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(1)参院選の結果と安倍内閣の暴走の危険の現実化
参院選が終わった。本誌発行日との関係で、詳細な分析は後日に譲らざるをえないが、結果は過去3番目の低投票率(52.61%)の参院選挙で、 改憲派の自民党65議席(非改選と併せて115議席)、維新の会8議席(同9議席)、みんなの党8議席(同18議席)で、 計81議席(改革や無所属など非改選の改憲派と併せて143議席)で、3分の2(162議席)には届かなかった。 自公与党は135の安定多数を確保したが、事前に一部メディアで語られた自民の単独過半数はならなかった。 しかし、「加憲」 の公明党20議席を加えれば、163議席で、3分の2を超え、あわせて民主党の中にも改憲賛成者がいることを考えると、 改憲問題は容易ならざる所に至った。
昨年の衆院選で民主党政権の大失敗と小選挙区制度に助けられ、自民党が法外な大勝をしているので、 このあと、大きな国政選挙は3年後の2016年の参院選まではありそうにない。 すでに投票日をまたない段階で北岡伸一安保法制懇委員などは 「2016年ダブル選と抱き合わせ改憲国民投票実施論」(日経新聞7月1日)を唱えていた。 しかしこれは普通では北岡の無責任なブラフか、願望に過ぎないと考えられる。 後述するが、憲法96条による18歳改憲国民投票の投票権と、国政選挙の20歳選挙権の同時実施は、有権者の感覚から見ても、また投票実務上からみても、 ほとんど不可能に近いことだ。
これらを考慮すれば、たとえ両院で改憲派が3分の2以上の議席を占めたとしても、改憲案の作成と改憲発議、 国民投票実施にはそうとうの時間がかかることはあきらかだ。 勢い、改憲派は明文改憲がすぐには難しい条件の下での実質的な改憲状態作り=解釈改憲に向かわざるを得ない。 この 「解釈」 は歴代政府による従来の憲法解釈を大幅に突破する、きわめて強引な 「解釈」 によるものとなることは疑いない。 この点で、私たちは戦後憲法闘争史上、かつてない重大な危機に直面していると言わねばならない。
開票後、菅義偉官房長官は 「衆参のねじれが解消されたことで、首相の持論である憲法改正や集団的自衛権の行使容認といった 『安倍色』 を全面に打ち出す環境は整備された」 と発言、その危険な狙いを口にした。 衆参両院での多数議席を背景にした1999年の小渕内閣の下での第145国会(盗聴法、住民基本台帳法、周辺事態法、国旗・国歌法など)、 2006〜7年、第1次安倍内閣の下での165、166国会(教育基本法改悪、改憲手続き法など)の強行採決の連発の悪夢の再現が思いやられる。
昨年末の総選挙と、今回の参院選を経て、改憲をめぐる国会内における力関係は、改憲反対勢力にとってきわめて不利になった。 私たちはこれを世論に訴え、国会外の大衆行動を巻き起こすことで、憲法違反の 「解釈改憲」 を阻止しなくてはならない。
安倍内閣の改憲の究極のターゲットは第9条だ。この小論では当面する9条を軸とした解釈改憲に関わる課題を明らかにしておきたい。
(2)憲法審査会では 「改憲手続き法の改正」 が始まる
第2次安倍内閣の下で再活性化した憲法審査会は参院選後、間もなく(もしかしたら、秋の臨時国会を待たずに)再開することになる。
衆議院憲法審査会では前通常国会中に日本国憲法のレビューを一通り終えたということになっているので、 今後は改憲手続き法にまつわる 「3つの宿題」 の解決をめざして、事実上の違法・破綻状態にある 「憲法改正手続き法」 の改定が課題になっている。 維新の会や自民党などの改憲派は、この違法事態を切り抜けるため、法律そのものを変えてしまうという乱暴な手法に出ようとしている。 具体的には改憲手続き法がその附則で同時解決を求めてきた民法や公選法と、国民投票の問題で、 18歳投票権のみの切り離しによる改憲手続き法の改定という弥縫策が企てられている。
これは第1次安倍内閣が審議不十分なまま強行成立させた改憲手続き法の矛盾が表面化したものだ。 とくに18歳投票権問題に至っては、 「布告から3年の後」 までにとの期限付きで選挙権や民法改正との同時実施を要求している同法 「附則」 が定めた規定(註)に違反する違法状態にあり、 憲法審査会ではこの点で民法を管轄する法務省、選挙権を管轄する総務省などの足並みの乱れが露呈した。 このままでは改憲国民投票は実施できないことから、5月16日、維新の会は憲法改正で国民投票ができる年齢を 「18歳以上」 とする問題だけを民法、 公選法改定と切り離して定める 「国民投票法改正案」 を衆議院に提出したが、憲法審査会で議論されず、陽の目を見なかった。 しかし、現在、自民党もこの改正案の実現に傾いている。参院選後、再開される憲法審査会は早めにこの議論を行い、 その改正案の成立に着手しようとしている。
