http://www.asyura2.com/13/senkyo153/msg/536.html
Tweet |
01. 2013年9月08日 11:39:36 : USeAwFXvkw
吉良よし子さんが先頭か
やはり時代は共産党のようだな
いま頼れるのは日本共産党
http://www.asyura2.com/13/senkyo153/msg/533.html#c1
時代は共産党ですか・・・
ナベツネの生涯を描いたメディアの支配者を読むと出てくるが、若き日のナベツネが犯罪行為をするよう共産党から支持される描写があるが、阿修羅に投稿している人間は、日本共産党と在日朝鮮人が一緒になって様々な反日暴動を起こしているのを知らないのか?
今も日中友好協会などと一緒になって自虐史観の反日プロパガンダを垂れ流す日共が日本のための組織というより、外国の工作機関にしか見えないんですが。
GHQの検閲で朝鮮批判、中国批判ができなかったことをいいことに歴史を捏造する反日勢力。
「前田 光繁(まえだ みつしげ、1916年 - )は、日本の海軍軍人。八路軍の日本人兵士第1号。別名杉本一夫。
1939年(昭和14年)1月2日、八路軍へ入隊を表明し、野坂参三に次ぐ日本人民解放連盟の2番手となる。同年11月には八路軍内において「日本兵士覚醒連盟」を組織した[1]。朱徳と行動を共にして戦闘に参加した後、1942年(昭和17年)に反戦活動のため延安に移動し、終戦まで同地にとどまった。
終戦後満州に赴き、中国共産党および八路軍の活動に協力しながら、通化事件にも関与した。その後も八路軍のために活動を続け、1958年(昭和33年)に日本へ帰国した。帰国後は日中友好協会の理事を務めている[1]。」(ウィキペディア)
■阪神教育事件と日本共産党さんについて
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8169120.html
阪神教育事件と日本共産党さんについて
阪神教育事件の詳細で、ウィキペディアによれば
阪神教育事件(はんしんきょういくじけん)は、
1948年(昭和23年)4月14日から4月26日にかけて大阪府と兵庫県で発生した
在日朝鮮人と日本共産党による民族教育闘争、大規模テロ、逮捕監禁・騒乱事件で、
GHQは、戦後唯一の 【非常事態宣言】 を布告した。朝鮮人学校事件、
大阪での事件は大阪朝鮮人騒擾事件、
また神戸での騒乱事件は神戸朝鮮人学校事件とも呼ばれる
(その他の呼称については本項で記す)。 と書かれています。
あるとするならば由々しき事態ですし、これについて事件を起こした詳細や陳謝がないのは
思想があってのことか、ウィキペディアに偏見があったように感じます。
本日、日本共産党さんにこちらの件をお聞きしたところ、
「共産党の歴史にそのような事実はありませんし、回答するべきことではないです。
さらにいえばGHQは共産党を弾圧する向きもあったので、そのような事実無根な事件の流布
があったのではないでしょうか?」とのご回答でした。
そこでご質問です。このような大事件が嘘なのか本当なのか?
また、事実とは異なるのか?また、本当ならばなぜ共産党さんはこのような大きなことを隠すのか?
中立的かつ、偏見なくお答えいただけると幸いです。
こんな時期ですがよろしくお願い申し上げます。
投稿日時 - 2013-07-09 15:31:56
回答
>で、なぜ組織的ではなかったにしろ
>かかわった重大な事件を後世に教訓として伝えなかったのか
>疑問です。
それが共産党の体質なんです。触れたくない歴史には徹底的に触れないんです。
戦犯釈放・赦免の国会決議って?
