http://www.asyura2.com/13/senkyo157/msg/654.html
Tweet |
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2013/12/post-5b8b.html
2013年12月10日
以前の記事で国政偽装(こくせいぎそう)という考え方を提起した。
政府が国民には知られざる国政デザインを描き、それに基づいて打ち上げる政策や法案が一部特定勢力の権益だけに傾いている事実を隠し、いかにもそれらが国民のためであるかという偽装・粉飾を施すことをイメージした。
実行すれば国民生活や国益にとって決定的な害悪をもたらす法案を、景気回復とか経済成長のためなどの美名で国民を騙すことである。
この筆頭的な国政偽装は小泉政権時代の郵政民営化だった。
小泉構造改革というのは、年次改革要望書の具現化政策であり、それは典型的なフリードマン主義(新自由主義)に彩られていた。
この構造改革の本丸と位置付けられた郵政民営化は、USTR(米国通商代表部)が基本のデザインを描き、竹中平蔵氏が高橋洋一氏らのテクニカルな制度設計技術を応用して創り上げたものである。
USTRが発信元であるこの巨大民営化プロジェクトは、日本特有の経済構造を破壊してアメリカ型の経済と同化させ、マクロ経済の景気指標を上向かせようという偽装の下に決行されている。
このとき傀儡政府がマスコミを通じて行った大衆洗脳は、“民営化大万歳”と同時に“外資脅威論”の徹底的な封じ込めだった。
実は、ここに上げた“民営化”と“外資”という二つのキーワードは、日本の経済構造を決定的に転換させた重大な分水嶺を象徴しているのである。
この意味において、佐藤優氏が「国家の罠」で分析した鈴木宗男事件(2002年)は衝撃的な存在価値を持っていた。
佐藤氏はこの中で日米中ロという4大国のパワーゲームの中、ムネオ疑惑でロシアルートが絶たれ、田中真紀子の失脚で中国ルートが後退した結果、日本は対米追従一辺倒の外交政策に舵を切ってしまったという。
ここで、佐藤氏はムネオ事件を、日本におけるもう一つの重大なターニングポイントだったと指摘する。
それはムネオ疑惑が日本の社会・経済モデルを従来の「公平配分」型から金持ち優遇の「傾斜配分」型に転換させる機能を果たしたと指摘する。
神州の泉は佐藤氏の「国家の罠」で、最も評価に値すべきことは、日本の構造モデルが「公平配分」型から「傾斜配分」型に変化したという見解だと思っている。
これは言葉を変えていうなら、日本の国家構造が修正資本主義(あるいは混合資本主義)モデルから新自由主義(フリードマン主義)モデルに切り替わったことを指す。
鈴木宗男氏は旧田中派型の政治スタイルを継承し、中央とのパイプを造って公共事業で中央の富を地方に再分配する地元密着型の象徴的な政治家である。
日本型修正資本主義における「公平配分」型の政治家である鈴木氏を、国策で悪の象徴、ダーティな政治家として世間に叩かせることは、国民自らが公平配分を担保していた修正資本主義を否定する役割を果たした。
小泉政権が始動した時期とムネオ疑惑が浮上した時期はほとんど一致しているが、これは決して偶然ではない。
修正資本主義から新自由主義路線への分水嶺に鈴木宗男事件という国策捜査が位置していた。
そして小泉政権は修正資本主義の残影としての橋本経世会を完全に消滅させたが、ここにおいてUSTRの年次改革要望書は国政のグランドデザインとなった。
このとき旗艦役だった竹中平蔵氏を論破できる唯一の政治経済学者・植草一秀氏は国策捜査に二度も遭遇している。
またパロディストのマッド・アマノ氏は、自民党が2004年の夏季参院選に向けて制作したポスターのスローガン『この国を想い この国を創る』を風刺して、『小泉鈍(どん)一郎 あの米国を想い この属国を創る』というパロディ作品を発表した。
これに猛然と食らいついたのが当時の安倍晋三元幹事長だった。
幹事長ともあろう政府の重責にある人物が、敵意を剥き出しにして一人のパロディストに噛みついた事実は常軌を逸しているが、当時の安倍晋三氏の胸中にはUSTRのコントロール下に入っている政権の事実を世間に知らせたくなかったからである。
江戸時代であれば幕府が率先して川柳詠みをしょっ引くようなものであるが、このエピソードは極めて政治性の高い言論弾圧だったのである。
この小泉・竹中構造改革路線の歴史的な延長線上に第一次安倍政権と第二次安倍政権があり、現今の第二次安倍政権は小泉政権とは比較にならないくらいラディカルで破壊的なフリードマン主義に則っている。
さて、安倍晋三首相は成長戦略において、企業収益の増加が雇用や賃金上昇につながるとする愚直なまでのトリクルダウン・セオリーを展開し、「企業にとって成長の起爆剤となる世界で一番ビジネスがしやすい環境を創出する」と述べた。
外資と大企業を優遇する政策指針で固めたものが国家戦略特区であり、その骨子が規制緩和である。
そもそも規制がなぜ存在するのかという視点に立てば、それは公共利益に資するものであり、資本強者の横暴から国民や中小零細企業、教育、福祉、医療などを守るためにある。
だから規制緩和に対する抵抗勢力を、たとえば官僚利権という悪弊だけにフォーカスして、規制そのものが諸悪の根源だという論法は非常に悪質なのである。
古くなった規制を日本人が時代に応じて緩和するなり、変えていくのは順当な方向だが、何のために規制を変えるのかという肝心な部分をブラックボックスにして手を付けると、日米構造協議から始まっている多国籍企業による日本市場のこじ開けと同じ方向性をもってしまう。
小泉政権以降(正確には橋本政権からだが)に進められている規制緩和は外資の侵略的参入のためだけに行われている。
だから、大企業が潤っても国民レベルの可処分所得は減る一方なのである。
ここに佐藤優氏が指摘した「傾斜配分」構造への転換は、その固定化から今ではよりラディカルに進んでいる。
金融緩和と財政出動に続く成長戦略を「第3の矢」と位置付けた国家戦略特区は、規制改革を「一丁目一番地」としているが、その「改革」が多国籍企業のためであることは言うまでもないだろう。
ここには外資の投資奨励はあっても、国民への配分ルートの改革は微塵もなく、外資利益、企業利益だけの政策思想で徹底している。
多国籍企業の日本における企業活力を活発化すればするだけ日本社会は疲弊し、国民は塗炭の苦しみを受ける。
12月4日に成立した産業競争力強化法とともに、国家戦略特区法案は7日に成立した。
これらの法案で安倍首相がいう“成長”とは、外資の国富収奪の度合いを言う。
したがって、国家戦略特区が日本経済復活へ繋がるというスローガンは大嘘であり、多国籍企業を肥え太らせる反意的な意味を持つ。
▲上へ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK157掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。