http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/264.html
Tweet |
にわ・ういちろう
1939年名古屋市生まれ。1962年名古屋大学法学部卒、伊藤忠商事入社。主に食料部門に携わる。98年社長就任、業績不振に陥っていた同社を立て直す。2004年会長。10年同社取締役退任。10年6月〜12年12月まで中華人民共和国駐箚特命全権大使を務める。主な著書に『人は仕事で磨かれる』〈文春文庫〉、『北京烈日』(文芸春秋)など。
国民感情の底流にある歴史認識
――今年は日中が国交回復して41年、日中平和友好条約が結ばれてちょうど35年が経ちますが、両国の関係は過去最悪と言ってよいほど悪化しており、政府間の交流も途絶えたままです。なぜこうなったと見ておられますか。
いろんな要因が複合的にあると思うんだけれど、国民感情の違いが底流にある。その国民感情というのはある意味では、歴史の問題、歴史認識の問題でもあるんですね。
どういうことかと言うと、ご存知のように歴史は “history”で“his story”ですよね。その時に問題は“Who is he?”。彼の叙事詩であり、彼の物語だから、heがだれかが問題になる。その時のheはいつも強者であり、国と国で言えば戦勝国であるわけですね。例えば、中国であれば中国共産党、ソ連であればソ連共産党の歴史。じゃあ日本であれば、恐らく長らく与党だった自民党から見た歴史ということになるでしょう。
では、歴史における客観的な事実とはなんだということになると、事件の月日以外客観的なものはないに等しいんですね。勝者の歴史、人間がある意思をもって書く歴史だから、どこまでいっても客観的だということはありえない。そして時代とともにheも変わる。例えば、ドイツのヒトラー時代の歴史は彼らの意向を踏まえた歴史であり、今、それが正しいと言う人は誰もいない。あるいはスターリン時代のソ連共産党の歴史は、今は完全に否定され、スターリンは悪の権化みたいに言われている。
ということから言うと、今の中国の歴史は、やはり中国共産党をほめたたえる歴史ですよね。中国共産党があるから今の中国があるという前提で今の中国の歴史があるし、今の中国の国民は、そう教えられている。それが中国の国民感情の底流をなしている。具体的に言うと、「日本軍は悪い奴だ」「中国の民を無差別に殺戮した」。そういう思いが国民感情に存在していると思うんです。
では日本の国民感情はどうか。これもまた“Who is he?”で言うと、やはり与党の歴史、あるいは強い者の歴史になる。だから日本の場合も「第2次大戦を起こしてとんでもないことをした」と思っているリーダーの歴史なのか、「第2次大戦は、日本が生き延びるため石油資源を確保しようとして、他国にはめられて窮鼠猫を噛むつもりでやったことだ」という考え方のリーダーなのかで、歴史のあり方が違ってくる。そういう歴史観の中で国民感情は育って来るということです。
それともうひとつ、中国、韓国を二等国民として扱って来た戦前の日本の意識・教育が、高齢者の間には残っているんではないか。そういう意識を持った人々が未だに日本、あるいはheの中にたくさんおられるんではないか。それが日本の国民感情の底流に流れているんではないか。両国の国民感情の底流にそういうものがあるとすると、いまそれが何かを契機に表に出て、一触即発のような状況を生み出しているということです。
尖閣諸島の国有化で局面が変わった
そういう底流がある中で、尖閣問題はずっと以前から存在しているわけですね。それに対して、日本政府は「領土問題は存在しないし、領土主権は一歩たりとも譲歩できない」と言っている。これは当たり前のことで、世界のどこを見回しても、「文句言われたから、領土をあげますよ」という国はない。そんなこと言ったら、海に囲まれた日本は島々の全部取られかねません。
だから、日本政府の姿勢は当然としても、領土問題は両国の複雑な国民感情の中で、解決し難く残っているというのは間違いない。現実にもう40年以上も前からあるわけだから、相手が納得しない限り根本的な解決はしない。つまり、領土主権を論じ話合いで決着をつけるのは、ある意味では不毛な議論であり非生産的な議論なんです。
それで尖閣問題は約40年前の日中国交正常化交渉の時から、実際に棚上げ論で合意したかどうかは別にして、前提は棚上げであったと言われている。そして国交正常化の際には9条からなる日中共同声明が出た。しかし、その後、日本政府は棚上げはないと40年間言い続けて来た。中国側は「ある」と言うけれども、日本側がサインした公式な記録ではない、したがって、棚上げ論はないんだ、と。領土問題があるかと言われれば、日本政府は「尖閣諸島は日本固有の領土であり領土問題は存在しないから、話し合いの余地はない」と言っている。しかしながら、一方で「話し合いのドアはオープンにしています」と。かなり矛盾したことを言っているわけですね。
そこへ持ってきて昨年9月にウラジオストックで開かれたAPECで、当時の胡錦濤国家主席と野田総理が立ち話をした。そこで胡錦濤主席の「国有化は止めてほしい。国有化をすれば大変なことになります」という発言があった直後に、それを無視するような形で野田政権の国有化宣言があって、一気にこの問題が炎上したわけです。もともと火種が燻っていたところに、油を注いだのはまさに野田総理の国有化宣言からです。この段階で局面が変わった。要するに次元が違う関係に入ったわけです。
