10. 2013年10月02日 01:11:21
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ずるずると日本の手を 離れていく尖閣 ニュースにならなくなってきた中国船の日本領海侵入 2013年10月02日(Wed) 古森 義久 尖閣諸島をめぐる日中対立で中国がすでに「新しい地歩」を築いたとする見解が米国の識者によって表明された。 中国はすでに尖閣周辺の日本領海に自由に侵入できるようになったのだから、その日本領海を中国領海だとする主張は正当性が強くなった、というのだ。 自国の領海への侵入に具体的な対応措置を取らないとなると、日本の尖閣の施政権も侵食されることとなる。まさに尖閣喪失の危機の始まりとなりかねないのである。 日本の態度は非常に危険 尖閣諸島の日本領海への中国側艦艇の侵入がますます頻繁になってきた。日本の新聞報道でもその領海侵入を報じる記事の見出しが少しずつ小さくなってきた。例えば読売新聞9月29日朝刊を見ると、第2社会面の右下の片隅に以下のような極小の記事が載っていた。 「接続水域内中国船4隻 第11管区海上保安本部(那覇市)によると、28日午後7時現在、沖縄県石垣市の尖閣諸島・魚釣島沖の接続水域(領海の外側約22キロ)内を中国海警局の公船『海警』4隻が航行している。4隻は27日に一時、領海に侵入していた」 普通なら見落としてしまうほどの目立たない記事だった。すでに容疑者が何人も逮捕された殺人事件で8人目が逮捕されたという記事の後に、まさに雑報扱いで載っていた。「領海侵入」という本来なら国家の主権に対する重大な侵害行為がもう雑報になっているのだ。 その理由はまず中国艦艇の尖閣の日本領海への侵入があまりに頻繁に起きていることだろう。だからニュース性が減っているわけだ。日本側でも、もう中国の日本領海侵入にはすっかり慣れてしまったということなのだろうか。 だとすれば、この日本側の態度は非常に危険である。 尖閣諸島防衛のためには最大の頼みとなる「日本側の施政権保有」という大前提の崩壊につながりかねないからだ。 米国は尖閣の施政権が日本側に確実にあると判断するからこそ、日米安保条約に基づき、尖閣を日米共同防衛の対象に含めると主張しているのである。だからその施政権の日本への帰属が崩れた場合、日米安保条約も尖閣に関しては無意味になってしまう。 日本研究学者が挙げた「最悪のシナリオ」 尖閣諸島の日本側の施政権に対する危険を最近、ワシントンで実感させられた。ワシントンの大手シンクタンクのブルッキングス研究所がこのほど主催した日本の政治や外交に関する討論会での、ある発言がまさに日本にとってのその危険を指摘していたのだ。 この討論会で基調報告者の1人となったワシントン大学準教授のマイク・モチヅキ・ジョージ氏が注目すべき見解を述べた。モチヅキ氏は日米関係の特に安全保障を専門に研究してきたベテラン学者である。 モチヅキ氏は尖閣に関連して次のようなことを述べた。 「尖閣に関して中国側はすでに新しい地歩を築いてしまったと言える。その地歩とは中国側が自国の艦艇を尖閣海域で常時、パトロールさせ、日本側領海に自由かつ頻繁に侵入してくるという状態を指す。中国側は日本の尖閣領海を中国領海だと正当づけられるわけだ」 モチヅキ氏は本来は日本研究学者である。だがこの課題には特に日本への支持を打ち出すふうもなく、淡々と語るのだった。 「この尖閣の新情勢を日本側が覆すには、対立全体をエスカレートさせるような措置を取るしかないだろう」 だからいまの日本はきわめて苦しい立場にあると言うのだ。 そしてモチヅキ氏は「最悪のシナリオ」として中国側の活動家あるいは準軍事集団による尖閣への奇襲上陸の可能性を挙げた。中国人が勝手に上陸し、占拠する尖閣諸島に対して日本側が自国の施政権を主張することは、ますます難しくなる。そんな状態に直面した日本側はどんな対応策を取るのだろうか。 ますます薄弱となる日本の施政権 中国艦艇が日本領海に自由に侵入してくるという現状は、考えれば考えるほど深刻である。尖閣付近の日本領海内で日本漁船が中国艦艇に追い払われるという事態までが伝えられるのだ。だが日本政府は基本的になんの実効ある対抗措置も取ってはいない。そうなると尖閣諸島とその周辺の日本領海への日本側の施政権だけでなく、領有権、つまり主権までが疑わしくなる。 このままだと不可避なのは日本側の尖閣の施政権の空洞化である。日本が尖閣防衛で最大の頼みとする米国も領有権では立場を取らないとはいえ、日本側の施政権は明確に認めている。