06. 2013年6月06日 09:11:56
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【第37回】 2013年6月6日 山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員] 長期金利上昇が消費増税議論に飛び火 黒田離反から始まる安倍・麻生対立 安倍政権の足下で「消費税増税の可否」に火がついた。首相側近のリフレ派学者は「増税は景気回復が確かなものになってから」と、来年4月に予定する8%への引き上げを見送るべきだ、と言い始めた。 一方、財務省は「国際公約にもなった消費増税を先送りしたら日本経済の信用は一気に失われる」と一歩も引かない構え。内部対立を顕在化させまいと議論は封印されたが、背景には経済観の違いがあり妥協は容易ではない。首相側近と財務省の深い溝は、安倍・麻生の抗争に発展する可能性さえ秘めている。 黒田発言の真意はどこに 注目されるのは財務官僚OBでありながらリフレ派に理解ある黒田東彦日銀総裁の去就だ。その黒田総裁が、5月26日の講演で、こう述べた。 「財政の持続性に対する懸念を生じさせないためにも、政府における財政構造改革に向けた取り組みを着実に進展させてゆくことが重要です」 その前段では、長期金利の上昇が銀行経営を圧迫する恐れがあると指摘している。経済状況が改善しないまま、財政への不安から長期金利が上がると国債に評価損を発生させ、大量に国債を抱える銀行の経営を圧迫する、と説いた。黒田のスタンスが、微妙に財務省側に移っているように読める。 アベノミクスの第二の矢は「機動的な財政」だ。第一の矢である「大胆な金融緩和」で市場に大量の日銀マネーを流し、財政出動で有効需要を創って景気を押し上げよう、というシナリオだった。その矢先に「財政構造改革」である。放漫財政はダメ。つまり「財政出動するなら消費税増税をちゃんとやってくださいね」という意味が言外に込められている。 白川総裁のころから日銀は「政府がインフレ目標を定めろ、というなら、政府は財政規律を守る約束を」と求めていた。安倍政権はこれを認めず、デフレ脱却には思い切った政策が必要で、財政規律などというネガティブな条件は要らないと強気だった。 中央銀行である日銀が、政府の領域である財政に口出しするのは越権行為とも言われかねない。にもかかわらず黒田総裁が踏み込んだのはなぜか。 「日銀の担当者が書いた講演原稿を深い意味を考えずに読んだだけ」という説がある。果たして黒田は、さりげなく埋め込まれたキーワードに気づかなかったのだろうか。 政治家なら官僚の振り付けに乗ってしまうことがよくある。だが黒田はそれをやってきた官僚である。 「日銀総裁になれば、総裁として何をし、何を言わなければならないか、おのずと分かる」と日銀OBは言う。 総裁の座を射止めるまでは「おっしゃる大胆な金融緩和をします」とにじり寄った。就任と同時に異次元の金融政策を披露し世間を驚かし、首相を喜ばせした。これからは過ちなく舵取りを進めなければならない。そこで起きたのが予想外の長期金利の上昇だ。 巨額の日銀マネーを市場に流し込めば、長期金利は下がるはずだった。 黒田緩和が長期金利反転に火 財務省のホームページに「日本の利払い費と公債残高」の図表がアップされている。昭和50年(1975年)から国債残高、国債金利、その年の利払い費をグラフで示している。 2012年の国債残高は713兆円ある。バブル崩壊直後の1992年は178兆円だった。20年で535兆円も膨らんだが、92年は10.8兆円あった利払い費が、2012年は8.4兆円しかない。金利が下がったからだ。20年前は5.8%だった長期金利が今や1%台に下がった。 20年余つづく長期金利の低下で、借金の重圧は驚くほど軽くなっている。だが金利が上昇に転ずればどうなるか、このグラフは財政の危機的状況を物語っている。 