01. 2013年9月04日 09:48:30
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増税しても堅調な成長は維持できる景気と消費税について考える 2013年9月4日(水) 小峰 隆夫 このところ景気の動きが大注目されている。これには2つの理由がある。1つは、アベノミクスが効果を上げ景気は本当に良くなっているのかという関心が大きいことであり、もう1つは、消費税率を引き上げるだけの経済環境が整っているのかという問題意識が注目されていることだ。そこで本稿では、景気の現状と消費税率の関係について考えてみることにしよう。 景気を見るための3つの道具立て エコノミストは誰もが自分なりの景気分析手法を身に付けているのだと思うが、私の場合は、次の3つの道具立てを特に大切にしている。 第1は、経済統計を読みこなすことだ。しばしば、景気予測は天気予報に例えられるのだが、天気予報と景気予測で決定的に異なる点がある。それは、天気予報をする時に、「今の天気」は誰もが分かるが、景気については「今の景気」は分からないということだ。だからこそ、種々の経済統計を読みこなすことによって、「現在の景気がどんな方向に向かっているのか」を判断していく必要がある。その経済統計の中でも最重要なのがGDP統計なのだが、これについては後述する。 第2は、経済のロジックを適用することだ。私が常に参照しているロジックは「三段階論」である。例えば、景気が上昇過程に入っていく時を考えよう。景気が好転するきっかけとしては、「海外景気が良くなって、輸出が増え始める」か「政策的なてこ入れ(例えば、公共投資の増加)で需要が増える」かのどちらかしかない。こうした外部からの力で需要が増え、これに伴って生産が増え始めるのが「第1段階」だ。 生産が回復してくると、企業収益が改善し、稼働率も上がってくるから、企業は設備投資を増やし始める。するとこれが内需の拡大となって景気をさらに押し上げる。これが「第2段階」だ。 こうして景気拡大が本格化してくると、企業は雇用を増やしたり、ボーナスや賃金を引き上げたりし始める。すると、家計の所得が増えるから消費が拡大する。これが「第3段階」だ。 もちろん、必ずこうしたパターンになるとは限らないのだが、この標準形を頭に入れておいて、「現段階はどこに位置しているのか」「今回は標準形とどこが違うのか」を考えれば、景気の動きを一応は体系的にフォローできるはずだ。 第3は、将来予測については、日本経済研究センターが毎月行っている「ESPフォーキャスト調査」を活用することだ。 この調査は、約40人の第一線エコノミストに今後の経済についてアンケートし、その平均(これを「コンセンサス予測」と呼ぶ)を公表するというものである。概要版は誰でも無料で見ることができる(例えば、最新の8月調査はこちらです)。 このコンセンサス予測は、「良い予測」だということが確かめられている。このことを端的に示す事実がある。ESPフォーキャスト調査を担当する事務局(現在は日本経済研究センター)では、2004年度以降、年度の実績が判明するたびに、各予測者の予測誤差を集計しているのだが、その際に、コンセンサス予想も1人のフォーキャスターとして評価し、ランキング付けしている。では、40名のフォーキャスターの中で、コンセンサス予想は何位になるだろうか? 誰もが「平均なのだから、20位前後だろう」と考える。ところが、コンセンサスは毎年必ずベストテンに入る好成績なのだ(最新の2011年度では第4位)。そうなる理由もほぼ解明されているのだが、長くなるのでここでは省略する。要は、コンセンサス予想は数多くのエコノミストの中でも良い予想であり、それには論理的な根拠があるということである。 GDPと三段階論で見る景気の現状 前置きが長くなってしまったが、以上の3つの道具立てに基づいて景気の現状と今後の展望について述べよう。まず、8月12日に発表された4−6月期のGDPの結果から何が読み取れるかを整理してみよう。 第1に、これによって景気が順調に拡大していることが再確認された。 日本の景気は2012年の4月を景気の山として景気が悪い時期が続いたのだが、2012年10−12月期以降は、今回の2013年4−6月期まで3期連続のプラス成長が続いている。4−6月期の成長率(実質)は、2.6%。8月のESPフォーキャスト調査によると、直前のエコノミスト予測の平均は3.4%だった。このため「市場の期待より低かった」という評価もあるようだが、期待の方が高すぎただけのことであり、日本経済としては、十分に堅調な成長率だと言える。要するに「足元の景気は良い」ということである。 第2に、成長の中身を見ると、まだ「本格的な景気回復」だとまでは言えない。 