18歳国民投票権の切り離し実施は、憲法96条が定める 「(国民投票を)特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において」 実施するという規定の 「選挙と同時実施(ダブル投票)」 をほとんど不可能にする。 前述した2016年トリプル投票論、憲法は18歳投票権、衆参の選挙は20歳投票権などという同日実施構想はほとんど不可能に近い。
私たちはこの破綻した改憲手続き法の廃止と出直しを要求し、自民党など改憲派の違法・脱法のご都合主義を糾弾しなくてはならない。 また、改憲手続き法とは別にして、18歳選挙権への公選法改定は当然であり、世界の常識であるという主張も重ねて展開していきたい。
(註)改憲手続き法附則第3条 @ 国民投票法が施行されるまでの間、18歳以上の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、 民法その他の法令について検討を加え、必要な法制上の措置を講じることとする 。
(3)96条先行改憲論の困難性と安倍首相の強行突破の企て
安倍首相は第2次安倍政権発足直後から、「96条先行改憲」 論を前面に出して、改憲を主張してきた。 しかし、これに危機感を抱いた様々な市民団体の反撃の中で、96条先行改憲は立憲主義の破壊だという反対世論が盛り上がり、 改憲勢力内部でも 「96条先行改憲」 論への批判が広がり、改憲同盟軍の維新の会の破綻と公明党の動揺も併せて、 「国民投票で勝てない」(安倍)などと安倍首相自身や自民党改憲推進本部の幹部などまでが動揺しはじめた。
安倍首相は参院選の中では 「96条先行改憲」 の主張を極力薄めることに苦心した。安倍首相は加憲と抱き合わせ96条改憲策を模索したり、 自民党改憲草案の修正容認なども(7月7日、安倍、NHKで)口にするに至った。 しかし、参院選の最終版では圧勝の報道に気を良くして96条、9条改憲のホンネを叫ぶ場面が見られ、 選挙後には議席の結果をみて再度強気になりつつあるようだ。
この道は、公明党との困難な調整を必要とする道であり、安倍首相ら改憲派は、今後もその変化球を投じるなどの画策を講じてくるだろう。
ひきつづき私たちは96条先行改憲で安倍首相らが企てているものこそ、憲法の基本的な思想的背骨である立憲主義の破壊であることを徹底して暴露し、 この企てを粉砕しなくてはならない。
(4)集団的自衛権の行使など解釈改憲の推進
改憲論者の安倍首相がたとえ暴走したとしても短期間の内に明文改憲を準備できる条件はほとんどない。 どんなに焦っても、安倍首相の明文改憲には相当な時間がかかるのは明らかだ。 長期政権をねらう安倍晋三にとって、前述した2016年までの期間はそのための好機なのかもしれない。
安倍首相はひきつづき明文改憲を追求しながら、併せて、現行憲法の下で、 9条改憲がねらうものを実現していく道(解釈改憲による9条破壊の実質化)を模索せざるを得ない。
当面、安倍首相らがねらうものは以下のような 「解釈改憲」 の企てだ。
まず参院選の直後から 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書をもとに、解釈改憲の推進に着手することだ。 石破幹事長が21日のTBSの番組で示唆したように、 この秋にも提出させようとしている安保法制懇の報告書で 「国家安全保障基本法の制定」(自民党の基本法案概要は2012年7月4日策定、 同6日党総務会で決定)を答申させる。これには従来、歴代内閣の集団的自衛権の行使は違憲だとの立場を転換するための条項が盛り込まれる。 歴代内閣の見解との関係で内閣法制局による憲法適合性の審査を回避するため、議員立法で国会で成立さえることすら考えられている。 「基本法」 は過半数の賛成で成立するのである。
法案概要の 「安全保障の基本方針」 には、「(四)国連憲章に定められた自衛権の行使は……必要最小限度とすること(第10条)とあり、 「自衛隊の任務」 の項には 「必要に応じ公共の秩序の維持に当たる」 などとかかれている。
