03. 2013年4月18日 09:35:09
: xEBOc6ttRg
『from 911/USAレポート』第622回 「ボストン・マラソン爆弾テロから一夜明けて」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第622回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アメリカの東北部は、本当に長い冬でした。何度も「ノーイースター」という「爆 弾低気圧」による風雪の被害があり、それに加えて3月から4月にかけての気温が低 く、春の訪れが遅かったのです。ですが、今週になってやっと新緑や花の季節が到来 し、一気に解放感を味わっていたのです。ボストン・マラソンを狙った爆弾テロの惨 事は、そんな中で起きました。 事件があったのが4月15日の月曜日の午後3時過ぎ(現地=米国東部時間)で、 その晩には目立った情報はないまま一夜が明けました。私はどうしても2001年の 911の翌朝と比較してしまったのですが、あの晩はツインタワー倒壊の現場で、必 死の捜索作業が続けられていたわけで、とにかく一人でも多くの人が見つかって欲し いという祈りのような感情があったのを覚えています。 今回の事件は規模の違いもありますが、幸いなことに「見つからない被災者」を探 すということにはなっていません。その代わりに大変だったのが、深刻な負傷をして 病院に運ばれた被災者への救命活動です。負傷した人々は、ボストン地区の複数の病 院に運ばれているのですが、昨晩から今朝にかけて、各地の病院で多くの担当医がそ れぞれ個別に記者会見に応じていました。今回の事件の特徴として、この医師たちの 救命努力と同時に、会見での情報公開の誠実さということが挙げられると思います。 例えば、15日の事件当日の晩、深夜近くに会見に応じていたマサチューセッツ総 合病院の緊急救命外科医である、ピーター・J・ファーゲンホルツ医師は、病院の前 で立ったまま30分近い会見に応じており、TVや新聞などの記者たちが気の済むま で丁寧に質問に答えていました。その中では、患者のプライバシーに属することは避 けながら、どのようなケガが多いのか、重体である人数、重体患者への今後の手術ス ケジュールなどを本当にキチンと発表していたのです。 その晩そして、翌朝にかけて各地の病院も似たような現場医師による会見を行なっ ていましたが、同じようなクオリティのものでした。恐らくは警察や市当局が広報体 制に関しては、各病院と原則を確認しているのでしょうが、危機に当たって、最も社 会が、そして被害者家族が知りたいのは、この時点では医療関係者からの情報だとい うことを押さえながら、その医療関係者が本当に丁寧に、そして誠実に会見に応じて いる、そのことだけでも、このボストンという街の持つクオリティを感じさせられま した。 911の際には、NY市のジュリアーニ市長(当時)が毎日の情報公開を徹底的に 行い、人々の動揺を鎮めていったのですが、今回はこのファーゲンホルツ医師をはじ めとする医師団がその役割を担っているように思われます。 ちなみに、このファーゲンホルツ医師ですが、発言の中で「今回はマラソン参加者 方々の多くが、事件直後から病院に直行して献血を申し出て下さっています。素晴ら しいことで、本当に感謝しています。」と言っていました。これはこれで美談なので すが、その後で同医師が言っていたのが興味深かったのです。 ファーゲンホルツ医師は、「実は、正直に申し上げると現時点では血液は足りてい ます。ですから、今すぐには献血は必要ではないんです。」と言いながら、「但し、 患者さんの中には明日から大きな手術を行う方がありますし、再手術になる方も多い と思われます。ですから、明日以降、あるいは明後日以降には献血を是非お願いした いんです」という言い方をしていました。 その何とも正直なところ、特に政治性や儀礼性を排して事実を伝えながら、そこに 深い誠意を感じさせる言い方、それは、いい意味でのアメリカのエリートの持ってい るクオリティだと思います。最近の日本では、アメリカのエリートというのは、やた らに上昇志向のギラギラした人々だというイメージが広まっているようですが、それ は違うと思うのです。 