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2013/9/2 晴耕雨読
75年 84年 89年
天皇に戦争責任はない 36.1 24.9 27.5
天皇に戦争責任はある 35.6 24.5 24.4
どちらとも言えない 21.0 42.3 43.1 (%)
上記は共同通信社の世論調査の結果です。国民は以外とクール。
昭和の終わりから平成の幕開けにかけての世論調査が示す天皇観は非常に興味深い。
特に89年は復古的ムードに世の中が染まった年であるのに天皇に戦争責任があるとの答えが24.4%、ないと答えた者と拮抗しているし、どちらとも言えないとの答えが43.1%もある。
クールではあるが物足りない。
戦後直後の世論調査での天皇制支持の割合は以下のとおり。
@45年12月9日読売報知新聞:95%、
A46年1月25日朝日新聞:92%、
B46年2月4日毎日新聞:天皇制支持91%
天皇制支持と言ってもその内容はいろいろだが、天皇の戦争責任を否定する前提に立っていることは間違いない。
戦後、日本の支配層の一部に裕仁天皇の退位論がくすぶっていたことはよく知られている。
@近衛文麿、45年10月ころ天皇退位を画策、
A東久邇宮、翌年2月27日天皇退位発言「道徳的・精神的責任」と、
B三笠宮、同日枢密院で「政府が断然たるを措置をとらねば悔いを後に残す虞あり」と発言。
48年8月15日読売新聞世論調査:
天皇制について。「あった方がよい」が90.3%、「なくなった方がよい」が4%。
退位問題について「在位された方がいい」が68.5%、
「退位されて皇太子にゆずられた方がよい」が18.4%。
どうやら国民は裕仁天皇退位にも反対が多数だったようだ。
支配層の一部にあった裕仁天皇退位論は厳しい国際世論を意識し皇室の安泰と天皇制の護持が狙いであった。
国際世論の例。
アメリカの国内世論(ギャラップ45年夏)「処刑33%、裁判所に認めさせる(死刑の意味か?)17%終身禁固11%、流刑9%、無罪4%」。
アメリカ国民の凄まじい怒りの声。
天皇に対する戦争責任追及の声はアメリカ国民だけではなく、中国、朝鮮、オーストラリア、イギリス、カナダ、オランダの各国人民の中にも満ち満ちいていた。
アメリカの対日占領政策の基本文書に天皇の戦争責任追及の方針が盛り込まれたのはその影響である。
しかし結局政治の論理に収斂させられていく。
天皇戦犯問題を収斂させるに絶大の効果を発揮したのは46年1月25日付マ元帥の米参謀長アイゼンハワー充返信だった。
マ元帥は天皇の戦争責任を証する証拠はないと断定、天皇は日本人に尊敬されており戦犯として裁けばその抵抗を招き100万人の占領軍の長期駐留が必要となると言い切っている。
マ元帥はポツダム宣言の崇高な理念に基づいて対日占領を進めるステーツマンではなく行政官であった。
彼は徹底的なプラグマチストであり、目の前の問題に遺漏なく対処し、実績を上げて行った。
裕仁天皇の占領政策への利用はそのための不可欠の資源だった。
このようにして天皇の戦争責任は消されたのだ。
このような「寛大」な措置は昭和天皇ご本人にも、日本政府にも、甘えを誘発した。
昭和天皇の戦後の一連の政治介入と吉田茂首相の不敬罪存続要求がそれである。
後者は流石にマ元帥からたしなめられ不敬罪は刑法典から消えたが、前者は最近豊下楢彦教授の優れた著作により明らかにされたところである。
日本は天皇問題や講和条約での破格の厚遇により米国に一方ならぬ恩顧を蒙った。
親切な人ほど注意せよとは皆知っている戒である。
しかし、戦後の支配層はその戒を忘れてしまったようだ。
破格の厚遇は安保・地位協定と沖縄占領、現在につながる米国への金魚のフンたる悲しむべき構図を産んだのである。
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