03. 2013年6月04日 00:30:50
: e9xeV93vFQ
米中の微妙な舵取り、海軍力の展開に悩む両大国 2013年06月04日(Tue) Financial Times (2013年6月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 軍事大国となった中国に、アジア地域は懸念を深めている〔AFPBB News〕
それはほとんど儀式と化している。中国の将軍は毎年6月の初め、シンガポールのシャングリラホテルの会場に集まった世界各国の防衛大臣や軍幹部を前に、中国は平和を希求しており誰の脅威にもなるつもりはないと語りかける。 そして話が終わると、あれは中国政府の真意ではないとの声が聴衆の間から次々に上がるのだ。 このパターンは去る6月2日も崩れなかった。中国人民解放軍の戚建国・副総参謀長(中将)は年に1度開催されるアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)にて、前任者たちの発言をかなりの程度繰り返す内容の演説を行い、次のように述べた。 「中国は常に平和的発展路線を取る。平和的で開かれた、協力的でウィン・ウィンな発展を促進することに努める」 中国の「平和的発展」に対する根強い不信感 聴衆は納得しなかった。「本当に中身のない話だった」。台湾国立政治大学に籍を置く中国安全保障問題の専門家、アーサー・ディン(丁樹範)氏はそう切り捨てた。 この会議の主催者である英国際戦略研究所(IISS)のシニアフェロー、ウィリアム・チュン氏は、中国の平和的発展がフィリピンに深い懸念を抱かせ、日本に米国との軍事協力関係の緊密化を志向させ、ベトナムをかつての敵国との協力に踏み切らせたと指摘した。 国防費の前年比2ケタ増が20年続いた中国は、この地域の軍事大国としての地位を確保するに至った。そして近隣諸国の大半は、中国が一段の軍事力増強を目指していると考えている。 人民解放軍の海軍は活動範囲を急速に拡大しており、今日では米国の排他的経済水域(EEZ、領土の海岸線から200海里までの水域のこと)にまで足を伸ばすほどになっている。 この地域のほかの国々にとって問題なのは、中国が力をつけるにつれて領有権問題での摩擦が強まっていることだ。 ベトナムでは、南シナ海の領有権を巡る争いで反中デモも起きている〔AFPBB News〕
例えば中国とフィリピンはこの1年、天然資源に恵まれ戦略的にも重要な位置にある南シナ海上の、無人の岩場や砂地を巡ってほとんど休むことなく争っている。 中国はこれらの島々のほぼ全部、ベトナムやフィリピン、台湾、マレーシア、ブルネイはその一部について領有権を主張している。 中国と日本との関係も、東シナ海に浮かぶ尖閣諸島(中国名・釣魚島)を巡る激しい争いによって揺さぶられている。中国政府は、日本政府が一部の島々を国有化したことに飛びつき、これを挑発行為と見なした。そして、民間や軍の艦船、航空機でこれらの島々を頻繁にパトロールすることにより日本の施政権に異議を唱えるという対応に出た。 同様に、中国がインドやベトナムとの間に抱える領有権問題も急に激しさを増している。 中国人民解放軍の戚中将は平和を希求すると述べながらも、中国がこの問題で態度を軟化させることはないだろうと明言した。「我々は平和のために対話と協議を行うことを強調しているが、それは決して、無条件に妥協するという意味ではない。国家の核心的利益を守るという我々の決意とコミットメントは不変である」 米国の「リバランス」政策と中国の台頭 こうした状況を受け、中国の近隣諸国は米国に視線を向けている。米国政府はアフガニスタンとイラクでの紛争で手一杯だったが、現在はアジアへの「リバランス」を進めるという戦略を通じてアジアの国々を安心させている。そしてその一方で、中国の台頭を邪魔するつもりはないというメッセージを中国に伝えようと苦労している。 米国のチャック・ヘーゲル国防長官はこの週末、地域の大国としてもっと大きな役割を担うようインドに求めた。また同盟国である日本と韓国、および日本とオーストラリアとの3カ国防衛相会談も行った。 さらにフィリピンの国防相とも会談し、フィリピンにおける米軍の「ローテーション配備*1によるプレゼンスの増大」について話し合った。米政府高官はこの計画について、米軍基地の設置を意味するものではないと話しているが、外部の軍事専門家の大部分は、名称は異なるがまさに基地を作るという意味だと理解している。 *1=部隊を定期的に入れ替える配備体制のこと 中国政府はこれに懸念を抱いている。「あのリバランスは、中国を封じ込める試みの1つだと広く解釈されている。米国はこれまでにも何度か、中国とは敵対しないと明言しているが、中国側は納得していない」。中国軍事科学院・中米防務関係研究センターの姚雲竹・主任(少将)はこう語る。 「・・・どうすれば中国を安心させられると考えているのか? 同盟国を安心させ、中国と肯定的な関係を築くという2つの異なる目的のバランスを・・・どうすれば取れると考えているのか?」 軍同士の対話への期待 この問いの答えはまだ定かでない。米国政府は、軍の首脳同士の対話を深めることで透明性とお互いへの信頼を高めることができるのではと期待している。 サミュエル・ロックリア米太平洋軍司令官は、両者の交流の頻度が高まるにつれ、そしてその中身が徹底的かつ率直なものになるにつれて対話の質が向上してきたと語っている。中国の軍事筋も、この見立ては正しいと認めている。 さらに、米軍の高官たちは、より安定した国際軍事共同体に中国を統合するのに役立つのは信頼感の向上だけだと考えている。その第1段階は近づきつつあるのかもしれない。中国政府は、米国海軍の艦船が自国の領土の近くに姿を見せることに長らく反発してきたが、今日では中国自身も米国に対し同じことをしていると明らかにしたからだ。 「我々にとっては難しい。中国はこういう国際会議になるといつも標的にされる」。ある中国軍幹部はこう語る。「だが、我々としてはもっと話し合って、相手に合わせていくしかない」 By Kathrin Hille
JBpress>海外>中国 [中国] 今度は沖縄までも、 中国は何を根拠に領有を主張するのか 2013年06月04日(Tue) 姫田 小夏 5月8日付の人民日報に、中国社会科学院に所属する張海鵬氏と李国強の2名が執筆した「馬関条約と釣魚島問題」と題した論文(以下、「張・李論文」)が掲載された。
“馬関条約”という聞きなれない名称は、1895年に結ばれた日清戦争の講和条約である下関条約のことを指す。A4版にしておよそ4ページにわたって書かれたその論文は、中国の識者の間でも話題になった。 張・李論文は、「日本政府の条約の中に、台湾附属の島の処理を曖昧にしようとする意図が見える」と断じ、尖閣諸島は日本の領土ではないことを主張するにとどまらず、沖縄について「歴史上の懸案であり、未解決問題」とも主張している。 中国では“尖閣問題”をどんどんと肥大化させ、今や“沖縄問題”にまで発展させている。 恐ろしいのは民間への浸透の速さだ。中国では、ネットメディアが、人民日報や新華社など大手国営メディアに対して対価を支払い“転載権”を得ている。ひとたびネット上に記事が転載されれば、高い伝播力によって一瞬にしてそれが既成事実になってしまう。 その浸透力は強大だ。今では中国の一般市民はたいてい「沖縄は中国のものだ」と思い込んでいる。ただし、その認識は今に始まったことではない。この論文が発表される以前の2012年9月の反日デモのときも、「沖縄返還」の横断幕を掲げたデモ隊が出現していた。 尖閣諸島は「台湾の附属島嶼」に含まれていたのか? 1971年に中国は尖閣諸島の領有権に関し、「日本は中日甲午戦争(日清戦争)を通じてこれらの島嶼(魚釣島などの島嶼)をかすめとり、清朝政府に圧力をかけて、1895年4月、『台湾とそのすべての附属島嶼』および澎湖列島の割譲という不平等条約――『馬関条約(下関条約)』に調印させた」(『戦後中日関係史』 林代昭著)とする外交部の声明を発表している。 尖閣諸島を巡る現在の日中間の対立は、この「台湾とそのすべての附属島嶼」に尖閣諸島が含まれていたのか否かが大きな争点となる。 張・李論文は、下関条約第2条に基づき接受された“台湾全島及び附属の各島嶼”について、「なぜ曖昧な説明しかないのか」という問題提起から始まる。 実は、張・李論文には“下地”があると思われる。日本の国会図書館外交防衛課に所属する濱川今日子氏が2007年に発表した「尖閣諸島の領有をめぐる論点」と題する論文(以下、「濱川論文」)が張・李論文のベースになっていることが見受けられるのである。というのも、張・李論文は、濱川論文中の「台湾受け渡しに関する公文」において9行にわたって書かれた記述を「日本の学者濱川今日子の論文中にも見ることができる」とし、中国語に訳して掲載しているのだ。 