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読売新聞の 「12月の読者相談」 欄(2014年1月12日)に、次の記述が見られた。
「…陛下が記者会見で、憲法に規定されている 『天皇は、国政に関する権能を有しない』 との条項の順守を念頭に天皇としての活動を律していると明言されたことに、 『感動した。ますます陛下をお慕いする』 との声も寄せられました」
この上記の明言≠ヘ、天皇が80歳の傘寿を迎える12月23日のために、事前にメディアに配布された 「お言葉」 に関するもので、 その要約は、同日、放送、新聞で一斉に報道された。上記の読者の声は、その報道に基づいている。 しかし、実は、天皇の憲法に関する発言は、もう一つあり、その方が重要な内容を含んでいたといえる。 しかし、読売は記事本文にその部分を掲載していなかったから、読者の声もそれには触れようがない。
省略された重要な発言内容
天皇は、宮内記者会の初めの質問 「80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、 そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい」 に対して次のように述べられていた。
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…戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、 今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、 深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。…
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読売は一面で、この部分を、以下のように端折って報じた。
「戦後、平和と民主主義を守るべき大切なものとして、憲法を作り、荒廃した国土の復興に尽くした人々に 『深い感謝の気持ち』 を示された」
記事は、「日本国憲法を作り」 に続く 「様々な改革を行って、今日の日本を築きました」 という部分と、 「当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」 と述べられた部分とを、ばっさり削ってしまった。
実は、NHKは、更に思い切った要約をした。上記、「憲法」 と 「知日派米国人」 に触れた部分を全部カットしてしまった。 要約というより削除といえるだろう。
因みに、この 「憲法と改革」 の部分を、朝日新聞は1面で、毎日新聞は二社面(26面)の 「記者会見でのご発言・要旨」 で、 それぞれ報道している(読売は10面の 「全文」 に掲載)。 結果論としても、筆者の知る限り、この省略部分が極めて重要な意味を含んでいることに異論を唱える人はいない。
たとえば、出版編集者は、こういっている。
「この部分がすっぱりカットされたのは、やはり問題だと思います。在位している天皇の発言としては、相当政治的に踏み込んでいて、 踏み込んでいること自体、かなりインテンショナル(意図的)なご発言のように思います」
省略に意図はない?
なぜ、二種類の 「天皇の発言」 が生じたのだろうか。そして、NHKや読売は、どうしてこのような重要な部分を省略したのだろうか。 それは当然の疑問といえる。はたして意図的なのだろうか、あるいはこの部分の重要性を軽視した過誤によるものだろうか。
私の質問に対してNHKは次のように答えた。
「今回の会見は天皇陛下がこれまでの80年を振り返ると共に現在の気持ちを述べられたものでした。 テレビではお気持ちの部分を中心にお伝えし、放送尺(放送の枠)の関係で、憲法に触れられた部分は入りませんでした」
お言葉は全文3000字に及び、NHKはそれを3分の1の900字弱に要約した。そして、「意図的な扱いはなかった」 という。
メディアの編集・報道は、読者・視聴者に対して 「アジェンダ・セッティング機能」(Agenda-setting function=議題設定機能)を持っている。 つまり編集や報道の仕方によって読者・視聴者の思考や言動を、一定の方向へ向かわせること、言い換えれば世論を誘導する力を持っている。
「客観的事実」 に政治的色彩が・・・
今回の発言について、財界人の一人は 「政治から完全に距離を置く従来の平成天皇のスタイルから離れて、かなり踏み込んでいる」 と感想を述べた。
朝日の 「天声人語」(12月30日)は、この発言部分を引用し、それに続けて 「いま 『戦前回帰』 への懸念が膨らむ。 特定秘密保護法が成立した」 と述べている。
天皇には政治的な権能はない。それを前提にする限り、護憲派であれ改憲派であれ、この発言に天皇の 「政治性」 を汲み取るのは筋違いで、 単に 「客観的事実」 を述べられたまでだ、と受け止めざるを得ない。
しかし、政治環境が変われば、「客観的事実」 の方が、政治的な色彩を帯びてしまう。 例えば、東條英機の合祀以来、靖国神社に参拝しない天皇一家の強固な 「平和的意思表示」 と、 参拝することを英霊に対する尊崇とする安倍首相とその内閣の 「政治的姿勢」 とは、対極に立っていることになる。 言い換えれば、安倍首相が 「戦後レジームからの脱却」 を強調すればするほど、天皇の今度の発言は、 相対的に、「戦後レジームの肯定」 と受け止められるのを、否定できない。
波風を立てない深慮から?
NHKの人事や放送内容に対する安倍内閣の介入が指摘され、懸念されるいま、NHKが、それを恐れていないといえるだろうか。
以下の、友人(元大学学長)の考察が、「臆病なメディア」 の在り様のすべてを語っているのかもしれない。彼女はこういっている。
「戦後、日本国憲法ができたときの精神は天皇発言の通りでした。しかし、憲法改正の動きが出て来たこのいま、 そうした憲法制定時の見方を述べることは 『護憲の立場』 を表明することになります。 NHKの関係者は発言の意味をそう読んで、あえて波風が立たないようにカットしたのでしょう。天皇には、『言論の自由』 はないということですね」
上記、いろいろな事実と見解を総括して、財界人もこう述べた― 「僭越ですが、私もご友人と同じような考えに至りました」。 はたして、皆さんの見方はどうでしょうか。
「表現の自由」 制約の旗振り
ここまで書いて、ジャーナリストとしては悲しむべき次のニュースに接した。
<「菅官房長官は、14日午後の記者会見で、特定秘密保護法の施行に向けて、 特定秘密の指定や解除などの統一基準を検討する有識者会議の座長に読売新聞グループ本社の会長兼主筆を務める渡辺恒雄氏を起用し、 今月17日に初会合を開くことを明らかにしました>(1月14日夜、NHKニュース)。
渡辺氏は、「特定秘密保護法」 の前身といえる 「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」 (通称 「スパイ防止法案」)が議員立法として国会に提出された1985年以来、この種の機密保護法制定に意欲を燃やしてきた。 同時に、憲法改正に執心し、読売新聞による憲法改正試案すら公表してきた。今回の諮問会議の座長就任は意外ではない。
しかし、主要メディアの主筆(編集・論説すべての総括最高責任者)としては、あるべきジャーナリズムの対極に立つことになる。 言い換えれば、「報道の自由、情報の公開」 の制約に助力することになり、それは同時に 「表現の自由」 を根幹とする現憲法の否定につながる。
こうした主筆をトップに置く読売新聞が、 半世紀を越える現憲法下での政治・社会体制(安倍首相が否定的にいう 「戦後レジーム」)を肯定的にとらえた天皇の発言 【(日本国憲法を作り)様々な改革を行って今日の日本を築きました】 をカットしたのは、決して軽率な過誤ではなく、深慮ある意図的な編集による、 と受け止められて当然といえるだろう。
(2014年1月15日記)
http://www.news-pj.net/npj/maezawa/20140115.html
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