その結果、尖閣が「日本の施政の下」にあるから日米安保条約の適用範囲になると言明するわけだ。「施政権」とは立法、司法、行政の三権を行使する権利だという。より簡単には行政を履行することだろう。 だが外国の武装艦艇が自由自在に無断侵入してくる海域の「施政」の存在を立証することは容易ではない。現状では日本が施政権を行使しているとは言えないようなのだ。それどころか、このままだと日本側の「施政」は崩れそうなのである。中国側の意図もまさにその点にあるのだろう。 尖閣諸島の陸上にも、日本政府はなんの施政権らしい権利を行使していない。尖閣には日本の行政も司法も立法も、明確にはなにも及んでいないのである。そのうえに領海にも外国の艦船が無断で自由に入ってくるとなると、日本の施政権というのはますます薄弱となる。モチヅキ氏はこのあたりを指して、「中国側が新しい地歩を築いた」と評しているのだろう。 そうなると日本政府が2013年9月に尖閣諸島の国有化の手続きを取ったことが改めて正しかったということにもなる。外国の船や人間が自由に入ってくる海域、地域にこちら側の「国家」の気配もないとなると、尖閣の施政権はもちろん領有権さえ危うくなってしまう。 断固とした対応で侵入を抑止せよ 中国側の「新しい地歩」を崩し、日本の「施政」を堅持するには、日本側もいまや新しい対応が求められる。尖閣はもう中国に譲ってしまえ、という選択肢を取るならば、別である。中国側の要求になんでも従ってしまえばよいのだ。そうすれば対立も衝突も、戦争も避けられる。だが自国領土を外国から軍事力の威嚇を背景に求められれば、簡単に割譲してしまうというのでは、主権国家の要件を欠くことになる。 このままでは米国が認めている日本の施政権も風前の灯である。客観的に見て日本国は尖閣諸島の陸上でも海上でも、どこに施政権を行使しているというのか。海上保安庁の船が日本領海をパトロールして、侵入してくる外国の艦艇に「退去せよ」と口頭で求めるだけなのだ。 米国がもしも日本の施政権を認められないという状況になれば、尖閣が中国の軍事攻撃を受けても、日米安保条約の適用範囲とは見なさないことになり、なんの防衛行動も取らないことになってしまう。 だから日本側は尖閣の施政権を明示する新しい措置を取らねばならない状況へと、いまや追いこまれてきたと言えよう。 新措置とは例えば、尖閣の日本領海への中国艦艇の自由な侵入を阻止するための措置である。この点は物理的な衝突を覚悟の上での新対応となろう。普通の国家ならば、自国の領海に無断で意図的に侵入してくる艦艇や航空機は軍事手段をも講じて、阻むのである。その断固とした対応がさらなる侵入を抑止することになる。 モチヅキ氏が「対立全体をエスカレートさせるような措置」と評したのはその意味である。 「無人島」だから尖閣を防衛しない米国 もう1つの新措置は尖閣諸島の陸上に日本の施政権を明示する施設、あるいは人員を置くことである。灯台の再建設と稼働、あるいは警察官、地方自治体代表の常駐、または定期的な上陸にパトロールなどが考えられる。自衛隊を常駐させるのが本来のまともな手段だろうが、いまの日本政府の態度を見ると、まず期待はできない。それならば、文官の駐留であれば、抵抗は少ないだろう。だがこれまたこれまでの日本政府の対応からすれば、エスカレーションとなる。 この点に関して米国側では尖閣での対立への関与を避けようとする議論のなかで「無人島だから」という指摘がよくなされてきた。「米国は日本の無人島のために中国との全面的な軍事衝突をするようなことがあってはならない」という意見は米国海軍の元幹部からも議会の証言で表明された。 だが米国側のその種の発言には、尖閣が本来は無人でなかったのに日本側が中国の反発を恐れ、あえて無人にしているという事実をあえて無視している感じがある。日本側からすれば、無人の島だから米国が防衛対象にしないと言うのならば、有人にすればよいのだ。 とにかく日本側が現在のような消極的な対応を続ければ、当面の衝突こそ避けられても、尖閣諸島への施政権の主張も、領有権の主張もどんどん薄弱となっていく。せめて施政権を明示する新措置を取らない限り、尖閣はずるずると日本側の手を離れていく。 そんな危機がもう目の前に迫ったのである。 中国が尖閣諸島を絶対にあきらめない理由 海洋進出の目標と狙い、その背景にあるもの 2013年10月02日(Wed) 矢野 義昭 いま尖閣諸島周辺では、中国の公船が領海侵犯を繰り返し、無人機が尖閣諸島の領空を侵犯するなどの事案が起こっている。このような中国側の強硬姿勢の背後にある中国の海洋戦略とは、どのようなものであろうか。この点を中国側が公表した戦略文献により検証する。
