01. 2013年5月25日 18:34:00
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「オバマはアメリカの「反テロ戦争」を終わらせることができるのか?」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第628回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ここ数週間のオバマ政権は「三大スキャンダルの同時発生」というようなニュース の見出しにもあるように、3つの問題について共和党とメディアの攻撃を受けていま した。一つは、IRS(内国歳入庁)、つまり日本で言えば国税庁の問題で、要する に2012年に「ティーパーティー」の税務手続きに関する「妨害」を行ったという 疑惑です。 具体的には、オバマ政権の政敵である共和党の党内党というべき「ティーパーティ ー」系の政治団体がNPOとして非課税団体の登録を行おうとしたところ、制度上求 められていないような資料提出を要求されたり、IRSから違法な妨害を受けたとい うのです。この問題では、既にオバマ政権は非を認めてIRS長官を更迭しています が、問題はそれで収まっていません。 執拗にこの問題を追及しにかかっている共和党は、関係者の議会喚問を行なってい ます。22日にはIRSのロイス・ラーナーという「非課税団体担当責任者」が喚問 に応じていますが、最初に「自分は違法なことは何もしていない」として共和党サイ ドの「告発」に対して批判的なコメントを発すると、後は「黙秘権を行使します」と 言ってダンマリを決め込んでしまいました。 共和党側はカンカンでした。そのために、同じ日に行われた同様の「税金絡みの問 題」である、「タックス・ヘイブンなどを使った高度な脱税疑惑」で議会召喚されて いたアップル社のティム・クックCEOのソツのない答弁が大変に評判になり、議会 内外でのアップル社の評判が一気に上るという妙な現象まで起きたぐらいです。 共和党によれば、このIRSによる「ティーパーティー」非課税扱いへの「妨害」 行為というのは、権力の濫用であり絶対に許せないというのですが、では、この問題 は中間層の有権者にまで影響を与えるかというと、どうもそこまでのインパクトは無 さそうです。 そもそも問題が大統領まで行くかどうか分からないということもありますが、問題 そのものが極めて政治的な綱引きであること、そもそも「ティーパーティー」という のは連邦政府の徴税権に反旗を翻すことが目的で動き出した運動だということを考え ると、「敵視された」連邦のIRSが「コイツらは脱税するかもしれない」として特 別に厳しい監査をしたとしても、一応筋は通るからです。勿論共和党サイドの怒りは 静まらないにしても、民主党支持者から中間派までの感触としてはそんなところにな りそうです。 この「IRS対ティーパーティー」というのは、純粋な政争で、構図も古典的と言 えるのですが、残りの問題については、ある意味で「時代の変化」を強く感じさせる ものです。 現在の「三大スキャンダル」の二つ目ですが、これはFBIなどによるAP通信社 やFOXに対する盗聴という問題です。これはジャーナリズム界から「政府の横暴」 だという切り口で批判が出ているのですが、問題は「テロ活動の防止活動」に関して 「機密情報が報道機関に漏れている」ということに対して、FBIなどが逆に報道機 関に対して盗聴行為を行なっていたというものです。 盗聴というのは電話の通信記録をモニターするとか、メールを盗み見するというよ うな電子的な盗聴のことですが、こうした活動はブッシュ政権の「反テロ戦争」を通 じてエスカレートして行ったものです。例えば「捜査令状のスピードアップ」である とか、あるいは令状の省略が横行し、また「米国内での盗聴は違法なので、盟友の英 国に米国のターゲットに関する盗聴をしてもらう」といった手段が使われたりしてい ました。それが「治安対策が最優先」ということから恒常化していたわけです。 また今回問題になっている「機密漏洩」に関して言えば、2007年の「ウィキリ ークス事件」以来、アメリカの当局は非常にナーバスになっており、今回の問題は特 に「テロ対策」がらみの機密事項が絡むだけに、メジャーな報道機関に対してストレ ートに仕掛けをしてしまったと思われます。 ただ、こうした問題が激しい反発を受けるということ、そもそもはブッシュ時代に タカ派的ポジションを取っていた共和党サイドからも、政権を揺さぶるための批判が 出ていることなどには、時代の趨勢が感じられます。反テロという「錦の御旗」を掲 げても、もう通らなくなっているということだと思います。 一方で、「同時多発スキャンダル」の三番目ですが、こちらの「対立構図」はブッ シュ時代以来のクラシックなものです。他でもない、ここのところずっと引きずって いる「ベンガジ事件」の問題です。2012年の9月11日にリビアのベンガジ市に あるアメリカ大使館が襲撃されて、クリストファー・スティーブンス大使以下の4名 が暗殺された事件については、共和党が執念深く追及し続けています。 この問題、当初はスーザン・ライス国連大使がターゲットになりました。事件直後 に「犯行はムハンマド侮辱ビデオに憤激して発生したエジプトでのデモが伝播した偶 発的なもの」というコメントを各局のTV番組に出演したライス大使は繰り返したの ですが、これが「認識として甘すぎる」ということで2012年の大統領選後からネ チネチと攻撃が続き、最終的にライス大使は「ヒラリーの後任としての国務大臣候補」 から外されることになりました。 次にターゲットになったのはヒラリー・クリントンです。