その部分とは、1895年6月2日に日本の水野弁理公使と清国の李経方全権委員との間で行われた「台湾附属の各島嶼にどの島嶼を含むのか」を巡るやり取りである。「台湾受け渡しに関する公文」に署名する際に、その点が議論の焦点となった。 濱川論文は「日本政府が福建省付近の島嶼を台湾附属島嶼として主張することは決してない、と応答し、李も肯諾した」とし、次のように続ける。 「1895年までに日本で発行された台湾に関する地図・海図の類は、例外なく台湾の範囲を彭佳嶼までとして、地図や海図で公認された台湾附属島嶼に尖閣諸島が含まれていないことは、日清双方が認識していた」 ところが、張・李論文では、中国側に不利なこの部分を“カット”し、「水野の談話からは次のようなことが分かる」と、以下のような分析に置き換えられている。 「日本政府は、台湾附属の島嶼はすでに公認の海図と地図があるということを承認している。この点から見れば、台湾の接収管理の公文中に列挙される釣魚島列島において、日本政府は実際上、釣魚島列島は台湾附属の島嶼であることが分かっていた。釣魚島列島は公認の海図と地図上に、早くからそれが中国に属すると明示されていたためである。その一方で、この対話は、日本政府会談代表の水野に、もう1つの事実をごまかす意図があったことを表している。『馬関条約』署名の3カ月前、日本政府はすでに内閣会議を召集し、隠密に釣魚島列島を沖縄県に編入したのである」 同じ文献でも解釈は見事に食い違う 張・李論文と濱川論文は、文献の解釈の仕方も大きく異なる。 例えば、16世紀後半に、明の探検家・鄭舜功が記した『日本一鑑』という日本の研究書があり、その中に「小東(台湾を指すとされる)之小嶼也」という記述がある。 この記述について、濱川論文は「当時の中国は台湾を統治していないし、統治の意思もなかった」としている。それに対して張・李論文は、「『日本一鑑』には、明確に澎湖列島を経て釣魚島に至り、琉球をたどる日本の航路があり、その中に釣魚島が中国台湾の所属だとする記録がある、それが『釣魚島、小東小嶼也』である」と食い違う。張・李論文は「釣魚島」をちゃっかり付け加えているのだ。 また、明の地理学者・鄭若曽が同時期に著した海防(後期倭寇)研究書である『籌海図編(ちゅうかいずへん)』(1562年)に関しても、濱川論文では「『籌海図編』巻四の中の『福建沿海総図』には、尖閣諸島はおろか、台湾や基隆嶼、彭佳嶼すら描かれていない」と分析するのに対し、張・李論文では「台湾、釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼などが福建の海防範囲に属する」と、なぜか事細かに記述している。 「琉球三省并三十六島之図」。左上が九州で、下の赤い部分が中国。 拡大画像表示 さらに、江戸後期の経世論家・林子平が作成した『三国通覧図説』(1785年)の追図、“色刷りの地図”で知られる「琉球三省并三十六島之図」に関しても、両者の見方は割れる。
張・李論文は「花瓶嶼、彭佳嶼、釣魚台(原文ママ)、黄尾嶼、赤尾嶼これら島嶼は中国の色で塗られており、中国の所有であることを表明する。釣魚嶼、赤尾嶼と台湾は同じ赤色、八重山、宮古群島と沖縄は緑色」としている。 一方、濱川論文は次のように事実を具体的に淡々と指摘している。「九州などが緑色、琉球王国領は薄茶色であるのに対し、尖閣諸島は中国と同じ桜色で塗られていることが、尖閣諸島が中国領であることを日本人も認めていた証拠としてあげられることがある」(注:この説は歴史学者・井上清著『「尖閣」列島:釣魚諸島の史的解明』によるもの)としつつ、「しかし、この地図は台湾が正式に中国に編入されて以降に作成されたにもかかわらず、台湾を中国とは異なる黄色に塗り、その大きさを沖縄本島の3分の1に描くなど、不正確な点も多い」。 実際に、三国通覧図説の地図は「正確さにかけ杜撰」かつ「私人の立場で描き政府の意思を反映したものではない」という認識が一般的である。 このような具合に、同じ文献を巡っていくつもの食い違いが生じているのだが、事実関係を緻密に調査し、参考文献を蓄積する濱川論文の方がやはり冷静で説得力がある。一方、張・李論文は感情的かつ“意図的”に感じられ、濱川論文を論破する十分な材料に欠けることも窺わせる。 中国人が褒めた日本人の学者の論文 そもそも中国側の尖閣諸島領有の主張は、実は日本人の学者の論文をベースにしている、という事実すらあるのだ。 