またこのなかでは 「集団自衛事態法」(仮称)なども構想されている。 さらに、法案概要の第3条では 「わが国の平和と安全を確保するうえで必要な秘密が適切に保護されるよう、法律上、制度上必要な措置を講ずる」 とされ、 国の安全、外交、公共の安全及び秩序の維持の3分野を対象にした 「秘密保全法案」 が準備されることになっている。 このもとでは 「秘密」 が無限定に 「保護され」、主権者国民の知る権利が大幅に制限される。
一部のメディアで報道されているが、石破自民党幹事長は4月21日放映の 「週刊BS―TBS報道部」 で、 国防軍に 「軍法会議」 設置する(改憲草案9条2の5項)意義を語り、軍事機密を保護する必要と迅速な裁判の実施のため、 軍人その他の公務員が職務の実施に伴う罪か国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行う、 その場合、従わなければ死刑、無期、懲役300年だ、そんな目に遭うぐらいなら出動命令に従おうっていう、とまで述べた。
有事や緊急事態における 「間隙なき対処」 を理由にして、 秋の臨時国会では国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案と内閣法改正案などの成立が企てられている。 NSCでは首相、官房長官、外相、防衛相による会合が常設され、防衛、外交、経済その他の諸施策を統合するため、調整する役割を担う。 事務局体制として内閣官房に100人規模の国家安全保障局を新設し、政府機関の情報一元化をはかることが企てられている。
(5)防衛大綱の改定
安倍政権は民主党時代に策定された 「動的防衛力構想」 をさらに 「強靱な機動的防衛力構想」 へと飛躍させ、年末の 「防衛計画の大綱」 見直しでは、 @ 策源地(敵基地)攻撃能力の保有と、A 「自衛隊への海兵隊的機能の付与」 を盛り込もうとしている。 具体的には 〈1〉西部方面普通科連隊の強化 〈2〉水陸両用車や垂直離着陸機オスプレイを保有する専門部隊の新設 〈3〉陸海空3自衛隊の垣根を越えた運用などだ。これは従来からの 「専守防衛の国是」 を放棄し、 米軍の世界戦略に協力して海外で戦える自衛隊へと飛躍をはかることにほかならず、戦後日本の安全保障政策の歴史的大転換になる。 これはまさに自民党改憲草案の 「国防軍」 構想の先取りに他ならない。
政府・自民党は 「敵基地攻撃能力」 については、1956年の政府見解に 「他に手段がないと認められる限り、基地をたたくことは、 法理的には自衛の範囲に含まれる」 とあり、従来からの日本政府の立場だと弁明するが、とんでもないことだ。 議論はあったにしても、歴代政権は 「専守防衛」 の立場から攻撃的兵器の保有はしない方針を維持してきたのであり、 いま安倍内閣がやろうとしていることは重大な方針転換だ。中国脅威論や北朝鮮ミサイル脅威論を口実に整備した 「防衛力」 は、 それ以外の目的にも、すなわち海外派兵全般に使用できるのである。
小野寺防衛相は7月5日、「ミサイル攻撃を受ける前に相手国の基地などを攻撃する敵基地攻撃能力の保持について、 日米防衛協力の指針(日米ガイドライン)の見直し作業で検討課題になる」 「今後、ガイドラインの協議をしていく中で、(日米の)役割をどう分担していくか、 協議を始める」 と述べた。これは従来、安保体制の下での米軍と自衛隊の役割分担で説明されてきた盾と矛の役割分業論もかなぐりすてるものだ。 防衛省によると 「アジア太平洋を重視する米国の新国防戦略や、日本の集団的自衛権に関する議論も反映しながら進めていく方針」 で、 「結論を得るまで2〜3年はかかる」 と言うが、まさに米国と共に海外で戦える 「国防軍」 が先取りされようとしている。
7月末のシンガポールでのバイデン米副大統領と安倍首相らの会談で、ガイドライン改定など、これらの日米同盟強化の方向が合意されるという。
安倍政権は昨年の衆院選と今年の参院選で手に入れた与党の圧倒的な多数議席を使って、解釈改憲の企てを次々に繰り出し、 憲法を実質的に破壊する道を突き進もうとしている。私たちはこの前にバリケードを築いて立ちはだからなくてはならない。 15年戦争の結果、私たちが獲得した輝かしい平和憲法の67年の歴史を賭けて。そのたたかいが始まった。
(許すな!憲法改悪・市民連絡会会報 「私と憲法」 147号所収 高田健)
http://www.news-pj.net/npj/takada-ken/039.html
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