1 中国の海洋安全保障環境に対する認識 「中国海警局」の船舶4隻、初めて確認 尖閣沖 沖縄県・尖閣諸島沖を航行する中国海警局の船舶(2013年7月24日撮影)〔AFPBB News〕 中国の戦略専門家の間では、習近平総書記の方針に沿い、「富国強兵」が地政学的な戦略の根本原則ととらえられている。 海洋の地政的な価値には、海底資源の存在、海上交通の動脈としての価値、国民経済の一環としての重要性などがあり、海洋は人類全体の経済発展のために不可欠な巨大空間であるとみられている。 それと同時に、人類の戦争はもともと陸上が主であったが、次第に海岸、近海から遠洋に戦争の場が拡大し、海洋の戦略的な重要性が高まってきたとも指摘している*1。 このように、海洋は人類共通の資産ではあるが、争奪の場でもあるととらえており、「富国強兵」を原則とする以上、軍事力を背景とする海洋進出が重視されることになる。 中国は、地理的に三方が陸地に囲まれており、海洋は東正面にしか存在しない。中国が面する海洋は大きく、南海、東海、黄海の3方面に区分されるが、これら3方面の海洋への進出の必要性が、より重視されるようになっている。 各海洋方面の安全保障環境については、以下のように述べられている。 ●南海方面は、域外大国の参入により混乱し、域内各国間の対中連携体制が強まり、各国の軍事費が増加して海空軍の建設が進んでいると、警戒感を示している。 ●黄海方面は、米国主導で米日韓の同盟強化と活動が活発化する一方で、ロシアによる北方領土確保態勢の強化が進み、朝鮮半島では衝突が生じ南北が対峙し北朝鮮の核問題解決は停滞しているとみている。特に米空母等の演習活発化に対する警戒感を示している。 ●東海方面では、まず日本との間で資源開発、国境問題、島嶼の帰属をめぐり対立が深まり、日本がしばしば挑戦的となり、同海域での偵察・監視・警戒・測量などの活動を強化しているとしている。東海方面の記述では、日本を台湾よりも先に重点的に記述して、台湾以上に重視する姿勢を見せている。対日敵対意識を露わにし、また日本側の抑制的対応には言及していない。 ●台湾について、台湾当局は、先端的な装備を購入または開発し、演習や文献では依然として中国を仮想敵にしているとしている。特に2010年の米国からの64億ドルに及ぶ武器輸出と米国がF-16C/Dなどの兵器を輸出しようとしていることに反発を強めている。また台湾の国産の対艦ミサイル、巡航ミサイル、対ミサイル能力の研究開発を脅威視し、各種ミサイルの配備例を挙げている。さらに演習活動の活発化も指摘している*2。 このように、海洋正面については全般的に、各方面で周辺国との対立関係が強まり、周辺国が防衛力を増強し対抗策をとっていることに警戒感を強めている。 中でも東海正面では、「核心的利益」とし「国土統一」の目標である台湾よりも、日本に関する記述が先に書かれ量も多く、敵対的姿勢の記述が目立つ点は注目される。 日本の尖閣はじめ南西諸島の確保を、台湾併合よりも時期的にも戦略的にも優先するとの中国の戦略方針を反映しているのかもしれない。 他方で、台湾側の防衛力向上には注目しており、台湾の防衛力強化は、それなりの対中抑止効果を発揮していると言えよう。また記述の順序から見る限りは、既に島嶼をめぐり軍事衝突が生起している南海正面が最も重視されている。 中国がグローバルな経済活動を展開しようとするときに、立ちはだかる敵対勢力として、最も脅威感をもってとらえられているのは、米国である。 中国は、米国が中国を、東北アジア、東南アジア、南アジア、中央アジア、北アジアの5方向から、「取り囲んで封じ込めながら接触を増やす(ヘッジと関与)」という戦略を採用しているとみている。 また、台湾の独立を認めないとしつつも、「中国が武力行使を決定したと声明を発した場合は、米国は必ずや台湾の自衛を支援する」とする、米国の台湾に対する「あいまい」戦略も、祖国統一を妨害しようとする最大の脅威ととらえている*3。 *1=沈伟烈主篇『地缘政治学概念(地政学の概念)』214-221頁 *2=同上、238-240頁 *3=同上、387-390頁 2 中国の海洋戦略の基本方向と3つの「列島線」 中国は現在、海洋戦略上は南方を最重視している。