http://www.asyura2.com/13/warb11/msg/201.html
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オキナワと4・28〜主権回復か屈辱か〜
http://www.tv-asahi.co.jp/telementary
http://www.youtube.com/watch?v=XBWYPny95XA
翻弄される沖縄 歌に込めた思い
http://www.qab.co.jp/news/2013051743273.html
先月、政府の「主権回復の日」式典が県内を騒がせました。
サンフランシスコ講和条約の発効した4月28日の捉え方をめぐり、
政府と沖縄の新たな溝が浮き彫りになった形ですが、この日県内では、
ある男性が作った一曲の歌がステージで歌われ、注目を集めていました。
「♪うんじゃんわんにん やーんわんにん 艦砲ぬ喰ぇー残さー」
4月28日、人々が聴き入るのは、「艦砲ぬ喰ぇー残さー」。
沖縄戦を生き残った人々を「艦砲射撃の喰い残し」
と表現した歌詞で知られる歌です。
この日は、政府の「主権回復の日」式典が開催された日。
観客「こういう戦争でやられた我々の思いを
(国は)全然知らないなというのが私の今の実感ですね。」
「本土と切り離された日から、またこういう歌を聴いて、
私の胸におさまってるということですね。」
4人姉妹の民謡グループ「でいご娘」。長女の島袋艶子さん。
歌をつくったのは、音楽が大好きだった艶子さんの父、比嘉恒敏さん。
沖縄戦で最初の家族全員を失くした恒敏さんは、
戦後再婚し、授かった艶子さんらと音楽活動を開始。
歌には、再び手にした幸せがずっと続きますようにという
恒敏さんの願いが込められていたのです。
しかし突然、その幸せは奪われます。
1973年、飲酒運転のアメリカ兵の車が、恒敏さんらを乗せた車に激突。
艶子さんたちは、恒敏さんと母を失いました。
兵士らは日米地位協定に守られ、全員本国へと帰ったきり。
艶子さんたちには、補償どころか謝罪すらもありませんでした。
「艦砲ぬ喰ぇー残さー」が歌うのは、
あの日も今もアメリカの下に置き去りにされた沖縄の姿です。
主権回復の日:沖縄・奄美の人々の声
http://www.dailymotion.com/video/xzfqdr
http://www.youtube.com/watch?v=ILvtwqKY33I
沖縄 “屈辱の日” 政府式典に1万人が猛抗議
http://www.youtube.com/watch?v=IA7An94D53I
沖縄「屈辱の日」、政府式典に抗議の大会
http://megalodon.jp/2013-0429-1447-28/news.tbs.co.jp/20130428/newseye/tbs_newseye5318674.html
「戦争で沖縄がどんなに苦しい思いしたか知らないのに、
主権回復のお祝いとか言ってるけど。怒り心頭だね」
「子どもたちが将来、そういう日があったことを振り返って思い出してくれて、
沖縄が基地のない島になってもらえたら」(参加者)
沖縄、政府式典に抗議「屈辱の日」大会
http://megalodon.jp/2013-0429-1446-30/news.tbs.co.jp/20130428/newseye/tbs_newseye5318412.html
「なんで沖縄は『屈辱の日』といって怒りに燃えているのに
こうはお祝い気分で、そういうの本当に嫌ですね」(参加者)
「(日本という)親元に帰ったつもりなんだけど、
親に捨てられたこの気持ち分かりますかね」(参加者)
「がってぃんならん!」「屈辱の日」大会に多くの参加者
http://www.qab.co.jp/news/2013042942878.html
参加者はそれぞれ
「地位協定さえ改定出来ないのに、主権をお祝いしようなんて反対しています」
「歴史認識のない人が首相であることが呆れてものが言えない」
と話していました。
沖縄 主権回復式典に抗議の大会
http://megalodon.jp/2013-0428-1547-04/www3.nhk.or.jp/news/html/20130428/k10014246581000.html
昭和47年まで本土復帰の運動を続けたという沖縄県恩納村の66歳の男性は
「政府が今、なぜ主権回復を記念して式典を開くのか理解できません。
アメリカ軍基地に伴う負担を考えると、
主権が回復しているとはとても言えないのではないか」と話していました。
また、中城村からひ孫を連れて大会に参加した66歳の女性は
「政府主催の式典には反対で、ことばも出ないくらいです。
4月28日が、沖縄にとっていかに屈辱的な日だったかということを、
孫やひ孫にも伝えていきたい」と話していました。
沖縄が本土に復帰した昭和47年に生まれたという豊見城市の40歳の男性は
「基地があることが当たり前という状況のなかで育ってきたが、
やはり、沖縄は本土よりも基地の負担が重く、平等ではないと思う。
基地問題を解決することなく、政府が式典を開くことはとても残念です」
と話していました。
主権回復記念式に抗議の大会
http://megalodon.jp/2013-0428-1541-27/www.nhk.or.jp/lnews/okinawa/5093947251.html
街頭では疑問の声多く出る
http://megalodon.jp/2013-0428-1950-04/www.nhk.or.jp/lnews/okinawa/5094108761.html
那覇市に住む70代の女性は、
「沖縄にとっては日本から切り離された『屈辱の日』だという印象を持っています。
この日に政府が式典を開くのは考えられない」と話していました。
また、那覇市の40代の男性は、
「今回の式典は、県民の気持ちをないがしろにするものです。
ただ、沖縄にとってどのような日なのか知らない人も増えていると思うので、
逆に知ってもらうという意味ではよかったのかもしれません」と話していました。
「屈辱の日 沖縄大会」政府の式典に抗議集会
http://megalodon.jp/2013-0428-1552-45/news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000004454.html