故・井上清氏(元京都大学名誉教授)は著書『「尖閣」列島――釣魚諸島の史的解明』(第三書館、もともとは1972年に現代評論社から出版)のはしがきでこう書いている。 「1972年当時は、その二年前からおこっていた『尖閣列島』の領有権をめぐって日本と中国がわ(ママ)の争いがはげ(ママ)しくなっていた。<中略> わたしは日本側の主張に、帝国主義の再起の危険性を強く感じた。<中略> 研究が進むにつれて、その結果を小さな論文にまとめて、歴史学の雑誌や日中友好団体の機関誌等に発表し、最終的には『「尖閣」列島――釣魚諸島の史的解明』と題する本として現代評論社から出した。その本が出版され半年もたたない73年2月、香港の七十年代雑誌社から英慧訳『釣魚列島の歴史と主権問題』という中国語訳が出された。この中国語訳本は、香港、台湾および各地の華僑の間で大いに読まれたと、私は台湾で聞いた。中国でも知りあいの歴史家からほめられた」 中国が「固有の領土」として尖閣諸島の領有権を主張し始めるのは1971年になってからのことである。今日の中国の主張が前出の井上論文を参考にしていることは想像に難くない。 沖縄旅行で実感を強める中国人たち さて、張・李論文は第3章で“沖縄問題”に触れている。 「明治政府は、維新後の廃藩置県で軍国主義に偏りはじめ、朝鮮、琉球と中国に矛先を向けていた。その後、日本はさまざまな口実を利用し琉球、朝鮮、中国を侵略した」と、明治政府による沖縄県の設置を「琉球王国の併呑(へいどん)」と批判する。 さらに張・李論文は、明の時代にもさかのぼる。 「明の初めに明の皇帝の册封を受け、明、清の時代には中国の属国(原文は藩属国)となった。明の洪武5年(1372年)に、明朝は册封使を琉球に派遣し、その後歴代册封使は途絶えることはなかった。日本の幕末期、日本と琉球は隣接する島津藩主に強制され琉球に対し、朝貢するよう強制したが、琉球王国は依然として清政府に貢ぎ物を献上し、服従していた」 しかし、册封体制が敷かれていても中国の領土であることにはならない。『史料検証 日本の領土』(百瀬孝著、河出書房新社、2010年)は次のように指摘している。「朝貢する側は中国とは別の国であり、基本的には主権を維持している」「名分を重んずる中国としては臣従して反抗しないというだけで満足していたのであり、領土とは認識しなかった」 それでも、「沖縄は中国のものだ」と認識する中国人は多数存在する。上海在住のAさんは、昨年春節に沖縄を訪れた。「琉球村(注:沖縄文化を体験できる観光スポット)に行ったとき、これはもう中国文化そのものだと思いました。朱に塗られた建物、王様の象徴である龍、それらが十分物語っています。また解説書からは日本本土との交流よりも明国との交流が活発だったという印象を受けました」と語る。また、別の上海人女性は「私が沖縄に行ったとき、地元の人から『私の先祖は中国人』という話も聞かされました」とも。 彼らは「沖縄マルチビザ」の取得者でもある。正式名称を沖縄数次査証(個人観光)とするこのビザは、2011年7月、民主党政権(菅直人内閣)時に発給が開始された。1回目の渡航で沖縄に1泊し観光しさえすれば、2度目からは短期の商用を目的にも使うことができるという、本当の意味でのマルチビザなのだ。「有効期間の3年以内なら何度でも日本訪問ができ、1回の滞在期間は90日以内」という大胆な緩和政策を反映したものだけに、中国人の間では人気が高いが、「これではますます沖縄が中国化してしまうのでは」(東京在勤の日本人会社員)と危惧する声も聞かれる。 中国政府は国交正常化する以前の沖縄返還(1971年)において中国が発表したのは「日米が中国の領土である釣魚島を“返還区域”に入れたのは全く不法だ」にとどまる声明だった。2013年5月10日の産経新聞は、沖縄を未解決問題とするこの論文について、「1951年8月の声明で中国は沖縄への日本の主権を明確に認めていた」「中国の影響力拡大をもくろむ論文の視点は、新中国と敵対した蒋介石の主張にむしろ近い」と指摘している。 ところで、中国は論文発表の数では世界一だと聞くが、実はその質は決して高いものとは言えないという。上海の現役の大学教授が言うのだからその通りなのだろう。そして、こと日本に関する論文ともなれば「相変わらず言いがかり的な要素が強く、客観性や“目新しい研究成果”とはかけ離れている」(同)。 しかし、日本の弱点と、弱点を突くタイミングは、大変よく研究されている。中国の学者や研究者たちにとって、日中関係の悪化は「論文の粗製濫造」で小遣いを稼ぐ絶好の機会と言えるのかもしれない。