中国の海洋戦略の専門家である張世平は、「南方から外洋へ、外洋から全地球へ」というのが、国家として勃興し発展する方向及び国家の軍事力が発展する方向に関する選択であると述べている。 また、世界的に広がっている国家利益のために、世界に通ずる戦略的シーレーンに対し、有効な安全保障を提供し、中国の勃興の実現を確実に保障することが、海軍の基本的任務であり、「世界的に展開し、遠洋においてシーレーンを守ること(遠洋保交)」が中国海軍の戦略的選択である*4」としている。ただし、中国の外洋進出のためには、「列島線(链岛)」の突破が必要とされている。 海洋主権護持の観点から、列島線について、第1、第2、第3の列島線が中国の海洋戦略文献では主張されている。いわゆる「3つの列島線」という、「かんぬき」のような島嶼群により、米国は中国に対する軍事的な包囲網を形成しているとみている。 約20人の中国の戦略専門家の共著である『中国の地理的な安全保障環境に関する評価報告(2010-2011年)』では、第1列島線は、日本の九州からマレー半島に至り、この中に韓国、日本、台湾省、フィリピン、インドネシア、ブルネイなどの諸国がある。 第2列島線の核心であるグアム島には、西太平洋最大の米海空軍基地がある。第3列島線の核心はハワイ諸島であると記述されている*5。これが列島線についての中国専門家の一般的な認識を示していると思われる。 第1、第2のみならず、ハワイを核心とする「第3列島線」という地政学的概念が明確に言及されている点は、注目される。 *4=张世平『中国海权(中国の海上権力)』人民日报出版社、2009年、299頁 *5=中国政策科学研究会国家安全政策委员会篇『中国地缘安全环境评估报告(2010-2011)』118頁 3 「列島線」観念に対する批判 しかし軍事科学院研究員の張世平海軍少将は、以下のように、このような列島線という考え方について、批判的である。以下の主張は張世平個人の主張であり、どこまで現実の海軍戦略に影響があるかは分からないが、列島線観念の現代的意義を示唆する興味深い事例である。 彼の主張によれば、「列島線」は中国の海軍の建設にとり重要な観念であり、中国海軍の発展をけん引するだけの重要な影響力を持っている。 第1列島線は、中国の黄海、東海、日本の琉球列島、中国の南海、フィリピン群島等から成り、第2列島線は、千島列島、北海道、南方諸島、マリアナ諸島、カロリン諸島、ニューギニア島などから成り、第3列島線は、アリューシャン列島、ハワイ諸島、ライン諸島などから成るが、いずれも「海上権力(海权)」に関わる問題である。 これらの列島線観念の狙いは、中国に一歩一歩海洋へ発展するための段階を指し示すことにあるとされている。 しかし張世平は、以下のような批判を展開する。実際は、これらの「列島線」は一種の観念であり、大陸的な海上権力の概念である。その指し示す方向は明らかではなく、局限性という大きな問題を抱えている。 中国が直面する海洋は東方にあり、中国の主要な海岸線は東方に向いている。歴史上の西方列強と日本の侵略も東方からなされた。現在の世界の最強最大の海軍力は東方に存在する。 確かにそれはそのとおりだが、中国の海洋生命線は太平洋のみではなく、中国が必要とするものもまた太平洋西岸の第1、第2、第3列島線内の行動の自由権のみではない。列島線観念は、興隆しつつある中国にとり、もはや「解放」ではなく「桎梏」となっている。 さらに、彼はその理由を以下のように説明している。中国の必要とする海上権力は、全地球的なものであり、太平洋、インド洋、大西洋、北極海など全方位にわたるものである。中国の利益は世界に拡散し、中国の海洋活動も全世界にまたがっており、中国の責任は世界に及んでいる。 「近岸防御―遠海防衛(海から海へ)―世界的な平和維持(海から陸へ)」、これが中国海軍にとり発展の歴史的必然であり、「遠洋保交」こそ、これからの中国海軍が目指すべき方向であると強調している*6。 このようにグローバルパワーとなることが海軍の目標でなければならないというのが、張世平少将の主張である。 *6=张世平『中国海权』299-300頁 4 現実の軍事力バランスから見た張世平の批判に対する評価 しかし、張世平のような、列島線観念では中国海軍の世界的活動には不十分とする海上権力についての考え方は、現実の軍事バランスからみると、いまだにその実行は非現実的と言わざるを得ない。 