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富は平均化されるという説は間違い
これからの数年、あるいは数十年にわたり格差が拡大し続けるとしたら、(世界は)どうなるだろうか。たとえば、上位1%の富裕層の所得が、現在の国家の収入の5分の1から4分の1になったとしたら、あるいは半分になったとしたらどうなるか?
パリ・スクール・オブ・エコノミクスのトマ・ピケティ(Thomas Piketty)教授の説を信じるなら、これは将来的にあり得るという程度のことでなく、その可能性はかなり高いようだ。
先ごろ米国の書店に並んだばかりのピケティ教授のエッジの効いた近著、『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First century:未邦訳)』の中で、彼は世界経済史を斬新かつ広範な視点から分析し、市場経済の仕組みに関する多くの中核的な教義に疑問を投げかけている。
もっとも驚くべき新説は、格差の拡大傾向は最終的に安定化し、自然にやわらぐといった、長年にわたって支持されてきた自由市場資本主義の教義は間違いだという見解だ。やわらぐどころか、さらに多くの富や経済的諸力が一握りの運のいい者に経済的諸力が集中し、かなりの長期間にわたって維持されるのがほぼ確実だと言う
格差拡大の流れは政治的措置でも変えられない
所得格差は「われわれの時代を決定づける課題である」と主張するオバマ大統領のような政治リーダーが本腰で取り組めば、その傾向は減速し、もしかしたら流れを変えることができるかもしれない。
ピケティ教授は「政治的措置によって、この流れを変えることは可能だ」と私に語った。しかし教授は、これまでの歴史を振り返ると「普通選挙権と民主的制度は、システムを反作用させるのに充分ではなかった」とし、政治的措置が実際に流れを変えるという希望はあまり持てないと付け加えた。
容赦なく拡大する格差に関する教授の説明は、おそらく、今日世界がどう動いているかについて多くのアメリカ人がもっている直感的な理解と一致しているのではないだろうか。
しかし、20世紀後半に主流となり、今日なお幅を利かせている経済通説に対抗するのは容易なことではない。この経済通説は、ベラルーシ出身のアメリカ人経済学者サイモン・クズネッツが冷戦初期に構想したものだ。
クズネッツは所得申告書の納税データを丹念に整理し、米国で初めて所得税が導入された1913年から第二次世界大戦直後の1948年までの間の上位10%のアメリカ人富裕層の所得が、国家収入に占める割合は、半分弱から約3分の1へと大きく減少したと推定している。
クズネッツは、1954年にデトロイトで開かれた米国経済学会の年次総会の会長講演で、後に「クズネッツ曲線」として知られるようになった見解を「経済成長の初期段階である産業革命前から産業文明への移行期おいて、格差はもっとも急速に広がった。その後しばらく安定し、やがて後期になると格差は縮小した」と概説している。
富の分配意識に興味が向かなくなった背景
クズネッツの結論は、当時、ソビエト連邦と対立していた米国における資本主義の士気を大いに高めることになった。それは、国が強力な介入をしなくても、市場経済がその成果を平等に分配できることを示唆していたからだ。
これにより、以後、経済学者たちは、富の分配意識の問題にはほとんど関心を示さなくなった。経済理論は、経済のバランスがとれていれば賃金と利益は同じペースで上昇するものと想定され、関心はもっぱらビジネス・サイクルの上下動に向けられるようになった。
デビッド・リカードやカール・マルクスのような19世紀の思想家たちを駆り立てた所得や富の分配に関する深い問題意識は、成長のダイナミックスを誤って理解していたためとされた。そしてそれは、「レ・ミゼラブル」や「オリバー・ツイスト」を生んだ、とてつもない富と悲惨な生活が並存する時代がもたらした、悲観主義によって膨らんでいったものと見なされた。
もちろん今日では、19世紀の悲観主義者が完全な誤りだったとは決して言えない。
現在のアメリカから歴史を振り返ると、クズネッツ曲線はターゲットから外れているように見える。何年にもわたって賃金が抑制された状態にもかかわらず、国民所得に占める利益の割合は1930年以来最大となっている。経済のパイで上位10%のアメリカ人富裕層の富の割合は、南北戦争後のいわゆる「金の時代」の最盛期である1913年よりも大きいのだ。
経済を上回る富の成長速度
この現象は、アメリカに限ったものではない。多くの先進諸国においても、21世紀の経済的な見返りの分配はあきらかに19世紀の特徴に似ている。