それはどういうことか。中国から言わせれば、日本は尖閣諸島を国有化しちゃったんだから、棚上げ論を完全に否定したということになる。中国は、棚上げ合意があるから、国交を正常化して交流を続けてきたけれども、それを踏みにじったのは日本だと、言うわけです。
日本にしてみれば、日本の国内法に基づいて処理しただけの話なのだけれども、経済も政治もグローバル化している中で、いろんな問題が国内問題であると同時に国際問題であるという認識に、日本は欠けていた。その認識の欠如が、今回の問題をここまで大きくしてしまったんではないか。そのことを日本政府は、やっぱり自覚しなきゃいけない。その構図は靖国問題も同じです。
一方、中国政府の自覚が足りないのは人権問題ですね。これも中国の国内問題だと彼らは言うけれど、グローバル化の時代だから人権問題も国内問題ではすまない。あらゆる国際関係に影響を及ぼす。しかも大国になった故に大きな影響がある。
私は「インターナショナルバリュー」と言っているんだけれども、国際的な価値観を持たないと、これからの国の運営は非常に難しい。したがって尖閣問題にしろ靖国問題にしろ、国内問題であると同時に国際問題であるという認識で、世界の中の日本の立ち位置を考えた上で、政治的な発言をしたり、経済的な行動をとっていかなければいけません。それが今、できているとは思えない。
世界が見ている日本の歴史認識
――国際的に日本がどう見られているか、どのような立ち位置にあるかを意識することが重要だということですが、具体的に言うとどういうことですか。
要するに日中関係だけを、日米関係だけを、米中関係だけを見ていてはいけない。欧州諸国はどう思っているか、国際的にはどう見られているかも意識しないといけない。そこにはやはり、歴史認識というものがあるわけです。世界が注目しているのは尖閣問題という個別の対立よりも、日本の国際政治の中における基本的な価値観、歴史認識の問題だということです。言い換えると、第2次大戦以降のいろんな問題――靖国問題も含めて――について、日本の指導者はどういう認識を持っているかということです。
歴史はhis storyであるということから言うと、まず中国の国民感情の底流には、第2次大戦の時に、「多くの民」が敵国の兵士に大変に残虐なやり方で殺されたという思いがある。そして彼らは勝者としての歴史を書いていくわけだから、日本がいかに残虐なことをしたか、自分たちがいかに正しかったかということを書くわけです。
中国の指導層は僕らに会った時もよく言うわけですよ。「日本は無実の中国の民を虐殺した。それが中国国民の心に非常に大きな痛手を残している」と。日本が敗戦国で、特に無条件降伏したということから言えば、それに対しては何の言い訳も成り立たないし、正当性も持たないものだと中国のトップは心の底では考えている。勝てば官軍です。要するに日本は八つ裂きになっても、文句が言えない。戦争とはそういうものなんだという認識です。にもかかわらず、中国や韓国には日本がまるで戦勝国のように振舞っていると見えるところがあるようです。
第2次大戦後に、なぜ日本がいまのような形で残ったかというと、まさに東西冷戦があったが故に、東(共産主義)に対抗するために、アメリカの覇権拡大政策があって、今の形で残されたと思います。もしは歴史にはありえないが、万万が一東西冷戦がなければ、日本はおそらく東西に分断されるか、北はロシア、南は中国、真ん中はアメリカが統治するということもあり得たでしょうね。
そして、戦争に導いた者に対する罪も敗戦国がいつも背負わされてきた。それが日本でいうA級戦犯問題です。僕も日本人として、A級戦犯だから一刀両断100%悪いとばかりは思わないけれども、それは敗戦国側が言うことではない。戦争とはそういうもの。要するに戦争は、敗ければすべてが悪となり無残で屈辱的な結果を生むし、民族の滅亡につながりかねない。その怖さを本当に知っているのは、戦争を行った人たちです。だから絶対勝つという自信(そんな事はありえないが)がない限り、戦争はしてはいけないのです。戦後日本国民の不戦の誓いとはそういう背景からの憲法であり、心情が表現されたものです。
韓国の日本に対する国民感情がさらに悪いというのは、戦前、韓国は日本の植民地の二等国民として扱われて、民族として屈辱的な思いを味わったからだと思います。そして日本が敗戦国になった時から歴史は変わる。韓国の民族は臥薪嘗胆し「今に見てろよ」って思っていたと思う。その民族の血が今爆発していると言う人がいる。一理あるように思います。
私がいちばん心配するのは今の若い人たちは、全くこうした過去の歴史や国民感情の底流にあるものを意識していないことです。僕は、若い人に言いたいんです。歴史を学びなさい。平和ボケになってはいけない。自分の国は誰かが守ってくれるものでなく、自分達で守らなくてはならないのです。戦争体験者の話をもっと聞きなさい、戦争がどれだけ悲惨であるか、と。学校では中学生くらいから近現代史を教える。教えられないのは、his storyの観点で言えば、自分の先人達を否定しなきゃいけない場面が出てくるから。だから、日本が悪いことをしたと言うかどうかは別としても、追い込まれて中国に攻め入り、多くの中国人をあやめてしまったということを、事実として話さなくてはならない。
