09. 2013年8月29日 01:32:24
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【第3回】 2013年8月29日 ダイヤモンド・オンライン編集部 消費税増税実施はデフレ脱却を第一に 1%ずつ5年間で引き上げを ――内閣官房参与(静岡県立大学教授)本田悦朗 消費税増税議論の3回目は、現在、内閣官房参与を勤める本田悦郎静岡県立大学教授に、意見を聞く。内閣官房参与とは、いわば首相のアドバイザーを勤める非常勤の国家公務員である。本田教授は、エール大学の浜田宏一名誉教授とともに、経済分野におけるアドバイスを行っている。本田教授の提案は、来年4月から毎年1%ずつ5年間わたって消費税率を引き上げていくというものだ。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 原英次郎、撮影/同編集部 片田江康男)生まれつつあるインフレ予想を 消費増税が冷やしてしまう ほんだ・えつろう 1955年生。東京大学法学部を卒業後、(旧)大蔵省入省。在ソ連邦大使館、世界銀行審議役等を経て2000年より在ニューヨーク総領事館兼在米国大使館公使。ニューヨーク勤務時代に現地のエコノミスト等とデフレ脱却について議論。その後、外務省欧州局審議官、欧州復興開発銀行理事、財務省政策評価審議官等を経て、2012年より静岡県立大学教授。同年12月、第2次安倍内閣発足と同時に内閣官房参与。著書に『アベノミクスの真実』(幻冬舎)等。 まず、この15年間、消費者物価指数をみると、日本経済はずっとデフレに痛めつけられてきたという認識が大前提です。これまで何回かデフレ脱却のチャンスはありました。
一つは2000年8月の日銀によるゼロ金利解除の時。まだデフレを脱却していないにもかかわらずゼロ金利を解除してしまって、デフレからの脱却のチャンスを失ってしまった。2回目は2006年3月の量的金融緩和の解除です。当時は、確かに消費者物価指数は4ヵ月連続して若干のプラスになった。ところが、消費者物価指数は5年に1回基準値を改定するのですが、改定した結果、実はまだデフレだったということが後で分かった。つまり、量的金融緩和を解除するのは、明らかに早すぎた。その後、08年にリーマンショックが起こって、デフレが大きくなり現在に至っています。 そういう状況の中で、安倍総理が正面からデフレ脱却を政権の目標として掲げて、まさに実行し始めた段階です。アベノミクスは3本の矢と言われますが、第3の矢すなわち成長戦略の前提となるのがデフレ脱却です。金融政策のみならず財政による景気刺激策もデフレ脱却に役立ちますが、デフレ脱却実現の主役はあくまでも金融政策です。デフレというのは貨幣的な現象ですから。 その金融政策では日銀が、黒田新総裁の下で4月4日に向こう2年でベースマネーを2倍にし、消費者物価指数を2%に引き上げるという、あの有名な「量的・質的金融緩和」をやり始めたばかり。まだ始めてから4ヵ月ほどしか経ってない。そういう時に増税が課題として挙がってきた。私はタイミングとして非常によくないと思っています。 ――タイミングがよくないと考える理由は? 黒田新総裁による思い切った量的金融緩和政策が功を奏して、金融資産市場では前向きの反応が表れている。株価しかり、為替市場しかり、それから不動産市場も少しずつ改善してきています。それが実体経済によい影響を与え、近い将来、家計部門によい影響を与えて、財・サービス市場において物が売れだす、あるいはサービスに対しても積極的な購入が起こる。そうなれば経済は好循環に入って、緩やかなインフレが実現してきます。 それを実現するには第1の矢が重要で、一番のポイントは過去15年間デフレが続いてきたことによって凍りついたデフレ予想を、緩やかなインフレ予想に転換していくということです。この予想の転換が起こらないと、経済の好循環と緩やかなインフレは実現しません。今、その転換が徐々に起こりつつあると思うんですが、まだまだ十分ではない。タイミングとしては恐らく来年の春あたりが重要になってくる。今年の冬のボーナスが増え来年の春のベースアップが実現すると、かなりマインドが好転して、インフレ予想が高まると予想されます。 インフレ予想に転換した直後というのは、病み上がりの病人のように非常に脆弱なんです。何かショックがあると、元に戻ってしまう可能性がある。いまアベノミクスを成功させる最大のポイントは、生まれつつあるインフレ予想、緩やかなインフレ予想をいかにして安定させるかということです。そうした重要なタイミングにあるときに、法律通りなら来年4月に消費税増税が行われる。増税しておきがら経済成長をマネージし、インフレ予想を高めるのは非常に難しい。 ベストは消費税増税の延期 次善は引き上げ率の刻みを変える ――では、具体的には消費税増税はどうすべきだとお考えですか? もしベストな選択は何かと問われれば、増税は延期がベストだと思います。