脅威増す中国への対処法と、自民党案で足りないこと 新「防衛計画の大綱」策定に望む 2013年06月04日(Tue) 織田 邦男 5月30日、自民党は新「防衛計画の大綱」(防衛大綱)策定に係る提言をまとめた。政府は今年1月の閣議で、日本の防衛力整備や運用のあり方を示す防衛大綱の見直しと、中期防衛力整備計画(中期防、2011〜15年度)の廃止を決めている。 現防衛大綱(22大綱)は民主党政権下、平成22年に策定されたものであり、わずか3年で見直されることになる。これまで防衛大綱は4回策定されたが、最も短期間で見直された16大綱でも6年間使用された。 環境に適応する者のみが生き残る 防衛大綱は国家の安全保障戦略、防衛戦略の一部を含み、10年程度を念頭においた防衛力のあり方の指針、運用・整備の基本を示すものである。国家の安全保障戦略や外交戦略は政権が代わるたびに、コロコロ変わるものであってはならない。 他方、安全保障環境に急激な変化があった場合、これに適切に対応できるよう、防衛力のあり方を機動的に見直すことも重要である。ダーウインは進化論で「強い者」が生き残るのではなく「環境に適応する者」のみが生き残るという「適者生存」を説いた。 旧陸軍の白兵突撃主義、旧海軍の大艦巨砲主義、海外にあってはフランスのマジノラインなど、環境の変化に目を閉ざし、惨めな結果を招いた歴史は枚挙にいとまがない。今回の見直しは、近年の安全保障環境の激変に適応できる「適者生存」を目指さねばならない。 大綱策定以降、日本を取り巻く安全保障環境は激変した。22大綱策定1年後の2011年暮れに北朝鮮の指導者金正日が死去。北朝鮮は新たな独裁者となった金正恩体制の下、昨年12月、人工衛星と称する弾道ミサイルを発射し、今年2月には3回目の核実験を実施した。 急速な経済成長と、二十数年にわたる驚異的な軍拡によって自信をつけた中国は、南シナ海、東シナ海で挑戦的活動を活発化させている。特に昨年9月の尖閣国有化以降、尖閣諸島周辺での挑発的行動や傍若無人化は勢いを増す一方である。 中国は「力が国境を決める」という華夷秩序的な考え方を有している。チベット、新疆ウイグル自治区への侵略の歴史や南シナ海での「ナイン・ダッシュ・ライン」(U字状に広がる境界線内すべてに中国の権益が及ぶと主張するライン)を見ればよく分かる。 5月には中国共産党機関紙人民日報が「沖縄の帰属は未解決」とし「中国に領有権がある」と示唆するような記事を載せた。米政府が即座に日本の主権を認めたためか、環球時報では「琉球国復活に向けた勢力育成」とトーンダウンさせた。 だが「20〜30年を経て中国の実力が強大になれば幻想ではない」とも記述しており、「力が領有権を決める」といった華夷秩序的考え方を自ら暴露している。 一方、日本の頼みの綱、同盟国である米国は、昨年1月国防戦略指針を公表し、アジア太平洋地域を重視(“pivot to Asia”“rebalance”)することを明確にしたものの、厳しい財政事情を抱え、国力の衰退傾向は否定できない。 今後10年間、1兆2000億ドルの歳出が強制的に削減されることになったが、その半分が国防費であり、台頭する中国とのパワーバランスが急激に悪化する可能性も出てきた。チャック・ヘーゲル国防長官も「最も懸念しているのは、歳出削減により、軍の即応能力に影響が出ることだ」と語っている。 日本国内にあっては、22大綱策定後、未曾有の災害、東日本大震災が発生した。自衛隊は10万人というかつてない大動員を実施してこれに当たったが、統合機能発揮など多くの要改善点が浮き彫りになった。 日本の死生存亡がかかる新防衛大綱 またアルジェリアの天然ガス精製プラントで働く日本人10人が殺害されるなど、諸外国にて活動する日本人の安全確保、国家としての危機対処能力向上の必要性が認識されている。 新防衛大綱に期待すべき課題は多い。だが、今回の見直しにおける最優先課題は「台頭する中国にどう対峙するか」であることは明らかだろう。まさに日本の死生存亡がかかっている。 「力の信奉者」中国といかに対峙するか。戦争して叩き潰すわけにはいかない。さりとて経済がこれだけグローバル化した現在、冷戦時、ソ連に実施したような「封じ込め」戦略を採るわけにもいかない。