07. 2013年8月28日 10:23:44
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日本の認識の空白を突くCRSリポート米中国防接近は何を意味するのか 2013年8月28日(水) 遠藤 誉 今年7月29日、アメリカ上院は尖閣諸島周辺および南シナ海における中国の武力的な威嚇行為を非難する決議を全会一致で可決したばかりだ。しかし一方では軍事的な米中接近も目立つ。 8月19日、アメリカを訪問した中国の常万全(Chang Wan-quan)国防部長(大臣)は、ヘーゲル国防長官とペンタゴン(ワシントン郊外にある米国防総省本部)で会談し、共同記者会見を行った。それによれば、米中ともに今後は「より安定的な関係構築に向けた取り組みの一環として軍事交流と軍事演習を拡充する」ことで合意したとのこと。おまけに来年にはヘーゲル国防長官が訪中するほか、米国が主催するハワイ沖での大規模な軍事合同演習(環太平洋合同演習)に中国が初めて参加することになったという。 まるで米中同盟成立のような報道 中国の中央テレビ局CCTVは、まるで勝利宣言のように「アメリカとの今後の軍事演習」展開を大々的に報道した。 今年6月初旬、習近平国家主席が訪米しオバマ大統領と二日間にわたる米中首脳会談を行ったことは、まだ記憶に新しい。会談中には50分間の「散歩」があり、互いの通訳以外は誰も周りにいなかった。盗聴されることもなければ録音や記録もない「密談」をしたことになる。 世界第二の経済大国にのし上がった中国は米中をG2と位置付け「新型大国関係」を国家戦略の一つに据えている。オバマ大統領との一日目の会談の際、習近平が言った「太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」という言葉は、中国のこのG2構想を意味している。 8月19日の米中国防相による共同記者会見で、常万全は国名を明示こそしなかったが、「領土主権、海洋権益を守る中国の意志と決意を過小評価するべきではない」と強硬な発言を続けている。この領土主権の中に尖閣諸島が入っていることは明らかだ。 それに対してヘーゲルは「力の行使を伴わない平和的解決」を求めたものの、領有権に関しては「どちらの立場にも立たない」を繰り返した。オバマ大統領が習近平に対して明言した言葉と同じだ。 “Dispute”(紛争)という言葉が何度も米国議員に擦り込まれた 中国が強硬な姿勢を取る原因はここにある。 5月29日の本欄でご紹介したように、米議会調査局(Congressional Research Service=CRS)は、米連邦議会議員のそのときどきのニーズに応じて、月に何回か不定期に報告書を出している。これを「CRSリポート」と称する。 実はCRSは2012年9月25日と2013年1月23日に、2回にもわたって、同じタイトルのリポートを出している。 そのタイトルは“Senkaku(Diaoyu/Diaoyutai) Islands Dispute : U.S.Treaty Obligations”(「尖閣(釣魚/釣魚台)諸島紛争:米国協定義務」)だ。文書番号は両リポートとも「7-5700 R42761」。多少の表現の追加は見られたが、基本的に同じ内容のものを二度も出したことになる。釣魚島は中国大陸における尖閣諸島の呼称で、中国語の発音では“Diaoyu Dao”と表記する。“Diaoyutai”は「釣魚台」の発音表記で、台湾における尖閣諸島の呼び名である。 CRSの定款には、CRSリポートは米連邦議会の全ての議員に配布する義務があるとある。ということは、議員すべてに「アメリカは尖閣諸島の領有権に関しては、(係争関係者の)どちらの側にも立たない」というアメリカの立場がすり込まれたことになる。だからオバマ(6月8日)もヘーゲル(8月19日)もこの言葉を強調した。 事実、このCRSリポートには主として以下のようなアメリカの立場が書いてある。 アメリカは(かつて)アメリカに委託された施政権をそのまま日本に返しただけであって、それ以前に日本が持っていた法的権利に関しては、(沖縄)返還によって新たに加わることもなければ減少することもない。 アメリカは尖閣諸島に対していかなる権利も主張しておらず、尖閣諸島に関するいかなる主権紛争も、すべて関係者同士が解決すべき問題であるとみなしている。 アメリカのこの立場は、1971年のニクソン政権時の宣言に基づく。 日本は(日米安保)条約によって規定されている地域の防衛に関しては先ず「第一の(最も重要な)責任」(primary responsibility)を取らなければならないが、しかし安保条約は適用される。 最初に同タイトルのCRSリポートが出た昨年秋、中央テレビ局(CCTV)では、このリポートの「1」と「2」をテーマとして特集番組を組んだ。特集では「アメリカは釣魚島の領有権に関して、どちらの側にも立たない」というアメリカ側の立場を示す言葉を、「したがってアメリカは釣魚島の領有権が日本にあるとは判断していない」と置き換えて報道。特にCRSリポートのタイトルそのものに“Dispute”(紛争)という言葉があることを以て、日本が「領有権に関する問題は存在しない」と主張していることを断罪した。 沖縄返還時に残された禍根 たしかにCRSリポートの至るところに“dispute”という言葉がちりばめられている。したがってアメリカの議員の頭にはこのdisputeがすり込まれ、そして「アメリカは領有権係争国・地域のどちら側にも立たない」という概念が染みわたっていることになる。 中国が強気に出る根拠はここにあるのだ。 尖閣問題の困難さは、1971年の沖縄返還時にニクソン政権が下した判断に遠因があると言っても過言ではないだろう。 それまで「中国」の代表として国連に加盟していた「中華民国」(現在の台湾政府)は、アメリカが「中華人民共和国」(現在の中国)に接近して米中国交正常化を果たそうとしていることに激怒していた。