若い人の中には「今度戦争やっても勝てる」などと言う人もいますが、今度負けたら本当に日本が滅亡するかもしれない。八つ裂きにされるかもしれない。だから、戦争なんて二度とすべきではない。これが歴史の教訓であり、歴史認識なんです。
だから、日本にそういう歴史認識があるかどうかということは、欧米諸国も見ている。歴史認識はまさに日中間でも、日韓間でも、日米間の問題でもあるんです。アメリカもいまの日本の指導者のたちの歴史認識を見て、疑いを持ち始めている。要するに、グローバルな問題になってきているということを、日本政府は忘れちゃいけない。世界中が見ているんです。
尖閣問題はフリーズする
――では、習近平体制の中国との関係をどう改善していったらよいのか。尖閣問題で火を噴いた日中関係悪化の背景には、歴史認識とそれによって醸成された国民感情があるとすると、関係改善はなかなか困難ではないでしょうか。
何が大事かというと、教訓はただひとつ。二度と両国が刀を交えちゃいけない。戦争をしちゃいけないということ。これについて両国の首脳がいま一度合意することです。それは歴史認識上、これまで述べてきたようなことがあるから、なかなか難しいかもしれない。でも、そうやって国交正常化以来40年近く日中は交流してきたんです。ところが今その原点を忘れようとしている。だから、もう一度両国の首脳はそれを思い出すべきです。両国の首脳が会って、戦争が起こらないようなシステム、ルールを作ることに踏み出す。そしてその間に、経済の交流とか青少年の交流を始めることです。
尖閣問題は棚上げではなくてフリーズする。凍結をして、氷が解けるような季節が来たら、その時にこの問題は話したらいい。それまで尖閣の周りを氷で固めてしまえ、と言っているんです。中国には船がしょっちゅう日本の領海に入ってきているのを、止めてくれと言う。日本側もできるだけ尖閣諸島の領海に行かない。中国も尖閣の領海が自分の国のものだと思っているようだし、棚上げ論はなくなったという段階に入ったのだから、両国ともとにかく尖閣問題を凍結する。フリーズしている間にいちばん最初にやるべきことが、青少年の交流です。
要するに若者同士が白いキャンパスに絵を描くように、純な気持ちで対話をすればいい。何もしないで放っておいて関係が良くなるわけがない。日本はいまや中国や韓国を二等国民だと思ってないし、経済規模は今や中国の方が日本よりも大きい。中国が今や日本を抜いたと思っていたら、それはそれでいい。それはGDPという量の問題で、量だけで国の力は決められるものじゃないから。でもお互いがそれを認め会って、付き合っていくということが大事です。
日中両国の首脳とも「戦争はしてはいけない」と言うんだったら、そういう努力をしなきゃいけない。お互い逆のことばっかりやってるように見える。中国は尖閣に船を出し、日本は憲法を変えようという動きをしている。お互いに反発し合うような方向に向いている。だから両国の首脳には強く努力しなさいと言わなくてはいけない。両国民も「戦うなら戦ってもいい」なんて無責任で未熟なことを言っていてはいかん。「俺はこんなに強いんだぞ」といって、ナショナリズムを煽るのは格好良くないし、強くもない、弱い者に限って大声でよく吼えるものです。
仲良くするにはという問題設定が大事
――ご著書の『北京烈日』に書いておられるように、中国共産党の正統性が、先の戦争の日本に対する勝利にあるとすれば、中国社会の不満が大きくなっているなかで、依然として、日本には強硬にならざるを得ないのではないでしょうか。果たして習政権は対日関係の修復に動いてくるのか……。
習近平氏が正式に国家主席に就任して半年経ちました。彼の人事は未だできていません。政治的な基盤がまだ弱い。日本で言えば、新内閣ができたけれども、閣僚は自分の選んだ人ではないという体制です。しかも、いわゆる最高指導部のチャイナセブンは習氏より年上の人が多い。ですから習氏も、第1期の5年間は本当には自分の政策はまだ打てないでしょうね。
その間に頼りになるのは、やっぱり軍でしょう。軍のサポートなくして中国の56の民族を統治していくのは並大抵のことではない。だから対外的には強気の姿勢を出してくると思います。決して油断はできない。しかしながらお互いが“争えば害なり、和すれば益なり”。これは周恩来が言った言葉ですが、こういう考え方に立って、やはり両国が仲良くするにはどうしたらいいかという議論をすべきですね。今日本は攻められたらどうしようかということばかりを議論し、どうやったら仲良くなれるかという議論がない。そういう議論をすると「お前は親中派だ」って言うわけです。「世の中そう簡単にはいきません」って。そんなことは誰でも分っている。簡単にいかないところに、壁に穴をあけるのが政治家の仕事です。
http://diamond.jp/articles/-/42092
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。