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-06-15/0615faq_0.html
共産党は、戦犯釈放・赦免に賛成していない事を強調していますが、そもそもこの時の国会では共産党は暴力革命路線が世論の厳しい批判を浴びて一議席も獲得できなかったんです。言うまでも無いが、共産党は非合法化されていたわけでもないし、選挙をボイコットした訳でもない。単純に立候補しても得票できなかっただけなのです。
表題の阪神教育事件も共産党の暴力革命路線にリンクしていた事実は否定できない。そうした暴力革命路線の挫折が六全協を転機として議会主義路線に転じ、暴力革命主義者が新左翼諸党派を結成することになった訳です。
共産党がまとめた共産党史は、ご都合主義の自己正当化作文なんです。不都合なことは有耶無耶に誤魔化そうとする。それが共産党の体質なんです。
投稿日時 - 2013-07-16 08:10:11
■阪神教育事件(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%AA%E7%A5%9E%E6%95%99%E8%82%B2%E4%BA%8B%E4%BB%B6
阪神教育事件(はんしんきょういくじけん)[1][2][3]は、1948年(昭和23年)4月14日から4月26日にかけて大阪府と兵庫県で発生した在日朝鮮人と日本共産党による民族教育闘争、大規模テロ、逮捕監禁・騒乱事件で、GHQは、戦後唯一の非常事態宣言を布告した。朝鮮人学校事件[4]、大阪での事件は大阪朝鮮人騒擾事件[5]、また神戸での騒乱事件は神戸朝鮮人学校事件[6]とも呼ばれる(その他の呼称については本項で記す)。
1947年(昭和22年)10月、連合国軍最高司令官総司令部総司令官ダグラス・マッカーサーは、日本政府に対して、「在日朝鮮人を日本の教育基本法、学校教育法に従わせるよう」に指令した。
このころ在日朝鮮人の子供たちは、日本内地の教育により、朝鮮語の読み書きが充分にできなかったため、日本各地で国語講習会が開催され、文字と言葉を知ったものが先生となり、在日朝鮮人の子供たちに朝鮮語を教えた。教材は独自に作成された。国語講習会は在日本朝鮮人連盟(略称は朝連)事務所や工場跡地、地元の小学校校舎などを借りて開かれた。その後、国語講習会は朝鮮人学校に改組され、学校は全国に500数十校、生徒数は6万余人を数えた。
1948年1月24日、文部省学校局長は各都道府県知事に対して、「朝鮮人設立学校の取扱いについて」という通達を出し、朝鮮人学校の閉鎖と生徒の日本人学校への編入を指示した(朝鮮学校閉鎖令)。
同年1月27日、朝連は第13回中央委員会を開催し、朝鮮学校閉鎖令に対し反対を表明した。さらに、「三・一独立運動闘争記念日」に合わせて、彼らの主観における「民族教育を守る闘争」を全国で展開するように訴えた。
大阪府と兵庫県ではこの通達に基づき、朝鮮学校の閉鎖を命じた。阪神地区では、朝連の宋性Kが闘争、暴力事件の指導に当たった。在日朝鮮人・金太一が闘争中に警官に射殺されている。
事件の概要[編集]
大阪府[編集]
1948年4月23日9時、大阪府大阪城前の大手前公園で、朝鮮人学校弾圧反対人民大会が開催された。集会には在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余が集結した。16人の代表が選出され、大阪府庁舎で大阪府府知事との交渉を行うことになった。
12時30分、大阪府庁知事室において、副知事(知事は当日不在だった)と朝鮮人代表者16人との交渉が始まったが、合意には至らなかった。代表者はしばしば威圧的、脅迫的な言動を行った。
15時、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余の中から、シュプレヒコールが起こった。50人余の青年が行動隊を編成し、スクラムを組んで大阪府庁前の阻止線を組織的な暴力を駆使して突破した。
15時30分、行動隊に続いて、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余も大阪府庁に暴力で突入し、3階までの廊下を暴力で占拠した。副知事は警察官の誘導により、戦時中に作られていた地下道を通って脱出した。
17時ごろ、群衆は知事室になだれ込み、ドアや調度品を破壊するといったテロ活動をした。
日本共産党大阪地方委員会に派遣されていた増山太助は、川上貫一衆議院議員とともに知事室に駆けつけたが、どうにもできなかった。
夜、大阪城周辺の各所で在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人が篝火を焚いた。
朝連は、川上貫一を代表として交渉の場を作ろうとしたが、アメリカ軍や武装警官が到着した。その後、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人らは、武装警官隊と乱闘となり、在日朝鮮人のうち1人が死亡、20人が負傷した。警官側の負傷者は、それを上回る31人だった。179人が騒擾罪で検挙された。
4月25日、朝連や日本人約300人が大阪南警察署に押しかけ、逮捕者の釈放を要求、脅迫した。警官隊は、約300人に向けて威嚇射撃を行い追い返した。
4月26日、朝連は大阪東成区や旭区などで「朝鮮人学校弾圧反対人民大会」を開催した。
午後、朝鮮人代表者と大阪府知事との間で再度交渉が行われた。
15時40分、別室に待機していた大阪軍政部のクレーグ大佐が、交渉の中止と、大手前公園に集結していた在日朝鮮人2万人の解散を指示した。
在日朝鮮人1600人のデモ隊が再び大阪府庁に向かい、武装警官隊の阻止線で投石を開始する暴力行為を行った。武装警官隊は消防車に放水をさせ、デモ隊に突入し拳銃で発砲した。在日朝鮮人金太一が死亡した。
検挙者は軍事裁判にかけられ、日本人9人と在日朝鮮人8人が重労働4年以下の判決を受けた。
阪神教育闘争の指導者の一人であった朴柱範は逮捕・投獄され、釈放された直後に死亡した。