1年なり2年なり単純に延期して、インフレ予想が安定してから増税をさせていただくというのが理想的です。が、逆に何もしないで延期した時に、日本政府の財政再建にかける意気込みに対して、疑念を呈する投資家が出てこないとも限らない。特に外国人投資家です。そういう懸念も理解できるので何らかのアクションを起すという意味で、引き上げる税率の刻み方を変えてはどうかというのが私の提案です。 つまり来年4月に6%、再来年7%、その次の年以降8、9、10%と2018年まで1%ずつ引き上げていく。そうすると、第一に駆け込み需要がそれほど起こらない。ということは逆に反動減も起こらない。来年の4月ごろはデフレ予想からインフレ予想に転換する重要な局面を迎えるので、1%程度の消費税の増税であれば、若干希望的観測もいれると、むしろインフレ期待を醸成するのに役立つ可能性もあります。 つまり、むこう5年間消費税率が「1%ずつ上がります」とアナウンスする。そうすると、みなが物価というのは少しずつ上がるものだと考え、結果的にインフレ予想の醸成に役立つ可能性もある。ということで私は現実的な方策として、毎年1%ずつ5年間に渡って増税してはいかがでしょうかと、総理に申し上げています。 1997年の消費税増税は 家計消費に悪影響を与えた ――消費税を予定通り上げるべきだと主張している人たちは、消費税増税は景気にはそれほど影響しない。1989年4月の消費税導入時は、景気には大きな影響は出ていないし、97年4月の消費税増税後の景気後退は、金融危機が起こったのが主因で増税が主因ではないと分析していますが……。 89年は、バブル景気の真っ只中ですから、それと比較するのがおかしい。 97年のケースでは、消費税を増税した後、明らかに消費は落ち込んでいます。景気に対する影響はなかったと言っておられる方は、一度落ち込んだものの消費が回復しているとおっしゃっているわけですが、実は回復していないんです。 対前年比で比較すると回復したように見えます。なぜならば前の年の1996年が、異常だったからです。第一に食中毒のO157が非常にはやって、食料品の消費が落ちた。二つ目は冷夏の影響で電気の消費量が落ちた。三つ目は、反対に1997年に携帯電話が爆発的に売れ始めて、その使用料金が増えた。そういう特殊要因によって、消費が回復したように見えるけれど、こうした特殊要因が働いているということで、もう少し長いトレンドで見ると消費は完全には回復していない。従って消費税増税は、消費の低迷に対してかなりの影響を与えている。それがまさに原因の一つとなって98年から、15年デフレが始まったんです。 今回の場合、景気に影響を与えないとおっしゃる方々は、デフレ脱却というものの本質を全く理解していない。今回は極めて特殊なケースで、デフレ脱却のプロセスの真っ最中にあり、金融政策によって緩やかなインフレ予想をつくろうとしている。通常の景気循環とは違うわけです。
つまり第二次世界大戦後、先進国の中でデフレに陥り、そこから脱却しようとしているのは日本だけなので、諸外国では付加価値税(消費税)を増税しても影響が小さいという経験は参考になりません。景気への影響はないという方々には、その特殊性を十分理解していますか、とお聞きしたい。デフレに直面していなければ、確かに現在は景気の回復期なので3%の消費税増税に耐えられるという可能性も十分あります。しかし、今はインフレ期待を形成して15年間苦しんだデフレから、脱却しようとしているときです。そのときに増税をやるのが正しい政策でしょうか。インフレ期待ができつつある中での景気回復はとても脆弱なのです。 名目GDPを増やせば 当初税収は大きく増える ――アベノミクスによって名目GDPの成長率が上がれば、税収は増えますね。ただ、経済成長だけで財政再建が成し遂げられるのでしょうか。例えば、8月8日に政府が発表した中期財政計画による試算でも、今後10年間の名目GDP成長率3%、消費者物価上昇率が2%という高めの数字を想定し、予定通り消費税増税が実施されると仮定した場合でも、2020年の国・地方政府のプライマリーバランス(基礎的財政収支)は赤字が残る。ということは、借金は増え続けることになります。 デフレから脱却すれば、財やサービスの生産量が同じでも名目GDP(注)は必ず増えます。名目GDPが増えることによる税収増をどう見るかということで、また意見が違う。 財務省はいわゆる名目GDPの税収弾性値、つまり名目GDPが1%増えた時に税収が何%増えるかという弾性値を1.1と置いて計算しているが、これは低すぎます。今はリーマンショック後の不況からの回復期なので、専門家の計測によると弾性値は4くらいあるとされています。確かに不況からの回復期は弾性値が高くなる傾向があるので、当面4は高すぎるとしても、控えめに見て2.5とか3くらいだと思う。実質GDPが2%増えて、インフレ率が1%だと、名目GDPは実質GDP+インフレ率(GDPデフレーター)なので3%の成長になる。