それはともかく、その各病院による会見で出てきているのは、二つの情報です。一 つは、重傷である被害者の傷は下肢に集中していること、つまり爆発は低い位置で発 生し、衝撃は地を這うように広がったということです。もう一つは、多くの被害者が 「ボールベアリングのような金属球」による傷を負っているという情報です。 これを受けて、当日の15日から翌日にかけて、各メディア並びにボストンの当局 や、FBIをはじめとする連邦政府などのコメントを総合すると、以下のようなこと が指摘されています。 一つは、今回使用された爆弾は、いわゆるプラスチック爆弾のような強力なもので はなく、爆風の衝撃波も強力ではない。恐らくは、火薬などを使ったもので「稚拙な 爆弾」と言える点、もう一つは、金属球の飛散による殺傷を狙っていることで、明確 な殺戮の意志が見て取れるということです。この「金属球」ですが、一部にはベアリ ングではなく、散弾の粒であるという説もあり、また一部の報道では飛散物に木工用 の釘が使用されていたという情報もあります。 また15日の午後になって一部の報道では、未確認情報ということですが、爆弾は 「圧力鍋」に入れられていて、それを犯人は黒いバックパックに入れて運んでいた可 能性があるそうです。また観客の撮影した写真の中に、爆弾の入っていたと思われる 袋が写っていたとして、その写真も公開されています。 事実関係としては、このようなところなのですが、こうした情報をベースにして、 浮かび上がる犯人像としては、今のところ2種類が指摘されています。 一つは、ここのところイラクでの反政府勢力が激しい爆弾テロを行なっていること から、こうしたイラク関連のグループ、あるいはアルカイダ系のイスラム原理主義者 の犯行という可能性です。こちらのストーリーに関しては、「事実なら犯行声明が出 るはず」であるとか「もっと派手な標的を狙うだろう」ということ、あるいは「こん な稚拙な爆弾を使用するはずはない」というような理由から、否定的な見解も多く出 ています。 ですが、アルカイダ系のグループと言っても弱体化する中で、限りなく個人的な犯 行に近い形で出てくる可能性は排除できないわけで、これまでの「常識」で判断する のは危険、従って可能性として排除するべきではないという考え方が一般的です。 ちなみに、16日の午後には、ペンタゴン(国防総省)から「アルカイダ系のグル ープをはじめとした国外犯の犯行である兆候は、現時点では一切ない」というコメン トも出ています。(CNNのバーバラ・スター記者) その一方で、国内犯の可能性に関しては、15日の当日は具体的なコメントは余り 出ていなかったのですが、16日になって色々な可能性が取り沙汰されています。 まず、犯行の日付ですが、一つにはこの4月15日というのが「毎年の確定申告の 締切日」だという点があります。税金を払うのがイヤで爆弾テロを起こすなどという のは、全く荒唐無稽に思えますが、アメリカの場合、例えば極右思想の中には「連邦 政府の徴税権を否定」するような考え方があり、あながち「確定申告の日」にテロを 起こすという人物が出てくる可能性はゼロではないのです。 もう一つは、この4月15日というのは、マサチューセッツ州では「パトリオット ・デー(愛国者の日)」という「州の休日」に指定されているという事実です。どう して「月曜日に公道を閉鎖してマラソン大会が?」と思われた方もあるかもしれませ んが、この日は休日というわけなのですが、では「アメリカの愛国者の日」を狙った のだから「反アメリカ」だろうというと、そうは簡単には行かないのです。 この「愛国者の日」というのは、ワシントンの率いる独立軍がボストン郊外のレキ シントン・コンコードの戦いに勝利して、英国国王軍を相手にした独立戦争の勝利を 決定づけた日を記念したものです。どうしてこの日が、アメリカの極右には気になる のかというと、「せっかく英国の徴税権から離脱しようと独立を勝ち取った」にもか かわらず「こともあろうに合衆国憲法や連邦政府を創設してアメリカ人の自由を奪っ たのはおかしい」という「思い」に至る「日」であるという思考回路を持っている可 能性があるからです。 