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地雷原を行く安倍政権
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20131025-00029239/
2013年10月25日 23時18分 田中 良紹 | ジャーナリスト
政府に対して各党が疑問を質す予算委員会の基本的質疑が終わった。「野党は安倍政権を攻めきれなかった」との評価が一般的である。しかし何を持って「攻めきれなかった」と言うのか私には疑問である。
質問に答えられずに立ち往生させる事が「攻めきれた」事なのか、あるいは問題発言を引き出して閣僚を罷免に追い込む事を「攻めきれた」と言うのか、そうだとしたら「55年体制」、つまり政権交代がなかった時代の与野党攻防の記憶から抜け出せていないと思う。
実は09年に民主党政権が誕生し、自公が野党になった時代の国会が「55年体制」の再来だった。自民党は昔の社会党と全く同じ戦法で個人のスキャンダルを掘り起こし、答弁がなっていないと審議を中断させるやり方を採った。これは国家経営とは次元の異なる問題で国民にパフォーマンスを見せつけるポピュリズムの手法である。
ところが発行部数や視聴率を競い合うメディアはそれを喜ぶ。しかし先進民主主義国はポピュリズムが民主主義を破壊すると考える。議会にはポピュリズムを抑制する意識と仕組みがある。残念ながら政権交代がなかった時代の日本では政府をやっつけるのが野党の仕事と思われてきた。その感覚で言えば今回の与野党攻防は物足りなかったかもしれない。
そもそも議会は相手をやっつけるために開かれる訳ではない。政府の政策のどこに問題があるのかを浮き彫りにし、野党はそれに対案を示し、どちらが国民にとって受け入れやすいかを議論し、最後はお互いの主張を少し譲って妥協を図る。それが議会の仕事である。
議院内閣制は選挙で多数となった政党が内閣を組織する。しかし多数党が選挙で公約した政策をそのまま強行するなら議会を開く必要はない。また多くの国民の支持を得た政策が正しいとも限らない。少数意見を尊重するのが民主主義の基本である。議会では少数派の意見をよく聞いて法案の修正を行う。議会は本来妥協を図るところなのである。
そうした目で今回の質疑を見ると、野党が「攻めきれなかった」というより、安倍政権の政策がいかなるものであるかが明らかにされ、それが確固たる見通しの下に考えられたと言うより、国民の意識を操作する事でしか達成できない種類のものである事が浮き彫りにされた。私には安倍政権が地雷原を行くリスクを背負っているように見える。
アベノミクスは私が以前から言うように世界で誰もやったことのない実験である。デフレからの脱却が図れるかどうかは全く分からない。チャレンジという事でアベノミクスを評価する学者もいるが、世界はまともな評価を下してはいない。成功するかどうかを判断できないからである。
そのことは安倍政権も分かっている。そしてアベノミクスを成功させるためには国民の意識を変える事が絶対の条件だと考えている。安倍総理は国会答弁で再三にわたり意識を変える事を強調していた。国民が少しでもアベノミクスに疑念を抱けば一瞬にして失敗するからである。だから国民を洗脳するための嘘や誇張が多くなる。
安倍政権はアベノミクスで経済が好転していると嘘でも言い続けなければならない。共犯関係にある日銀の発表など私は信用する気にならないが、安倍総理が使う数字は経団連が作成した恣意的な資料の都合の良い部分であることが国会の論戦で明らかになった。そして安倍政権はこれからもメディアを通し国民を洗脳し続けなければならない事が印象付けられた。
最も大変なのは消費増税の前に給料を上げて国民の懐を温めなければならない事である。そのため経営者に必死に賃上げを求め、メディアには「ここも上がった、あそこも上がった」と報道させる事になるだろう。しかし賃上げに応えられるのは一部の大企業に過ぎない。そして賃上げが行われれば国民の中に格差が生まれていく。
デフレでみんなが苦しんでいると思えば不満は抑えられる。しかし自分以外に恵まれた人間が出てきたと思った瞬間不満は抑えきれなくなる。自分たちに賃上げが回って来るのはいつかと考え始めるといよいよ不満は大きくなる。安倍政権が賃上げに力を入れる事で国民は二分され、消費増税と絡んで国民感情は不安定に向かう。
安倍総理はTPP交渉で「年内妥結に向けて日本が主導的役割を果たす」と語ったが、国会では何も答えないに等しい答弁を繰り返した。「選挙公約を守る」と言う一方で、「聖域」は選挙公約ではなく自民党の政策集の話だと予防線を張り、「攻めるべきものは攻め、守るべきものは守る」とお経のように同じ言葉を繰り返した。この意味不明の答弁が自民党支持者にどう映ったか、私はいささか心配になった。
福島の汚染水問題では言葉のレトリックで誤魔化そうとする姿勢が目立った。「汚染水は海に流れ出ている。しかし港湾の外で測定した数値に異常はない」という話を、「完全にブロックされている」とか「状況はコントロールされている」とIOC総会で発言したため、その言葉をかたくなに繰り返した。繰り返せば繰り返すほど真摯な姿勢は疑われる。ブロックされコントロールされているなら海での異常値は絶対に測定される筈がない。しかしもし測定されたらどうするか。秘密情報に指定してしまうつもりだろうか。
安倍政権は特定秘密保護法案の成立を急いでいる。急ぐ理由がどこにあるのか良く分からない。安倍政権がやらなければならない第一はデフレからの脱却と震災復興、原発事故の収束ではなかったか。ところが特定秘密保護法案の成立をなぜか急いでいる。アメリカから圧力でもかかっているのだろうか。拙速に事を進めているためか予算委員会では担当大臣が満足な答弁を出来なかった。
こうした様子をみてくると、安倍政権が野党の攻撃をかわしながら余裕の政権運営を行っていると私には思えない。基本的質疑によってむしろどこに地雷が埋め込まれているかが見えてきた気がする。
田中 良紹
ジャーナリスト
「1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、日米摩擦、自民党などを取材。89年 米国の政治専門テレビ局C−SPANの配給権を取得し(株)シー・ネットを設立。日本に米国議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年からCS放送で「国会TV」を放送。07年退職し現在はブログを執筆しながら政治塾を主宰」
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