国債市場には自律機能があるという。過度な発行が続くと、市場は危ないと感じ取り金利が跳ね上がる。それが今起きているのかもしれない。 金利を一段引き下げるはずの黒田緩和が反転に火をつけた。市場はいつまでも金利低下という一方向に動きつづけるものではない。 キーワードは「財政ファイナンス」 キーワードは「財政ファイナンス」。日銀マネーの大量流入は、銀行が保有する国債を日銀が買い上げた対価である。国債を吸い上げられた銀行には、国債を買う余力ができる。政府−銀行−日銀という連鎖で国債は、市場を媒介に日銀に集まる。黒田総裁は「発行される国債の7割は日銀が引き受けることになる」と言っている。 政権をとる前のことだが安倍首相は「日銀が輪転機をじゃんじゃん回し、お札を刷って国債を引き受けてもらう。そのおカネで公共事業をしてデフレからの脱却を果たす」と訴えた。 日銀がお札を刷って財政をファイナンスする。戦時中のように政府発行の国債を日銀が直接引き受けることはしていない。だが市場を通じて借金を肩代わりするなら、同じことである。 いわゆる「日銀の国債引き受け」と、いま行われている景気刺激、デフレ脱却のためのオペ(公開市場操作)が別物だとすれば、「財政節度が守られているか」にかかっている。財政に歯止めさえ掛かっていれば、日銀は大胆な緩和をつづけることができる。 その歯止めが安倍政権で怪しくなった。消費増税の先送りは象徴である。 水と油の寄り合い所帯 参議院選挙後に始まりそうな党内抗争に話を進める前に、安倍政権の経済運営の構造を吟味しよう。 実務は霞ヶ関が仕切る。マクロ政策は財務省、成長戦略や産業政策は経済産業省が軸になっている。だがアベノミクスの金融緩和は官僚主導ではなく、政治主導だった。自民党が政権から離れていたころ安倍首相の下に集まった新自由主義・リフレ派の学者らが吹き込んだ政策である。浜田宏一イェール大名誉教授、本田悦朗静岡大学教授、竹中平蔵慶大教授などは安倍側近として政策を進言する。 日銀総裁の人選が象徴的だった。財務省は武藤敏郎元財務次官を送り込もうとしたがリフレ派に拒否された。逆に財務省は側近の政策介入に神経を尖らす。首相が竹中氏を経済財政諮問会議のメンバーにしようとした時は、麻生財務相が阻止した。竹中氏は産業競争力会議のメンバーになり、成長戦略に関与する。浜田、本田両氏は内閣官房参与として首相官邸に席を持つ。 もう一つの勢力がある。藤井聡京大教授を中心とした国土強靭化を主張するグループ。公共投資に重点をおく新ケインズ主義で、自民党に根を張っている。 安倍政権は@財務省、A新自由主義、B新ケインズ主義の三本足の上に成り立っている。@は財政健全化、Aは消費増税先送り、Bは財政膨張。水と油の寄り合い所帯だ。 金融緩和でいち早くデフレから抜け出せれば、政権内部の争いもなくことを進めたかもしれない。アベノミクスは滑り出し上々だったが、株価の下落、長期金利の上昇という波乱に見舞われている。 リフレ派は緩和をさらに強め長期金利をねじ伏せ、消費増税を先送りしてでも経済を安定成長軌道に乗せようとしている。国土強靭化を主張するグループは、参議院選挙を前に公共事業の積み増しに熱心だ。 容易ではない増税の決断 財政の問題を脇に置いた日銀マネーの大量投入は何を招くか。インフレを期待して株価上がれば長期金利が跳ねる。株が急落すれば景気への期待感は萎(しぼ)む。 消費増税の先送りは政権にとってリスクが大きい。日本の国債大量発行は、潤沢な国内貯蓄があることを前提に国際市場で許容されてきた。いわば増税の代わりに貯蓄を国債購入に回すことで持続可能とされてきたのである。それが、機動的な財政出動という名のもとに貯蓄に手をかけた途端に増税先送りとなったら、外資の格付け機関はこぞって日本国債の格下げを行うだろう。国債の信用が損なわれる。 「ヘッジファンドなど国際的な投機集団が虎視眈々と狙っている」と財務省幹部はいう。 