互いに「一つの中国」を主張する両者にとって、米中接近は「中華人民共和国」の国連加盟を意味し、それはすなわち、「中華民国」の国連脱退を示唆していたからだ。 1969年5月には尖閣諸島周辺の海底に石油資源が埋蔵していることが判明し、11月には日米首脳共同声明が出された。ニクソン大統領と佐藤栄作首相による「沖縄返還」のロードマップに関する宣言だ。 在米台湾留学生が最初に抗議活動を展開し始めたのは「沖縄返還」に対してだった(1971年1月)。海底資源に関しては、台湾も中国もすぐには反応していない。特に台湾の人たちは「カイロ密談」(記事はこちら)を知っていたからだ。1943年11月23日と25日、カイロ密談で「中華民国」の蒋介石主席は、アメリカのルーズベルト大統領の「日本を敗戦に追いやったら琉球群島(沖縄県)を中国にあげるよ」というオファーを拒絶した。だから「腑抜けな」蒋介石に対して抗議した。1949年(実質的には1947年)以降、蒋介石が発布した戒厳令によって弾圧された台湾のエリートの多くはアメリカに渡っていた。 1970年9月になると、尖閣諸島に台湾関係者が上陸し、ここから初めて尖閣問題が生まれてきた。在米台湾留学生の大規模デモやメディアの力に押されて、蒋介石はようやく尖閣諸島(釣魚台)の領有権を主張し始めるが、その抗議に対してニクソン政権が出した結論が「返還するのは(尖閣諸島を含めた)沖縄県の施政権だけで、領有権に関しては、アメリカはどちらの側にも立たない」という妥協的結論だった。 中国との接近を優先したニクソン政権の決断だ。 現在の一連の米中接近は、アメリカのアジア回帰というリバランスに基づくものだ。 アメリカは、世界第二の経済大国となった中国と対立したくない。 しかし、やがてアメリカの経済力を凌ぎ、世界トップに躍り出るであろう中国を野放しする気はさらにない。 それが「米中軍事演習」というピンと来ない現象を生んでいる。 かつて、冷戦時代にソ連と対立したアメリカは、ソ連の軍事力を研究し尽くしていた。 しかし急激に成長してきた中国の軍事力の実態は、実は測りきれないでいる。米中軍事演習は、その実態を感じ取ることができる、またとない機会だろう。 その視点から新たな米中接近を見たとき、これまで必ずしも明確ではなかった構造が見えてくる。 日本の認識のギャップを突くCRSリポート 現在の日本にとって、上記CRSリポートの内容の内、「1」と「2」は元より、何と言っても「4」が意味するものを見極めることが肝要だ。 「4」は何を言っているかというと、「たとえば尖閣で中国と軍事的な衝突があった場合、日本は自衛隊が先ず戦い、その後、アメリカ連邦議会は日本側に付いて戦うべきか否かを討議する」ということだ。「討議した結果、アメリカも日米安保条約に基づいて参戦すべきである」と決議されたときに初めて、アメリカは日本を支援するという意味となる。 実は拙著『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』を出版したときには、この“primary responsibility”が何を意味しているのか、日本政府側による丁寧な説明が必要だろうと書いた。その上で、上記のようなことを意味するのだろうかと疑問を投げかけるに留めたのだが、出版後、自民党の防衛や憲法に詳しい方にこの意味を確認した。その結果、以下のような回答を得た。 「その通りです。まず自衛隊が戦い、それを米軍が応戦するというかたちです。日米安保があるから、最初から米軍が何とかしてくれるとは、政府・自民党は考えていません。だからこそ、日本独自の防衛力強化と憲法改正は必要なのです」 やはりそうなのか。 しかしこの解釈は日本国民に浸透しているだろうか。 また日米安保条約の下、「初動責任が日本側にある」という条件は妥当なのだろうか。 CRSリポートにはこのような、日本の命運を左右しかねない内容が書かれている。ところが、日本ではこのリポートは、議論の対象にもなっていない。日本ではCRSリポートをむしろ軽視する傾向にある。 中国はアメリカの立場と日本の認識とのギャップに照準を当てて国策を練っている。日本はこのことに気がつかなければならない。 私がこの記事を通し、日本政府と読者の皆さんにに訴えたいのは二つの点だ。 中国が今では海底資源を不当に狙っていることは確かだ。 しかしそれは、尖閣問題の一面に過ぎない。 いま世界の構造は再び、アメリカのリバランス(アジア回帰)によって地殻変動を起こそうとしている。米中国防相同士の会談と中国の強気は、それを如実に示している。 日本は中国のしたたかな外交戦略だけでなく、アメリカの対中外交の裏側に潜むものを読み取らなければならない。 そのためには尖閣問題と「米中接近」をリンクさせる視点が必要だ。大きな材料となるのがここで示した二つのCRSリポートだ。ぜひ、真剣に分析していかなければならないと筆者は思う。 二つ目。 尖閣諸島が歴史的にも国際的にも日本の領土であることは歴然たる事実だ。 しかし世界から見れば、そこに領土紛争があるというのもまた事実である。CRSリポートは、タイトルそのものに「尖閣諸島紛争」という言葉を用いている。 アメリカも苦しい立場に追い込まれる このような状況下で、「領土紛争は存在しない」と言い続けて、世界各国を説得できるだろうか。日本側に立った国際世論を形成できるだろうか。 中国が、もう一つ狙っているのは、この「領土紛争存在の有無」に関する日本とアメリカの間にある認識のギャップだ。そこに照準を当てているからこそ尖閣領海領空への侵犯と威嚇行為を続けている。 ニクソン政権時代同様、アメリカは今度は、中国と日本の間で苦しい立場に追い込まれているのである。 日本に不利な事態を引き起こさないためにも、、CRSリポートに注目することを、日本政府にお勧めしたい。 このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20130823/252555/?ST=print |