01. 2013年7月24日 15:41:17
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【第289回】 2013年7月24日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 大敗・民主党、2つの敗因と今後の行方 資質が高い鈴木寛氏はなぜ落選したか 「民主党」のマイナスのブランド価値 7月21日に行われた参議院選挙で、民主党は当初の予想通りの大敗を喫した。今や、「民主党公認」という肩書きは、候補者にとってマイナスのブランド価値となっているように見える。 選挙情勢を分析し、また選挙運動の手応えから、候補者もたぶんこのことを認識していた。 参院選の東京選挙区で立候補した鈴木寛氏の選挙公報の一部。左下に、ごく小さく印刷された「民主党」の文字が見える 右の写真は、東京選挙区で立候補した鈴木寛氏の選挙公報の一部だが、左下にごくごく小さい字で「民主党」とある。この党名の文字の大きさは、東京選挙区で政党の公認を受けた候補者の中で、最も小さかった。
そして、党名よりも大きな文字で、目立つ場所に「党派を超えて協力し対話し」と表記されている。鈴木氏は「民主党」をできるだけ目立たせずに、本人の資質と主張とで戦おうとしていたように見える。 筆者が思うに、鈴木寛氏の候補者としての資質は申し分ない。現職だし、文部科学副大臣を2期務め、東京オリンピック招致にも関わってきた。東大法卒、通産省、国会議員の経歴も申し分ないし、1964年生まれと十分な若さもある。 しかも、民主党は、終盤に候補者を鈴木氏に一本化して、応援に力を入れた。推薦人となった有名人の顔ぶれも豪華だ。ちなみに、どのくらい役に立ったかわからないが、東京は海江田万里民主党代表のお膝元である(氏は東京一区選出の衆議院議員だ)。 「民主党」の現在のブランド価値がよりクリアにわかったのは、岩手選挙区(当選1人)だろう。 ここは、過去には小沢一郎氏の影響力が強い俗称「小沢王国」と言われるような選挙区だが、今回は民主党を離れて無所属で立候補した平野達男氏(元復興相)、民主党公認の吉田晴美氏、小沢氏率いる生活の党の関根敏伸氏の3人に、旧民主党勢力が分裂した。 今回の選挙の勢い・流れを考えると、自民党の候補が勝ちそうに思うところだったが、結果はそうならなかった。大差をつけて、無所属の平野氏が当選したのだ。以下、2位が自民党、3位が生活の党で、民主党の候補は4位だ。 「民主党」というブランドが候補者にとってマイナスになっていること、思い切って民主党を離れると、候補者によっては大いに支持してもらえることが、岩手選挙区を見るとよくわかった。 この他、方々で民主党候補が惨敗ないし大苦戦したのは、読者もよくご存知の通りだ。 民主党の敗因その1 「約束のできる相手」と見られない 今回、かくも「民主党」が嫌われた原因は2つある。 1つには、消費税増税でついた「嘘」の総括をしていないために、民主党が有権者に「約束のできる相手」だと認識されていないことだ。 民主党政権は、「やる」と言っていた普天間基地の県外移設も、年金制度改革もやらずに、「やらない」と言っていた消費税率引き上げに邁進した。これを「我々は嘘つきだった。もうしません」と言って謝るところから始めなければ、有権者は民主党を「信じる」ことができない。 もう一度、鈴木寛氏の選挙公報を見てみよう。 よく考えると、「党派を超えて対話し協調し」と言われた段階で、有権者は民主党候補の何を信じたらいいのかが、わからなくならないか。 党派を超えたいなら、始めから無所属で立候補すれば潔いし、候補者が党派の意見をどう思っているのか、それでもその党派に所属するのはなぜかということが知りたくなる。 候補者1人1人に責任を問うのは酷な面もあるが、民主党は何をしようとしていて、自分はそれに責任を持って賛成なのか、また民主党に何を約束させるのか、という点をもっとはっきりさせるべきだった。 