08. 2013年4月30日 01:12:37
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中国はなぜ「核の先制不使用」記述を消したのか 様変わりした中国「国防白書」を読み解く 2013年04月30日(Tue) 阿部 純一 4月18日、中国がようやく2012年版の「国防白書」を公表した。2年ごとに公表される中国の国防白書は今回で8回目となるが、公表が越年となったのは2008年の白書からで、「2008年中国の国防」が2009年1月、同じく「2010年中国の国防」が2011年3月であった。今回、中国は白書のタイトルを「国防白書:中国の武装力の多様な運用」と改め、この4月に公表に至った。 今回の国防白書の注目点は3つある。第1にタイトルの変更であり、第2に「情報公開」の進展であって、第3に核戦力運用についての表現の変化である。1998年に最初の国防白書を中国が発表して以来、タイトルの変更は初めてである。 変わったのはタイトルだけではなく、内容も従来のスタイルから大きく変わり、まさに「中国の武装力の多様な運用」を説明しようとするものとなっている。これまでの中国の軍事力を包括的に概観するものから、いわばトピックを抽出し、それに特化した内容と言える。これは、いわゆる常識的な「白書」の書き方とは違う。だから、今回の白書には、例えば国防費の用途の説明など一切ない。こうした形式が今後も続くとすれば、白書を通じて中国の国防態勢の変化を経年的にフォローすることは難しくなった感がある。 軍事力を紛争解決以外にも幅広く運用 中国は、タイトルを変えた理由を明らかにしていない。しかし、思い当たることとして、米国防総省の中国軍事力年次リポートが、オバマ政権の2010年になってからタイトルがこれまでの「中華人民共和国の軍事力」から「中華人民共和国に関わる軍事・安全保障動向」へと変更されたことが想起される。米国が、中国の軍事力の国際平和への貢献や国際軍事交流への目配りを加味し、従来の年次リポートよりも中国への配慮を加えたことが指摘されてきた。 今回の中国の国防白書も、国内の経済建設に対する人民解放軍の貢献に加え、ソマリア海賊への対応や国連平和維持活動への貢献、さらに各国との軍事交流の進展など、米国の年次報告のタイトル変更に呼応させたような内容となっている印象がある。 しかし、それだけではないだろう。国防白書のタイトルに謳われている「中国の武装力の多様な運用」が示すように、これは中国が軍事力を紛争解決の手段のみならず、外交・安全保障はおろか国内安定のためを含め、幅広く運用する用意があることを内外に示す意図が込められていると思われる。 そうした点を踏まえ、陸軍では人民武装警察との連携、海軍では国家海洋局を中心とした海上法執行機関との協力強化などに言及されている。後者は、言うまでもなく南シナ海の主権を巡るフィリピンやベトナムとの摩擦、尖閣諸島の主権を巡る東シナ海での日中摩擦が念頭にあり、中国海軍と中国海上法執行機関(「海監」「漁政」等)との連携を重視する姿勢をこれまで以上に明確に述べていることからも分かる。 隠蔽体質は相変わらず 第2の「情報公開」の進展については、例えば各軍区に所属する集団軍を明らかにしたこと、陸軍、海軍、空軍の兵員規模を明らかにしたことなどがそれに当たる。しかし、それらは現実に即して言えば旧知の事実を確認したに過ぎない。もちろん、それが中国当局によって確認されたことは評価し得るかもしれないが、取り立てて騒ぐほどの情報公開ではない。 もっとも、白書は第2砲兵部隊の兵員規模は明らかにしておらず、保有する核弾頭の数はおろか、ミサイルの種別、基数、配置などもまったく明らかにしていない。弾道ミサイルとしての「東風」シリーズ、巡航ミサイルとしての「長剣」シリーズの名が出てくるだけである。 また、陸軍で言えば主力戦車など戦力の詳細には触れていない。空軍についても、保有する戦闘機の総数や機種ごとの内訳を明らかにしておらず、海軍も潜水艦、駆逐艦、フリゲートなど主要艦艇の詳細な保有数、配置などについては明らかにしていない。 そうした意味において、今回の白書における中国の「情報公開」は、進展があったとはいえ、その程度は極めて低いと言わざるを得ない水準に留まっている。もちろん、国防に秘密はつきものであり、すべてを公開している軍隊など存在しないことは事実だろう。しかし、国際的な安全保障の確保に必要とされる「軍事バランス」の信頼度を確保できるだけの情報を中国は出すべきだろう。各国は、その「軍事バランス」をいかに均衡させるかに腐心しているわけであり、地域の平和と安定の維持を考えれば、中国の隠蔽体質がマイナスの効果を生むものであることは確かだ。 中国は核戦略を変更したのか? 第3のポイントとして、中国の核戦略がある。中国が1964年10月に最初の核実験に成功して以来、公言してきた政策に「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」がある。これが今回の白書で言及されなかったことから、中国が核戦略の変更を考慮しているのではないか、という疑念が指摘されている。 例えば、米国のカーネギー平和財団のジェームズ・アクトンは、「ニューヨーク・タイムズ」紙4月18日付記事で、白書と関連して2012年12月に習近平・中央軍事委主席が第2砲兵部隊の基地を訪問した際のスピーチで、核兵器が中国の大国としての地位をサポートすると述べた中で、「核の先制不使用」に言及しなかったことを指摘している。 