参加者:「屈辱の日ですから。
政府は主権回復の日だと言っているが、明らかに違うでしょと」
「親(日本に)捨てられた苦しみ、悲しみ、分かって頂きたい。
沖縄は本当に差別されていますよね、いまだに」
「屈辱の日」沖縄で政府式典への抗議集会
http://www.news24.jp/articles/2013/04/28/07227629.html
参加した人「主権が果たして沖縄にあるのだろうか、という大きな疑問がある。
日本も含めて」
政府の主権回復記念式典に抗議する大会 沖縄・宜野湾市
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00244991.html
http://megalodon.jp/2013-0428-1555-17/www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00244991.html
参加者は、「沖縄には(米軍)基地がたくさんあるような中で、
主権回復と本当に言っていいのかどうかというのがあって」
「沖縄にとっては、本当に『屈辱の日』というんですかね。
本当にもう、悔しい思いですよ」と話した。
主権回復式典:沖縄「がってぃんならん」抗議集会「屈辱の日」沖縄大会、立ち見の輪
http://mainichi.jp/select/news/20130429ddm041010138000c.html
http://megalodon.jp/2013-0429-1501-07/mainichi.jp/select/news/20130429ddm041010138000c.html
「政府式典は、沖縄戦と、米軍による統治を強いられた私たちへの侮辱ですよ」
集会に参加した名護市の自営業、具志堅勝子さん(74)は言った。
1945年の沖縄戦終結時は小学生。
校舎を米軍に接収され、地面をノート代わりに学んだ。
本土に復帰した時は喜びもあったが、その後も基地問題は変わらず「だまされた」。
名護市は日米両政府が米軍普天間飛行場の移設先にしている。
「基地を押しつけるばかりで私たちには主権もない」
具志堅さんは語気を強めた。
「政治家は歴史を学ぶべきだ」。舞台に立った名護市の稲嶺進市長の演説に、
那覇市の大田朝成さん(85)はうなずいた。
16歳で旧海軍予科練に志願して沖縄を離れた。
戦後間もなく帰郷する船から見た夜の古里は、米軍施設だけが光っていた。
「もう少しの我慢で米軍は出て行く」と考えていたが、
サンフランシスコ講和条約発効で沖縄は切り離された。
そして今年、政府は沖縄分離の日に式典を開いた。
「歴史の受け止め方の違いも気付かない。
政府は沖縄の怒りをあおり独立させたいのではないでしょうか」といぶかった。
会場には若い世代の姿も。
宜野湾市の高校1年、田原初さん(15)が3月まで通った中学は、
米軍垂直離着陸輸送機オスプレイが配備された普天間飛行場の近くだった。
「屈辱の日」はテレビで初めて知ったといい「中学では米軍機が飛ぶと爆音で
授業が中断することもあった。そんな沖縄に主権はないと思う」と話した。
政府主催の「主権回復式典」に抗議 沖縄で1万人が集会
http://www.asahi.com/politics/update/0428/SEB201304280001.html
屈辱の日沖縄大会
http://www.rbc.co.jp/wmv/0429-02.wmv
4.28 3世代で参加した男性
http://www.rbc.co.jp/wmv/0429-03.wmv
沖縄の運命決めた条約
http://www.rbc.co.jp/wmv/0426-03.wmv
日本の独立と引き換えに沖縄をアメリカの統治下に置き続けることを定めたサン
フランシスコ講和条約の第三条についてある軍用地主の思いを通して考えます。
それぞれの4・28 「痛恨の日」奄美の思いは
http://www.qab.co.jp/news/2013042642850.html
それぞれの4・28 復帰後世代 小波津正光さん
http://www.qab.co.jp/news/2013042542817.html
それぞれの4・28 鳩山元総理 越えられなかった「壁」
http://www.qab.co.jp/news/2013042442791.html
それぞれの4・28 屋良元知事秘書 大城盛三さん
http://www.qab.co.jp/news/2013042342763.html
緊急世論調査 「主権回復の日」県民はどう思う
http://www.qab.co.jp/news/2013042242740.html
主権回復の日 反発広がる沖縄の声
http://www.youtube.com/watch?v=CtAiYgqJALw
主権回復の日 反発広がる沖縄の声
http://www.bs11.jp/news/59/
http://megalodon.jp/2013-0424-2300-06/www.bs11.jp/news/59/
サンフランシスコ講和条約発効から61年となる今年、
4月28日に政府主催で開かれる 「主権回復の日」の記念式典。
しかし、この日は米国の占領が終わった日であると同時に
沖縄、奄美、小笠原が本土から切り離されて米国の統治下に置かれたため、
沖縄では「屈辱の日」と呼んでいる。
沖縄はその後20年に及ぶ米国統治を経て、72年5月15日に本土復帰を果たした。
今に至る米軍基地の過度な集中とそれに対する沖縄の怒りの原点を探る。
主権回復の日
http://www.youtube.com/watch?v=jUAHECSumZ4
<参照>
主権回復の日:沖縄・奄美の人々の声
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/gendaisekai/2013/04/post-c96f.html
日米地位協定
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/gendaisekai/2013/04/post-5040.html
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