バイデン副大統領は習近平とは悪い関係にありません。バイデンはネオコンではありませんから、穏健な米エスタブリッシュメントのビジネス思考の考えを体現している。バイデンの訪問前後に起きた事件を列挙してみると以下のようになる。
(1)中国が防空識別圏を設定(11月23日)
(2)衆議院で特定秘密保護法の強行採決(11月25日)
(3)バイデン副大統領のアジア歴訪(2日〜6日)
(4)北朝鮮の張成沢前国防委員会副委員長の失脚報道(3日、4日)
(5)日本版NSC発足(4日)
(6)武器輸出三原則の事実上の撤廃報道(5日)
(7)参議院での特定秘密保護法の強行採決(6日)
このように問題を特定秘密保護法だけで見ていくべきではなく、アジアの安全保障環境が激変していることを踏まえて、ある意味では「支配層の視点」でまずは物事を見てみよう。
また、安倍首相は「40数万件の特別管理秘密の9割は衛星写真とか暗号」と指摘していることを思い起こしてみよう。するとひとつの大きな絵が見えてくる。
バイデン副大統領は、訪日時、訪中時、訪韓持と同じように、中国の防空識別圏を巡っては、「不測の事態」が発生する可能性が増えていると指摘している。不測の事態とはなにか?
単純に考えれば、日本の安倍首相がさらに中国に対してイケイケドンドンで強硬姿勢を見せていく一方で、同じように中国の習近平政権もナショナリズムに訴えて、尖閣問題では一歩も譲らないという対応を繰り返すことにより、日本と中国の海洋監視体制のほころびが生じ、日中の公船ないし、自衛艦と人民解放軍海軍ないし、空自と中国の空軍ないしの間で、軍事衝突が一時的にでも発生してしまうということである。
その際に、米中には危機対応のホットラインがあるが、日中には双方が大人げない挑発をしているので、ホットラインが存在しない。しかも双方ともに好戦的な「ネット右翼」に焚き付けられているという現象が常に生じている。
すると、ちょっとした衝突が日中間で決定的な対立を生むことになる。これだけでも米国には迷惑極まりない事態だ。米国はソ連と対立していた時とは異なり、日本にも中国にも多額の投資を行っており、数多くの人間が滞在しているからだ。
そこでケリー国務長官が中東和平担当になってしまった今、事実上ヘーゲル国防長官とバイデン副大統領がアジア外交担当になる。(オバマ大統領はオバマケア担当長官だと思って下さい)スーザン・ライス国家安全保障担当補佐官もアジアのことは何も知らない。だからホワイトハウスの安保担当はメディロスNSCアジア上級部長になるだろう。
そこでバイデンらにとって問題なのは、韓半島の情勢である。北朝鮮情勢が不透明になっていることが、日中対立の問題に加えて更に問題化しているわけだ。例えば、次のような記事がある。産経新聞から。
(貼り付け開始)
■張氏の最側近が中国に逃走か
産経新聞(2013年12月7日朝刊)
韓国紙、京郷新聞などは6日、消息筋の話として、失脚情報がある北朝鮮の張成沢国防副委員長の最側近が捜査対象になったことを察知して中国に逃走、韓国など第三国への亡命を求めていると報じた。張氏の資金を管理する人物という。韓国の南在俊(ナム・ジェジュン)国家情報院長は6日の国会情報委員会で「亡命については知らない」と述べたが、張氏の側近2人が先月、金銭的な問題で裁判を経て処刑され、在外公館大使を務める張氏の親族が強制召還されたことは認めた。
一方、北朝鮮は最近、海上の南北境界線、北方限界線(NLL)近くに攻撃型ヘリ約60機、黄海側の島に200門の多連装砲を配備。党副部長級の約40人と内閣の約30人が交代したことも明らかにした。(ソウル 名村隆寛)
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北朝鮮、核燃料棒製造に着手か 米研究所、原子炉再稼働活発化と分析
産経新聞(2013.12.6 10:18)
米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)は5日、北朝鮮・寧辺の核施設での活動が活発化しているとの分析を発表した。再稼働させたとみられる実験用黒鉛減速炉(原子炉)の燃料棒の追加製造に着手した可能性がある。
