http://www.asyura2.com/13/senkyo151/msg/749.html
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「尖閣諸島領有権問題:X氏の批判に応える1:尖閣諸島に対する日本領有を正当化できる根拠」( http://www.asyura2.com/13/senkyo151/msg/729.html )の続きです。
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日本政府は、参議院選挙と並行するかたちで、日中関係の改善に向け動いてきた。
昨日まで訪中していた斎木外務事務次官は、劉アジア担当外務次官でとどまらず、王毅外相とも会談した。
飯島内閣官房参与も、出身地での講演会で、参議院選挙期間中の13日から16日まで訪中し要人と接触したことを明らかにし、「そう遅くない時期に(日中)首脳会談は開かれる」という見通しを示した。
谷内内閣官房参与(元外務事務次官)も6月に訪中し、領土問題の存在は認めないが、外交問題として扱い、中国が領有権を主張することは妨げない」との打開案を提示した。
谷内内閣官房参与→飯島内閣官房参与→斎木外務事務次官の訪中は一連のものであり、斎木外務事務次官と王毅外相の会談が行われたことから、水面下では、日中首脳会談での“落とし所”もほぼ固まったとみることができる。
年内に、日中関係・日朝国交正常化という二つの大きな外交テーマが解決に向け大きく前進するはずである。
これまで何度も書いてきたが、安倍晋三氏が昨年9月自民党総裁に選出され総選挙で予定通りに勝ち12月に“出戻り”の内閣総理大臣になったのは、尖閣諸島国有化宣言でこじれた日中関係を改善するとともに、遅々として進まない日朝国交正常化交渉をフィニッシュに向け動かすためである。
安倍首相は、憲法96条改正よりも歴史認識見直しよりも、日中関係と日朝関係の改善を優先的にやり遂げなければならない責務を負っている政治家である。
憲法96条改正や歴史認識見直しにみられる右派的愛国的言動は、一歩間違えば左派的な政策と思われてしまう中国や北朝鮮との関係改善をできるだけスムーズに行うための目眩ましである。(中国や韓国に、その意図が伝わっている可能性さえあると思っている)
安倍氏の右派的な言動が参議院選挙での自民党大勝利の主要因ではないが、維新の会の得票数(7百万票超)からわかるように、国民の多数は、過去を含めて日本を擁護し、諸外国とりわけ近隣諸国に強い主張を行う政治家や政治勢力を支持する傾向にある。
参議院選挙でなんとしても勝利することで安定的な政権基盤を築きたかった安倍首相は、自身を愛国保守の政治家と見られるよう右派的パフォーマンスを続けてきたともいえる。
野田前首相が11月中旬に勝算がないなかで解散を行ったのも、自らの手では日中関係を改善できないことを理解したことが主たる理由である。
経済関係で米国と並ぶ重要な位置にある中国とのあいだで生じた外交問題に当事者能力を失った政治家は、経団連や官僚機構など支配層の支持を失いお役ご免になっても当然であろう。昨年11月の解散は「日中関係手詰まり解散」と呼べるものである。
中国サイドから、“野田首相のままでは現状の打開は無理である。できることなら、安倍氏を相手として状況の改善をはかりたい”というニュアンスの打診があった可能性も高いと思っている。同時に、米国政権からも、日朝交渉の早期妥結を求められてきた。
その両方をなんとしてもやり遂げなければならない義理を抱える格好の政治家が安倍氏だったのである。
このようなことから、歴史認識問題では河野談話を含め踏襲することを表明した安倍首相が、8月15日のみならず在任中に靖国神社を参拝することはなく、参議院選挙期間中にトーンダウンしたことで窺えるように96条改正に邁進することもないだろう。
■ 日中関係改善と尖閣諸島領有権問題
まず、ことの理非はおくとして、X氏が主張されるような、「尖閣諸島は、日本に正当な領有権はなく中国(清・中華民国・中華人民共和国)の領土である」という立場にこだわれば、日中関係を改善の方向に進めることはできないことを指摘したい。
むろん中国共産党や中国政府そして中国国民の多くは大歓迎だろうが、日本政府がそのような見解を示すことは絶対にありえないしできない。
ありえないことなので思考実験になるが、安倍首相がそのような見解を示せば、即座にその職を追われることになるだろう。
信念を曲げよとか事実に反する説明をしたほうがいいなどと言う気はさらさらないが、このようなことから、日本政府や与党に「尖閣諸島は中国領である」ことを認めるべきと主張しても、学問的観点ならいざしらず、現実の政治的観点からは意味がないのである。
(だからといって、一人でも多くの国民に“真実”(「尖閣諸島は中国領である」)と思う自分の認識を知ってもらう活動に精を出す人々を咎める気はまったくない。