ピケティ教授は、(著書の)『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First century)』の中で、富の分配を再び分析の中心に据えた、資本主義の一般理論を展開している。グローバルな所得分配の専門家であるニューヨーク州立大学大学院センターのブランコ・ミラノヴィッチは、この本を「経済思想の流れを変える一冊」と称した。
クズネッツの分析と同様に、ピケティの分析もデータに基づいている。ただしピケティの場合は、クズネッツよりはるかに多くのデータ、つまり、10数カ国のデータだけではなく、何世紀にもわたるデータを分析している。彼はその中から、単純な歴史的規則性を抽出した。大きく分けて、機械、土地、金融手段、住宅、その他の「資本」からのリターン率は、通常、経済成長率より高いという事実だ。
それは、経済が本格的に成長していなかった産業革命以前に特に当てはまるが、19世紀に経済成長がはじまった後も依然として見られた。
これは、富からの収入は賃金より速く成長することを意味している。資本からのリターンは再投資されるため、受け継がれた富は経済より速く成長し、僅かな者に多くの富が集中することになる。この傾向は、資本の所有者が収入の大半を消費にあて、それほど多くを再投資しなくなるまで続く。
クズネッツの誤解を招く曲線は、こう考えれば容易に理解できる。彼は、歴史の中で例外的な時期のデータを使ったのだ。
例外的とはつまり、大恐慌、ふたつの世界大戦、そして高いインフレ率が世界の資本ストックの大きな部分を破壊した時期に当たる。第二次世界大戦後の急成長と富裕層に課された高い税率も相まって、1970年代までには収入の配分が平坦化されたわけだ。
21世紀末、富の集中は世界収入の7年分となる
しかし、この例外的な時代はとうの昔に終わり、軌道は修正されている。
ピケティの推定によると、膨大な収入と富が集中した時期である「金の時代」の世界の私的資本は、世の中の収入の約5年分以上にもなったという。1950年までには3年分以下に低下したものの、2010年までに再び4年分に戻っている。今世紀末までに、それは約7年分になるだろうとピケティは予測している。
アメリカ人は、この説明は米国には当てはまらないと言うだろう。なぜなら、アメリカの富の多くは稼ぐものであり、相続されるものではないからだ。アメリカの富豪とは、マイクロソフトのビル・ゲイツやゴールドマンサックスのロイド・ブランクフェンのような「創造者」であり、彼らは社会への経済貢献によって報酬を得ているというわけだ。
(それに対して)ピケティは、アメリカの企業のトップや投資家の巨額の報酬は、本当に彼らの貢献を反映したものなのか、という疑問を投げかけた。ちなみに、彼らの報酬は1980年以来、上位の収入層の税率が下がったことでさらに拡大した。加えて留意すべきは、米国の相続による格差が低くなっているのは、おもに、独立当時300万人だった人口が今や3億人へと急増し、とてつもない経済発展を推進したからだと指摘した。
しかし、この人口急増は繰り返されることはない。国家収入に占める資本シェアの主要な部分となっている企業利益の割合は、すでに急上昇している。
つまりこれは、米国での将来の格差がふたつの力で推進されていくことを意味している。まず、国家収入に占める資本所有者の富の割合は拡大し続ける。そして残りの労働収入のうち、所得スケールの頂点に立つ企業幹部や高い報酬を得ているスターたちの取り分も増大し続けるということだ。
この流れを変える手段はあるのか?
これに対する、政治的に可能な解毒剤はあるのだろうか。ピケティ教授は、万人のための教育という標準レシピでは、相続される富をますます拡大させている強力なパワーにとても太刀打ちできないとする。
もちろん、それを抑えるうえでもっとも実行可能な手段は税金だ。経済成長率と釣り合いがとれるよう、累進課税によって税引き後のリターンが資本に還流するのを抑制するのだ。
しかし、政治的に「収入をバランスよく平等に分配するための財務上の諸制度は、大きなダメージを受けてきた」とピケティ教授は私に語った。
富の所有者は弱者集団ではないから、たとえ置き去りにされた人民主義者の衝動的行為から、資本主義を守るために必要であったとしても、そうした政治的対処の動きには断固抵抗する。
ピケティ教授は、20世紀初頭のフランスを例に挙げて、このように言った。
「フランスは民主主義であったにもかかわらず、そのシステムは信じられないような富の集中と格差に対応しなかった。エリートたちは無視を決め込んでいたのだ。そして、何もかも自由市場が解決してくれると主張し続けた」
もちろん、そうはならなかった。
(文:エドワルド・ポーター / 翻訳:松村保孝)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38875
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