「国債暴落」は最も分りやすい説得の仕方で、政治家を震え上がらせるのに有効な手段だ。あながち否定できないだけに、首相も先送りの決断は容易でないだろう。 景気回復が囃された米国でも株式市場が不安定になった。金融緩和にブレーキが掛かる、という憶測だけで株が下がる。景気回復の実態も怪しくなっている。 金融緩和が結果を出せないまま、消費税増税に踏み込めるのか。円安で輸入物価が上昇しているのに消費税を引き上げることに、政治的なためらいはあるだろう。景気や有権者への配慮から、更なる財政の拡大が自民党から求められるだろう。 増税を強行しても財政リスクは高まる。消費税増税の扱いはどちらを採っても苦しい選択になる。4〜6月の経済指標を見て秋口には結論を出す、という段取りは難しくなるだろう。結論を出さないままずるずる先延ばしすると、市場に不信が広がる。財務省が担ぐ麻生財務大臣が動く機会をうかがっている。 財政に危機感を募らす財務省は、近年政治への接近を一段と強めているように見える。民主政権の末期、菅直人氏に変わる総理に野田佳彦氏を担いだような事態が起きるかもしれない。
【第7回】 2013年6月6日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] 円安は、一部輸出産業の利益を増やしただけ むしろ悪影響の企業も多かった アベノミクスは、「将来に対する人々の期待が好転すると、実体経済活動もそれに引かれて好転する」という効果を狙っているとされる。 2012年の秋以降円安が進展し、これによって企業利益が増加したため、株価が上昇した。今後は、設備投資や雇用が増加するという。では、こうした効果は、本当に働くだろうか? 6月3日に公表された財務省の法人企業統計は、円安がかなり進んだあとの13年1−3月期の企業活動について、詳しい姿を伝えてくれる。このデータは、期待による経済活性化効果が本当に生じているのかどうかを検証するために、きわめて重要な情報となる。 以下で述べることを要約すれば、つぎのとおりだ。一部の輸出産業では円安によって利益が増大したが、それは売上増を伴わないものだった。輸出産業であっても、輸入原材料が多い産業では、1−3月期の利益はかなり大きく減少した。 また、売上が増加していないため、円安のメリットを直接に享受できない小企業では、利益は著しく減少した。 将来の生産増を期待することができないので、企業の設備投資は、減少を続けている。つまり、最も重要な期待メカニズムは、現実の経済では働いていないわけだ。 輸出産業では、円安によって増益 法人企業統計によると、2013年1−3月期の全産業の経常利益は、対前年同期比6%増となった。営業利益は、対前年同期比2.4%の増だった。 一方、売上高は、対前年比で5.8%ほど減少している。対前期比でも、増収に転じたとはいえ、1.8%しか増加していない。 まず、製造業と非製造業で比較してみよう(図表1、2を参照)。 製造業(全規模)の13年1−3月期の営業利益は、前期比21.9%増、対前年比では31.6%増と目覚ましく改善した。
一方、売上高は、対前年比で6.6%ほど減少している。対前期比でも、増収に転じたとはいえ、1.3%しか増加していない。 これは、本連載の第4回で示したモデルのように、利益増がほぼ円安だけの要因で進んだことを示している(注1)。 営業利益が前年比70.5%増という大幅な増益となっている自動車・同附属品製造業で、売上高が前年比13.8%減となっているのは、驚きである。情報通信機械器具製造業でも、営業利益は67.7%増だが、売上高は13.2%減だ。 他方、非製造業の営業利益は、対前期比では10.6%増だが、対前年同期比では6.6%減となった。売上高は、対前期比で2.1%増、対前年比で5.4%減である。