名目GDPが3%伸びれば、3%×弾性値2.5=7.5%税収が増え、当面は税収の伸びが非常に大きくなります。 だからといって、消費税増税が必要ないとは言っていないんですよ。予想インフレ率が安定し名目GDPの成長率が上がってきた時に、つまり消費者物価指数も2%くらいで安定した時に消費税増税をやる。そうするとダブルで効いてくる。税を生み出す元となる名目GDP、つまりパイが増えます。増えたパイに税率を掛け算するわけですから税収も増えます。かつ、一般的に景気回復期というのは弾性値が大きいので、税収の伸びも期待できるということで、結果的には財政再建に役立つと思います。 (注)名目GDPと実質GDP――簡単に言うとGDPは財の生産数量×価格で算出される。名目GDPはその年に生産数量にその年の価格を掛けて算出される。したがって、前年と生産数量が同じでも価格が5%上昇すれば名目GDPは5%増える。これに対して価格変動の影響を取り除いて計算したのが実質GDPだ。したがって、このケースでは前年と生産数量が同じなので、実質GDPは0%成長になる。 もし予定通り来年4月に増税すると、来年の名目GDPは消費税分が価格に上乗せされるので少しは増える。しかし、実質GDPが相当落ち込み、2014年度の実質GDP成長率が1%を大きく切り、景気が腰折れする可能性が十分あります。実質GDPが相当落ち込だときに、中国や新興国、あるいユーロ圏で何か別のショックがあったら、また再びデフレに突っ込んでいく可能性も高い。そのリスクを考えるとこのチャンスを大事にして、来年3%も消費税率を上げるというような無謀なことしないで、安全運転をしていった方がいい。 決して私は財政再建に「反対の人」ではないです。財務省が仰っている財政再建と目的は同じです。同じなんだけれども目的に達する方法、順番が違う。増税から入るのか、名目GDPの拡大から入るのかの違いです。 「増税は国際公約」は 国民に対する騙し ――実質GDPが落ち込むという意味は、アベノミクスで需要が拡大してせっかく需給ギャップが縮小してきたのに、また需給ギャップが拡大する可能性があるということですね。実物の方から再びデフレ圧力が働いてしまう。 増税になれば、「2014年度の実質GDP成長率が1%を大きく切り、景気が腰折れする可能性が十分ある」 そうなる危険性があるということです。つまりインフレ率で言えば、消費税率が3%上がりますが、3%が全部価格に転嫁されるわけではないので、かりに2.3%程度、消費者物価指数を押し上げるとすると、それに本来、黒田日銀が目指しているインフレ目標2%を足すと、4.3%くらいの消費者物価上昇率になるはずですが、消費税増税によってこの本来目指している2%の部分が、へこんでしまうのではないかということです。
私はいま全国を講演して回っていますが、聴衆の方が異口同音におっしゃるのは給料が増えるまでは、増税をやるのは早いんじゃないですか、と。確かに足元の消費者物価指数の上昇率は、ゼロ%を超えてきた。7月は前年同月比0.4%(総合、東京都区部)だけれども、それは主に輸入物価の上昇によるものです。原因が輸入物価の上昇なので、いわゆるコストプッシュ型の物価上昇です。本来のアベノミクスは、所得が増えてインフレ率が上がってくるデマンドプル型を目指している。 今はまだ所得が上がってくる前に、インフレ率が上がってきている。これは我々の想定の範囲内ですけれども、もう少し我慢していただければ、必ず物価上昇以上に所得が上がってきますと、講演会で説明しているし、実際そうなると思います。でも所得が上がる前に、消費税増税というコストを増やすと、これがまたコストプッシュ要因になる。合計で4%程度の物価上昇率は相当に大きい。国民からみれば、いつになったら所得が増えるんですか、「騙された」という意識になるし、財布のひもも締めざるを得ない。だから、消費税増税のタイミングとしてよくないと、言っているわけです。 それからもう一つ、財政再建は国際公約だと言われるが、あの言い方はやめてほしい。我々主権国家なのですから、国際的には条約や協定、コミュニケといった国際的約束以外には拘束されません。また、2011年のG20カンヌサミットの直後、当時の野田首相も、そこで示した財政再建のためのアクションプランは、国際公約ではないとおっしゃっています。これはあくまでも国際的な説明ですと、そう国会で答弁しています。だから、国際公約だから予定通り消費税増税をやらないといけないという嘘はいけない。国民を騙すな、ということです。 もし、今回アベノミクスが失敗したら日本経済は、はっきり言ってもう立ち直れないでしょう。これからデフレ縮小経済しか経験したことのない若者が、日本経済の第一線に出ていく時代になっていく。過去15年間の失敗をまた繰り返したいのですか、と申し上げたい。 http://diamond.jp/articles/print/40880 |