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民主党が遺した「会社法改正案」を安倍内閣が丸呑み?
社外取締役導入「促進」巡りギリギリの攻防
2013年10月18日(金) 磯山 友幸
10月15日から臨時国会が始まったが、法務省は懸案になっている会社法の改正案を今国会に提出する方針だ。「社外取締役」の扱いなどコーポレートガバナンス(企業統治)の見直しを規定する内容だ。民主党が政権を握った直後の2010年2月24日の法制審議会総会で当時の千葉景子法務相が改正を諮問。法制審は24回にわたって会社法制部会を開いて議論し、2012年8月1日に要綱案がまとめられた。その後、肝心の民主党は選挙で敗北、政権を降りたため、この改正案は国会に法律として出されることなく今日に至っている。
要綱案がまとめられるまでの途中、2011年の秋に示された「中間試案」では、全上場企業に最低1人の社外取締役を義務づける案が盛り込まれていた。ところが、経団連などの反対で義務化は見送られ、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を事業報告に記載することが求められている。また、現在の会社法で認める欧米型をモデルとした「委員会設置会社」と、日本型の「監査役会設置会社」の折衷案とも言える「監査・監督委員会設置会社」制度の創設も盛り込まれている。
自民党内や経済界の一部からも反発
この改正案に対して、自民党内や経済界の一部から反発する声が上がっている。民主党政権が諮問して答申させたものを、そのまま自民党政権で認めるのはいかがなものか、というのだ。会社法に詳しい自民党の塩崎恭久・政調会長代理は、「自民党が考える会社像は民主党と同じなのか。最低でも法案修正をしなければ理にかなわないだろう」と語気を荒げる。背景には、コーポレートガバナンスの強化は安倍首相が掲げるアベノミクスの成長戦略の柱だという思いがあるようだ。
安倍内閣が6月に閣議決定した成長戦略『日本再興戦略』にも「会社法を改正し、外部の視点から、社内のしがらみや利害関係に縛られず監督できる社外取締役の導入を促進する【次期国会に提出】」と明記されている。それが民主党の“置き土産”である法案のままでは、アベノミクスの信頼に関わるというのだ。
経済界からも異論が上がっている。もともと社外取締役の義務付けに関しては経済界は一枚岩ではない。成長戦略を策定した産業競争力会議でも「社外取締役1人以上の義務付け」を成長戦略に明記するべきだという主張と、義務付けは無用とする主張が真正面から対立する場面もあったが、いずれの主張も民間議員の経営者の主張だった。
「1人ですら義務付けることに反対する経団連は恥ずかしい」という声が産業競争力会議の民間議員の間からもあがっていた。法案提出に当たっても、自民党が法案修正などによって義務付けを行うべきだ、という主張が出ている。日本取締役協会の独立取締役委員会(委員長、冨山和彦・経営共創基盤代表取締役)はこのほど、「今国会での社外取締役選任の義務化を含む、会社法改正案を成立させること」を要請した。
これに対して、法務省は原案通りで押し切る構えで、谷垣禎一法務相も事務方の方針に従っている。法制審議会のメンバーを務めた学者の間からも、「基本法の決定に政治が介入すべきではない。答申のまま法律にすべきだ」という声が聞かれる。会社法(旧商法)や民法、刑法といった「基本法」は、法制審が議論して要綱案をまとめ、それが法案となるのが慣例で、政治的な利害対立から法案が修正される一般の法律とは別格扱いされてきた。いわば別格の存在である法制審に政治家が口をはさむのはけしからん、というわけだ。
だが、今回の会社法改正が「政治的」な意図で始まったのは明らかだ。民主党は2009年に政権を握ると、矢継ぎ早に基本法の改正を打ち出した。2009年10月末に民法改正が諮問され、続いて会社法改正が諮問された。明らかに国の根幹を変えようと目論んでいた人たちが民主党政権内にいたのだろう。会社法改正にしても役所サイドから出てきた話ではなかった。
千葉法務相が諮問した「諮問第九十一号」にはこう書かれていた。