今回の需要項目別の動きを見ると、民間最終消費出(いわゆる「個人消費」)が前期比年率3.1%増、公的固定資本形成(いわゆる「公共事業」)が7.3%増加しているのが目立つ。一方で、民間設備投資は3期連続のマイナスが続いている(4−6月期は年率0.4%減、ただしこれは9月9日に公表が予定されている2次速報で修正される可能性もある)。 これを前述の三段階論で解釈すると次のようになる。まず、景気上昇の初期の局面で、消費の伸びが高いのは三段階論に反している。普通は、賃金が上がって、家計の懐具合が改善しないと、消費は盛り上がらないからだ。逆に言えば、消費が主導しているという点が、今回の景気上昇の大きな特徴だということになる。 では、なぜ今回は消費が早めに出てきたのか。これは株価上昇の影響と消費税率引き上げ前の駆け込み需要(詳しくは後述)が複合的に現れたからだと考えられるが、消費税の影響が現れるのはまだ早いかもしれないので、ウエートとしては株価の影響が大きいと考えられる。 一方、公共投資が高い伸びとなってGDPを支えているのは、典型的な第1段階の姿である。すると、今回の景気上昇の第1段階は、特殊要因としての株価・消費税の影響と公共投資の増加が外から与えられた需要となって経済をリードするという形になっていると言えよう。一方、民間設備投資は依然としてマイナスを続けている。このことは、景気がまだ第2段階の本格回復局面には入っていないことを意味している。 第3に、今回は名目成長率(年率2.9%増)が実質成長率(同2.6%増)を上回ったことが注目される。このことは物価の総合的な指標である「GDPデフレータ」がプラスに転じたことを意味している。2009年以降、GDPデフレータが前期比プラス(季節調整値)を記録したのは1回しかないことを考えると、今回のプラス転換がかなり画期的なものであることが分かるだろう。これは、日本が極めて徐々にではあるが、次第にデフレ局面から脱却しつつあることを示している。 ESPフォーキャスト調査で見るこれからの景気 次に筆者お勧めのESPフォーキャスト調査を使って、これからの景気を展望してみよう。最新の2013年8月の調査結果から読み取れることは、次のような点である。 第1に、実質GDPの今後の四半期別成長率(年率)を見ると、7−9月期3.4%、10−12月期3.1%、2014年1−3月期4.3%と高めの成長が続くと予想されている。この結果、2013年度の成長率は2.8%となる。要するに、2013年度中は好景気が続くということだ。 第2に、その代わり14年度は厳しい姿が予想されている。コンセンサス予想によると、2014年4−6月期の成長率は実にマイナス5.1%という大きな落ち込みが予想されており、その後も14年度中は0.5%程度の成長にとどまるものと予想されている。14年度の成長率は0.6%である。14年度の成長率が大きく減速する理由については後述する。 第3に、物価については緩やかに上昇が見込まれているものの、当分は、低めの上昇率が続くと予想されている。四半期ごとの予測を見ると(以下、消費者物価の生鮮食品を除く総合)、2013年度中は1%以下の上昇率だが、2014年度に入ると2%台後半に跳ね上がると予想されている。これは消費税が3%引き上げられることによるもので、2015年度になると再び1%程度に戻ると予想されている(15年度平均上昇率予想は0.97%)。 当然ながら、政府・日銀の「2年以内に2%」という目標は実現できない。この調査では、特別調査として毎月「黒田日銀総裁は、2年で物価上昇率を2%にすることを目指すとしているが、目標を達成できるか」という質問を出しているのだが、8月調査では40人の回答者のうち、「できると思う」と答えたのは2人だけで、「できないと思う」が35人であった。 以上の検討を踏まえて、これからの景気の展望をまとめてみると次のようになる。 1.日本の景気は堅調に上昇局面を歩んでおり、この傾向は13年度中は続くだろう。 2.しかし、14年度に入ると経済はかなり減速することになりそうである。 3.デフレからの脱却は緩やかに進むが、政府・日銀が掲げる消費者物価2%という目標に達するのは15年度以降になるだろう。 消費税と経済成長率の関係 さて、問題の消費税について考えよう。前述のフォーキャスト調査で示された経済予測では、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられることが前提となっている。この消費税率の引き上げは、2つのルートで経済成長率に影響する。 1つは、駆け込み需要の発生である。消費税率が引き上げられると分かっている場合、税率が上がる前に購入したほうが3%安くなるから、2014年4月以前に需要が前倒しされるはずだ。これが駆け込み需要だ。