中国の隣接地域における局地的な対米軍事バランスにおいては、中国大陸に配備され近隣地域を攻撃可能な、核および非核の各種のミサイル戦力と地上配備の戦闘機などの戦力投射能力が、対米優位をもたらそうとしていると言うことはできる。 このことは米国が中国の「接近阻止/地域拒否戦略」を重大な脅威ととらえていることにも表れている。 しかし、米国の空母打撃群のような外洋型空母を持たない中国海軍が、真の世界的な戦力投射が可能になるには、まだまだ年月を要する。 この点については、張世平も、航空母艦を恫喝に使用するという問題を研究する必要性を強調していることからみても、自らも問題点として認識しているとみられる*7。 したがって、中国海軍が本土の掩護から離れて、自由に世界中の外洋を行動することを前提とする、張世平が主張する海上権力グローバル化論は、遠い将来の目標として今後長期間をかけて追求すべき目標ではあっても、現在の中国の海洋戦略の現実的な目標を示すものとは言えないであろう。 中国海軍力の現状は、第1列島線内では何とか行動の自由を確保し、第2列島線への進出を試みている段階と言えよう。 むしろ張世平の主張で注目されるのは、第2列島線として千島列島と北海道が含まれ、オホーツク海と日本海が明確に包含されていること、及び第3列島線としてハワイ諸島のみならず、アリューシャン列島からライン諸島が含まれ、ほぼ西太平洋全域を対象としている点である。 第2列島線の範囲は、第2列島線確保の段階で、在韓、在日米軍基地を排除し、日本と極東ロシアを封じ込め、日本海からオホーツク海までの行動の自由を確保するとの意思を示唆している。 中国は現在、日本海に面する羅先地区の開発に大規模な投資を行ない港湾、道路などのインフラを整備しているが、日本海からオホーツク海、さらに北太平洋から北極海に至る海域での海上権力の優位を近い将来獲得するための布石であろう。 中国海軍が、日本の北海道西岸から千島列島西部にまで進出し日本海からオホーツク海の海空優勢を握ることは、日本が日本海側からも中国の脅威を受けることを意味し、韓国も東西北の3正面から包囲されることになり、韓国の国防は極めて困難になるであろう。 さらに第3列島線が西太平洋全域をほぼ覆う海域を包含していることは、中国が、外洋型空母を整備し、長期的には西太平洋での海上権力を握ろうとしていることを示唆している。 このことは、米太平洋軍のキーティング司令官が、2007年5月に訪中した際、会談した中国海軍の楊毅少将から、ハワイを基点として米中が太平洋の東西を「分割管理」する構想を提案されたと、2008年に米上院の軍事委員会で証言していることと符合している。 また軍事戦略上、尖閣諸島と台湾は重要な価値を有している。東海の水深は大部分が100メートル未満であるが、中国大陸から太平洋に出るには必ずこの浅い東海を経由しなければならない。 しかし東海では潜水艦が秘匿して外洋に出るための水路は限定されている。張世平は、この数少ない貴重な水路を制し、中国が太平洋に出るのを「かんぬき」のように閉ざしている、第1列島線中の最大の要点が、尖閣諸島一帯と台湾であるとみている*8。 また、尖閣諸島は小島群ではあるが、レーダを配備できれば、中国側の防空上の警戒監視空域は400キロメートル以上東方に推進されることになる。 *7=同上、300頁 *8=同上、219-220頁。東海の平均水深は、同書によれば370メートルとされている。 まとめ 中国の海洋戦略に関する文献から見る限りでは、目下のところ中国海軍が追求している目標は西太平洋全域への覇権の拡大であり、沿岸から近海へ、近海から外洋へと海洋覇権を着実に拡大しようするのが、現在の中国の海洋戦略の基本方向と評価できるであろう。 またこのことは、防衛白書などに示されている現実の中国海軍等の行動とも符合しており、その一環としていま尖閣諸島に対する威圧行動がとられていることに、注目する必要がある。 中国の行動の背後には長期的な戦略目標がある。 中国にとり尖閣諸島は、台湾と並び、太平洋への出口を制する最大の要点であり、西太平洋の覇権を握るには、何としても確保しなければならないとみなされている。 これらから判断すれば、中国が、力関係が不利な場合に一時的に融和策をとることはあっても、長期戦略の中で尖閣諸島の占拠を諦めることはないとみるべきであろう。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/38820
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