事件解決後、大阪市警察局は、アメリカ陸軍第25師団司令部より感謝状が贈呈された。
兵庫県[編集]
1948年4月10日、兵庫県県知事・岸田幸雄は、朝鮮人学校に対して、封鎖命令を出した。
4月14日、朝連は兵庫県庁を訪れ、岸田との交渉を要求した。言動はしばしば威圧的、脅迫的になった。
4月23日、警官隊とMPは、朝鮮人学校灘校と東神戸校を封鎖した。
4月24日、朝鮮人学校灘校と東神戸校の封鎖に抗議する在日朝鮮人や日本人が、兵庫県県庁前に集結した。
9時30分、兵庫県庁知事室で、岸田、神戸市市長・小寺謙吉、検事正ら15人は、朝鮮人学校閉鎖仮処分執行問題と、在日朝鮮人の抗議集会対策を協議した。朝連は兵庫県知事室での密談の情報を入手し、約100人の在日朝鮮人や日本人が兵庫県庁内に突入し、知事応接室を占拠して備品などを破壊するテロ行為をした後、壁を打ち破って知事室になだれ込み、岸田幸雄やMPを拉致監禁した。在日朝鮮人や日本人約100人は、電話線を切断するテロ行為を行って外部との連絡を絶ち、「学校閉鎖令の撤回」「朝鮮人学校閉鎖仮処分の取り消し」「朝鮮人学校存続の承認」「逮捕された朝鮮人の釈放」などを、自由を奪った状態の岸田幸雄に強要した。
17時、岸田は、暴力的な威圧の下で「学校閉鎖令の撤回」「朝鮮人学校閉鎖仮処分の取り消し」「朝鮮人学校存続の承認」「逮捕された朝鮮人の釈放」を誓約させられた。
22時、岸田、吉川兵庫県副知事、市丸検事正、田辺次席検事、出井兵庫県警察長、古山神戸市警察局長らは、占領軍兵庫県軍政部に集められた。
23時、兵庫県軍政部は「非常事態宣言」を発令した。これによって、全警察官はアメリカ軍憲兵司令官の指揮下に入った。兵庫県庁への乱入者の徹底検挙が命じられ、岸田幸雄が暴力的な威圧下で誓約させられた「学校閉鎖令の撤回」「朝鮮人学校閉鎖仮処分の取り消し」「朝鮮人学校存続の承認」「逮捕された朝鮮人の釈放」などは、脅迫によるものであったこともありすべて無効とされた。
4月25日早朝、アメリカ軍憲兵や日本警察官は兵庫県庁への乱入する集団テロの関係者の検挙を開始。
4月28日、非常事態宣言解除。
4月25日から4月29日までに、1590人もしくは7295人[26]が検挙された。日本共産党神戸市市議会議員・堀川一知も検挙された。
検挙した者から主だった者を拘留し、23人を軍事裁判にかけた。日本人は堀川のみで、重労働10年の判決を受けた。在日朝鮮人には最高重労働15年の判決が出され、刑期終了後は本国に強制送還されることになった。
事件の決着[編集]
同年5月5日、朝連教育対策委員長と文部大臣との間で、「教育基本法と学校教育法を遵守する」「私立学校の自主性の範囲の中で朝鮮人独自の教育を認め、朝鮮人学校を私立学校として認可する」との覚書が交わされた。
<参考リンク>
■織原城二が『マンガ嫌韓流』作者に5000万円を要求!「元在日と書いたのはプライバシー侵害だ!」
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/asia/1209487831/l50
■前田光繁(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E7%94%B0%E5%85%89%E7%B9%81
■通化事件(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%8C%96%E4%BA%8B%E4%BB%B6
■在日韓国人犯罪者に対する強制送還実績
http://okwave.jp/qa/q5917401.html
■暴力団と在日朝鮮、韓国人の関係について元公安調査庁の 菅沼光弘氏が解説
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n182927
■戦後、朝鮮人がやっていたこと 「田岡一雄自伝」より
http://www.tamanegiya.com/tyousennjinntohann19.11.26.html
一瞬、ぎくりと立ちどまり、悲鳴のあがる方角に走った。
途中で四、五歳の女の子が泣きながら夢中で駆け寄ってきた。
「どないしたんや」
「おかあちゃんが、おかあちゃんが」
少女はわたしに泣きじゃくりながらしがみつく。
この世のものとは思えぬ女の狂気じみた悲鳴がきこえつづけていた。
「ここにいるんやで。ええな」
私は少女をその場において一目散に走った。
少女の母親は木立の中で数人の男に犯されていた。飛行服の、三国人の男たちだった。
彼らは不適な薄ら笑いで女の手足をおさえつけ、一人がその上に乗っている。女は狂ったように絶叫していた。
<汚ねえ・・・・>
うめくと、わたしは遮二無二彼らに突進していった。>p一九四
■在日韓国人の税金のからくり(保守速報)
http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/892.html
■吉田茂の嘆願書 〜在日は韓国に引取り拒否された棄民である
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/290588bb56c62429e3229f13a689c6ce
■あきれたウトロ地区の在日韓国人たち
http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/21622258.html
■米戦時情報局が見た中国共産党の日本人洗脳工作:
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/blog-entry-410.html
■志位和夫・日本共産党委員長の家系
祖父は帝国陸軍中将 伯父は旧ソ連のスパイ
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52542146.html
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。