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「クーデター的」とも評された長官人事。固く守られてきた慣行を破ったことが、先々に吉と出るか、凶と出るか。(PANA=写真)
内閣法制局を憲法の番人にさせた「旧内務官僚」
http://president.jp/articles/-/10532
PRESIDENT 2013年9月16日号 政治経済評論家 徳川家広 写真=PANA
8月8日、それまで駐フランス大使だった小松一郎氏が内閣法制局長官に決まった。小松氏は、外務省有数の国際法のエキスパートで、同時に集団的自衛権の行使は日本国憲法9条に違背するという法制局の伝統的見解に、早くから反対を唱えてきた人物だ。安倍晋三総理としては力強い「同志」を閣内に得た形である。
とはいえ、私の見るところ、集団的自衛権と憲法との整合性という問題は、急速にその重要性を失いつつある。というのも、財政危機、さらには経済の弱体化に苦しむ米国としては、戦争を行うことは是非とも避けたいし、まして自国の死活的利害と直接関係のない戦争には、絶対に巻き込まれたくないからである。
だから近隣のどの国とも領土紛争を抱える日本との同盟は、今後極めて近いうちに見直しの対象となるであろう。小松新長官が集団的自衛権をめぐる憲法解釈についていくら「積極的に議論」しようとも、米軍と自衛隊が肩を並べて戦うという事態は、ついに生じないようなのだ。
だが、今回のこの人事、別の意味で極めて重要かもしれない。それを理解するのには、内閣法制局という官僚組織について、多少の予備知識が必要となる。
内閣法制局は、明治6(1873)年の太政官改革によって誕生した、政務一切を担当する「正院」の中にあって「諸律法式礼規則章程条例等に関する事を勘査す」と定められた「法制課」を、その前身とする(『内閣法制局100年史』)。内閣よりも、明治憲法よりも古いのである。
だが、このポストが本当に重要になったのは戦後のこと。明治以来の旧法制局最後の長官であり、その後も日本が独立を回復するまで実質的に同じ地位にあった佐藤達夫の働きのおかげだ。
世間的には米国からの「押し付け憲法」とされる日本国憲法だが、その草案――いわゆる政府案は、佐藤ら旧内務省出身者をはじめ、2度と戦争を起こすまいと考える日本各界の人士たちの努力によって、密かに準備されたものである。
それとは別に幣原喜重郎首相はD・マッカーサー最高司令官の意を受けて、大物弁護士の松本烝治(彼もまた、大正時代に内閣法制局長官を務めている)の調査会に明治憲法とあまり変わらない内容の草案をつくらせていたが、調査会(佐藤はその事務方だった)の誰かが松本案の内容を毎日新聞にリーク、スクープとなったその保守的な中身に米国世論も反発し、流産してしまったのである。
それまで佐藤らが密かに準備してきた草案が「政府案」となったのは、その結果だった。一方、幣原は急遽「修正案」を作成させ、これも議会に上程させる。だが衆議院、貴族院で激しい論争を経て、現行憲法の原型である「政府案」は明治憲法に近い「修正案」を投票で破った。日本国憲法は、国会で誕生したのである。
佐藤達夫と同志たちは、自分たちが一線を退いた後も――いや、未来永劫、平和憲法が損なわれないよう、知恵を絞った。そうしてつくられた仕組みの1つが、実は法制局の人事慣行なのである。
■憲法制定時の情念・理想と人事が直結
「(法制局の)長官ポストは特別職の公務員で、建前上は内閣に人事権がある。しかし、現実には内部昇格者が自動的に内閣によって任命されている。次期長官は現次長で確定しており、次の次の長官は現第一部長にまちがいない」
「この“あがり”のすごろくは法制局が1952年に再び置かれて以来、破られたことはない」(西川伸一『知られざる官庁 内閣法制局』5月書房)
この書籍が刊行されたのは2000年のことだが、その後もこの慣行は踏襲されていた――安倍首相による、小松大使の起用までは。
1952年に法制局長官だったのは、佐藤達夫である。その佐藤が始めた人事慣行が、その後もずっと守られてきたということは、佐藤が歴代の法制局長官を間接的に選んできたのとさして変わりがない。憲法制定時の情念・理想と直結しているのである。法制局がただの内閣の法律の助言者という役割を超えて、憲法の番人として機能してきた由縁だ。
安倍総理は、総理大臣の人事権を何の躊躇もなく行使することで、その連鎖を断ち切ってしまった。株価が下がり始めた以上、安倍内閣がこの後さして長持ちするとも思えないが、安倍氏が戦後憲法体制の「支柱」の1本をへし折ったことは、ほぼ間違いない。法制局長官の憲法の番人としての重みは、これで永遠に失われてしまったのである。後世、戦後日本の破滅への第一歩となったと言われないよう、祈るばかりである。
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