だとしたら中国が国際社会の規範を守り、責任ある利害関係者となるように誘導する「関与政策」しか採るべき道はない。 関与政策が成功するには2つ条件がある。まずは関与する側が中国に力で圧倒されないこと。そして2つ目はヘッジ戦略が採れることである。 つまり関与政策には30〜50年という長期間を要する。その間、状況がどう転んでも対応が可能であり、事態の悪化、拡大を抑止できることが求められる。尖閣諸島での日中緊張状態は、今後の関与政策の試金石と言ってもいい。 関与する側が中国に圧倒されないためには、中国の軍備増強に対応し、力の均衡を大きく崩さない努力が欠かせない。その際の最大の懸念は米国の衰退である。 今後、強制削減が続けば急激なパワーバランス悪化の可能性が出てくる。このためには民主主義など価値観を同じくする諸外国が連携してこれを補うしかない。日米豪韓が結束し、東南アジア諸国、そしてインド、ロシアとも連携を計り、バランスの維持に努めることだ。 日本はこれまでのように「米国まかせ」というわけにはいかない。対中戦略で最も影響を受けるのは日本である。日本に応分の負担、協力、そして何より当事者意識が求められる。 ここ10年間、日本は周辺諸国の軍拡を尻目に、防衛予算削減を続けてきた。防衛力は熱い鉄板上の氷柱のようなものである。放っておけば、下から溶けるがごとく戦力は低下する。10年間の予算削減により、装備品の陳腐化は著しく、戦力の相対的低下は否めない。 装備の戦力化や人の養成(操縦者等)には約10年の歳月がかかる。現在の防衛力は10年前の防衛力整備の成果物である。10年にわたる防衛費削減は、徐々に負の影響が現れてくる。そしてその影響は今後10年にわたって続くことになる。 目立たないが深刻な問題として、防衛産業の弱体化がある。契約額が10年前の6割に削減され、多くの企業が防衛産業から撤退した。旧軍のような軍工廠がない自衛隊では防衛産業の弱体化は戦闘能力低下に直結する。 注意が必要な防衛産業の弱体化 戦闘で損傷した戦闘機を修復するのは自衛隊ではなく、防衛産業であることは、あまり知られていない。新防衛大綱で改善を指摘すべき課題の1つである。 紙幅の関係上、最優先課題である対中戦略に絞るとして、新防衛大綱ではどういった方向性を示すべきか。まずは厳しい現状をしっかり認識しなければならない。今後10年間、これまでの防衛費削減のツケが顕在化してくるが、同時期に米軍戦力の弱体化が避けられない。 新防衛大綱が直面する最大の問題点は、パワーバランス上、日米の戦力状況が最悪の時期に中国との軋轢のピークを迎えることである。 まずやるべきは諸外国との連携によるオフショアバランスの維持、確保である。米国を中心とする同盟国、日韓豪の軍事的連携の強化、加えて東南アジア諸国、インド、ロシアとの防衛協力や交流の強化は最重要課題である。 各国軍との共同訓練の実施、「秘密情報保護協定(GSOMIA)」や「物品役務相互提供協定(ACSA)」など各種協定の締結、武器輸出を通じた防衛協力なども喫緊の課題である。2番目は防衛力再構築、そして3番目は日米同盟の強化、つまり米国の対中軍事政略であるエアシーバトルとの吻合を図った任務、役割分担である。 新防衛大綱では2番目の防衛力の再構築がメーンテーマになるだろう。今回の防衛力の再構築は将来への備えという中長期的視点と「今ある危機」への対処のダブルトラック的発想が求められる。 先述したが防衛力整備の効果が現れるのは10年の歳月がかかる。だが、これでは「今ある危機」には対応できない。また、これまでの10年間連続防衛費削減のツケを一挙に解消することも財政的に無理だろう。だとすれば「選択と集中」で重点投資するとともに、同時に防衛力向上に即効性ある投資が欠かせない。 対中戦略において「選択と集中」すべき重点分野は、東シナ海上空の制空権、制海権の確保である。特に制空権、つまり航空優勢の獲得は東アジアの安全保障の鍵とも言える。戦略家ジョン・ワーデンは次のように言う。 「すべての作戦に航空優勢の確保は不可欠である。いかなる国家も敵の航空優勢の前に勝利したためしはなく、空を支配する敵に対する攻撃が成功したこともない。また航空優勢を持つ敵に対し、防御が持ちこたえたこともなかった。反対に航空優勢を維持している限り、敗北した国家はない」 第2次大戦におけるナチスドイツの英国本土攻略作戦で鍵となったのはドーバー海峡上空の航空優勢であった。