つまり、全産業で利益が増加したのは、製造業における円安効果によることがわかる。 (注1)円安が年度途中から生じたため、通年では「売上が減少したのに利益は増える」という奇妙な結果になっている。ただし、円安が進んだ期間だけを取り上げれば、モデルで示したようなメカニズムが進展したことがわかる。実際、2013年1−3月期と2012年10〜12月期だけを比べれば、増収で増益となっている。 原材料コストアップの影響を受けた業種も 営業利益の対前年比を見ると、業種による差が著しい。 自動車・同附属品製造業が70.5%、情報通信機械器具製造業が67.7%、電気機械器具製造業が34.6%、生産用機械器具製造業が28.3%という顕著な伸びを示したのに対して、汎用機械器具製造業(25.6%減)、業務用機械器具製造業(23.3%減)、パルプ・紙・紙加工品製造業(24.1%減)、食料品製造業(20.2%減)、繊維工業(65.0%減)などは大きく落ち込んでいる。 パルプ・紙・紙加工品製造業、食料品製造業、繊維工業などでは、輸入原材料のコストが円安で上昇したことの影響が大きいと考えられる。なお、鉄鋼は、これまで営業利益が赤字の四半期が多かったが、1−3月期は黒字に転じた。 以上のような差異があるにもかかわらず、どの業種の企業の株価も、あまり大きな差がなく上昇しているのである。 つまり、株価は企業の業績とは関わりなく上昇しているのだ。鉄鋼産業でも、株価は昨年秋から5割近い上昇を示している。これは、将来に対する漠然とした期待が株価上昇を支えてきたことを示すものだ。 円安が継続しても、生産は増えない 以上で見たのは、2013年1−3月期の利益の対前期比や対前年比だ。もう少し期間を広げて比較してみると、どうだろうか? 13年1−3月期の数字が1年間継続したとすると、売上高は390兆円となる。これは、円高期であった10年の403兆円には及ばない(ましてや、リーマンショック前の07年に比べると、83%程度の水準でしかない)。それにもかかわらず、営業利益は14.5兆円となり、10年の12.8兆円を超えるのだ。 売上高はほぼ生産活動に比例すると考えてよいから、このことは、今後円安が続いても、輸出関連企業の売上が円建てで増えるだけで、企業活動の実態には影響を与えないだろうことを意味する。したがって、企業は、生産を増加させるために設備投資を行なったり雇用を増やしたりすることはないだろう。増加した利益が内部留保に回されて、借入が減るだけの効果しかないだろう。 なお、上で見たように、円安が利益を増加させるのは、自動車をはじめとする一部の業種に限られている。輸入原材料が多い産業では、製造業であっても、円安によって利益が減少することに注意が必要である。 なお、13年1−3月期の数字が1年間継続した場合の営業利益14.5兆円は、07年の営業利益21.3兆円に比べると、68%程度の水準にすぎない。実質為替レートはすでにこの頃と同程度の円安になっているが、利益は回復しないのだ。それは、上で見たように、売上が8割程度の水準でしかないからである。 日経平均株価が一時リーマンショック前の水準に戻ったことが「日本経済の復活」と考えられたことがあったが、製造業を取り巻く基本条件は、リーマンショック前とは基本的に変わったことに注意しなければならない。 非製造業の場合、13年1−3月期の数字が1年間継続したとすると、売上高は916兆円となる。これは、10年の数字に及ばない。しかし、営業利益は33.7兆円となって、10年の水準を超えるのである。 大企業が大幅増益だが、中小企業は大幅減益 重要な点は、規模別に見ると、状況に大きな違いがあることだ。 2013年1−3月期の売上と利益の対前年比を資本金階層別に見ると、図表3のとおりである。 とくに大きな違いが見られるのが、営業利益だ。資本金10億円以上では23.2%と大幅な増加になっているのに対して、1億円以上10億円未満は2.1%増、1000万円以上1億円未満が13.9%の減だ。つまり、大企業が大幅増益を記録した半面で、中小企業(とりわけ小規模な企業)は大幅減益に陥ったのだ。
