08. 2013年8月29日 02:18:04
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「同盟を結べ」と韓国に踏み絵を迫る中国中国の心理戦に揺れる韓国の二股外交 2013年8月29日(木) 鈴置 高史 中国が韓国に対し「我が国と同盟を結べ」と言い出した。米中双方と同盟を結ぶなんてことはできるのか。韓国の二股外交は危うさを増すばかりだ。 母国を属国と見なした新羅の文人 韓国人に冷や水を浴びせる記事が載った。朝鮮日報の7月20日付「“21世紀の崔到遠”を求める中国」だ。筆者は中国文化に明るいイ・ソンミン文化部先任記者である。 崔到遠は新羅の人で、若くして唐に赴き科挙に合格。官僚を務めながらその文才を唐の人々に愛されたが結局、新羅に戻った。韓国では中国文明を最初に持ち帰った知識人として有名だ。 6月末の中韓首脳会談で、習近平主席が崔到遠の漢詩を朴槿恵大統領の前で謡って見せた。韓国政府は中韓関係の緊密化や、会談が成功した象徴としてこのエピソードを大々的に広報、メディアも大喜びして取り上げた。 イ・ソンミン先任記者は明かした。韓国人の常識とは異なって、崔到遠は唐の皇帝の使いとして戻ったのであり、新羅でも唐の官職を使い続けたうえ、母国を「大唐新羅国」「有唐新羅国」と呼んだのだ、と。新羅を唐の属国と見なした新羅人の話の後段は以下だ。 歴史に明るい中国指導部がこうした事実を知らないわけがない。習近平主席が崔到遠に言及したのは「韓中の古い紐帯」を強調するためだけとは考えにくい。東アジアの文明の標準が再び中国に戻っているという事実を韓国も直視し、立派な先祖に学べという指示に聞こえるのだ。 「君臨する中国」への恐怖 記事には「朴槿恵訪中は朝貢外交だった」などとは一言も書いてない。だが、これを読んだ韓国人は「いまだに中国は韓国を属国扱いするのか」と深い失望に陥っただろう。 中韓首脳会談の直後は有頂天になった韓国人だが、時がたつにつれ「ちょっと待てよ」と思い始めた、と韓国の識者Aさんは指摘する(「『中国傾斜』が怖くなり始めた韓国」参照)。 この記事はまさにその空気の象徴だ。以降「韓国に君臨する中国」への恐怖がポツリポツリと韓国メディアで語られるようになった。 朴勝俊・仁川大学招請教授が週刊朝鮮8月5日号に寄せた「『日本は近代化で150年間先駆けたが、今や……』と言う中国の本心」。この長文の記事も極めて興味深い。 朴勝俊氏は朝鮮日報で香港、北京特派員を務めた韓国きっての中国通である。中国から発信される彼の鋭い分析には日本にも熱心なファンがいた。 この記事は新華社や人民日報、チャイナ・デイリーなどのメディアや中国人学者の言説を通じ、中国が語る世界観を延々と紹介する。要旨は次の通りだ。 数千年間、中韓に遅れていた日本 ・日本の安倍晋三首相は「中国の指導者と腹蔵なく話し合いたい」と言いつつ、多くの歴史を否認して中国人民の感情を傷つけた。日本人からも厳しい批判を浴びている。 ・米国は、韓国、日本、フィリピン、タイ、豪州の5カ国に中国包囲網を作らせようとしている。 ・米国の後援のもと日本が推進するTPP(環太平洋経済連携協定)は、中国が長い間かけて造り上げてきた、東南アジアの非同盟諸国による経済共同体に対する挑戦である。 ・朴槿恵大統領は今回の訪中で目前の小さな利益を捨て、外交面での正確な決断を下し、中国人の心をとらえて大きな成果を上げた。 ・日本が中国や朝鮮半島に先駆け近代化し、経済発展した歴史は150年間程度に過ぎない。だが、中韓両国が現代化に成功した以上、数千年間遅れ続けてきた日本に、依って立つ場はもうない。 一言の論評もなく、ただただ中国の意見を紹介し続ける奇妙な記事。ここまでを素直に読めば「韓国は中国と共に生きていこう」との結論にたどり着くかと思う。だが、読者は最後の1段落でどんでん返しに遭う。 米国から外される恐怖 ・米中はさる6月中旬のオバマ・習近平会談で広範囲の協力の雰囲気を作り上げたが、根本的には世界戦略で衝突している。これを我が国の政府は十二分に理解すべきだ。そんな局面で我が国の選択がどんなものになるべきか、沈思黙考せねばならない。万が一にも中国を重視することで、韓米日協調の共同歩調から疎外されることがあってはならないのだ。 朴勝俊招請教授は急速な中国傾斜の危険性を韓国人に訴えたのだった。なぜ、米国から外されてはいけないのか。なぜ、海洋勢力側にとどまらねばならないか、記事には一切、説明がない。