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(投稿者)
このブログの最後の言葉、
「日本の戦争責任は、国際的にはアジアとの対立、国内では左右の対立を作るために、あえて曖昧にされたのだということ」
「仕掛けられたとおりにケンカしている場合じゃないんだ。」
つくづくそう思う、今日この頃。
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〈 右と左という宿痾 〉
右翼とか左翼という言葉は、日本においては意味を失った、と私は思っている。
なぜなら、日本の右翼や左翼は、戦後の日本の政治体制の右足と左足だった(過去形)からだ。
55年体制の右足が自民党、左足が社会党、と言う意味とも近いけれども、もっと広い意味を含んでいる。
1945年、戦争に負け、40万の占領軍に日本は制圧された。
占領軍は、当時の日本において二つのリスクに直面していた。
ひとつは、共産主義革命の勃発だ。
今でこそ共産主義革命などと言うと鼻で笑う人が多いが、2年後に中国革命がおきている当時にあっては、ピリピリとした緊張感であったはずだ。
もう一つは、戦前回帰の軍国主義の復活だ。
自国民の命をまったく躊躇いなしに使い捨てにする軍国日本は、占領軍にとって余りにも不気味な存在だったろう。
だからこそ、40万もの軍隊を率いて来たのである。
そこで占領軍がとった作戦は、両者を争わせて、その中間で従米保守が漁夫の利を得る というものだった。
松本憲法草案にみられるように、当時の日本の政府指導者の多くは、敗戦という現実を理解していなかったし、まして戦争への反省など毛ほども持ち合わせていなかった。占領軍の力を持ってすれば、このような連中は全員処刑することもできたが、そうはしなかった。そして、その「象徴」が憲法第1条として結実した。総責任者である天皇を免責することによって、戦前回帰勢力をあえて温存したのである。
一方、いかに日本といえども、悲惨な戦後を迎えて食糧メーデーや2.1ゼネストなど戦後革命の機運はあった。しかし、日本共産党は、驚くべきことに占領軍を解放軍と評価していたので、占領軍の命令には忠実に従がってゼネストを中止し、革命の芽をみずから折っていった。
こうした左右の勢力のバランスの上に、吉田内閣は立ち上がった。
言葉にすると実に奇妙だが、吉田をひとことで評価するならば反戦反共だと私は考えている。その帰結が、徹底した従米ということだ。
卑屈なまでに占領軍に忠実になることによって、戦前回帰も共産主義革命も回避したいという米国の方針に、100%乗ったのである。
そして、もっとも巧妙だったのは、矛先が従米保守である自分に向かわないように、右翼と左翼を反目させ、争わせる構造を作り出したのである。
以来、日本で右翼と言えば国粋主義とか軍国主義と言われ、左翼と言えば共産主義とか社会主義と言われるようになった。
そこに、従米保守は、あたかも存在しないかのように静かに日本を支配する構図を作り上げた。
共産党は、その後武装闘争路線を経て、もはや決定的な影響力は失った1961年に至って対米従属論にたどり着く。
このころから生まれた新左翼諸派は、日本の侵略戦争をラディカルに反省する余り、戦前回帰勢力を過大評価し、対米従属を誤りとする傾向があった。
こうして、戦後日本では、なぜかより「左」に位置する者が従米を支え、より「右」に位置する者が独立を指向するという、普通で考えれば逆転した現象が続いてきた。
そして、保守本流はその両者の争いを傍観しつつ、静かにおとなしく、従米安定政権を維持したきた。
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ところが、事態はあるときから一変した。
ソ連崩壊、冷戦の終結は、バランサーの一方であった「反共」が失われることを意味した。
自民党の本流は、吉田の路線を踏襲して反共反戦イコール従米で何の疑いもなく進んできたのに、一挙に路線転換を迫られることになった。
米国側からすれば、冷戦終了後も、これまでと同じよう日本と付き合っていくのか、という問題だ。
共産主義との最前線に浮かぶ不沈空母だからこそ、ある程度の繁栄も許容し、反戦というテーゼも許してきた。
しかし、一挙に存在意義の低下した日本に、これまでと同じ待遇は必要ない。
少なくとも1997年のガイドラインと、98年のアジア通貨危機からこちらは、日本の軍事協力を明確にし、経済的にも日本の富を米国へ吸い上げるシステムが稼働し始めた。
自民党は、これまでの反共反戦では生きていけなくなった。
そこに登場したのが小泉純一郎だ。
反共反戦から、従米参戦へ、恥も外聞もゴマカシもなく見たマンマの従米路線を掲げ、これまでの自民党の生き方を「ぶっこわす」と叫んだ。
それまでの自民党は、極めて不平等ながら国民が皆食っていくという意識があったが、負け犬は死ねという路線に大転換した。
ここに至って、従来の右翼と左翼も意味をなさなくなった。
独立や国益を求めている右翼にとって、敵は左翼ではなく小泉であり、真性従米路線だということが明らかになった。
