約130万人と有力な米軍部隊の存在であり、以下これを踏まえた主要考慮事項を述べる。
本件の最優先は住民の生活基盤維持であり、これは敵の着上陸侵攻対処以前の根本命題である。
中国から見れば、同諸島に対する海上封鎖は、軍事作戦による直接侵攻よりも明らかに敷居が低い有力な選択肢であり、これを勘案した戦略が求められるが、我が国では論議の対象にさえなっていない。
沖縄本島等の大型有人島は空港、港湾、道路、電気、給水等の社会基盤が整備されると共に米軍や自衛隊部隊の配備に必要な地積を有するが、海上封鎖に対する脆弱性も存在することから、中国海軍の海上封鎖は現実的選択肢と考えられる。
外航航路を主とした海上交通の保護に加え、内航航路を対象とする取り組みが自衛隊の新たな課題となる。
南西諸島防衛は先述したように極めて戦略価値が高いにもかかわらず、課題は山積状態だ。島嶼防衛の要決は敵の上着陸を許さないことであり、その抑止・排除能力が鍵となるが、現状は極めて危険な状態である。
まず陸自部隊の配備が沖縄本島を除き手つかずで、独立国の領域等保全体制の体をなしていないことがある。その原因として、一部の沖縄県民に根深く存在する反軍(自衛隊)感情があるが、国境海域の島嶼に地上戦力を配置しないことは、周辺諸国からは「当該島嶼を防衛する意図がない」と誤解される恐れがある。
地域社会の理解等の課題はあるが、与那国、石垣、宮古島への部隊配備は焦眉の急である。更に戦略的価値を有しながら部隊を常時配備できない西表島等の離島警戒体制構築、及び空域監視体制向上も必須である。
また本海域における対潜警戒監視体制の改善も求められるが、これらの総合的な措置により、不慮事態の未然防止及び事案の抑止と発生時の有効対処が可能になる。
沖縄に展開する米空軍と海兵隊部隊は、他の米軍部隊と共にアジア太平洋地域の安全保障上の要であり、同部隊の作戦能力維持は我が国の同盟上の責務である。特に中国のAA/AD戦略が、米軍の
・自由な活動抑制
・介入の牽制・阻止
・有事の撃滅
を目標としていることから、南西諸島に展開する米軍部隊も中国の主攻撃目標であることは明白である。
同時に、米軍が強調している「アクセスを確保する体制と能力の構築」及び「各種の対AA/AD戦術の導入」という構想実現の柱が在沖縄米軍部隊であることから、当該部隊を防護することによる米軍の対中抑止力強化も我が国の一大任務となる。
海保と海自の間にある“空白領域”
対処方針は白紙で不透明なまま
筆者は尖閣等の事態への無節操な海自の投入を推奨しているのではない。日常の領域等保全活動は海保等を中心として実施されるべきであり、今日常態化している中国公船への対処も含め、この体制で臨むことが適切である。
尖閣周辺での事態が緊張する度に政府は「海保と海自の連携を強化させる」等の方針を発出しているが、現実は政府の言う「海保等及び自衛隊をシームレスに運用し、あらゆる事態に対処できる体制を構築する」とはほど遠い。
現行制度及び能力において「海保が対処できる事態(非軍事事態)」と「海自が対処できる事態(防衛出動が下令される事態)」の間には大きな空白領域が残されており、この領域に属する事案発生時の国家としての対処方針も、白紙状態に近い。
特に独立国としての対応力の真価が問われる案件は、この「空白利用域」に属すものが中心になることは明白であるにもかかわらず、我が国政府の本件に対する取り組みは迅速性に欠けるとともに不透明であり、「奇襲等も含めたこの種の不測事態に対する政府としての対処訓練さえ行われていないのではないか?」と案ぜられる。
福島原発事案においては「想定外は許されない」という教訓とともに、政府としての不測事態対処の際の事前準備の重要さを強く認識させられた。この教訓は何も自然災害に限られるものではなく、我が国の安全保障・国防上の不測事態にも等しく適用されるものであり、我が国のリーダーはこの教訓を決して無駄にしてはならない。
尖閣と南西諸島の我が国安全保障上の意義に関しては、勿論双方とも重要であるが、両者の戦略的意義の差異を正確に認識した施策が求められる。
特に中国の積極的な海軍力整備と海洋進出を念頭にした時、日米安保体制も含めた南西諸島の総合的防衛体制構築が求められるが、現実は「全てがこれから」という段階であろう。
北京が「日本は対処ができない」「東京が動かない」と判断した時に、冒険主義に走る公算が高くなると考えられる。本稿で指摘した我が国の制度上の問題解決と南西諸島防衛体制構築が急がれる。
我が国の島嶼防衛問題の本丸は、海保や海自ではなく「東京」であることを忘れてはならない。
http://diamond.jp/articles/print/42774
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