01. 2013年9月07日 14:12:31
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シリア問題で、オバマはどうして自ら窮地へと向かうのか?」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第643回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
予想通りとはいえ、ロシアのサント・ペテルスブルクで行われたG20では、シリ ア危機をめぐる合意は何一つできませんでした。プーチン、オバマの両首脳は、それ ぞれの共同記者会見の直前に20分ほど予定外の「一対一での会談」を行ったようで すが、本人たちが言うには「完全な平行線」だったそうです。 プーチンが妥協しないのは想定内だったかもしれませんが、他の参加国の中で攻撃 への支持が広がらなかったというのは、やはりオバマとしては苦しい状況です。中ロ 両国は、安保理での拒否権行使の姿勢において全く変更する気配はありませんし、中 立的な諸国の中でも反対が多いわけです。 例えば、インドなどは地政学的にはアメリカとは同盟関係にあるわけですが、何し ろ「国際法に反して核武装」している国としては、今回のシリア攻撃を支持すること はできないわけです。そのインドが「反対」に回ることで、元来がアメリカとは是々 非々で動いてきたブラジルを加えると「BRICs」の四カ国が「反対」で結束して しまうという妙な現象にもなっています。 G20に関してのオバマは「ダメ元」であったかもしれませんが、そのオバマがロ シアに出張している間のアメリカ本国の様子も、オバマの思惑通りには進んでいませ ん。オバマは、攻撃の可否に関しては議会の決定を尊重するとして、問題を議会に 「投げて」G20に出発しています。 その議会は基本的には休会中ですが、上院の審議は動き始めています。まず、上院 の外交委員会は9月4日(水)に票決を行って、10対7で攻撃案を可決しています。 10対7というと、賛成多数で大統領には有利という印象ですが、問題は中身です。 与党の民主党では2人が「反対」、1人が「棄権」という日本で言えば「造反」が出 ています。一方で、共和党も軍事タカ派は賛成、若手は反対と真っ二つとなりました。 特に共和党の若手は、2016年の大統領選の予備選にあたって有力との下馬評の 高い、ランド・ポール(ケンタッキー)、マルコ・ルビオ(フロリダ)といった「ビ ッグネーム」が反対に回りました。とりあえず、法案は「上院本会議(フル・セネッ ト)」に上程されていますが、9日以降に予想される採決に関しては、現時点ではメ ドは立っていません。 一部には「国家の安全保障に関わる重大案件」であるから、慣例となっている「フ ィルバスター」という長時間演説による審議妨害は不適切、従って「フィルバスター を抑えることのできる60票」ではなく、「単純過半数の51票」で良いという説が あります。ですが、その「フィルバスター」の常連であり、何回か法案や予算案を自 分の「朝まで演説」で葬ってきたランド・ポール議員はヤル気満々でどうなるか分か りません。 それでも、まだ上院というのは各議員の任期は6年あり、2014年の中間選挙を 気にしなくてはならない議員は3分の1だけ、しかも基本的に上院議員というのは、 一人一人が軍事外交に関する「ミニ・シンクタンク」的な動きをするわけです。です から、アメリカの置かれた中長期の文脈の中での判断になることから、大統領の決定 には近い感覚を持っています。 問題は下院です。全国を国勢調査に基づく人口比で、435に割った小選挙区から 2年毎に改選されて来る下院議員の行動パターンは、上院とは全く違います。まず選 挙区の有権者の民意をよりダイレクトに反映しなくてはならないですし、現在のアメ リカでは、とりわけ予算や税制といったカネに関する問題には非常に厳しい判断を迫 られます。 その下院では、一部の報道では「反対」を決めた議員が既に過半数の越えて、22 0をオーバーする勢いだというのです。さすがに、与党民主党のペロシ院内総務、野 党共和党のベイナー議長はここへ来て、大統領や上院の長老などとの折衝を経て、大 統領案支持に回っていますが、共和党の多数に加えて、民主党の左派、いわゆる反戦 リベラルの選挙区出身の議員は軒並み反対に回るだろうということが言われています。 