咎められるべき相手は、X氏のような考えに対し、日本人にあるまじき言動であるかのような対応をする人々だと思う。また、いつになるか見当もつかないが、X氏が主張する「尖閣諸島は中国領である」という認識が多数派になる可能性を否定はしない)
中国の統治者たちも、当然のことながら、日本政府が尖閣諸島は中国領であるとは口が裂けても言えない立場であることを重々承知している。
そして、中国政府も、ここまでくれば、日本政府と同じように、尖閣諸島に対する領有権の主張を取り下げることはできない。これも思考実験でしかないが、そんなことをすれば、昨年9月末の比ではない反政府行動が湧き上がるからである。
このような相互性を理解した上で関係の改善を追求しなければならないと思っている。
昨年9月の「尖閣諸島国有化」以降の日中関係悪化は、日中国交正常化40周年という歴史的節目の年に、指導部が入れ替わる重要な中国共産党大会の直前のタイミングに、胡前国家主席が野田前首相に直々に申し入れをしながらそれを蹴って行われたことが原因だと考えている。要は、野田政権の対応があまりにもまずかったのである。
昨年秋以降の関係悪化は、日本政府が尖閣諸島に対する領有権の正当性を主張していることとは無関係なのである。(そうであるなら、日中関係は昨年秋以前の姿になってはいなかったであろう)
尖閣諸島が日中間でセンシティブな問題であることを知っていながら、根回しも不十分のまま、あのようなタイミングで国有化を表明した日本政府(野田内閣)は、中国に対する配慮に欠けていたと言える。
尖閣諸島の領有権問題について中国側の主張を退けるからといって、中国の主張を無視してよいとは考えていない。
日中関係の近代史に照らすと、日本は、とりわけ中国との関係性について大きな配慮をしなければならない立場にあると考えているからである。
私は、尖閣諸島領有権問題よりも、49年の中華人民共和国成立後72年まで中華人民共和国を中共と呼んで敵視し、日中戦争にきちんと決着を付けないままの状態を続けたほうが重大で恥ずべき外交的汚点だと思っている。それも対米従属のなせる外交態度である。
72年まで正式で良好な外交関係を維持した中華民国は、内戦にやぶれ、基本的に敗戦までは日本領であった台湾だけを領域とするようになった国家である。日本領時代の台湾住民も苦労が多かったと思うが、戦場となり占領支配も受けた大陸の住民とは決定的に違う状況であった。
日中戦争の災厄に見舞われた数億の人々が暮らす肝心の大陸を統治する中華人民共和国に対し敵対視を続けていた歴史的経緯は、米国の世界戦略と国際政治に強く規定され続けている日本とはいえ、不面目の極みだと思っている。
日中戦争に対する個々人の評価や連合国による戦争犯罪裁判の適法性はともかく、サ条約で極東軍事裁判をはじめとする戦争犯罪法廷の裁判を受諾した事実を考えれば、日本政府は、国際的に非を認めた日中戦争にきちんと決着を付けなければならなかったはずである。
6月に訪中した谷内内閣官房参与は、中国政府に「領土問題の存在は認めないが、外交問題として扱い、中国が領有権を主張することは妨げない」という打開案を提示したという。
かつての社会党が打ち出した自衛隊の違憲合法論のように何が言いたいのかわかりにくい話だが、これまでの、尖閣諸島に関する領土問題の存在を認めないことをもって、公式には、外交問題であることさえ認めてこなかったことに較べれば、現実的な対応に大きく舵を切ったとは言えるだろう。
中国側はこの打開案をベースにした自らの打開案を詰めて欲しい。
私は、日本政府が中国政府に提示した打開案をよりわかりやすく、「日本は、領土のなかに中国が領有権を主張している領域があることを認め、外交問題として適切に取り扱っていく」といった表現を落とし所にできれればと思っている。
いずれにしても、「棚上げ」といった宙ぶらりんで曖昧なままの合意はすべきではない。
● 尖閣諸島領有権問題に関する「棚上げ」論について
国会議員をやめた有力政治家が、72年の日中国交正常化交渉時の経緯(情報)に基づき、尖閣諸島の領有権問題について日中間で「棚上げ」の合意がなされているといった説明を中国で行っている。
鳩山氏はともかく、自民党の元有力政治家のそのような言動は、安倍首相の意向をまったく無視したものとは思っていないが、言語明瞭ながら意味不明という説明でしかないと思っている。
「棚上げ」という言葉は問題の先送りでなんとなく重宝な表現だが、尖閣諸島を棚にのせてしまうわけにはいかず、厳としてあの場所に存在し続けるわけだから、実効支配する権利をどこが有するのかという現実の問題を「棚上げ」することはできないからである。
「棚上げ」は、尖閣諸島に対する領有権の未確定を意味するわけではなく、現状を暗黙裏に認める表現だと受け止めている。
中国側は、71年に出した日本の領有に対する異議を維持しつつも、日本の実効支配(表見的領有権)を認めるというのが「棚上げ」の真意だと思っている。
