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以前この欄で、伊丹万作の文章を引用して、為政者にだまされる人民の側の罪について論じたことがある。最近の各紙の世論調査を見ると、人々はむしろ積極的に、あるいは諦めからか、為政者にだまされたがっているようである。
多数派の人々は、福島第一原発の汚染水が制御不能の状態にあることも、消費増税と経済対策のセットが普通人の雇用や生活の改善につながらないことも、分かっている。つまり、首相が嘘をついていることを知っているのである。しかし、内閣支持率は依然として高止まりしている。
民主政治では、為政者が嘘をついたり、国民に害を及ぼす失敗を隠蔽したりすれば、国民の側が為政者を咎めるはずだという前提が存在する。このコラムでも、識者がリレー形式で政治や行政の虚偽を批判している。特報面全体も、批判精神全開で頑張っている。しかし、肝心の国民が、世の中こんなものだと現状を受け容れていては、言論は無意味となる。ひょっとすると、東京オリンピックまでこんな状態が続くのかもしれない。
そうなると、本紙も寄稿する我々も、長期戦を強いられる。歴史を振り返れば、人間は為政者の虚偽に必ず反旗を翻す時が来る。糠に釘を打ち続ける苦痛に耐えることが、社会に対して言論を伝える者の義務となる。
東京新聞10月13日
一国の総理大臣がみずから先頭に立って「アベノミクス」という現代版「ええじゃないか」踊りを踊り狂っている。国民もそれにつられて踊っているのが昨今の現状だ。だが踊りはいつまでも踊り続けられない。踊りが止んで現実が突き付けられた時、そのしっぺ返しは強烈なものとなるだろう。
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