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安倍首相が最近よく使う言葉に、「法の支配」がある。
中国の海洋進出を念頭に「力による現状変更ではなく、法の支配によって自由で繁栄していく海を守る」という具合だ。
「法の支配」とは何か。米国の政治学者フランシス・フクヤマ氏は、近著「政治の起源」でこう説明している。
「政治権力者が、自分は法の拘束を受けていると感じるときにのみ、法の支配があるといえる」
この「法」は、立法府がつくった制定法とは違う。近代以前は、神のような権威によって定められたルールと考えられていた。法と制定法の違いは、現代でいえば憲法と普通の法律の違いにあたるという。
今年、安倍首相は「憲法9条改正」に挑もうとしている。
ただし、憲法96条の改正手続きによってではない。解釈の変更によるのだという。
最高法規の根幹を、政府内の手続きにすぎない解釈によって変える。これは「法の支配」に反するのではないか。
■決める政治はき違え
衆参のねじれを解消した安倍首相は、「決められない政治」からの脱却を進める。
先の国会では、内閣提出法案の9割近くを成立させた。
私たちは社説で、ここ数年の日本政治を特徴づけてきた「決められない政治」を克服するよう、政治家に求めてきた。
それは、国民の負担増が避けられない時代に、政治には厳しい現実を直視した決断が必要なことを指摘したものだ。
安倍政権は消費税率の引き上げを決めた。だがそれ以外の分野ではどうか。やりたいことをやりたいように決める。こんな乱暴さが際だってきた。
三権分立どこ吹く風。一票の格差を司法に断罪されても、選挙無効でなければ受け流す。婚外子の相続差別への違憲判断を受けた民法改正の党内手続きには、猛烈に抵抗した。
自民党も賛成した憲法改正の国民投票を18歳以上に確定する法改正すら先送り。改憲手続きに従った改正を遠のかせることになろうと、お構いなしだ。
「いまの力はつかの間のことなのに、我々は何でもできるという自民至上主義が生まれている」。党内のベテラン議員の目には、こう映る。
■力ずくに異議もなく
極めつきは、特定秘密保護法採決の強行に次ぐ強行だ。
かつて自民党は、勢力が強まるほどに自制した。
生前、哲人政治家と評された大平正芳元首相は、若手にことあるごとに老子の言葉を説いて聞かせた。
「大国を治むるは、小鮮(しょうせん)を烹(に)るがごとし」
小魚を煮る時は、形を崩さぬよう、つついてはいけない。政治も同じという意味だ。
反対を力ずくで押し切ったあの採決への過程は、保守本来の知恵ともいうべき戒めとは対極の荒々しさだった。
大平の薫陶を受けたリベラル派は、ほぼ姿を消した。政権中枢のやり方に違和感を覚えても、表だって異議申し立てをする重鎮もいない。
一方で、予算の大盤振る舞いに群がる族議員の行動は「完全復活」した。
「官邸しか見ないヒラメ議員の集まりか」。長年、党を見てきた官僚からため息が漏れる。
■歴史の教訓はどこに
今年、安倍政権がいよいよ手をつけようとしているのが、集団的自衛権の行使容認だ。歴代政権は憲法解釈上、行使できないと封印し続けてきた。
布石は打たれている。慣例を破り、行使容認派を内閣法制局長官に起用した。政治の暴走から法の支配を守る政府内の防護壁は格段に低くなった。
特定秘密法のように、憲法が保障した国民の権利を法律によって制限する。今度は法律よりも軽い解釈変更によって、戦後の平和主義を支えてきた9条を変質させようとする。
いずれも、国民の手が届かないところでの出来事だ。
安倍首相は昨春、憲法改正の発議要件を両院の3分の2の賛成から過半数に下げる96条改正を掲げ、「憲法を国民の手に取り戻す」と訴えていた。
いまやろうとしているのは正反対のことではないのか。それともこれが、麻生副総理がナチスを引き合いに語った「誰も気づかないうちに」憲法を変えるということなのか。
昨秋の衆院憲法審査会の議員団によるドイツ視察。改憲の発議要件を緩めることをどう思うかという質問に、独連邦議会の議員がこう答えた。
「ヒトラーがその全権を掌握するなどということは、3分の2という条項が(厳格に)あればできなかったはずだ」
歴史の教訓である。
自民党の1強体制が、2度の選挙によって生まれたのは確かだ。しかし、そのことをもって法の支配に挑むのなら、民意への悪乗りというほかない。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=com_gnavi
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