しかし、そこはアジア的阿吽の呼吸で、99年に締結された日中漁業協定でも、領海を除く尖閣諸島の経済水域での中国漁船の漁を認めている。日本は、十二分に中国に対して配慮をしてきたと言えるだろう。(だからこそ、中国政府は10年9月の中国漁船拿捕を漁業協定に反する行為とみなし激怒したのである)安倍政権は、今年3月に締結した日台漁業協定で、台湾に対しても同様の特権を付与している。
X氏も、「田中首相と周恩来首相の“棚上げ合意”は、田中−毛沢東首脳会談の議題をめぐる準備協議で出てきたもの」という私の見方に対し、「??? 内政や外交といった国務を取り仕切るのは、国務院総理の周恩来の役目でしょう。
確かに「最終的な意思決定者」は毛沢東かも知れないが、それは、精々、皇帝とか旧憲法下の天皇みたいなもの。
だからこそ、田中ー毛会談の冒頭に「もうケンカは済みましたか?」のセリフが出て来るのであって、田中ー周会談の(喧々諤々の挙句の)結果なり成果を、「最終的な意思決定者」として(儀礼的に)承認した、ということでしょう。
しかし、こんな初歩的・基本的な事柄をご存知ないのだから、アナタがこういった問題を論じる能力の有る方なのか、疑問に思いますね」と批判してきた。
X氏の指摘は見当外れだと思う。周恩来首相と田中首相は、尖閣諸島問題について中身のある実質的な話し合いを行っていないからである。
二人の打ち合わせは、田中−毛の首脳会談に先立ち落とし所を事前に調整するという意味合いが濃いが、尖閣諸島問題については、田中発言を受けるかたちで議題とするかしないかを話し合ったというレベルでしかない。
尖閣諸島問題は、周恩来首相が、日本側に気を遣ったのか、日本側にへそを曲げられたら困ると考えたのか、議論になれば不利だと考えたのか、議論しても平行線で決着はつかないと見通したのか、毛沢東に話し合う気がないと知っていたのかなど、真意の推測はともかく、議題にしなかった理由はわからないが、内容を伴う話し合いはなされていないのである。
(田中首相は自ら尖閣諸島問題を持ち出したのだから、日本側は議題にしてもいいという考えがあったと推測できる)
また、毛沢東の「もうケンカは済みましたか?」という発言は、定説に従えば、日中戦争の総括や日本側の反省をめぐるものであり、尖閣諸島領有問題に関するものではない。
ついでの説明になるが、「内政や外交といった国務を取り仕切るのは、国務院総理の周恩来の役目」というX氏の見方も、中華人民共和国の権力構造や憲法さらには文化大革命の渦中という歴史的背景に照らせば、そうは言えないものである。
国務院は、中国共産党政治局(常務委員会)など党の恒常的政策決定機関が決めた政策を実施に移す行政機構のトップであり、それを総括し調整するのが首相である周恩来(彼も政治局常務委員会メンバー)の役割である。
いずれにしろ、今もそうだが、国務院に付与されている決定権限は、憲法に指導的地位であることが明記されている共産党中枢が決めた範囲内のことでしかない。
さらに、当時は文化大革命の渦中にあり、従来の党組織系列(政治局常務委員会から各地各組織の党委員会)・国務院を中央とし階層になっている地方行政機構・文革小組の系列(中央の文革小組を頂点とした各地各組織の革命委員会)の三つが並列する混乱状況にあり、国務院機構のみならず、党の階層組織までが機能不全に陥っていた。文革派といっても、内部に対立を抱え武闘さえ行っていた。
付け加えれば、文革に対する曖昧な態度が指摘される一方中間派をつなぎ止める調整的役割と考えられていた周恩来首相は、文革派=毛沢東派に放逐される可能性さえあった立場で、一人で重要事項を決定できる権限はほとんどなかったと言えるだろう。
もう一つオマケとして、「確かに「最終的な意思決定者」は毛沢東かも知れないが、それは、精々、皇帝とか旧憲法下の天皇みたいなもの」という見方も、文化大革命という熾烈な内部闘争を発動し勝ち上がってきた当時の毛沢東に対する評価としては卑小で誤りである
文化大革命を発動する前、大躍進政策の失敗で失権状態に近かった毛沢東についてならそのようにも言えるが、田中訪中時の毛沢東は、猜疑心にあふれ用心深く厳しい最高政治権力者として君臨していた。
72年の田中−周両首相の“裏話”として持ち出されることが多い尖閣諸島領有権問題の『棚上げ』合意は、あくまで、田中−毛の首脳会談では議題にしないという意味での「棚上げ」であり、続く、日中平和条約締結時のそれも条約で触れないという意味の「棚上げ」である。
『棚上げ』は、議題や条文の対象にしないという合意だから、時間軸的にとりあえずのことであるとしても、尖閣諸島の現状を追認したことを意味すると解釈するほかかない。
「棚上げ」は、けっして尖閣諸島の領有権未確定を意味するわけではなく、日本の領有(実効支配)という現状を暗黙裏に認めることを意味するものなのである。
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