英国は本土防空作戦「バトル・オブ・ブリテン」で航空優勢を維持することに成功し、ヒトラーの野望を挫くことができた。 日本が東シナ海上空の航空優勢を確保し続ける限り、日中間の軍事衝突を抑止することができるだろう。現在のところは東シナ海の航空優勢は我が方に利がある。だが、中国も航空優勢奪還に向け莫大な資源を投入しつつあり、日本が手をこまねいていれば早晩、日中逆転は避けられない。 即効性があるF15の能力向上改修 制空権に集中投資するにしても、一方で即効性ある施策が求められる。例えば、戦闘機を例に取ると、次期主力戦闘機としてF35導入が始まっているが、この戦力化は最短でも10年後となる。これでは中国との軋轢がピークを迎える時期に間に合わない。だが、現在の主力戦闘機F15の能力向上改修であれば3〜5年で戦力化できる。 防衛力整備には中長期的な視点が欠かせないが、「今ある危機」への対応には、現装備品の改修や能力向上といった即効性ある防衛力整備が求められる。今後は、従来通り中長期的観点からF35整備を粛々と行いつつ、「今ある危機」に対応するためにF15の能力向上改修を行うといったダブルトラックが求められるわけだ。 次に日米同盟の強化であるが、衰退しつつあるとはいえ、米国はいまだ強力な軍事力を有しており、対中戦略の要であることには変わりはない。米国防戦略指針で示した、アジア太平洋地域を重視(“pivot to Asia”“rebalance”)に日本は歩調を合わせ、エアシーバトルといった対中軍事戦略を真に実効性あるものにしなければならない。 米国との綿密な調整の下、米国軍事戦略との吻合を図った防衛力整備を実施し、これを支援していくことが肝要である。早急にガイドラインを見直し、日本の適切な役割分担を明確にし、日米同盟の更なる強化を図っていくことが求められる。 最後に、防衛法制の見直しについて述べたい。ダーウインの「適者生存」という観点からすれば、現在の安全保障環境に最も適応していないものは、装備でもなく、人員でもない。それは防衛法制である。 最も即効性があり、しかも金のかからない防衛力強化策である防衛法制の見直しは緊急の課題である。新防衛大綱で明確に位置付け、政府あげて全力で取り組むことが必要だ。 現在の防衛法制は、冷戦時代の遺物と言っていい。「有事、平時」の区分が明確であり、平時から有事へは、3カ月程度のリードタイムがあるとの前提で法体系が成り立っている。 当時の仮想敵ソ連による日本侵攻を仮想した場合、兆候を察知してから、実際の侵攻まで3カ月のリードタイムが想定されていた。その期間に自衛権発動の法的根拠となる「防衛出動」の国会承認を取り付ければいいとしていた。 冷戦後、安全保障環境は激変した。冷戦時の様な「有事、平時」という明確な境界が消滅し、「治安」なのか「防衛」なのか、あるいは「犯罪」なのか「侵略」なのか明確でなくなった。「前線」「後方」の区別もつかない。 しかも、何時、どこで、どういう事態が起こるか予測困難であるといったファジーでグレーな時代となった。尖閣諸島周辺における現在の緊張状態も、平時とも有事とも言えない、言わば「有事に近い平時」であろう。 こういう環境下での安全保障の要諦は、まずは危機を発生させないことであり、もし不幸にも危機が発生したら、それ以上悪化、拡大させないこと。そして短時間で既成事実を作らせないことである。 欠陥だらけの現行法制 このためには、危機が発生したら間髪を入れず適切な対応を取ることが求められる。自衛隊にはこの能力は十分にある。だが、現行法制が自衛隊の対応を困難にしているのが現実だ。 仮に尖閣諸島周辺で海上保安庁の巡視船が中国海軍艦艇から攻撃を受けたとしよう。反撃しなければ、「力の信奉者」中国は弱みに付け込み、さらなる海保巡視船への攻撃を招くだろう。そうなれば尖閣周辺の海保の実効支配は消滅する。1988年、中国海軍がベトナム海軍を攻撃してスプラトリー諸島(南沙諸島)の領有権を奪ったパターンである。 中国海軍の攻撃には、海自護衛艦で対処しなければ海保巡視船を防護することはできない。海自護衛艦の能力からすれば十分可能である。だが現行法制度では海自護衛艦は海保巡視船を防護することはできない。 海保巡視船を武力によって守ることは、個別的自衛権の行使にあたる。だが、個別的自衛権を行使するには「防衛出動」が下令されていなければならない。「防衛出動」が下令されていない平時であれば、自衛権は発動できず海保巡視船を守ることはできない。 