今月2日に撮影された衛星写真を分析した結果、北朝鮮が過去に減速炉用の核燃料棒製造に使っていた施設から水蒸気が出ているのが確認された。燃料棒を追加製造しているとすれば、北朝鮮が減速炉の長期運転を計画していることを示す。
一定期間の運転後、使用済み燃料棒を取り出して再処理すれば、年間で核兵器1個分に当たるプルトニウム6キロの追加生産が可能になり、日米韓は警戒を強めている。寧辺のウラン濃縮施設の近くにプールのような形をした施設を新たに建設していることも判明した。(共同)
(貼り付け終わり)
以上のように、従来の金正恩の後見人である張成沢をめぐる動向が不透明になっているほか、権力闘争、加えて北の核施設の再稼働の問題がある。北朝鮮はイランと米国が交渉を一時的に成功させているのを虎視眈々と眺めているはずだ。イランが5%までの濃縮ウランの製造を認められれば、同じような条件を「悪の枢軸」の一カ国である北朝鮮にも認めろと言いたいはずである。
権力闘争はどうなるかわからないが、軍部の強硬派が実権を握ったら大変なことになる。ただ、バイデン訪問直後に拘束していた元米軍兵士の老人男性を解放している。この男性北朝鮮を訪問時に「おれ、朝鮮戦争に従軍してたんだよね」と見張りのガイドに不用意にも口走ったとされる。この対応を踏まえると必ずしも北朝鮮は計算なしの軍事強硬路線を歩んでいるようには見えないが、それでも北朝鮮の体制が固まらないと米国としても懸念しないわけにはいかないだろう。
仮に日中が尖閣で小競り合いを起こして外交チャンネルが途絶えている時に、北朝鮮が再度軍事的な冒険主義(南進)にでたらどうなるだろうか。バイデン副大統領のいう「不測の事態」というのは、このようなことまでを含めて話しているのだと理解しなければならない。
だから、日中は尖閣諸島をめぐるくだらない領土係争は今すぐに存在を認めた上で棚上げしなければならない。
第一次世界大戦開戦から来年でちょうど100年、あの時はバルカンが火薬庫となってサラエボ事件で火がついたが、百年後は極東が燃え上がる可能性がないとはいえない。
最近の米メディアの論説を見ていくと、中国と第一次世界大戦前のプロシアドイツ帝国を比較して、中国の安全保障の膨張を懸念する論調が1ヶ月に一度くらいはある。
最近もフィナンシャル・タイムズの論説主幹のマーティン・ウォルフ やフィリップ・スティーブンスらがそのような論調で書いていたと記憶する。
だから、欧米諸国の懸念はまさにグローバリズムが極限に達した頂点において膨らんだ風船をつつくかのような針である安倍首相の存在なのである。
グローバリズムや相互依存が行き届いた時代にあっては国家は戦争をする決断にメリットがないことを理解しているはずだと言い続けて二度も敗北したのがイギリスのノーマン・エンジェルという学者である。その反省から生まれたのがリアリズムという考え方なのだが、どうも日本の自称リアリストのなかには安倍首相を積極的に支持するようなひともいるようだ。リアリストと好戦的なチェイニー副大統領のようなジャクソニアンの境界線は一見するとあるようでないと私は思う。
安倍首相は「日本を取り戻す」といって対米従属をやりつつ、国家統制主義で日本を戦前のような方向に持って行こうとするDNAを持っている。これは岸信介が首相のころだったらまだよかったが時代背景が違う今となっては極めて危険だ。
安倍首相を支持する若い層の中には「安倍首相!日本を取り戻してくれてありがとう」とか「日本の夜明けだ」と根拠もなく口走る排外主義者たちも多い。戦争を知らない子供たち、戦争に学ばない子どもたちである。
中国にもそのようなネット右翼は日本の数倍のレベルで存在するのだから、双方の国家指導者にのしかかる重圧は大変なものだろう。
バイデン副大統領は、そのことを釘を差しに来たのであるが、安倍首相には理解できなかったようだ。ただ、谷内元事務次官は一応理解したようだ。
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