一方、売上高を見ると、1億円未満が11.8%減と大きく落ち込んだものの、1億円以上でも、伸び率はマイナスだ。つまり、さほど本質的な差ではない。 こうした違いが生じたのは、つぎのような事情によると考えられる。輸出産業は超大企業が中心なので、円安の利益増効果は、超大企業に顕著に表れる。他方、中小企業(とくに規模の小さい企業)は、直接には輸出を行なっていないので、円安によるメリットを享受できない。 他方で、輸出産業の利益が円安で増えても、売上高は増加しないので、下請け企業に対する発注は増えない。このため、中小企業(とくに規模の小さい企業)では売上が大きく落ち込む。そのため、利益が大きく落ち込むのである。 なお、1億円以上10億円未満では、経常利益の増加率が営業利益のそれを大きく上回っている。これは、系列関係などで大量の株式を保有しているため、株高の影響で評価増が生じたためではないかと考えられる。 このように、アベノミクスの恩恵は、大企業(その中でも上場企業)にほぼ限定されている。 小規模企業の状況はまったく好転していないし、むしろ悪化している。このため、政治的な不満のマグマはかなり溜まってきているのではないかと考えられる。 本来であれば、これは重大な政治的イシューとして参議院選挙で議論されるべきものだ。ただ、現実には、こうした点を政治的争点にしようとする政治勢力は存在しないようである。 需要見通しが改善しないので、設備投資は増えない 設備投資額(ソフトウエアを含む当期末新設固定資産合計)は、全産業で前年比3.9%減となり、2期連続の減少となった。 製造業が前年比8.3%減、非製造業は1.5%減と、いずれも2期連続の減少だ。前期比でも(ソフトウエアを除く、季節調整済み)、全産業で0.9%減、製造業、非製造業ともに減少している。 こうなるのは、すでに述べたように、売上が4期連続減収だからだ。アベノミクスでは、人々の将来に対する期待が改善すると、実体経済もそれに引かれて改善するとされる。設備投資は、将来の需要やコストの見通しに大きく影響される。この重要な変数について、企業経営者は引き続き慎重な態度を変えていないわけだ。 安倍晋三総理大臣は、成長戦略の一環として設備投資を、現在より1割増やして年間70兆円の規模にしたいとの意図を表明した。しかし、少なくとも、それが製造業の設備投資増によって実現することはないだろう。これは、仮に株価上昇が続いたとしても、簡単には変わらないものなのだ。 07年1月以降の設備投資の推移は、図表4に示すとおりだ。1月に増えるのは季節要因だ。これを均(なら)してみると、経済危機後の設備投資は、ほぼ一定だ。つまり、四半期ベースで、製造業が3兆円程度、非製造業が6兆円程度である(なお、法人企業統計の設備投資は、ソフトウエアを含む当期末新設固定資産合計であり、国民経済計算の民間企業設備とは異なる)。 すでに述べたように、利益が増加しても、設備投資に回らない。企業はそれを内部留保に回し、借入を減らすだろう。これは、銀行貸出を減らすだろう。金融緩和は、マネタリーベースの増加に伴って貸出が増加することによって機能する。そうした機能が働かなければ、いかに異次元緩和でマネタリーベースを増やそうとも、それが経済活動を活性化する効果は生じないだろう。
しかも、長期金利が上昇している。これが物価上昇を受動的に反映しただけのものであれば、投資に対しては中立的だ。しかし、実質金利も上昇しているのだとすると、投資が抑制されることになる。 ●野口教授が監修された経済データリンク集です。ぜひご活用ください!●
