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本欄で何度も強調してきたが、間近に迫った参議院選挙が、今後の改憲問題の帰趨に重大な影響を及ぼすことはいうまでもない。 この状況を明らかにするために、この間の憲法審査会の審議を概括しておきたい。
(1)
「憲法改正」 を自己の使命と自負する第2次安倍政権下で開催された第183通常国会では、衆参両院の憲法審査会を舞台にして憲法論議が行われ、 衆議院で11回、参議院で6回、計17回の実質審議が行われた。
今国会の冒頭で安倍首相が96条先行改憲論を展開したことに危機感を抱いた多くの市民が毎回多数、傍聴に詰めかけ、 第96条がテーマとなった5月9日の衆院審査会においては、立ち見もでて傍聴人の入れ替え措置がとられる寸前にまでなったほどだった。
しかし、その審議の実態は、例えば衆議院憲法審査会では自民党委員の出席率があまりにも悪く、 その 「本気度」 が疑われるような目に余る事態が繰り返された。 最悪の例は自民党が東日本大震災などを口実にして憲法に導入しようとした 「緊急事態」 条項がテーマとなった5月23日の衆院審査会で、 50名の委員中、31名いる自民党委員の出席はしばしば10数名になるという事態で、「委員の半数以上」 とされる審査会の定足数が割れそうになり、 共産党の笠井亮委員が大声で審査の中止を要求したほどであった。出席していても大口を開いて熟睡している委員もいる始末だ。 衆院審査会の保利耕輔会長(自民党)は会議終了後、自民党の船田一筆頭幹事に 「欠席の場合は代理を出席させよ」 と命令、 船田幹事は自民党の全委員に異例の文書を送付した。このように、ひんぱんな憲法議論を重ねたという実績は作ったが、 決して熱心に行われたとは言い難いものがあった。
安倍政権下の憲法審査会は3月から始まり、衆議院では前民主党野田政権下で始まった 「憲法全文のレビュー(見直し)」 が第4章までで中途半端になっていたのを引き継ぎ、再度、4章までをわずか2回で終え、その後、各条章のレビューを6回行った。 この審議を推進した自民党の狙いは、ともかく憲法審査会で憲法全章のレビューをやり終えて、改憲案の審議への道を開くところにあった。 その後、「レビューをやる」 との幹事会での約束を破り、現行憲法にはない 「緊急事態条項」 について1回、改憲手続き法の 「3つの宿題」 について2回、 審査会が開かれた。
参議院では参考人質疑も交えて 「2院制」 について3回、「新しい人権」 について3回行われた。
これらの憲法審査会の議論を経て明らかになったことがいくつかある。
第1に、第1次安倍政権が失敗した 「9条改憲論」 ではなく、第2次安倍政権では 「96条先行改憲論」 で臨んだが、 憲法審査会内外で96条改憲論への暴露が広く展開され、その破綻が明らかになった。 安倍首相の96条先行改憲論には、参議院の審査会に参考人で出てきた改憲派の論客・小林節教授(慶応大)らまでが反対し、 護憲派の社民党、共産党だけでなく、連立与党の公明党も消極論で、民主党、生活の党、みどりの風などからも相次いで反対意見が表明された。 各種の世論調査でも96条改憲に多数が反対している。
第2に、議論の終盤には公明党だけでなく、自民党の船田筆頭幹事までが96条先行改憲論に消極論を唱えるなど、与党内の矛盾も露呈し、 また96条改憲論のみんなの党が政府機構先行改憲論をとなえ、独自性を示そうとしたことなど、改憲派のなかの矛盾も顕在化した。 その結果、安倍首相は 「このままでは国民投票で負ける」 とぼやくにいたり、公明党などが応じそうな 「9条改憲ではなく、 環境権などとの抱き合わせ96条改憲」 という憲法の体をなさない改憲論に傾くにいたった。
第3に、参議院の議論では維新の会やみんなの党をのぞく、自民党まで含めてほとんどが現行憲法の 「2院制」 維持派だったことや、 参考人らが 「新しい人権」 は法的措置でやるべきなどの議論が多く、必ずしも改憲論に誘導されなかったこと。