隊法82条「海上における警備行動」で防護可能と主張する識者もいるが、これも誤りである。「海上警備行動」は過去2回発動された例がある。ただ、今の政治の仕組みでは、攻撃前の絶好のタイミングで「海上警備行動」が発令されることを期待することは難しい。 百歩譲って、絶妙のタイミングで政府が決断し、「海上警備行動」を発令したとしても、「海上警備行動」では、許容されるのは警察権の行使である。自衛権の行使ではないため、巡視船が攻撃される前に攻撃を防ぐ防衛行動は取れないし、巡視船が沈められてしまった後であれば撃退することは過剰防衛になる。 では航空自衛隊は、空から海保巡視船を守れるのか。能力は十分ある。だが平時の根拠法令がないため空自も身動きが取れない。自衛隊は諸外国の軍と違って、平時には法律で定められた行動以外は禁止されている。いわゆるポジティブリスト方式を採用しているからだ。 現行法制では「防衛出動」が下令されない限り、個別的自衛権の行使はできない。「防衛出動」は国会承認が必要であり手続きにも時間がかかる。また「防衛出動」は対外的には「宣戦布告」との誤ったメッセージと与える可能性が強いという別な問題点もある。 あわてて政府が「防衛出動」の手続きを始めたとしよう。国際社会は日本が1隻の海保巡視艇が撃沈されたのを口実に、中国に戦争を仕掛けようとしていると見るかもしれない。中国は当然、「悪いのは日本」と「世論戦」に打って出るだろう。米国民がそう理解すれば、日米同盟が発動されないことだって十分あり得る。まさに悪夢である。 実際問題として、海保巡視船1隻の被害では政府も「防衛出動」下令を躊躇するに違いない。結果として海自護衛艦がそこにいても個別的自衛権を行使できず、巡視船を見殺しにすることになる。現行法制では「防衛出動」へのハードルが高すぎ、結果的に自衛権さえ行使できなくなっている。これでは独立国とは言えまい。 筆者は、海保が中国海軍艦艇に攻撃されたら、いつでも直ちに武力を行使し反撃すべしと主張しているわけではない。最高指揮官である総理大臣が総合的に判断して、反撃すべしと判断しても、法制上それができない。つまり為政者の採るべきオプションが、現行法制によって大きく制限されている。それは独立国家として異常な状態だと主張しているのだ。 個別自衛権が行使できない矛盾の解消を 安倍晋三内閣はこのほど、集団的自衛権容認に向け、第1次安倍内閣で設けられた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を再招集した。この懇談会の結論を受け、集団的自衛権が容認されれば、日本の安全保障上、一歩前進には違いない。 だが次なる問題点が生じる。平時、集団的自衛権が行使できるのに、個別的自衛権が行使できないという明らかな論理矛盾が起きる。つまり米艦艇は防護できても、海保は守れないといった、およそ独立国としてあるまじき事態が生じ得るわけだ。 グレーでファジーな時代にあって、事態を拡大させないため、間髪を入れず対応しなければならない安全保障環境にもかかわらず、現行法制はそれに追随できていない。問題の解決策はある。防衛出動が下令されなくても、状況によって個別的自衛権(通称「マイナー自衛権」)を認めることだ。たぶん激しい法律論争、憲法論議となるに違いない。 だが、この状態を放置すれば、ダーウインが言うように、やがて日本は自然淘汰されるだろう。日本国家・国民の安全を確保し、主権を守り、独立を維持するための防衛法制の見直しは何より最優先課題なのである。 自民党によってまとめられた新防衛大綱策定への提言を見ると、網羅的でよくまとまっている。だが、緩急軽重、優先順位が明確でないところが最大の難点である。憲法改正や安全保障基本法といった提言はある。だが、「今ある危機」に対応するうえでの時代遅れの防衛法制の問題点について、深刻な問題意識が感じられないのは残念である。 提言には防衛政策の基本的概念として、従来の「動的防衛力」に代わり「強靱(きょうじん)な機動的防衛力」を提示するとか、弾道ミサイル発射基地など策源地(敵基地)攻撃能力保有の検討といった文言が羅列されている。だが、差し迫った対中戦略からすればいずれも枝葉末節である。 新防衛大綱では、これから最も厳しい10年を迎えるという深刻な情勢認識の下、対中国「関与政策」遂行に焦点を絞り、防衛・外交政策、防衛力整備、そして防衛法制の改善へと、国家としての明確な方向付けをすることが求められている。
|