辛うじて見出しの「中国の本心」が筆者の思いを暗示しているに過ぎない。 理由を書けば「中華帝国主義の恐ろしさ」や、「宣伝戦による周辺国支配」に触れねばならない。もうそれは、韓国では「書きにくいこと」になっているのかもしれない。 一方、「中国の先兵たる崔到遠を、中国が再び求めている」と警告を発したイ・ソンミン先任記者。文化担当らしく生臭い政治には言及していない。それでも文章をこう結んだ。 ・崔到遠が生きていた時代とは比較できないほど複雑な(現在の)国際情勢が我々の選択を難しくする。果たして中国は今、唐の時代のように東アジア文明の標準として浮上しているのか?実利的側面だけではなく、長い歴史的観点からも対中関係を本格的に考え抜く時だ。 「日本より韓国のドラマ」 「長い歴史的観点」とは、中国の冊封体制の下にあった半島の歴代王朝を思い起こせ、ということだろう。 韓国には急速な中国傾斜に逡巡する人たちがいる。しかし、それを見透かしたかのように、彼らの心を揺さぶって手繰り寄せようとする中国人もいる。 東亜日報の「統一の熱いジャガイモ」(8月23日付)は、中国の心理戦の一端を垣間見せた(注1)。その攻撃目標は米韓同盟だ。 (注1)この記事は日本語版でも読める。 記事は韓国政府が招待した中国のメディア幹部やパワーブロガーと、韓国メディア幹部の懇談会の様子を描いた。なお、韓国語で「熱いジャガイモ」とは取り扱いが難しい物事を指す。 8月20日に開かれた懇談会で、まず中国側は「1980年代に放送された海外ドラマはほぼ日本製だったが、10年前から韓国製が占拠した」などと韓流の人気ぶりを称賛。 さらに「北朝鮮といえば無条件に友好的だった中国人が北の核実験で変化し、韓国主導の統一に対しても徐々に心を開いている」と強調した。 中国にらむ在韓米軍 こうやって韓国人を大いに喜ばせてから中国人は「在韓米軍は統一後も必要なのか」と本丸に突っ込んできた。筆者のハ・チョンデ部長は「この質問には返事が容易ではなかった」と率直に告白した。 米国が韓国に兵を置く目的は北朝鮮の抑止に加え、中国牽制にもあると見なされている。当然、中国は米韓同盟を破棄させたい。そして中国に嫌われるのを恐れる韓国人は、その話題に触れたくない。 2008年5月、中国外交部スポークスマンは「米韓同盟は冷戦の遺物だ」と記者会見の席で発言、韓国にその破棄を露骨に求めた。それも李明博大統領(当時)の初訪中の直前である。 ただその後、中国は公式の場ではそうした発言を慎んだ。あまりの上から目線ぶりに韓国人が反発し、逆効果になったためだ。北朝鮮の核開発が進み、韓国にとって米国の核の傘がより必要になったため、説得力が減ったこともあっただろう。 だが今、韓国人の神経に障らないように気を使いながらだが「在韓米軍撤収=米韓同盟破棄」の要求を中国は再開したのだ。 6月の中韓首脳会談で習近平主席が「朝鮮半島の非核化」を朴槿恵大統領とともに宣言した。これこそは、北の核が除去された後は韓国も米国の核の傘から出る、つまり米韓同盟の廃棄を韓国に約束させたつもりなのだ、との見方が多い(「『中国傾斜』が怖くなり始めた韓国」参照)。 米韓同盟は熱いジャガイモ 統一後の、あるいは北の非核化後の話とはいえ、米韓同盟破棄を中国が再び持ち出した理由は、以下の3つと思われる。 (1)この5年間で中国の国力が飛躍的に伸びた半面、財政難にあえぐ米国がいつまで韓国を本気で守るか、韓国人が不安になりはじめた(「韓国軍『離米』に最後の抵抗」参照)。 (2)朴槿恵政権が、李明博前政権と比べかなり親中的であると見なされているうえ、北朝鮮の核問題の解決を中国に依存し始めた(『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』第4章参照)。 (3)北の指導者が若くて経験の乏しい3代目に代わり、北の崩壊=韓国主導の統一の可能性がぐんと増した。 中国人記者に「米国との同盟を破棄するか」と迫られたハ・チョンデ部長は、記事の最後で読者にこう訴えるに至った。 ・(韓中関係は)経済文化交流の段階を終え、軍事安保分野での協力、さらには統一までも話し合うべき時が近づいている。その時になれば在韓米軍問題は“熱いジャガイモ”になるかもしれない。 中国の圧力に耐えかねて韓国が米韓同盟破棄=中立の道を選ぶ可能性は、日本人が想像する以上に高い。 ずうっと地続きの超大国だった、という地政学、歴史的背景から、韓国人は中国の「命令」に弱い。