第4に、第1次安倍内閣が改憲を急いで、審議不十分なまま強行成立させた改憲手続き法の矛盾が表面化したこと。 とくに18歳投票権に至っては、選挙権や民法改正との同時実施を要求している同法附則が定めた規定に違反する違法状態にあり、 この点で民法を管轄する法務省、選挙権を管轄する総務省などの足並みの乱れが露呈した。 現行法制のままでは国民投票は実施できないことから、維新の会が国民投票のみ切り離し実施の主張を強め、法案も提出しており、 自民党もこれに傾いている。いずれにしても、参院選後、この 「宿題」 に取り組まなくてはならなくなっている。
第2次安倍内閣の下で進められてきた両院の憲法審査会で明らかになったことは、 安倍首相ら改憲派は先の衆院選で改憲は次に必要な3分の2以上の議席をとり、今度の参院選を通じても3分の2以上をめざしているが、 まず96条先行改憲戦略でつまずき、その前途は容易ではない状況にあるということだ。
(2)
改憲論議を積極的にリードしてきた衆議院憲法審査会は、参院選挙後、改憲手続き法の 「改定」 に着手しようとしている。 すでに日本維新の会が同法改定案を提出しており、自民党もこれに賛成する方向だ。 改定案は選挙権と民法の成人年齢を同法から切り離して、憲法改正国民投票の選挙権のみ18歳に設定しようとしている(18歳選挙権の実現は当然だが、 私たちはこのように事実上破綻した改憲手続き法の出直しを要求する)。
その上で、憲法審査会では改憲案の審議になる。この改憲案がどのようなものとなるか、それは参議院選挙の結果とも大きく関わることであるが、 自民党は現在の自公連立政権の下での憲法改定を企てる可能性が大きい。 自民党にとって改憲という難事業を進めるには、安定した政権運営が不可欠であり、 また改憲国民投票を想定すれば創価学会を背後に持つ公明党の組織力も不可欠である。
維新の会やみんなの党は組織政党ではないだけに不安定だ。自公連立を解消し、維新の会、 みんなの党などの改憲勢力と手を組んで改憲に挑戦するのは自民党にとって上策ではない。 まして現状では、公明党の支持がなければ小選挙区で自民党が圧倒的多数派になるのは困難である。
自民党は容易に自公連立政権を解消できない。安倍首相らが 「96条改憲先行」 論を背後に押しやった要因はここにある。 自民党にとって公明党の支持のない改憲は事実上、不可能なのだ。自民党は公明党のいう 「新しい人権」、 あるいは9条第3項で 「自衛隊を明記する」 加憲と抱き合わせの 「96条改憲」 論を受け入れざるを得ないのである。
いずれにしても衆議院憲法審査会は幹事会や審査会の場を通じて憲法改正条項をまとめようとする。 自民党の船田幹事らが言うように、改憲案の策定の過程で衆参の両院の合同憲法審査会なども開こうとするに違いない。
まず来る参院選で自民党や、維新の会、みんなの党などの96条改憲を推進する勢力が3分の2以上の議席を確保できるかどうかは、 当面する憲法闘争において決定的である。社民党、共産党の護憲政党に加えて、96条改憲に反対を表明している民主党、生活の党、みどりの風などが、 参議院で3分の1以上の議席を占めることができるかどうか。
そして参院選後、世論を背景に、公明党のいう 「新しい人権」 などとの加憲と96条抱き合わせ改憲に反対する課題が焦点になる。 広範な市民・民衆の運動を背景にした96条改憲から9条改憲に向かう改憲推進と反対の死活を賭けた綱引きが始まることになる。 私たちはこのたたかいに勝ち抜かなくてはならない。
(「私と憲法」 144号所収)
http://www.news-pj.net/npj/takada-ken/038.html
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