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2013.12.17
東京都の猪瀬直樹知事が窮地に追い込まれている。徳洲会グループから無利子/無担保で受け取った5000万円をめぐる問題で説明不能になっているのだが、このグループから多くの政治家に資金が流れていることは以前から知られていた話。「国家安全保障基本法案」、「特定秘密保護法案」、TPPといった国のあり方を根本的に変える法案や政策が出てくるのと同じタイミングで問題化したことに胡散臭さを感じる人は少なくないだろう。
猪瀬は石原慎太郎知事の時代に副知事を務めていた。1999年から始まり、2012年に知事としての職責を放棄するまで続く石原時代には良くない噂が絶えなかったが、マスコミは見て見ぬ振り。新銀行東京の杜撰な融資による破綻、オリンピック誘致を名目とした放蕩三昧も大きな問題だが、それ以上に深刻なのは臨海副都心の開発だ。
この開発で巨大企業や天下り先を確保した役人たちは潤ったかもしれないが、プロジェクト自体はとうの昔に破綻している。この実態を大きく取り上げようとしないマスコミも巨大企業や歴代都幹部の「共謀犯」だ。
臨海副都心開発は鈴木俊一知事の置き土産。1979年に初当選した鈴木は巨大企業が求める政策を打ち出し、新宿に巨大庁舎を建設して都庁を移転させたほか、江戸東京博物館や東京芸術劇場も作り、臨海副都心開発の検討を開始する。臨海副都心で建設を始めたのは1989年のことだった。
1980年代の日本は株式相場に続いて不動産価格も投機資金で暴騰していた。いわゆる「バブル」。そうした中で臨海副都心開発の計画も策定されたのだが、勿論、バブルが膨らみ続けることはない。1989年に株式相場は天井を打っているが、これは何ヶ月も前からチャート分析で予測されていたことだ。
1990年に入ると、大蔵省(現在の財務省)は資金力のある個人投機家を邪魔な存在として潰しにかかるのだが、そうした投機家は不動産ともつながっていて、なかなか潰れない。結局、投機家を破綻に追い込んだときには株式だけでなく、不動産の相場も壊してしまう。その間、大儲けしたのは大蔵省の仕掛けた「仕手戦」で提灯をつけた外国のファンドだ。
1980年代といえば、大蔵省を黒幕として大手証券が株価操縦を繰り返していた時期。株価を引き上げてファイナンス(時価発行増資や転換社債などの発行)で資金を調達させるという仕組みだが、外国で発行された無担保債はマネーロンダリングに利用されていた疑いがある。後に証券会社は不正行為があったと攻撃されたが、主犯は顧客の大企業や大蔵省だった。
その一方、この時代にはアメリカが日本支配を目論んでいる。日本産業の強さを技術力の高い中小企業群と見たアメリカ資本は「ケイレツ」を問題にしてくる。当時、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と信じていた日本の支配層はアメリカ支配層との話し合いを拒否、アメリカ側は腕力で支配に乗り出す。
アメリカ側の攻撃は1985年のプラザ合意で始まったと言えるかもしれない。その直前は1ドル240円程度だったドル・レートが1年後には1ドル150円台へ急降下した。1988年になると、BIS(国際決済銀行)が自己資本比率を引き上げることを決め、日本の銀行に圧力をかけてくる。
新規定は1992年から本格適用されたが、その前に株価が大幅に下落したことで「含み益」が大きく減少、銀行は資金の回収に走るのだが、その際、回収しやすい企業から手をつけた。つまり、優良な中小企業を「貸しはがし」で倒産させていったのである。アメリカの思惑通りだ。1990年代の前半には証券会社の不正行為や銀行の不正融資(おそらくマネーロンダリング)が発覚、支配システムは大きく揺らいだ。
1990年代の半ばになると、アメリカ支配層は日本の「レジーム・チェンジ」を本格化させ、強者総取りのシステムを強化していく。そうした作業の一例は、CIAとの関係が深いことで有名なシンクタンク、CSISが設置した「日米21世紀委員会」。1996年にメリーランド州で最初の会議を開き、98年に報告書を出した。その後、日本が進めている政策はこの報告書(PDF)に示されている。
http://csis.org/files/attachments/980801_21st_finalrpt.pdf
こうした中、進められた臨海副都心開発は破綻、2001年には「臨海副都心事業会計」を、黒字の「埋立事業会計」「羽田沖埋立事業会計」と統合して帳簿上、赤字と借金の一部を帳消しにするという詐欺的な行為に出る。が、地方債と金利負担がなくなったわけではなく、2013年から20年度までに約2465億円を返済しなければならないという。この破綻プロジェクトを誤魔化そうとすればするほど事態は悪化、このまま進めば東京はデトロイト化しかねない。
鈴木から猪瀬まで東京都は大変な無駄遣いを続けてきたわけだが、その一方で福祉政策を切り捨て、学校や図書館などの予算は削り、職員の給与を引き下げてきた。庶民が恩恵を受ける政策を「バラマキ」と批判してきたマスコミは、巨大資本や富裕層を儲けさせる政策には寛容な姿勢を示している。
臨海副都心の破綻を語る場合、「バブル崩壊」という枕詞をつける人も多いが、これは予想されていたことで、理由にはならない。それに対し、保育、介護、医療など福祉に予算を割いた美濃部亮吉に対しては「財政を破綻させた」など否定的に説明されることが少なくない。
では、美濃部時代の経済状況はどうだったかというと、アメリカを中心とする国々では経済が行き詰まり、1971年にはリチャード・ニクソン米大統領は金とドルの交換停止を発表している。いわゆる「ドル・ショック」。1973年には石油価格が大幅に上昇する。これは「オイル・ショック」とか「エネルギー危機」と呼ばれている。こうした「ショック」で日本経済も打撃を受けた。
つまり、美濃部時代の世界的な経済状況はきわめて深刻だったのだが、そうした点を指摘しないのは理由があるからだ。鈴木や石原の「バラマキ」を容認し、美濃部の「政策」を罵倒する大きな理由は、少数の支配層のみが潤う社会を望んでいるということ。マスコミもそうした立場を維持、その延長線上に安倍晋三政権はある。
その安倍政権は現在、国内で批判が高まり、「ファシスト内閣」としてのイメージが世界的に広がっている。安倍政権やその支持勢力が予想外の逆風だと感じているのならば、それは判断能力が欠如していることを示している。そうした逆風を猪瀬スキャンダルで回避することは難しいだろう。特に外国では。
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