世論調査に関しては、色々なものが出ていますが、今週の初めに発表された「AB C=ワシントン・ポスト」の連合調査では、「空爆賛成」が36%、「反対」が49 %となっており、この辺の数字が一番大統領寄りで、多くの調査では「過半数が反対」 という状況です。 では、国内は反戦運動で盛り上がっているのかというと、そういうわけではありま せん。今週のアメリカでは、何と言ってもトップニュースは女性を虜にした大ベスト セラー官能小説 "Fifty Shades of Gray" (邦題は「フィフティ・シェイズ・オブ・ グレイ」)の映画化にあたって、注目された主役の男女が発表されたという「事件」 でした。ダコダ・ジョンソン(『ソーシャルネットワーク』でのジャスティン・ティ ンバーレイクの愛人役など)と、チャーリー・ハナム(『パシフィック・リム』の主 役として菊地凛子さんのパートナーを務めた)という組み合わせは、大変な話題にな っています。 こうした「大変に柔らかい映画」の話題が大きく報じられるというところに、景気 回復が少し実感できる中での社会の「緩み」というか「安堵感」があるわけです。そ う考えると、逆に「そんな世相であるのに戦争など絶対に反対」という深層心理が世 論の奥にはあると思います。こうした心理というのは、厭戦意識という受け身なもの ではなく、相当に強固と言っていいでしょう。株価に関しても、シリア空爆論が強ま ると下げ、弱まると上げるという反応が定着しています。市場も攻撃を支持してはい ません。 そんな中で、一種の情報戦も拡大しています。今回の「化学兵器使用事件」ですが、 当初は使用された薬剤名は特定されていませんでした。ですが、9月に入る前後から 急に使用されたのは「サリン」であるということが、英国の情報筋あるいはアメリカ の国務省から強く出てくるようになっています。 ですが、それ以上の内容はないのです。これは実際にサリンを使用した攻撃を受け たことのある日本社会としては相当に違和感を持って良い話だと思います。例えば、 サリンが使用されたとして、どのように運ばれて、どのように「噴射」なり「拡散」 されたのかというのは事件の重要なポイントになるのですが、そうした詳細は一切不 明です。サリンという薬剤の恐ろしいところは、噴霧されたものを呼吸器や消化器か ら取り込む場合だけでなく、皮膚からも体内に浸透して神経系統を破壊するという特 性にあるわけです。 ですから、使用されたのが本当にサリンであれば、皮膚を通しての被害という異常 な被害状況が相当に発生しそうなのですが、今現在はそうした情報はありません。ま た、二次被害を防ぐために、被災者の救命活動に当たってはサリンの成分を吸収した 衣服はできるだけ除去して行くわけですが、そうした措置をはじめとして、この恐ろ しい薬剤の特性を示す映像もありません。 更に、現時点では1200名の犠牲者が出ているというのですが、サリンの恐怖と いうのは仮に救命ができてもあるレベル以上の被害を受けた場合には、神経系統に治 癒のできない後遺症が残る、しかもその深刻な後遺症は一見すると目には見えないの で「単なる無気力」にしか見えないなどの恐ろしさがあるわけです。死者が1200 であれば、後遺症を抱えた患者は相当数に上ると思われますが、そうした報道もあり ません。 また、サリンというのは、精製が難しく、また非常に不安定な物質であるわけです。 熱を加えると分解してしまうし、水分と接触してもダメである一方で、微量でも猛毒 性を持つこと、最終的にサリンになる前段階の化合物でも既に強い毒性を発するとい うことから、相当に高度な化学に関する技術を持ち、高度な製造プラントや特殊な運 搬方法なども必要となります。事実上、純度の高いサリンを「目標」まで運んで、 「最大限の被害」を現実のものとするのは物理的に困難であるわけです。 一方で、サリン被害に関しては治療薬として「パム剤」など有効なものがあるわけ です。いずれにしても、日本のように実際にサリンでの攻撃を受けた社会ではよく知 られている事実が、全く出てこないのには違和感を感じざるを得ません。 例えば、米英の攻撃賛成派の政治家などは、「化学兵器は貧者の核兵器」だなどと いう言い方で、「シリア製のサリンがアルカイダに渡ったら大変だ」などと大騒ぎを しているのですが、化学物質の維持管理のノウハウのないグループが仮にそうした薬 剤を渡されても、品質を維持しながら安全に保管することも難しいわけで、どうにも 非現実的な感じがします。 