03. 2013年7月02日 07:24:06
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イラクは過去最悪に転落、危険な「負の連鎖」中東大動乱(その3)〜欧米、周辺国の思惑が絡み複雑化 2013年7月2日(火) 菅原 出 イラクでテロの死者が月間1000人を越えた 英国に本部を置くシリア人権監視団は6月26日、シリア内戦による死者の集計が10万人を超えたと発表した。シリアで2011年3月に反体制デモが本格化し、弾圧に乗り出したアサド政権との間で武力衝突が発生して以来、欧米諸国や近隣諸国など外部からの支援もあり、内戦はますますエスカレートしているが、同国の人道危機がさらに深刻化している実態が改めて数字で示された。 そしてこのシリア内戦の影響は、確実に周辺国に広がり始めている。 その影響をもろに受けて治安が悪化している国がお隣イラクである。イラクでは5月1カ月間にテロで死亡した人の数が1000人を越えたと伝えられた。これは過去5年で最悪の数字となっており、2006〜2007年のイラク内戦ピーク時に迫る勢いになっている。 5月27日には首都バグダッド周辺13カ所で同時に自動車爆弾テロが起き、少なくとも68人が死亡、180人以上が負傷するという悲惨なテロが発生した。この同時多発テロはイスラム教シーア派の人たちが住む地域で起きており、イスラム教スンニ派の過激な武装組織「アルカイダ・イラク(AQI)」の仕業だと見られている。イラクではその一週間前の20日にもバグダッドを含む各地で大規模なテロが発生し、90人以上が亡くなっていた。 イラクでは2006年〜2007年に、イスラム教のシーア派とスンニ派が激しい宗派抗争を繰り広げ、両派の過激派勢力が血で血を洗う悲惨な武装闘争を展開したのだが、あの当時を彷彿させるような極めて危険な状況にあると言っていい。 長年イラクのテロを追ってきた立場からすると、首都バグダッドの13カ所でこれだけの自動車爆弾テロを成功させた、という事実から目を背けるわけにはいかない。バグダッドは、言うまでもなくイラクでもっとも警備の厳重な地域であり、そうした場所で、これだけ立て続けにテロを続けるには広範な組織力と作戦遂行能力が要求される。しかも自動車爆弾テロは、イラクで行われてきたテロの中でもっとも金のかかる手法の1つであり、これだけ多くの自動車爆弾テロを頻発させているということは、潤沢な資金力があることを伺わせるからである。 イラクでこうした大規模なテロを起こしているとされるAQIは、シリアでアサド政権と戦う反体制派グループの一つである「アルヌスラ戦線」と共闘していることがわかっている。シリアの反体制派には、トルコ、サウジ、カタールや米英仏が支援をしており、最近オバマ政権が武器支援に踏み切ることを明らかにしたばかりである。これまでサウジが旧ユーゴ製の武器をクロアチアから購入してトルコ経由で反体制派に渡したり、カタールがリビアから旧カダフィ政権が持っていた武器を運んで来てそれを供給していると言われているが、こうしたシリア反体制派への諸外国からの支援の「副作用」として、イラクのスンニ派過激派AQIが力をつけてしまっている。 リンクするシリアとイラクの治安悪化 もちろん、イラクの治安悪化はシリア内戦の影響だけが原因なのではない。イラク戦争でフセイン政権が倒され、同国で多数派を占めるシーア派が中心となって新政権をつくって以来、スンニ派の人たちの意見が政治に十分に反映されることがなく今日に至っている。テロや武装反乱の裏には、常に政治的、経済的、社会的な不満の蓄積があるものだ。 2012年12月からはシーア派の現マリキ政権に反対する平和的なデモがスンニ派の住民によってなされるようになっていたが、今年の4月23日に、イラク北部キルクーク近郊のハウィジャという町で軍がデモ隊と衝突し20名以上の死者が出ると、流れが大きく危険な方向に向かい出した。 スンニ派が多数を占める地域において、住民たちが再びシーア派主導の政府に対する武装闘争を支持する流れが強くなっていき、それに対してシーア派側も民兵を再結成させてテロで対抗するという負の連鎖が始まったからである。 ハウィジャ事件の直後、スンニ派が多数派を占めるアンバール県の部族が「誇りと威厳の軍」という名の武装組織の設立を発表し、「自分たちの共同体を、イラク軍を含む攻撃者から防衛する」と宣言した。こうしたスンニ派地域の「武装化」は、「アルカイダ・イラク(AQI)」のようなスンニ派の過激派勢力が、シーア派に対するテロを計画、実施することを容易にする土壌を提供することになったと見るべきだろう。 これに対してシーア派の民兵組織「アサーイブ・アハル・アル・ハック(AAH)」は、バグダッドのシーア派地域において独自のパトロールを実施したり、不法に検問所を設置して、スンニ派の住民を拘束して殺害する行為を始めた。AAHの民兵たちはスンニ派住民の住居や商店を襲撃して所有者を殺害する暗殺作戦も実施しているとも伝えられている。 AQI(スンニ派)によるテロが頻発し、シーア派住民の安全が脅かされるようになると、今度はこうしたシーア派住民を守るためと称して、シーア派民兵組織が過激な報復をスンニ派に対して行うことで支持を集めようとする。その原理が双方に働くと、シーア派とスンニ派の相互不信はますます強まり、宗派抗争はエスカレートする「負の連鎖」が進んでしまうのである。 ちなみに、AAHはシリア内戦ではアサド政権のシリア軍を助けて、シリア反政府勢力と戦闘を繰り広げている。