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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130829-00040879-diamond-bus_all
ダイヤモンド・オンライン 8月29日(木)8時30分配信
暮らしや社会の仕組みにこれほど影響する国際交渉はめったにない。ところが我が国の代表がどんな主張をし、いかなる交渉をしているか、その姿を国民に知らせない。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は、内容だけでなく、政策の決定過程に暗闇を抱えている。情報を公開すれば交渉そのものが成り立たない、というTPPの本質と深く関わるが、メディアの反応は鈍い。各国が合意し協定内容が明るみに出れば、あちこちから怒りの声が上がるだろう。支持率が支えの安倍政権に異変が起きかねない。
● 「生贄」は密室で選ばれる
主権者不在のままTPP交渉は最終局面を迎える。「聖域」のはずだった農産品5品目の死守は不可能な情勢だ。譲歩を迫られる日本が切るカード、つまりコメを護る代わりに関税撤廃を受け入れる農産物を何にするか、間もなく決まる。開かれた議論もないまま「生贄」は密室で選ばれる。
「ブルネイ会合が終われば政府内部で農産品関税の妥協案が話し合われることになる」と、政府関係者はいう。それだけではない。年内合意となれば、国民の関心事である「食の安全」や「国民皆保険」を構成する薬価や保険、外資企業が国内の司法制度を飛び越え政府を訴えることができるISD条項など、TPPが誰の利益に沿ったものか骨格が見えてくるだろう。
消費増税導入を間近に控えた来年の通常国会はTPPで紛糾する。政府・自民党は議席の多数で押し切ればいいと考えている。農政議員を抑え込み、少数の野党が騒いでも、協定を批准することは数で可能だ。だがそんなことでいいのか。国家を縛る協定こそ党派を超えた慎重で周到な検討が必要なのだ。
7月のマレーシア会合の直前、内閣官房に設けられたTPP対策室に協議内容の文書一式が届いた。英文で10センチを超える膨大な資料。各省から集められた役人が手分けして対応するが「テキストの日本語訳は作らない」という。
協議は英語、文書の修正も英語でやるので日本語は必要ない、という理屈だが、「日本語版を作ると政治家など各方面に情報が漏れる」というのが本音だ。英語を障壁にして情報を遮断する。国民生活と深くかかわる交渉から国会議員や有権者が排除され、役人が情報を抱え込む仕組みができている。
● 国会議員も情報が得られない
マレーシア会合には自民党の農林議員が同行した。「交渉を自分の目で確かめたい」と現地入りした議員たちは会場を見物しただけ、という空しい結果に終わった。近くのホテルに陣取って、交渉団に協議の内容を説明するよう求めたが「守秘義務がある。日本から情報が漏れたら問題になる」と情報はもらえず無駄足に終わった。
安倍政権が交渉参加を決めた時、自民党は「聖域死守」を条件に受け入れた。その条件から外れそうになっているのに、国会議員は情報さえ得られない。
マレーシア会合の後、自民党は農林部会を開き、政府のTPP対策室幹部を呼び情報を求めた。交渉の概要や日程などを聞かされただけで中身は語られず、怒声が飛び交った。
ブルネイで開かれている第2回会合に同行した農林議員は代表格の西川公也氏だけ。この会合で日本は、農業関税が厳しい状況になっていることを思い知った。
「高い水準での合意」を米国が強く求めている。自由化率は現状をはるかに超える高率になることは避けがたい。「農産品5品目の除外」など言えない情勢であることを再確認した。
● 「農産5品目すべて例外」は無理
自由化率とは関税項目総数(日本は9018品目)の中で自由化している品目の割合。相手国によって違う。日本は自由貿易協定(FTA)を結ぶフィリピンの85%が最高でFTAを結んでいない国とは概ね70%台に留まっている。
米国はオーストラリアとのFTAでは96%、米韓FTAでは99%の自由化率を達成している。TPPもこの水準に近づけようとしている。来年の中間選挙でTPPを成果にしたいオバマ政権は、他国の市場をこじ開けるのに必死だ。
日本は表向き「自由化率80%」で臨む構えだが、「これでは相手にされない」と担当者は口をそろえる。朝日新聞は「85%を主張する方針」と伝えたが、これで決着するとも考えにくい。「交渉のスタート地点」でしかない。
農産5品目で関税数は586ある。コメだけでも品種や産地、精米・玄米などで税率は変わり関税は58項目ある。ムギは109、乳製品188、食肉はウシ51・ブタ49、砂糖・でんぷんが131項目。5品目で全体の6.5%を占める。すべて護ると、他の関税を全部ゼロにしても自由化率は93.5%になる。つまり「高い自由化率」を目指すTPPに参加することは「農産5品目すべて例外」は無理だ。
日本にはコメ以外にも譲れない工業品もある。「自由化率が90%を超えると農産5品目の関税に手をつけざるを得ない」というのが実情だ。
● 最終的に決断するのは安倍・甘利・石破の3氏
私はコメでも品目によっては関税を段階的に下げてゆくことは仕方ない、と思っている。食肉や乳製品でもすべてを護れるものではない。ただ、コメを人質に取られ本来日本が獲得するはずだった米国の自動車関税(年額8000億円)を先延ばしされたなど愚挙そのものである。
農産5品目をすべて聖域にすることが日本の農業の発展につながるわけでもない。「閉鎖か開放か」ではなく、何をどう守ることが日本の農業の未来につながるか、という冷静な論議こそ必要だ。