ライス大使をかばったの ではないか、そもそも「甘い判断」の責任は彼女になるのではないか、何か隠してい るのではないか、ということで、議会に引っ張りだして喚問したのですが、ヒラリー は質問に丁寧に答える代わりに、「情熱をもってリビアの民主化に献身していたステ ィーブンス大使の死は悲劇」だという「浪花節」コメントでその場を乗り切っていま す。 要は「私をバカにするな」ということであり、同時に「リビア民主化の支援という 国策から外れて、まるでブッシュ政権のようにアルカイダへの恐怖を説く」共和党の 姿勢に対しては「突っぱねる」という作戦であり、その迫力はなかなか説得力があっ たのです。 そうは言っても、事実関係の論破ということではヒラリーは共和党の追及を撃退で きたわけではありません。そこで「もう少しキチンとした説明をしないとオバマ本人 にまで追及が及ぶ」ということで、ホワイトハウスとしては「偶発的なデモの暴徒化 ではなく、組織的な攻撃であったことは早期に分かっていたが、安全保障上の理由か ら公表のタイミングを調整の上で公表した」という説明をしたのです。 この「公表のタイミング(トーキング・ポイント)」という話が出てきてから、こ のスキャンダルは妙な方向になってきています。つまりホワイトハウスを中心に「大 統領選に影響が出ないように口裏を合わせた」のではないかということです。とりわ け共和党サイドからは、一度はロムニー候補が選挙運動の中で問題にしようとしたの ですが、これに対して「大使の死亡という悲劇を政治利用するのか」とオバマ陣営は 強く抗議をしておいて、実はウラで「公表のタイミング」を計算するなど情報秘匿を していたと強い反発が出ています。 この問題に関しては、最初は「共和党の党利党略」という印象が強く、また「リビ アでの民主化支援に努力する中での不幸な事件」というヒラリーの説明で世論はとり あえず納得させられた部分もあったのです。ですが、選挙への影響を恐れてホワイト ハウスも巻き込んでの「情報操作」が行われていたという話に発展した現在、世論調 査では中間層もこの問題に対するホワイトハウスの対応を嫌っており、オバマとして はかなりの失点という格好になっています。 先週から今週にかけての「三大同時多発スキャンダル」というのは以上ですが、全 体としては大統領の威信はやや揺らいでいるわけで、オバマとしては何とかしなくて はという思いがあったのでしょう。23日の木曜日には国防(ナショナル・ディフェ ンス)大学で行ったスピーチでは、「反テロ戦争」についての全体的な方針を語って 国民に理解を求めています。 このスピーチでは、主として無人機(ドローン)攻撃の問題と、グアンタナモの収 容所の問題が取り上げられました。まずドローンの問題というのは、無線遠隔操作の 無人機による国外での「テロ容疑者暗殺」が現在も行われているという問題です。国 際法上も全くもって怪しい超法規的な作戦であり、国内外からも批判があります。興 味深いのは、共和党の若手がこの問題を執拗に追及しているのです。 代表的なのはランド・ポール議員(上院、ケンタッキー)で、そこは共和党ですか ら「テロリスト暗殺」に真っ向から反対するのではなく、「米国市民に対して大統領 が超法規的に暗殺を行うことは大統領権限と司法制度からの逸脱」だという一点に絞 っての批判を行なっています。ロジックとしては「米国市民」に限定し、これまでに 4例あるという殺害事例を挙げて批判しているのですが、政治的には「無人機という 汚い手」を使うことの全体に反対していると言っていいでしょう。 一方のグアンタナモ基地にある収容所の問題ですが、要するにテロ容疑者は「米国 本土での刑事裁判の対象」にはせず「将来のテロ計画と逮捕・殺害されていない他の テロリスト」の情報を「吐かせる」ために拘束し、仮に処罰を考えるにしても「非公 開の軍事法廷」で処断するということになっています。 これはブッシュ政権が考えだしたことで「情報を自白させたい」「反米的な悪人に は合衆国憲法に保証された基本的人権を認めたくない」「本土で裁判を行った場合に 奪還作戦の標的になる危険がある」という「保守心情」が非常に強かったために採用 された政策です。オバマは、2008年の選挙戦ではこの「グアンタナモ収容所の廃 止」を公約に掲げていましたが、共和党保守派の反対があまりに強いために、これま で廃止はできていませんでした。 さて、ここまで取り上げたIRSの問題を除く「4つの問題」に関して、整理して みるとどうでしょう? (1)AP盗聴問題(オバマ=タカ派、共和党=リベラル) (2)ベンガジ事件(オバマ=リベラル、共和党=タカ派) (3)無人機作戦 (オバマ=タカ派、共和党=リベラル) (4)グアンタナモ(オバマ=リベラル、共和党=タカ派) ということで、オバマと共和党は2対2で完全に「引き分け」になっているのです。 勿論、個々の政策に関しては込み入った経緯があってこうなっているのですが、「タ カ派かリベラルか」という対立の構造が消えつつあること、そして論争が政局がらみ の党利党略的になってきていることは、明らかです。そして、もう少し俯瞰的に見れ ば、民主党も共和党も「テロとの対決」という「戦時のセンチメント」からは相当に 自由になってきたと言えるでしょう。 例えば、ボストンのテロ事件に関して、軍事法廷ではなく通常の刑事裁判で裁くと いうオバマの方針については、大きな反論が出るわけではなく、既定方針になってい るのですが、これなどは正に、そうした時代の動きを反映したものと言えると思いま す。 要するに、これはアメリカが「反テロ戦争」の時代から抜け出しつつあるというこ となのだと思います。オバマ大統領は、23日のスピーチで「あらゆる戦争には終わ りがなくてはならず、このテロとの戦いも、ある時点で終わりにしなくてはならない」 と言っていますが、それは、ブッシュが始めた反テロ戦争が「悪だ」というような意 味ではなく、時間の流れの中でそのような時期が来たのだということです。
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