更に今週というのは、カレンダー上に現代アメリカの歴史における「忌まわしい日 付」がゾロゾロ並んでいる週でもあります。15日以外には、4月16日(今日です が)が2007年に発生したバージニア工科大学の銃乱射事件の「6周年」であり、 また4月20日は1999年に発生したコロンバイン高校乱射事件の「14周年」に なります。ただ、この二つの事件は政治性は希薄であり、今回の事件との関連は薄い と思われます。 問題は4月19日です。この日は、1993年にテキサス州のウェーコ市郊外で 「ブランチ・ダビディアン」という新興宗教の教団が、連邦政府との銃撃戦の結果、 教団施設に仕掛けた大量の爆発物に火を放って自爆してほぼ全滅、81名の死者を出 したという事件があったのですが、今年はその「20周年」に当たるのです。 この教団は極端な終末論を信じており、連邦政府との銃撃戦も「世界の終わりの戦 い」だとして戦ったということですから、この事件だけであれば政治性は薄かったか もしれません。ですが、この「ほぼ全員死亡」という事件のことを「連邦政府による 人民の虐殺」だとして、勝手に反政府的な憎悪を貯めこんだ人物がいたのです。 それは、帰還兵のティモシイ・マクベイという白人の若者でした。マクベイは、こ の「ブランチ・ダビディアン事件」の「2周年」である1995年4月19日に、連 邦政府に対する攻撃を実行したのです。これが、168人の犠牲者を出した「オクラ ホマ連邦政府ビル爆破テロ」事件であり、今年の4月19日はその「18周年」にな ります。 マクベイの勝手な「復讐」という事件があったために、この「ブランチ・ダビディ アン事件の20周年」という問題は、「後付けで政治性を帯びる」ことになりました。 従って、今回の事件のことを考える上でも、どうしても可能性として考慮しなくては ならないと思われます。というのは、政治的な状況が似通っているからです。 1993年の事件当時はビル・クリントンが大統領に就任した直後でした。これに 対して一部の極右は、「ベトナム反戦運動に参加して、フェミニズム運動家(ヒラリ ー)を妻にしている」ような「反米的な大統領」が就任したということで憎悪を燃や し、また「ブランチ・ダビディアン」との銃撃戦を指揮したクリントン政権のジャネ ット・リノ司法長官(当時)のことを、極左の女性司法長官が「アメリカ人を虐殺し た」として、激しく憎んだのです。 現在は、史上初の黒人大統領であるオバマがいて、その司法長官はアフリカ系のエ リック・ホルダー、そしてテロ対策の責任者である国土保安長官はジャネット・ナポ リターノという女性であり名前までリノ氏と同じです。勿論、これは憶測に過ぎませ んが、こうした要素の重なりに加えて、ウェーコでの事件の「20周年」だというこ とで、極右的な人物が今週に大胆な犯罪に走るという危険性は無視できないわけです。 更にアメリカの国内テロの歴史の中で、今回の事件とどうしても比較が避けられな い事件があります。それは、1996年にアトランタ・オリンピックの会場内の公園 で発生した爆弾テロ(死者2名)という事件です。この事件に関しては、犯人逮捕に 至るまで当局は迷走を続けて、負傷者の救護にあたった職員を容疑者と勘違いしたり 散々な展開となりました。 結果的に2003年になって、エリック・ルドルフという白人男性の単独犯という ことが判明し、逮捕起訴されたルドルフは終身禁錮刑の判決を受けて服役しています。 そのルドルフの犯行の背景には妊娠中絶への過激な反対を中心とした病んだ極右思想 があったのです。ルドルフは、中絶医を襲撃したり、同性愛者の集まるクラブを爆破 したりと、五輪での爆弾テロ以外にも、過激な事件を多く起こしていたのです。 このルドルフの逃避行も異常でした。五輪での事件が96年で、その後98年に医 院の爆破事件の容疑が固まって逮捕状が出て以来、ルドルフは5年間にわたってアパ ラチア山脈の山中を転々とし、食料が尽きると人里に出てきて夜陰に乗じて調達をす る生活を5年も続けていたのです。 そんな逃避行が可能になった背景には、ノースカロライナ州西部の人々の中に、ル ドルフの思想への共感があったらしいのです。