TPPの秘密主義はその議論まで封殺してしまう。譲歩する項目はTPP対策室で決まる。農産品が政治の塊であるだけに担当者レベルで決められる課題ではない。政治家の参加を拒み、有権者をシャッタアウトして誰が決めるのか。
TPPの核心情報は自民党幹事長に伝えている、という。首相や甘利大臣は政府のメンバーなので関与する。つまり最終的に決断するのは、安倍・甘利・石破の3氏という顔ぶれになる、という。
「石破さんは自民党代表という立場、幹事長経由で農政の重鎮に情報は流れる。だが限られた範囲にとどめることになっている」
関係者はそう明かす。TPP交渉は政府が情報を独占し、与党の重鎮だけがひそかに知る立場にある。野党は蚊帳の外だ。つまり一握りの政治家が阿吽の呼吸で決める。犠牲になる農家の声など届かず、消費者も有権者も知らされない。農業団体には補償金との見合いで話がゆくだろう。
大多数の国会議員や有権者がTPPの中身を知るのは交渉が合意し、協定の批准が国会に掛けられた時になる。それまで守秘義務が分厚い壁になって立ちはだかる。
● なぜ官僚の口が重いか
秘密交渉とはいえTPPのニュースは連日のように新聞に載っている。私がこうして記事を書いているのも、情報を得ているからで、現場の記者たちはそれぞれ工夫して守秘義務の壁を超えている。それにも限界がある。
政府に都合の悪い情報は出てこない。たとえば「豆腐やしょうゆなど農産加工品に『遺伝子が組み換えられた大豆は使用していません』という表示がTPP交渉で禁止になった」という情報を国際NGOがつかんだ。それを政府に確認しても「お答えできない」という回答になり、知っていそうな官僚に当てても「わからない」となる。
貿易交渉やG7など国際交渉の取材はいろいろと経験したが、今回のTPP交渉の情報管理は徹底している。当事者たちは「情報漏えい」を問われることを強く警戒している。天下国家を饒舌に語る官僚の口が重くなっている。この傾向は安倍政権になって強まったように感ずる。
大きな圧力が政府がいま作成中の秘密保全法案である。国家公務員法が定める守秘義務違反は最高刑が懲役一年だが、秘密保全法は10年の懲役刑を可能にする。取材は、厳密にいえば「機密漏えいの教唆」になりうる。そのリスクを背負うギリギリの作業が国民の知る権利を担保している。その仕事がやりにくくなった。TPPで守秘義務がことさら強調され、秘密保全法で厳罰化する。権力に不都合な情報は出にくい国に日本はなろうとしている。
その一方で、権力に都合いい情報はリークして世論を誘導する。リークはメディアにとってもリスクは少ない。権力に睨まれ、場合によっては情報を遮断される追及型の取材より効率はいい。
競争するメディアを一本釣りするかのようにマスコミ経営者と首相の会食が続いている。消費税増税を認めながら軽減税率の適用を求める新聞や雑誌は、御しやすい存在と権力には映るだろう。
大手新聞の社説はほとんどがTPP賛成。立場が決まっているため、暗部への突っ込みが鈍い。交渉事だから秘密はあって当然、というボンクラ記者も少なくない。重要情報が伏せられ、新聞によっては政府方針に迎合する体制翼賛な記事が目立つようになった。保守的な論調のS紙などは「米国、混合医療の導入求めず」「遺伝子組み換え食品の市場開放求めず」などと、反TPP世論を抑えるような政府好みの情報を積極的に扱っている。
● 政府の「選別的リーク戦術」
政府の情報対策は、全情報を非公開にし、都合のいい情報だけ書かせるという「選別的リーク戦術」。情報を管理し、メディアに競争させ、なびく記者にネタを提供して取り込む、という手法である。
これから「政府、小麦関税で譲歩へ」などという特ダネが遠からず紙面をにぎわすだろう。生贄は密室で決まるが、関係者に衝撃を与えないように「観測気球」を上げるのも情報操作のひとつ。どの程度の反発が起きるか、反応を探るのが観測気球と呼ばれる記事だ。
情報を小出しにして既成事実を作り上げてゆくのも世論対策だ。
4月25日の「世界かわら版」でも書いたが、多国籍企業が世界規模の規制緩和を進めるのがTPPだ。発展市場である途上国で企業活動の妨げになっている規制を、政治力のある先進国とりわけ米国の交渉力を使って排除する、それがTPPである。
安倍政権は米国との関係改善を図るため、TPPに協力する。米国と協力して中国を市場経済の側へと引き込むステップとしてTPPを位置づけている。
安倍政権にとってTPPは後戻りできない政治課題になっている。農業に犠牲を強いることは政権基盤を痛める出来事ではあるが、農業組織を横取りできる野党が見当たらない今、農協の反発は見返りとして配るカネで何とかなる、と踏んでいるようだ。
しかし米国系多国籍企業の利益が前面に出る協定内容が世に知られてゆく中で、TPPへの見方も変わってくるだろう。食の安全、医や生命の安全保障、日本文化の保全など、われわれの「社会的利益」とTPPの相克がやがて見えてくる。国会で議席を握り、メディアを抑えれば、大概のことは思い通りになるかもしれない。
だが、その慢心が自壊作用を促す。課題はTPPだけではない。集団的自衛権もからむ外交的孤立、消費増税が引き起こす波乱、金融超緩和が終焉を迎える米国、アベノミクスの末路。盤石の体制に見える安倍政権の足元には様々な地雷が埋まっている。いつ噴き出すか分からない。TPP合意はその端緒になる可能性を秘めている。
山田厚史
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