「会社法制について、会社が社会的、経済的に重要な役割を果たしていることに照らして会社を取り巻く幅広い利害関係者からの一層の信頼を確保する観点から、企業統治のあり方や親子会社に関する規律等を見直す必要があると思われるので、その要綱を示されたい」
アベノミクスでのコーポレート・ガバナンス強化の視点は、成長戦略に書かれている言葉を使えば「民間の力を最大限に引き出す」ことが目的だ。つまり、いかに企業に利益を上げさせるかという視点で、コーポレート・ガバナンスの強化がうたわれている。ところが、民主党政権が「諮問」したのは、「幅広い利害関係者から一層の信頼を確保する観点から」の見直しであり、利益を一義的に享受する「株主」や「投資家」といった言葉すら出てこない。
もともと、「諮問」の目的が違うのだから、その答申がアベノミクスと合致していない、と批判されるのは当然のことだろう。
政治色がついていた審議会の答申
民主党政権が想定していた「幅広い利害関係者」とは労働組合のことだと思われる。実際、民主党は政権に就いていた時、各役所にある審議会の委員などに労働組合代表など民主党シンパを多数送り込んだ。審議会の答申自体に「政治色」が付いていたと見るのが自然だ。世界では当たり前になっている社外取締役の義務づけが、経団連などの反対で見送られたのも、労使協調路線を取る連合など労働組合の意向が反映されたと見ることもできなくはない。
法務省は、法律での義務づけはできなくとも、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を記載するのは相当難しいので、実質的に義務づけているのと同様の効果があるとしている。確かに、社外取締役が「置けない理由」であれば、適材がいないといった説明ができるが、「相当でない理由」となると、そう簡単には答えが出ない。義務づけに反対した経団連の事務局がひな形を作って配るのだろうが、社外取締役のいない会社の理由が皆、似たり寄ったりでは投資家の失笑を買うだけだろう。
そんな無駄な知恵を絞るのなら、社外取締役1人を置く方が楽に決まっている。長年、社外取締役を置いてこなかったトヨタ自動車は今年6月の株主総会で社外取締役を選任した。
アベノミクスに期待する海外投資家は、この社外取締役ルールの行方に注目している。日本が経済成長を取り戻す最大のポイントが企業の収益力の向上にあると見ているからだ。まだまだ日本企業は儲かる体質に脱皮できると考えているのだ。その大きなきっかけになるのがコーポレート・ガバナンスの強化、なかんずく社外取締役の導入義務付けだとされている。
社外人材の取締役登用は世界の常識
世界では取締役に多くの社外人材を登用するのは常識になっている。英国では取締役会の3分の1以上を社外取締役が占める会社は2004年時点で95%にのぼるといい、取締役の50%が社外だ。米国での社外取締役の比率は70%に達する。隣の韓国でも社外取締役の導入を法律で定めており、すでに30%は社外取締役が占めるという。
日本取引所グループ(JPX)が上場する2184社を対象に調べたところ、社外取締役が3分の1未満の会社2086社(95.5%)の2012年の平均ROE(株主資本利益率)は1.17%。これに対して3分の1以上半数以下の80社(3.7%)は4.67%、過半数の18社(0.8%)は12.75%だったという。この調査によると、社外取締役がいる会社の方が利益率が高くなる、という結果が出ているのである。
取引所のルールで義務づけてはどうか、という意見もあるが、JPXでは「ルールを決めることはできても、それを義務とするのは法律でなければ難しい」という判断だという。世界から大きく劣後している社外取締役の導入をどう進めていくのか。法務省がJPXや金融庁との協議で実効性のあるルールにできるのか、それとも国会での修正ということになるのか。ギリギリの攻防が続いている。
このコラムについて
磯山友幸の「政策ウラ読み」
重要な政策を担う政治家や政策人に登場いただき、政策の焦点やポイントに切り込みます。政局にばかり目が行きがちな政治ニュース、日々の動きに振り回されがちな経済ニュースの真ん中で抜け落ちている「政治経済」の本質に迫ります。(隔週掲載)
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