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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130601-00010000-sentaku-pol
選択 6月1日(土)21時17分配信
戦略ではなく、思いつきと思い入れにひきずられる安倍政権の実態が、徐々に露見してきた。憲法九十六条の先行改正での腰砕け、「主権回復の日」を巡る理念と行動の矛盾、設置前から機能不全がささやかれ始めた日本版国家安全保障会議(NSC)構想の迷走、そして、環太平洋経済パートナーシップ協定(TPP)交渉の前哨戦での敗北などである。
■国際政治の「常識」の欠如
憲法改正要件を定めた九十六条を先に改正し、憲法改正を発議しやすくしようというアイデアは、二〇〇〇年に元外務大臣中山太郎を団長とする衆院憲法調査議員団がイタリアを訪問した際、作家の塩野七生が授けたものだ。ローマ人は法律を道具と考え、使い勝手が悪ければ変える。ユダヤ法では、法律は神から与えられた神聖不可侵のものだと考える。ローマ的な「普通の法律」にするため、九十六条に絞って改正するのが現実的ではないか―。そんな塩野の話に感心しつつ、議員団からは、「費用が一千億円近いと言われる国民投票で、九十六条しか問わないのはもったいない」とか、「一点に絞って国民投票で否決されれば内閣は退陣だ。九十六条にそれだけの価値があるのか」といった疑問が噴き出した。今盛んな、統治論から九十六条改正の是非を問う「立憲主義」論争ではなく、極めて実務的、政局的観点からの慎重論により、九十六条先行改正論は引き出しの奥にしまわれた。
この時の論点は、衆院で改憲勢力が三分の二を超え、七月の参院選後には参院でも三分の二を超えるとの観測が出ている今もなお、有効である。問題は、安倍晋三総理大臣が、そうした経緯を顧みず、とにかく一度、憲法改正を実現しさえすれば、国民の間の改正アレルギーを払拭できるという「政治運動」的な発想で、九十六条改正に猪突猛進したことである。しかも、改正要件見直しを単なる手続き論と見て、イデオロギー対立とは無縁と高を括った浅慮もあった。発議要件を緩和して国民投票に委ねる機会を増やせというのは、例えば、原子力発電所建設の是非など国の根幹にかかわる重要政策を住民投票で決めろという主張にも通じる。それは、これまで自民党が、国家統治の観点から否定してきた立場ではなかったのか。
安倍の様子が急変したのは、報道各社が五月に行った世論調査で、九十六条改正反対論が賛成論を軒並み上回る結果が出てからだ。中山らの懸念通り、九十六条のみを国民に問い、否決されれば、内閣は倒れる。安倍も高い内閣支持率にあぐらをかき、九十六条に対する国民論議を深める戦略や努力に欠けていたことに、遅まきながら気付いた。五月二十三日に自民党副総裁の高村正彦と参院選公約について協議した安倍の口からは、もはや「九十六条改正を参院選の争点に」という言葉は出なかった。
サンフランシスコ講和条約発効後も長く米国の占領下にあった沖縄県が反発する「主権回復の日」式典の強行にも、安倍の政治行動の支離滅裂ぶりが表れていた。
八月十五日の「敗戦」ではなく、四月二十八日の同条約発効による「復権」を記念日として強調するのは、「戦後レジームからの脱却」を掲げ、第二次大戦の敗戦国という地位がもたらした枠組みを否定する安倍らしい振る舞いに見えなくもない。しかし、同条約第十一条には、安倍が戦勝国による不公平・不公正な審理だったと批判する「東京裁判」の判決の受諾が明記されていて、永田町では「安倍は宗旨替えしたのか」と揶揄する声も出ている。米海兵隊普天間飛行場の移設問題などで政府不信を募らせる沖縄県を更に不快にさせ、自らの理念を否定する要素をはらんだ式典の実現に邁進した姿は、不思議としか言いようがない。
「侵略に定義はない」と言い切った安倍の国会答弁も、政治の現実より、自らの思いを優先する姿勢が表れた事例だ。中国や韓国のみならず、欧米諸国の反発も招き、元外務次官で内閣官房参与の谷内正太郎らが人脈をフル回転させて火消しに努めた。安倍に近い有識者からも「旧日本軍の侵略を否定したと受け止められ、国際社会では通用しない」と、国際政治の「常識」の欠如に驚く声が出ている。
■TPP推進論者からも失望の声
谷内のトップ就任が囁かれるNSC構想の迷走も、安倍の指導力不足によるところが大きい。
第一次安倍内閣当時の関連法案では、事務局を総理大臣直轄としていたのに対し、今回の案では、内閣官房に置くとした。各省庁に「本籍」を持つ官僚の寄せ集め組織となるため、省庁の縦割りがそのまま持ち込まれかねない。危機管理監組織と並立させ、NSCは外交・安全保障政策に特化する役割分担は、有事に機能しないという指摘も出ている。NSCの主導権争いでは、事務局長ポストを狙って警察が巻き返しを図り、慌てた外務官僚が根回しもなく制度設計で独走を始めて安倍の顰蹙を買っている。安倍側近を自任する官房副長官世耕弘成も、「政治主導」を掲げ、総理大臣補佐官(国会議員)の事務局への常駐案をねじ込もうとしている。世耕案では、外国のカウンターパートが事務局長より国会議員の補佐官との接触を優先することになりかねない。だが、国会審議や選挙区事情に忙殺される政治家に、NSCトップの仕事は兼務できない。NSC構想に深く関与してきた財界人が安倍に電話し、世耕の動きを激しく批判する場面もあった。場外乱闘ばかりで中身の充実が遅れるNSC構想も、安倍政権の「実力」に対する疑問を呼んでいる。
安倍がバラク・オバマ米大統領から大きな譲歩を引き出したと喧伝してきたTPPの例外品目の扱いでも、交渉参加の前提となった日米の事前協議で、安倍政権の見通しの甘さと交渉力の弱さがはっきりした。米国での日本車に課す関税の撤廃時期を最大限に遅らせるなど、米側に有利な内容ばかりだったからで、TPP推進論者からも失望の声があがった。TPP交渉参加を「極めて難しい決断」と自賛したほどには、戦略が伴っていなかったことの証左だ。
政権の綻びは目立ち始めているのに、内閣支持率は依然、高い。ただ、最大の要因であるアベノミクスの好スタートは、実務者でさえ「運が良かった」(内閣府副大臣西村康稔)と認めていて、常に上滑りの懸念がつきまとう。四月、五月と矢継ぎ早に発表された成長戦略は、「見た目重視」で、中身は既存の政策の使い回しや焼き直しが目立ち、「幸運」を「実体経済の底上げ」につなげる力強さに欠ける。長期金利も上昇を始めた。
砂上の楼閣かもしれないアベノミクスを信じて、国政選挙が予定されていない三年間を白紙委任するのか。それとも、戦略なき宰相に警鐘を鳴らす機会とするのか。七月の参院選では、有権者の眼力こそが問われる。
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