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http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20130809-00027128/
2013年8月9日 3時2分 水島宏明 | 法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター
ある新聞社の敏腕ベテラン記者と参議院選挙のマスコミ報道について雑談していたら、「あのテレビはひどかった。なぜ問題にならないのか?」と怒っていた。
なんのことかと聞けば、7月2日のNHK「ニュースウォッチ9」だ。
参議院選挙の公示2日前だというのに安倍首相のヨイショ報道を露骨にやっていた、という。
私は今回の選挙報道をほとんどチェックしているつもりだったが、公示前の報道だったこともあってうかつにも見落としていた。映像を入手して見てみて驚いた。報道のプロとしてみて、首をかしげるような内容だったからだ。
6月にイギリスで行われたG8サミット。私も記者として取材した経験があるが、サミットは日本が参加する外交行事の中で最大のイベントで、前後も含めて期間中、外務省はサミット会合の合間に主要国の指導者との「バイ」(=バイラテラル、2国間)の公式首脳会談をセットするのに懸命になる。中でもアメリカ大統領との会談は日本政府にとってとりわけ重要だ。たとえ10分間であっても公式首脳会談を行うのと行わないのでは外交上大きな違いがある。公式会談は国同士の記録として残される。これは政治・外交を取材する記者にとっては常識だ。
だから、日本政府が結果的に安倍首相とオバマ大統領との公式会談をセットできなかった時には「アメリカに嫌われているのでは?」と憶測を呼び、アメリカが軽視したらしい安倍晋三という政治家の重みに疑問符がついて報じられた。
実際、アメリカ側は領土をめぐって日本と緊張関係を強めている中国政府に配慮して「公式首脳会談」を避けたのが実情らしい。
そんな中でのNHK「ニュースウォッチ9」。
「NHKが独自に入手した映像」として、安倍首相が歩きながらや立ち話でオバマ大統領と懸命に話している無音の映像を長々と放送した。大越健介キャスターは「アメリカとの公式な首脳会談は行われませんでしたが、安倍総理大臣がオバマ大統領と突っ込んだ意見交換を行う様子が映し出されています」と前振りした。その後で映像を見せながら、非公式な場ながら、最重要課題のひとつである尖閣諸島問題について安倍首相が「中国の要求には応じられない」などと発言したとみられるとナレーションが入る。中国への対応はこれまで電話会談でやりとりしてきたが、今回、顔をつきあわせ改めて伝えたとする政府側の解説もナレーションで紹介された。
帰国後、公式の首脳会談がなかったことを野田前首相が国会で批判する映像も使いながら、安倍首相の「オバマ大統領とは強い信頼の絆で結ばれており、会談の長さや形式にかかわらず十分な意思疎通ができる関係」だという答弁が強調された。
VTRの後のスタジオで大越キャスターは「公式な会談を行わなかったことで野党側は厳しく批判しています。一方で、安倍総理大臣は十分に意思疎通はできていると反論していました」と双方の言い分を両論併記で伝えた。
報道陣が入れない会議場内の映像なので、撮影し、映像を所持していたのは首相官邸か外務省以外にはありえない。
NHKはこの映像を、官僚の誰かか、あるいは官房長官、官房副長官ら政治家の誰かから手渡された。つまりリークされたのだ。
「2人の表情を含めて真剣なやりとりの様子が伝わってきたのは初めてです」だと締めくくりで胸を張った大越キャスター。だが、ちょっと待ってほしい。
こういうのを「権力に利用され、操作された報道」と言うのではないか。
首相は正式な会談はしなかったけれど、見えないころでもちゃんとやってました、と言わんばかりだ。
まるで安倍政権の「言い訳」をNHKがメインのニュース番組が代弁したような印象だ。だが、立ち話でどんなに「真剣に」意見交換しようとも、「公式会談」ほどの重みが外交上ないことなど、政治部の経験者なら誰だって知っているではないか。
しかも、この放送が行われたのは選挙公示日の直前だ。公式会談がなかったことを批判する野党に対して、自民党に追い風を吹かせるような、あまりに露骨に肩入れした報道だと言ってよい。
選挙の公示日から投票日までの選挙期間中は、テレビ局は公職選挙法に縛られ、ふだん以上に厳密に、公平・中立な放送を目指す。だが、選挙の公示から1日でも前ならそうしなくても良いのかというと、そうではない。公示の1ヶ月ほど前から選挙期間に準じて、特定政党や政治家に肩入れするような放送を避けるのが通例だ。たとえば、テレビ番組にこれまで出てきたレギュラー出演者が立候補する、という情報や本人の意思が明確になれば、公示前であっても番組を降ろす。これはテレビ業界ではいわずもがなの常識とも言える。
そんななかで、「ニュースウォッチ9」はコメント上では安倍首相や政府を直接的に評価する言葉を慎重に避けているものの、「真剣なやりとり」「つっこんだ意見交換」という表現で、この非公式な会談を間接的には肯定している。なぜ、こういうキナくさいタイミングで報道したのだろうか。もちろん政権がこのタイミングでリークした事情や思惑は想像できる。だとしても易々とそれに乗ってしまうテレビ報道で良いのか。そんなNHKで良いのか。そうした危うさを承知しながら平然と伝えている大越健介というキャスターのセンスにも疑問がわく。
放送前にNHKの内部でやめた方が良い、という声は一切なかったのか。放送後にまずかったのでは、という反省はなかったのだろうか。放送ジャーナリズムの砦ともいえるNHKがこの有り様では、テレビ報道は本当に危うい。
水島宏明
法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター
1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー 『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロン ドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレク ターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ 親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科 学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。
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