特定秘密保護法案(4) 捜査が暴走し始める
東京新聞 2013年11月21日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013112102000145.html
普通に生活する町のクリーニング業者が、まさかスパイであるはずがない。でも、米軍の機密情報を入手したとして起訴され、有罪判決を受けるという、信じ難い出来事が過去にあった。
米海軍の横須賀基地(神奈川)に所属する軍艦の乗組員を相手に商売をしていただけだ。クリーニング店の支配人は、営業上の必要から、基地に勤務する軍人を料理店でもてなしたりした。そして、基地に出入りする軍艦の入港予定日や時間などを記したペーパーをもらっていた。
これが米海軍の機密にあたるとされた。「不当な方法で、探知し、または収集した」とし、一九五七年に横浜地裁は、懲役八月執行猶予二年の判決を出したのだ。罪名は日米地位協定に伴う刑事特別法違反である。
安全保障条約に基づく法律で、機密漏えいばかりでなく、探知も陰謀、教唆、扇動も処罰する。最高刑は懲役十年である。陰謀は共謀と同じだ。骨格が今回の法案とそっくりなのだ。もてなしも「不当な方法」と認定された。
特定秘密保護法案は防衛や外交、特定有害活動やテロリズムの防止−の四つの分野を対象にしている。しかも、「その他の活動」や「その他の重要な情報」など、「その他」の言葉が、三十六回も散乱する。いかなる解釈もできるよう、官僚が意図して曖昧に書いているのではないだろうか。
社会の幅広い場面で法律が適用される懸念は大きい。しかも、何が秘密であるかも秘密にされる。必然的に、どこまで処罰の範囲が広がっているのか、国民には全く手掛かりがつかめない。
民間人が秘密に近づく事前行為さえ処罰する。「話し合い」は共謀であり、「呼び掛け」は扇動となる。近代刑法は犯罪の実行を要するのに、その前段階で取り締まることが可能なのだ。
刑事裁判の場合も、秘密は公開されないはずだ。「外形立証」という、秘密指定の理由や手続きなどの審理だけで、「実質的に秘密に値する」と認める手法だ。
被告人は内容を知らないまま罪に問われる。無実の証明は困難になるだろう。「裁判の適正手続きを侵害する」などと、刑事法学者らも反対の声をあげている。
捜査当局は新たな“武器”を得るのに等しく、どんな運用をするかもわからない。歯止めのない法律は、やがて暴走し始める。 (論説委員・桐山桂一)