党の公認を得て、党からお金をもらい、それでいてイメージ上は党と距離を取るという選挙戦略には、そもそも無理があった。 鈴木寛氏は、次の機会に国政に復帰できる人材だと思うが、今回に限って言うなら、「民主党」の看板を付けて当選しなかったことが、有権者のためでもご本人のためでもあったのではないか(落選はまことにお気の毒なのだが、筆の勢いとしてお許しいただきたい)。 企業にたとえると、現在の民主党の状況は、不祥事を起こした企業のような状態なのだ。「実は、あれでも問題はなかったし、むしろ良かったのだ」と言い訳するよりも、何はともあれ「嘘をついたのは悪いことでした。もう少なくとも嘘はつきません」と経営者がはっきり言うべきだったのだ。それで許されるかどうかは、やってみなければわからないが、それなしで済まないことが確実なのだ(注:本段落の全ての文の文末が「のだ」で終わっていることは、偶然ではない)。 そして、もちろん、次に何をしようとしているのか、党として見解をまとめて「約束」を提示する必要があった。 もう1つの敗因 アベノミクス批判に表れた「経済無知」 民主党のもう1つの敗因は、彼らの「アベノミクス批判」に表れた経済政策への無知であった。 今回の選挙では、いわゆる「アベノミクス」に対する賛否が問われていたが、単純に賛成・反対を決めて大声で怒鳴るといいというものではない。 民主党は、アベノミクスによってもたらされたここまでの状況について、株価は上がったが、これで儲かるのは主として金持ちであり、円安になり一部の物価が上がっているのに多くの人の賃金は上がっていないのであり、弊害が出ている、と主張して、アベノミクスを正面から批判した。 アベノミクスを部分的に肯定したり、不足を衝いたりする戦略もあったはずだが、民主党はアベノミクスを全面否定する戦略を採り、これが裏目に出た。 確かに、賃金は「全般的には」まだ目立って上がっているわけではないのだが、先の批判は、経済政策の波及経路に対して無知で、あまりに皮相的だ。 まともな経済政策が動き始めたのに 貧乏神の民主党に力を与えてはまずい アベノミクスの中核である金融緩和政策は、(1)期待実質金利を引き下げることによって、(2)円安と資産価格の上昇に働きかけ、これらの効果をもって(3)投資と消費を喚起して、(4)景気回復と雇用の改善につなげて、その後に(5)賃金も上がってインフレ予想が定着する、という波及経路で効果をもたらす。現在、(2)から(3)にさしかかって来た段階だ。 有権者の多くは、波及経路を正確には知らなくても、経済の状況が少なくとも民主党政権時代よりは改善していることと、その小さからぬ要因が円安と株価の上昇にあることを「感じて」いる。この状況で、民主党政権時代の経済政策を棚に上げて、アベノミクスの全面否定をしても共感は得られない。 有権者の多くは、やっとまともな経済政策が動き始めて、株価も上がり少なくともムードは良くなったのに、また貧乏神的な民主党に力を与えてはまずいと思っただろう。 民主党は、黒田日銀総裁に国会で同意したのだから、金融緩和政策に対する支持を堂々と語ってよかったはずだし、緩和の弊害云々をあげつらうのはむしろおかしな物言いだ。 今回の選挙に直接関係ないが、アベノミクスに関して、2点指摘しておきたいことがある。 現段階では、大多数の勤労者の実質賃金が上がっていないことはその通りだが、これはアベノミクスの弊害というよりも、むしろ狙い通りの途中経過だ。しかし、円安と株高による景気の改善は、雇用市場の弱者に対して支援になっているはずだ。 大多数の勤労者が実質賃金の低下を甘受して、労働市場の弱者がメリットを得る(一種のマクロ経済的なジョブ・シェアリングだ)。そして、失業率が低下すると、やがては賃金が全般的に上昇し、マイルドなインフレ期待につながる、という経路が期待される。 民主党は、「正社員倶楽部」であるところの、労働市場の強者である労働組合を有力な支持母体としているから、労働市場の弱者の状況改善を重く見ないのかも知れないが、経済政策に対する理解が浅い。 