それに韓国社会には「中立化幻想」がある。 「朴政権は中・米等距離でよろしい」 左右を問わず、韓国の知識人は若い時に一度は中立化を考えると言われる。周辺大国の角逐が激しくなるたびに、各党派が外国勢力を引き込んで内紛を激化させ、国をも誤った歴史からだ。 そしてついに中国は、中立どころか自分との同盟まで韓国に要求した。それを露わにしたのが中央日報8月16日付「中国のスーパーパワー化を誰も止められない……東アジアを巡る米国との国益争奪戦は不可避」だ(注2)。 (注2)この記事は日本語版でも読める。 筆者はチェ・ヒョンギュ北京特派員。「10年後、中国は米国と2強体制を構築する」と主張する『歴史の慣性』を出版したばかりの閻学通・清華大学国際関係研究院院長にインタビューした。 閻学通院長は中国の代表的な国際政治学者の1人で、歯に衣を着せぬ物言いで知られる。それだけに彼の意見は中国の対外政策の一足早い開陳といえる。一問一答の要旨は以下の通りだ。 問:米中2強体制になれば、韓国の対外政策はどう変化すべきか。 答:朴槿恵政権は2極体制に向かうと予想し、米国と中国の中間に政策を移している。これが韓国の利益であるという事実を理解しているのだろう。 韓国とタイを米国から引きはがす 問:10年後の中国の対外戦略はどう変わるか。 答:力を隠して待つ「韜光養晦(とうこうようかい)」戦略は放棄、あるいは調整が必要となろう。この戦略には(1)外交は経済的利益に合致する、(2)他人に干渉しない、(3)同盟を結ばない――の3つの含意があった。 しかし、中国がスーパーパワーに浮上すれば、外交力は投資誘致や市場拡大よりも(米国に対抗して影響力を増すための)外国との友好関係強化に集中せねばならない。米国の同盟国としても、中国が同盟を結ばねばならない国がある。代表的な国が韓国とタイだ。 問:韓国と中国はすでに友好的な外交関係を結んでいるではないか。 答:(中韓は)同盟ではない。例えば、タクシン政権時代のタイと、米国の関係は最悪だった。だが、破綻せずに協力を維持しているのは同盟があったからだ。 ロシアが中国のコンテナ100個を押さえたことがある。でも半同盟関係にある両国は交渉で解決した。日本と同じことが起きれば、相当に困難な状況に陥っただろう。 ついに踏み絵を突きつけた中国 相当にドスの効いた発言だ。要は「俺と同盟を結ばないと、俺に苛められる日本のようにつらい目に遭うぞ」と言っているのだから。 中国に急接近する朴槿恵政権は、中国の前では「米中等距離」のポーズをとる。中国に苛められず、可愛がってもらうのが狙いだ。実際、日本や北朝鮮とケンカした時は中国に肩を持ってもらえるようになった。 だが、等距離と言いながら韓国は米国との同盟を続け、中国も射程に入れる米空軍基地を置いたままだ。韓国の虫のいい二股外交に、次第に中国は不満を募らす。 そこで閻学通院長も「どうしても米国との同盟にこだわるのなら、中国とも同盟を結べ。今の協商程度じゃだめだぞ」と言い放ったのであろう。 だが現実には、相対立する米中の双方と同盟を結ぶことはまず、ありえない。閻学通院長の言説は、韓国に対し米韓同盟破棄による中立化からさらに進んで、中国だけと同盟を結ぶよう求めたに等しい。 韓国人がここまではっきりと踏み絵を突きつけられたら、相当に困惑するだろう。実際、中央日報の北京特派員氏も「同盟問題」にはこれ以上触れるのを避け、「一緒に日本をやっつけよう」と、話題を転じたのだ。 「好き嫌い」を言える国力はない 日増しに高まる力を見せつけながら、韓国を勢力圏に引き込もうとする中国人。属国に戻ることへの恐怖を漏らす韓国人。 大陸勢力側に行くのか、海洋勢力側に留まるのか――韓国は今、分水嶺に立つ。まだ、どうなるかは分からない。しかし、ひとつ確実なことがある。 韓国は、好き嫌いで国の針路を決められるほどの国力も、地政学的位置も持たないことだ。 3刷出来! 『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』 中国の勢力圏に入っていく韓国、 米中の間で矢面に立たされつつある日本。 北の核問題をきっかけに、 東アジアの安全保障は変わった!!
「早読み 深読み 朝鮮半島」の連載を大幅に加筆・修正して最新情報を1冊に。 このコラムについて 早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。 |