http://www.asyura2.com/13/senkyo151/msg/605.html
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一兵卒の戦場―龍陵会戦 NHKスペシャルより
イル・サンジェルマンの散歩道 July.22.2013
http://billancourt.blog50.fc2.com/blog-entry-988.html
古山古麗雄の著作からの引用と、元兵士の証言から書き起こしたものです。
http://www.youtube.com/watch?v=2o8haj5wVFE
「下級兵士はただ従うしかなかった。しかし生きた捕虜を銃剣で殺せという命令。耐え難かった。今でも夢に見る」。
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「死を痛ましいと思う気持ちは短く、忘れるのは早い」(古山)
「歩兵は消耗品。死ななければ帰れない。悔しさ通り越してむなしい」。
「勝算もないのに攻撃命令がだされ、その度に戦死傷者がでた」。
「死んだのは下級兵。ただ命令に従って死んだ」。
「下級兵士は、自分が人間であることを主張することも出来ない。屈辱に鈍感になってくる」(古山)。
「一兵卒には、戦争の全体は知る由もなかった。初めから仮定のない戦場に送られた」(古山)。
「必勝の信念と大和魂(日本軍)と、必勝の態勢(中国軍)の闘いだった。勝てるわけがない。しかし勝てないと解っていても、日本人がもたなければならないものがあった」(古山)。
「守備隊長の訓話―敵を30人殺さなければ、死んではならない」。
「両腕を失えば両足、両足を失えば噛み砕いて、敵を倒すべし。戦場を墓場とし、陣地を死守すべし」。
「敵陣に倒れ、死んで神となる。男子、無上の光栄なり!」
「守備する陣地に大量の敵軍が押し寄せてきた。このままでは殺されてしまうと、命からがら後退したら、司令官が無断撤退は死刑に値すると軍刀を抜いた」。
「惨死を散華という。全滅を玉砕という、そういう言い換えをしたのは、誰だ?」(古山)。
「このまま戦死した戦友たちを置いて去っていいのか?我々だけで去っていいのか?思いでというより、頭にこびりついている」。
「目の前で。戦友が戦死したんですよ!生還しても、囚われ続けています」。
「戦場での自分の手記が書かれている例は、夥しい数に上る。しかし手記を書くと言うことはどういう事だろうか?」(古山)。
古山古麗雄「生き残った者は、戦死者に対し、どのような思いをもてばよいのか?その答は、私には出せない」。
「戦争という巨大な環境で、自分の運命も軍に任せるしかないのだという考えに流される。運命の翻弄される人間の軽さ、しかし人間である以上、ものを考えることのできる動物の重さを感じる」(古山)
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<参照>
古山高麗雄 ふるやま-こまお(デジタル版 日本人名大辞典+Plus)
http://kotobank.jp/word/%E5%8F%A4%E5%B1%B1%E9%AB%98%E9%BA%97%E9%9B%84
1920−2002 昭和後期-平成時代の小説家。
大正9年8月6日朝鮮新義州生まれ。昭和17年応召,ラオスで終戦をむかえ戦犯容疑にとわれる。22年復員し,編集者となる。45年戦争体験にもとづく「プレオー8(ユイツト)の夜明け」で芥川賞。48年「小さな市街図」で芸術選奨新人賞。平成6年「セミの追憶」で川端康成文学賞。日常にひそむユーモアと虚無をえがく独自の作風で知られた。平成14年3月14日自宅で死去しているのを長女に発見された。11日ごろ死去。81歳。第三高等学校中退。
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