つまり、密かな支援者が相当数いたと いうことです。逮捕当時の報道によると、この地域の人間が「ルドルフの逃避行を助 けた事実はありません。ですが、明日ルドルフが食べ物が欲しいと言って来たら、密 かに渡してその事実を決して誰にも言わないでしょう」などと発言していたそうです。 結果的にルドルフは、逃避行の末に、食料を求めて生ゴミを漁っているところを捕 まったというのですが、その背景にある「アンチ・オリンピック」の思想というのが、 大変に不気味でした。ルドルフは供述の中で「オリンピックというのは大企業が大金 を払って、国際的な社会主義のプロパガンダを助けている、その背景には妊娠中絶賛 成のイデオロギーがある」という言い方で爆弾テロの動機を語っているのです。 つまり、「国際的なもの」や「大企業の経済力」などが「中絶賛成のイデオロギー」 と結びついており、それが「国際社会主義」という敵の正体だというのです。ある意 味では「草の根保守の最も病んだ部分」と言える思想ですが、同じ極右思想というこ とで、この「アンチ・国際スポーツ大会」的な心情が、「ウェーコ事件の20周年」 とか「愛国者の日」といった話に重なっていって、犯行につながっていった可能性は あると思われます。 今回のボストン・マラソンは優勝者が男子はレリサ・デシサ選手(エチオピア)、 女子がリタ・ジェプトゥー選手(ケニア)という顔ぶれでした(両名とも事件の数時 間前にゴール)が、そのような「国際色豊かな大会」であること自体を憎悪したとい う可能性も否定出来ません。最初の爆発のあったゴールライン直前のエリアは、それ こそ各国国旗のはためく「国際色」豊かな場所であり、アメリカの極右には「極めて 不快」な場所であった可能性もあります。 ちなみに、このアトランタの事件に関しては、爆発物の威力が中程度、殺傷のため に釘を用いていること、低い位置に爆弾を仕掛けていることなど、今回の事件との物 理的な類似も指摘できます。当局としては、勿論、これを念頭に置いて捜査をしてい ると思われます。 その他の政治的な環境としては、「移民法案(不法移民歴13年で合法化へ道を開 く)」とか、「銃規制法案(銃購入者の犯歴病歴チェックの厳格化)」などの議論が 現在連邦の上院で進んでいるという問題があります。前者は超党派合意の一歩手前、 後者もう少しずつ実現に近づいてきていますが、この双方の法案共に、アメリカの極 右としては「許せない」と思っている可能性があり、これも事件の背景の要素として 考慮する必要があるように思われます。 更に言えば、現在のアメリカの保守派は、ワシントンの中央政界だけでなく、全国 レベルで「中道寄り」になってきており、軍縮に賛成したりしているわけです。極右 としては孤立感を深めているという可能性もあります。 ちなみに、今回のボストン・マラソンでは昨年12月のコネチカット州サンディ・ フック小学校での銃撃事件でお子さんを亡くした親御さんたちが、追悼の意味を込め て参加していたのですが、このエピソードは事件直後には報道されたものの、以降は メディアでは取り上げられなくなりました。国内テロという可能性が懸念される中、 極右系の人物を刺激しないためと思われます。 また全国で厳戒態勢が取られている理由としては、アルカイダ系の犯行という可能 性に加えて、国内犯の場合は問題の「19日」に向けて、第二の事件を封じ込めると いうことが意識されていると思われます。 16日、全国では一斉に星条旗が半旗になる中、クリーブランド遠征中のレッドソ ックスは試合前に犠牲者に黙祷をしています。また、ヤンキースはNYの地元にいた のですが、宿敵レッドソックスの根拠地であるボストンの惨事に対して、レッドソッ クスの愛唱歌であり、ヤンキースファンにとっては「本当は大嫌い」なはずのニール ・ダイヤモンドの『スイート・キャロライン』という歌をヤンキースタジアムで歌っ て、ボストン市民への連帯を表明しています。そのヤンキースタジアムには「アイ・ ラブ・ボストン」の文字が浮かび上がっていました。 http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
|