また、アベノミクスは成長率とインフレ率の改善に重きを置いた政策で、再配分政策や社会保障政策を含むものではない。この点には、与野党共に政策を付け加える余地があり、特に自民党の今後の社会保障政策には注目したい。 金融緩和策を肯定した上で 成長戦略を批判すべきだった ただし、「再配分」の前の段階として、経済を成長させることが重要であり、成長に反対しては上手く行かない(現在の金融緩和政策に反対するのは、実質的にそういうことだ)。成長の促進と再分配の改善は、それぞれに取り組むべき重要問題だ。 民主党としては、アベノミクスの金融緩和政策を肯定した上で、自民党の成長戦略(「第三の矢」)が既得権を十分突破していないことを批判し、さらに、年金制度の改革など社会保障・再分配の政策を提案すればよかったのではないか。 オリンパス型と雪印型ならどちら? 民主党は「再建」か、「解体」か 先に述べたように、民主党は信用の危機に瀕し、売上が急減しているような不祥事企業に近い状況だ。 まだ倒産していないし、当面の資金はあるので給料が出ているから、多くの社員は残っているが、顧客が急速に離れ、社員の流出があり、社内は派閥に分かれ、社長候補の多くは今泥を被りたくないと思っており、現在、器でない人物が社長としておろおろしている。 社長の権威は失墜し、たとえば元社長の暴走を止めることもできない(注:東京選挙区で公認候補者以外の候補者を支持した菅直人氏の行動を指す)。 問題は、民主党の今回の信用喪失が、同じ不祥事企業でも、オリンパス型なのか雪印食品型なのかの見極めだ。 オリンパスは長期にわたる大規模かつ意図的な粉飾決算を行い(当事者に執行猶予が付いたのは不可解だった)、投資家の信用を失い、財務的にも苦しくなったが、医療用内視鏡ビジネスの基盤と製品への信用は失わなかった。 一方、2000年の集団食中毒事件に続いて2002年の食肉偽装事件に関わり、雪印食品は顧客と社会から信用を失い、事業が解体された。たとえば、牛乳・乳製品・ヨーグルトなどの事業はジャパンミルクネットと事業統合されて、日本ミルクコミュニティ(ブランド名「メグミルク」)として分社した。 民主党の苦境は、オリンパス型なのか、雪印型なのか? 残念ながら、筆者は雪印型だと判断する。 「政党」というビジネスの主力商品は「政治家」だ。その性能は、立法能力、政府のマネジメント能力であったり、有権者の意見を届ける代表能力であったりするが、今回、「約束ができない政党」として不信を買った民主党は、乳製品や食肉製品にごまかしがあるのではないかと疑われた雪印食品の立場に近い。 普通に考えるなら、社員の独立(無所属に、ないしグループで分党)、部門ごと売却(グループ単位で他党に統合してもらう)、といった形で、まだ残存価値のあるビジネス(政治家)を「民主党」という腐ったブランドの外に出すことが普通の対処方法だ。 あるいは、債務を整理して、トップを変えて、放漫経営を改めてコストカットを行い、再建に成功したJAL型は期待できないか。 民主党の後見人的役割をしていた 稲盛和夫氏に再建を頼んだらどうか この場合は、菅直人氏、野田佳彦氏のような失敗の責任者たちを追い出し、やらないと言っていた消費増税を行った「嘘」を民主党所属の政治家全員が真剣に詫びるところから、始める必要がある。 そう言えば、JALを再建したのは稲盛和夫氏だった。同氏は、民主党の後見人的役割をされていたことがあるから、いっそのこと、全て同氏の指示に従うという前提条件付きで、名誉党首にでも就任してもらって、再建に取り組むか。 しかし、これまでに民主党で起こったことは、菅政権、野田政権で官僚たちに取り込まれた主流派の人々が、消費税増税に反対だった人々を追い出す「純化」路線だったのだから、むしろこれとは逆方向に動いてきた。 民主党内の個々の政治家にとっても、日本の政治にとっても、現実的で望ましいのは、現在の単位での民主党の再建ではなく、同党の早期解体によって民主党内の個々の政治家を活かすことではないか。もちろん、政治家お1人お1人の選択にかかっているが、筆者は後者での早い動きを期待している。 |