特に、住宅や高額な耐久消費財(自動車など)については、節約できる額が大きいから、駆け込み需要も大きいはずだ。 97年4月に消費税率が3%から5%に引き上げられた時も、直前の成長率が高く(前期比年率で、96年10−12月期6.2%増、1−3月期3.0%増)、直後にマイナス成長(97年4−6月期マイナス3.7%)となっており、この大きな成長率のスイングをもたらしたのは、家計消費と住宅投資であった。問題はその規模だが、日本経済研究センターの四半期経済予測(2013年8月)では、GDPの0.7%(うち、消費が0.5%、住宅が0.2%)と推計している。 もう一つは、消費税率の引き上げそのものが成長率にマイナスに作用することだ。消費税が引き上げられると、その分家計の実質所得が低下し、消費のレベルが下がる。これが成長率にマイナスに作用することになる。その程度について、内閣府経済社会総合研究所の計量モデルによると、消費税率1%の引き上げは、1年目のGDPを0.15%程度引き下げるとされている。今回の引き上げは3%だから、14年度の成長率は0.5%程度下がることになる。 このうち駆け込み需要は、本来14年度に現れるはずだった需要が13年度に前倒しされただけだから、これによる成長率の変化が国民福祉を損なうことにはならない。要すれば無視していいということである。ただし、現実には無視されるどころか、14年度に予想される住宅投資や自動車販売の落ち込みについて対策を用意すべきだという考えが強いようだ。私は、明日食べるはずのお団子を今日食べてしまったのだから、明日食べられないのは当然だと思うのだが、多くの人はそうは思わないらしい。 意外に大きい駆け込みの影響 駆け込みによる成長率の変化(以下これを「見かけ上の成長率」という)は無視すべきだということであれば、その影響を除いた成長率こそが本来重視すべき成長率(以下これを「実力成長率」という)だということになる。前述のESPフォーキャスト調査の「2013年度2.8%、14年度0.6%」という姿を見かけ上の成長率だとして、これに駆け込みがどの程度影響しているかを考えてみよう。 2013年度については話は簡単だ。2013年度には、0.7%分の駆け込み需要が加わるのだから、2013年度の見かけ上の成長率は0.7%押し上げられる。ということは、13年度の実力成長率は2.1%(2.8−0.7=2.1)である。 では14年度はどうか。本来実現するはずだった0.7%分が減るので、2014年度の成長率は0.7%分下がると考えやすいが、これが違うのだ。13年度のGDPが0.7%押し上げられ、14年度は0.7%押し下げられるので、13年度と14年度を比較すると、成長率としては1.4%も押し下げられることになる。毎日お団子を3個食べている人が、明日の分の1個を今日食べてしまったら、明日の団子は2個減るのである。 と、ここまで説明しても何となく納得がいかない人もいるだろう。プラス効果とマイナス効果で、マイナスの方が多いように見えるからだ。しかし心配はいらない。さらに2015年度になると0.7%分の押し下げ効果が消えるため、成長率が0.7%押し上げられることになる。 明日の分を1個余分に食べてしまったお団子の数は「今日1個増、明日2個減、明後日1個増」となって差し引きゼロとなる。全く面倒なことだが、消費税の駆け込み需要は、かなり先の2015年度の成長率にまで結構大きな影響を及ぼすのである。 ややしつこい説明になったが、要するに、14年度の見かけ上の0.6%という成長率は、実力成長率としては2.0%になる(0.6+1.4=2.0)ということである。 以上のように駆け込みというかく乱項を除いた実力としての成長率は「13年度2.1%→14年度2.0%」というのが民間エコノミストの予測である。ここで注意すべきことは、この実力成長率は、駆け込みの影響だけを除いたものだから、消費税率の引き上げのマイナス効果は含まれているということだ。前述のように、消費税率の引き上げは14年度の成長率を0.5%程度押し下げるのだが、それを織り込んだ上でも2%程度の成長率を維持できるということになる。 それがどの程度明瞭に意識されているかは別として、日本経済は消費税率引き上げがあっても堅調な成長を維持できるというのが民間エコノミストの平均的な予測なのである。 (次回も景気と消費税率引き上げについて議論します。掲載は9月11日の予定です) このコラムについて 小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか 進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。
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