また、イスラエルの北部などではガスマスクを求める人々が殺到しているという報 道もありますが、仮にシリアからのサリン攻撃に備えるのであれば、マスクでは無力 である一方で、今からでも「パム剤」を世界中から集めておくことが必要だと思いま す。 そうした「トンチンカン」な対応が多く見られるのは、勿論、全てが陰謀論だとか 情報戦だといかいう以前に、サリンという物質の特性がよく知られていない、あるい は「悪意を持った人間の興味を喚起しないように」敢えて情報公開していないからな のかもしれません。ですが、一旦、サリンというものの恐ろしさを知ってしまった日 本のような社会から見れば、どうしても不自然に見えるのは否めません。 それはともかく、オバマという人はどうして内外に大きな批判を抱えながら、こう して「シリアへの空爆」を熱心に説いているのでしょうか? イラク戦争に反対し、 イスラムとの和解を掲げて世界中の人々から関心を持たれ、ノーベル平和賞まで受賞 した人間の行動としては、どうしてもムリを感じます。この点に関しては、プーチン の皮肉も満更ではありません。 まず一つには、オバマの行動パターンというものを理解する必要があると思います。 それは極めてアメリカ的と言ってもいいのですが、3つの特徴があります。それは (1)自分の賛否については明確にし、(2)決定は民意ないし議会に委ねるが、 (3)決定の期限の設定をはじめ全体的な議論の推移においては常に中心にいる、と いう態度です。政治的にはギャンブルではあるのですが、その「議論のプロセス」に おいて、事態の変化や新事実の暴露などを受けて議論がどのように推移するかは、注 意深く見ていくのです。 結果として、最終の判断はどちらに転ぶかは分かりませんが、とにかく自分のリー ダーシップについては、決して受け身にならない中で、できるだけ最適解に持ってい く、そうしたスタイルと言えます。 もう一つは、「このスッキリしない内外の政治的プロセス」そのものに意味がある という考え方です。つまり、シリアに空爆を行うことが目的ではなく、シリア空爆の 「是非」というトピックを材料に、国際社会の注目を中東に向ける、アメリカの世論 やメディアの関心も中東に向けるというのが目的だという見方です。 その「本丸」というのは中東和平、つまりイスラエルとパレスチナの平和的共存を 進めるという問題です。仮に今回は空爆に至らなかったとしても、この間に国際社会 とアメリカの世論が「中東の複雑な利害関係の錯綜」について関心を持ったというこ とは、その「次の一手」への布石になるかもしれません。 それ以前に、オバマという人は「大量破壊兵器の拡散」をいかに防止するかという ことをテーマとして来ています。そのテーマへの強い「こだわり」というのもあると 思います。今回の攻撃案についても、国連安保理が決議できれば国際法上は合法にな る中で、中ロが反対すると合法にはならないわけです。では、どうやって「化学兵器 の使用」という国際法違反事例に対する懲罰を行うのかということでは、ここには国 際法上のパラドックスがあるわけで、オバマとしてはそれよりは自分の政治姿勢をあ くまで貫きたいということなのだと思います。 ただ、パラドックスという点では、オバマの議会に対する説明にも問題があります。 というのは「大統領権限での開戦は可能」という憲政上の慣例に対して「どうして今 回は議会に相談しているのか?」という点を問われて「米国の安全に直接的に切迫し た危険であれば大統領権限で即時対応するが、今回は違う」という言い方で「言質」 を与えてしまっているからです。 さて、その議会決議の動向ですが、本稿の時点では上下両院共に「票読み」は大変 に困難な状況です。ただ、CNNのブリアナ・ケイラー記者がロシアでの会見で「突 っ込んで」いたのですが、「上院は可決」で「下院は否決」という場合をどうしても 想定しておかないといけないと思います。ケイラー記者に対してはオバマは回答を曖 昧にしていましたが、オバマとしてはその場合は「空爆にGO」となる可能性が高い と思われます。 一方で、下院は否決、上院も「51は取ったがフィルバスター(議事妨害)を抑え るだけの60は取れない」となった場合はどうでしょうか? この場合はオバマは 「断念」する可能性があると思われます。いずれにしても、9日(月)以降の議会の 動向が大変に気になるところです。
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