おそらくこの問題は、中国が明確な弁明をしなければ、核軍縮をさらに推し進めようとしているオバマ政権の米国をも巻き込んで国際的な議論を引き起こすこととなるだろう。果たして「核先制不使用」「非核保有国への核不使用」に言及しなくなった中国の意図するところは何なのだろうか。 場合によっては、これをもって中国が積極的に核軍拡に乗り出そうとしていると懸念を深めるかもしれない。中国は第2世代の固体燃料・車載移動式ICBMである「東風31」の実戦配備を進めており、潜水艦発射の新型SLBM「巨浪2」も配備が近いと予測されている。通常兵器のみならず核兵器の近代化にも中国は余念がないのである。 米国、ロシアがどう関心を示すかを見るための試み? だが、振り返ってみれば中国の「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」という政策は、1964年10月に中国が核保有国に名乗りを上げた時点では、戦略的に合理的なものだった。米ソはすでに水爆開発を終え、その核戦力をもってすれば地球を何度も壊滅できる「オーバーキル」の状態にあった。核保有国としては駆け出しで、しかも米国、ソ連と敵対していた中国にとって、核兵器の先制使用は戦力で圧倒的な米ソの核報復を招くだけの「非合理的選択」であったし、広く同盟国に「核の傘」を提供するという拡大抑止政策を米ソが実行していたことから考えれば、非核保有国への核使用も同じ結果を招くことになる蓋然性は高かった。そういうことなら、むしろ「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」を積極的に強調することによって、つまり「できないことを、あたかも自らの意思でやらない」と見せかけることによって、中国の核兵器は防御的であり、平和志向であることを訴え、核保有の正当性を確保すべきだということになったのであろう。 その意味で言えば、現在の核兵器を巡る国際的なバランスを見ると、米ソ冷戦時代と大きくは変わっていない。つまり、米国と、ソ連の核兵器を継承したロシアが他を圧倒する核戦力を維持している状況が依然として存在している。ただし、拡大抑止を政策的に維持しているのは米国だけであり、最近では北朝鮮の核兵器開発とその威嚇的挑発によって、米国の「核の傘」についても信憑性に疑問符が付けられる状況にある。米ソ冷戦の時代、いずれか一方による核の先制攻撃が、世界の破滅を招く全面核戦争の引き金になるということで核兵器の使用は「抑止」されてきた。しかし、全面核戦争の脅威がなくなったことで拡大抑止の信憑性が薄れた結果、むしろ北朝鮮の「核攻撃」は起こり得るシナリオとなっている。 しかし、だからといって中国が北朝鮮のように米国に対し挑戦的になって「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」を言わなくなったとは考えられない。そうだとすれば、中国の意図するものは何かが問われることになる。米国やロシアに肩を並べる核大国を目指すにせよ、現状で米ロにはるかに及ばないうちにその意欲を表出することは、米国やロシアの警戒と対抗を生むだけだから合理的な判断だとは言えない。 現時点で、中国が核の先制使用も辞さないケースを想定するとすれば、積年のライバルであり中国との国境紛争を抱えるインドがその対象になり得るかもしれない。インドも核保有国ではあるが、戦力的に見れば中国が優位にあることは疑いない。優位に立つ中国が「核の先制使用も辞さない」という姿勢でインドに対応すれば、インドは譲歩を余儀なくされるだろう。しかし、それによって得られる中国のメリットと、逆に米国やロシアを刺激してしまうデメリットを比べると、デメリットの方が大きいだろう。 そうであるとすれば、今回の白書で中国が「核の先制不使用」「非核保有国への核不使用」の文言を意図して欠落させたにせよ、本気で核戦略の変更を志向していると見るよりも、それによって米国、ロシアがどう関心を示すかを見るための試みと考える方が妥当性は高いだろう。米国やロシアが中国への懸念を高め、対抗措置を講じる構えを見せるかどうか。中国は状況が不利だと考えれば、知らぬ顔で「核先制不使用」「非核保有国への核不使用」の政策を再確認すればよいだけの話だからである。 目を離せない「核の先制不使用」問題 なお、「非核保有国への核不使用」に関しては、白書が公表された直後の4月20日、ジュネーブの国連欧州本部で中国外交部の●森軍縮局長(●の字は广の中に龍)が非核保有国への核不使用を明確にしたうえで、わざわざ「日本に対して核兵器を絶対に使わない」と述べたことによって、この政策が継続していることが確認されている。その意味では、今後注目すべきは「核の先制不使用」ということになる。 筆者の個人的関心もあり、中国の核戦略についての考察が長くなってしまった。しかし、今回の白書で尖閣諸島問題に関し「日本が紛争を引き起こしている」といったような中国の得意とするプロパガンダ的言辞よりも、また限定的な情報公開などよりも重要なイシューだと考えたからだ。 中国が従来繰り返し主張してきたこと、つまり「核の先制不使用」という中国の核戦略を語る上でのキーワードを、なぜ今回は白書の記述から落としたのか。これは今後の中国の国防戦略を見ていくうえで念頭に置くべきポイントであることは間違いない。 |