【第186回】 2013年6月6日 田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授] アベノミクスに誤算!? 「想定外」の事態が次々起こる理由 景気回復と株価上昇、 スピードに大きな違い 株式市場の乱高下が止まらない。3歩後退、2歩前進の繰り返しになっている。為替相場もそれと歩調を合わせて円高に向かいつつあるようにも見える。 猛スピードで走る車が突然、猫を見て急ブレーキをかけた。私はそんな印象を受けている。要するに、投資家の過剰反応ではないかと思うのだ。 株価急落の要因はさまざまだが、やはり、運転手の目に入った猫は、「米金融緩和の出口が近い」という観測によるものだろう。 そもそも雇用指標の改善や金融の引き締めは、経済が好転した何よりの証だ。中・長期的に見れば株価の上昇基調を裏付けるもの。しかし、好転すれば株価が急落するという現状はいかにも変則的だ。それだけ投資家は中・長期の米国や日本経済の動向に疑心暗鬼になっているのだろう。 しかし、最近の経済指標によると、米国や日本の実体経済は明らかに持ち直している。ただ、景気回復のスピードと株価上昇のスピードが違い過ぎるのだ。言わば景気が自転車で前進しているのに対し、株価は自動車で前進しているようなもの。しかも5月23日の暴落までその自動車は全速力で走ってきた。 6月5日現在、日経平均株価は、5月23日から2300円下落している。問題は株を売った金、株式市場から引き揚げた金はどこに向かったのか。どこに滞留しているのかということだ。 長期金利が多少低下しているからか確かに国債が買われていることも分かる。だがこれは際立った現象とはなっていない。すなわち、投資資金が株から国債にシフトしたと言うほどではない。 また、原油などの商品市場に駆け込んだかというと、そこでも商品価格の暴騰というような異変は起きていない。それどころか商品価格もむしろ下落しているようだ。 そうすると、株を売った金は、相当部分がまだ投資家の手元にある可能性が高い。投資家が株式市場に背を向けたのではなく、手元の金を握りしめ、次の機会を慎重にねらっていることになる。 株式市場の混乱は なぜ起きてしまったのか 円安に進む速度にも大きな問題があった。年末に対ドル円相場100円というところが望ましかったのではないか。当初私は来年中に90円台後半に至ればよいと考えていたから、あまりの速度に不安を禁じ得なかった。 もしも、円安が急激に進んで、そのメリットが一部の人や企業に集中し、そのデメリットが大半の人たちを苦しめることになれば、アベノミクスは経済論としては成立したとしても、政治論としては成立しなくなる。実際、輸入品が相次いで値上げされ、賃金が上がらない現状には日一日と不満が蓄積されつつある。 結局、3本目の矢である“成長戦略”が鍵を握っているが、今のところ期待するほどの心理効果も生まれていない。今までの「子育て」や「農業」に続いて「特区構想」も打ち出されるらしいが、いかにも間に合わせで国民的支持が盛り上がる気配はない。むしろ、総花的な提案ではなく、即効性のある規制改革などで単発的に一気に進めたほうが効果があったように思う。そして、“新しい技術の開発”という本筋に向かって突進すべきである。 やはり、4月4日の黒田東彦日銀総裁の明確過ぎる金融緩和政策が今日の不安定な事態を招いていると言わざるを得ない。せいぜい「来年末までに物価上昇率2%を実現させるため最大限の努力をする」でよかった。「来年末までに市場に流す金を2倍にする」と明言したことにより、現在の株式市場の混乱は不可避になったと思う。 アベノミクスの発動以来、長期金利の上昇や株の暴落など「想定外」の事態が次々に起きている。 だが、これは日銀が万能ではないから当然のこと。海外経済や投資家心理は日銀の手に負えるものではない。内外の政治的要因はさらに手強いもの。そうであれば、日銀はできる限り手の内を見せるべきではない。手の内をさらけ出した中央銀行は臨機応変の対応ができなくなる。そんな中央銀行は権威も影響力も失われる。 アベノミクスに誤算があったか。そうであれば、それを修正する努力も必要だ。 |