AQIはシリア反体制派と共闘しているから、シリアとイラクの両国にまたがって、シーア派とスンニ派の過激な民兵同士が戦闘を行い、憎悪の度合いを強めてしまっていることになる。シリア内戦の激化とイラクの治安悪化はリンクし、相互に影響し合い、ますますこの地域全体の不安定化を進めてしまっているのだ。 トルコを呑み込む紛争の火 同じような影響はトルコでも出ている。既にシリアと国境を接するトルコでは、シリア領内からの砲弾の着弾や銃弾の飛来によって死傷者が発生したり、家屋等が損壊するなどの被害が出ているが、今後さらに治安が悪化する可能性も否定できない。 トルコはこれまで「ゼロ・プロブレム外交」という方針を掲げ、全ての近隣諸国や外国の国々との関係を改善し、良好な関係を発展させるというヴィジョンに基づく外交を展開し、さらに地域主義を掲げて近隣諸国との経済交流を強力に推し進めてきた。欧米諸国がイランに対する経済制裁を強化しても、トルコはそうした欧米の路線とは一線を画してイランと取引を進めるなど、地域主義に基づく独自の外交を行っていた。 しかし、「アラブの春」と呼ばれる民衆デモの嵐が吹き荒れると、エルドアン首相は、反政府運動を繰り広げる民衆たちにエールを送り、シリアの内戦では、それまでのアサド政権との緊密な関係をかなぐり捨てて、シリアの反体制派の支援に回った。現在では、トルコは反体制派支援のための後方支援センターとしての役割を担っており、シリア内戦に事実上「参戦」していると言っても過言ではない。 そんなトルコのシリアとの国境に近いハタイ県にあるレイハンルという町で5月11日に2台の自動車に搭載された爆弾が爆発し、50名以上の死者が出るテロ事件が発生した。シリアとの国境に近いハタイ県には多くのシリア難民が内戦を逃れてきている。その中には当然アサド政権と敵対する反政府勢力を支持するイスラム教スンニ派の人たちも多い。 しかしハタイ県にはアサド大統領の支持基盤の一つであるイスラム教シーア派の分派と言われる「アラウィ派」の住民も多く住んでいる。つまり、トルコ国内において、シリア反体制派よりはむしろアサド政権側にシンパシーを感じる人たちが住む地域に、反体制派を支持する人たちの「難民キャンプ」ができており、地元で緊張を生んでいるというのである。実際、2012年9月には、ハタイ県Samandagのアラウィ派の地元住民たちが、主にスンニ派のシリア反体制派が多くを占める難民たちを町から追放したことが伝えられている。 トルコでは歴史的にアラウィ派のような少数派は、非主流派として差別されてきたと言われており、そうした社会的背景から、エルドアン政権のシリア反体制派支持の政策に対する反発を強めているという。一方でアサド政権と近いアラウィ派の民兵たちが、トルコ国内のアラウィ派の若者たちをリクルートしてアサド政権を助けてシリア内戦に参戦させる等の動きも出ており、こうした勢力がトルコ国内のアラウィ派とスンニ派の対立を煽っているとの情報も出ている。 いずれにしても、紛争が長期化し、対立する諸勢力それぞれの犠牲が大きくなると、当然憎しみも増大し、それが歴史的、社会的、民族的、宗教的な対立に火をつけて、紛争を複雑にそして過激にエスカレートさせてしまう。こうした中で、欧米諸国や近隣諸国はそれぞれが支持する勢力への軍事支援をひたすら強化する政策をとっている。このままではシリア内戦が、近隣諸国の対立の火種に引火し、「負の連鎖」を進行させてしまう危険が高いと言わざるを得ない。 ≪参考文献≫ “Attacks across Iraq kill 95 in hints of sectarian spillover from Syria”, The Washington Post, May 20, 2013 “Iraq after Hawija: Recovery or Relapse”, International Crisis Group, Iraq Alert, April 26, 2013 “Iraq’s Sectarian Crisis Reignites as Shi’a Militias Execute Civilians and Remobilize”, ISW Backgrounder, May 31, 2013 “The Renewed Threat of Terrorism to Turkey”, CTC Sentinel, June 2013 “Blurring the borders: Syrian Spillover Risks for Turkey”, International Crisis Group, Europe Report #225, April 30, 2013 隠された戦争
この10年は、まさに「対テロ戦争の時代」だったと言って間違いないだろう。そして今、この大規模戦争の時代が「終わり」を迎えようとしている。6月22日、オバマ大統領がホワイトハウスで演説し、アフガニスタンから米軍を撤退させる計画を発表したのである。 米国は一つの時代に区切りをつける決断を下したが、イラクもアフガニスタンも安定の兆しを見せておらず、紛争とテロ、混乱と無秩序は、世界のあらゆる地域に広がっている。そして東アジアでは、中国という大国が着実に力を蓄え、米国の覇権に挑戦し始めたかに見える。 無秩序と混乱、そしてテロの脅威が拡大し、しかも新興国・中国の挑戦を受ける米国は、これから限られた資源を使ってどのような安全保障政策をとっていくのだろうか。ポスト「対テロ戦争時代」の米国の新しい戦争をレポートする。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130701/250435/?ST=print |