人民の命と暮らしを求めている左翼にとってもまた、敵は右翼ではなく小泉であり、真性従米路線だということが明らかになった。
もちろん、右翼と左翼では思想信条は違う。
端的に言うと、「国民」といったときに、「国」に比重があるのが右翼、「民」に比重があるのが左翼、と私は理解している。
しかし、国も民もどちらも成り立たないような真性従米路線に対しては、右翼と左翼が争っている場合ではない。
血みどろの戦争をしていた中国の蒋介石と毛沢東ですら、日本の侵略には手を組んだのである。
まして、あまり大したことをしてこれなかった日本の右翼と左翼の怨恨など、大したことではない。(当事者には色々あるだろうけど)
■■
と、右翼だの左翼だのと書いてきたけれども、今現在、あれこれと社会活動やら政治活動に走り回っている人の多くは、自分が右翼だとか左翼だとかの自覚はないだろう。
私自身は、先ほど書いた自分の基準で言うならば、どっからみても左翼だという自覚はあるが、別に「俺は左翼だ」と気取っているわけではない。あえて分類すればそうなる、ということだ。
しかし、世の中不思議なもので、自分には自覚がないのに、他人がやっていることには「右」とか「左」とか言うのである。
もちろん、いわゆる保守系の集まりと、いわゆる革新系の集まりでは、色んな意味でやり方も雰囲気も何もかも違うのは確かだから、ものすごい違和感を感じるのは間違いない。
私自身、最近は二股かけて活動してきたので、それは顕著に感じる。
感じるけれども、そんなものはご飯ばかり食べていた人がパンを食べるようなもので、これも冷静に考えたら大したことではない。
大したことでは無けれども、そうやって60数年支配されてきた私たちは、そう簡単に抜け出すこともできない。
朝はパンと珈琲しか食べたことない人に、無理やりぬか漬けを口に突っ込んだら、まあケンカになる。
同じレベルの、滑稽で深刻で真剣なせめぎ合いが、これだけ多様化したようにみえるこの今の今でも繰り広げられている。
やはり、60年以上刷り込まれた感覚は、簡単にはどうこうできないのだろう。
ただ、ひとつだけ、考えてもらいたい。
戦後の従米日本、独立できなかった日本、自立できなかった日本の背骨は、「私は右でも左でもない」とか「中道」とかいう人々だったのだ。
「あれは右だよ」「こっちは左だよ」といって、静かなる従米を静かに支えてきたのだ。
いま、従米路線が鎌首をもたげて、直接的に牙をむいているときに、いまだにノンビリと「右だ左だ」と千年一日の如きことを繰り返していると、ぱっくりと食われてしまうことは、わかりきったこと。
せめて、大蛇の腹の中で「お前のせいだ」とケンカしないようにしたいものだ。。。。
まあ、こうして彼我の情勢を見てみると、無傷で済ますのは無理みたいな気はする。
でも、できるだけ被害を少なく、できるだけ希望を大きく次の世代につないでいくために どうしたらいいのか。
パンばかり食ってきた人と、ご飯ばかり食ってきた人が食事会をできないのか。
「こんなスカスカ、食った気がしないぞ」とか「うえ、ねばねばして気持ち悪い」とか言い合いながらも、それなりに良いところも見付けるような、そんな関係は作れないのか。
そんなことを妄想するのである。
■■ まいどお知らせです
10/13講演集会 集団的自衛権の正体
孫崎享さんと、糸数慶子さんの話を一度に聞ける、本当に本当に貴重な時間です!
孫崎さんは元外務省国際情報局長にして、防衛大の教授。現在は鳩山由紀夫さんの東アジア共同体研究所の所長をされている。
世間的には「右」と見られる立場にある。
糸数さんは「平和バスガイド」から政界に入り、沖縄の平和の一議席を守る、まさに反戦平和の象徴とも言うべき存在。世間的には「左」と見られる。
このお二人が、意気投合して現在の日本と沖縄を語る。
実に画期的な、すばらしい企画だと、自画自賛を通りこして自分でエキサイトしています。
10/13(日)13:30 PLP会館(大阪扇町) 是非とも来て下さい。
http://www.mei-getsu.com/seiji/20131013flyer.pdf
申込みは info@mei-getsu.com まで名前と連絡先を
お待ちしています
PS。
またまた色々クレームが入りそうだから予め書いておく。
慰安婦問題とか南京虐殺とか重慶爆撃とか、いわゆる右と左がもっとも鋭く対立するであろう問題が、パンとご飯くらいの些末なことだ、と言っているわけではない。
これ自体は、膨大な人々の命と尊厳に関わる問題だ。
ただ、橋下徹や安倍晋三と話し合うことは無理でも、今のこの世の中で「国民」の命を守ろうと本気で考えている人どうしならば、そうした問題も感情的にならずに話ができるはずだと思うのである。
そして、日本の戦争責任は、国際的にはアジアとの対立、国内では左右の対立を作るために、あえて曖昧にされたのだということに、気がつくことができると信じている。
仕掛けられたとおりにケンカしている場合じゃないんだ と。
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