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4月30日 東京新聞「こちら特報部」 :「日々担々」資料ブログ
「安倍晋三首相はタカ派純化路線を進めているが、自民党の国会議員は地元で憲法改正の話なんかしていない。安倍氏の支持基盤はネトウヨ(ネット右翼)でしょ。そんな人たちの口車に乗せられて議論するのは危ない」
自民党の加藤紘一元幹事長(73)は山形県鶴岡市の事務所で、声を絞り出すように話し始めた。一昨年秋に病を発症して以来、体調は思わしくない。昨年末の衆院選では、十四選を目指して敗れた。次の衆院選に立候補せず、政界の一線から退く。
「議員であろうがなかろうが、憲法の考え方に変わりはない。九条は、戦後日本の平和外交宣言でもある。中国や韓国は日本への警戒心を解いていない。改憲には、もう少し時間をかけなければならない」
加藤氏の引退は、自民党ハト派の退潮の象徴ともいえる。
加藤氏はハト派の名門派閥「宏池会」のプリンスだった。池田勇人元首相が創設した宏池会は、池田、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一という四人の派閥会長が首相の座を射止めた。田中角栄元首相に連なる経世会(竹下派)・平成研究会(小渕、橋本派)とともに、吉田茂元首相以来の「軽武装・経済重視」路線を引き継ぎ、護憲・リベラル勢力として保守本流を形成してきた。
しかし、加藤氏は五人目の「宏池会首相」になれなかった。一九九八年、宮沢氏から加藤氏への会長交代の際に河野洋平元衆院議長らが離脱。森内閣打倒に失敗した二〇〇〇年の「加藤の乱」を経て〇一年、堀内、旧加藤派に分裂した。この時点で加藤氏の首相の目は消えた。
その後は、安倍氏の祖父・岸信介元首相を源流とするタカ派の清和政策研究会が森喜朗氏に続き、小泉純一郎、安倍、福田康夫の各首相を次々と輩出した。
それでも、加藤氏は、ハト派の論客として存在感を示し続けた。小泉氏が靖国神社に参拝した〇六年八月十五日、鶴岡市の実家と事務所が右翼団体幹部の男に放火されて全焼した。加藤氏は当時、小泉氏の参拝を鋭く批判していた。放火事件は、一連の言動に向けられたテロ行為だった。
放火事件の社会的背景を自ら分析した著書「テロルの真犯人」では「最近の日本が戦前と酷似しているというつもりはないが、何かの拍子に同じ道をたどりかねない不健全さをはらんでいる」と警鐘を鳴らした。
なぜ自民党ハト派が力を失ったのか。
加藤氏は「自民党政治が誇ってきた経済成長路線が挫折した。その代わりに国民を団結させるものとして出てきたのが、中国や北朝鮮の脅威。ハト派は国際協調主義だが、小泉氏や安倍氏は、外国から文句を言われるのが嫌で仕方がない」とみる。
〇九年の政権転落も「自民党のタカ派純化路線を後押しした」という。国防軍や緊急事態の条項を盛り込んだ党憲法改正案は、野党時代の昨年四月に策定された。
「自民と民主に政策的な違いはほとんどない。民主党を左翼と言う以上、自民党は明確な右翼でなければならない。そのネタが改憲だった」
自民党憲法改正推進本部事務局長の中谷元衆院議員(55)は「今の自民党に護憲派はいない」と言い切る。
「そもそも改憲がタカ派で危険だとは考えていない。護憲はハト派、改憲はタカ派という色分け自体が、東西冷戦構造下で自民、社会両党が対決した五五年体制の発想だ」
中谷氏は、宏池会の流れをくむ谷垣禎一法相のグループに所属する。だが、「制服組」の自衛官出身者で初めて防衛庁長官を務めたタカ派の顔の方が広く知られている。党改憲案の取りまとめでも中心的な役割を果たした。
党改憲案は、旧社会党議員を抱える民主党との対立軸を鮮明にするのが狙いではないか。中谷氏は、そんな疑問に真っ向から反論する。
「党内で丁寧に議論を重ねた。選挙や政局は全く意識しなかった。経済大国の日本はもっと国際貢献をしなければならないが、今の憲法では十分に対応できない。改憲は国民の要請だ」
やはり自民党ハト派は絶滅するしかないのか。
自民党の憲法論議に詳しい渡辺治・一橋大名誉教授(憲法)によれば、自民党の憲法観は二度、大きく変わっている。数十万の市民が国会議事堂を取り囲んだ六〇年安保闘争が最初の方針転換を促した。
「このままでは自民党が持たないのではないかという恐れの中で、改憲、再軍備の党是を封印せざるを得なかった。それを担ったのが六〇年安保後に首相となった池田氏であり、支えたのが宮沢氏や大平氏だ。憲法は変えず、自衛隊は海外派兵しないという軍事小国主義とも言える憲法観が自民党政権を長く持たせた最大の理由だ」
二度目の転機は八九年の冷戦終結後に訪れた。日本は九一年の湾岸戦争で、米軍を中心とする「多国籍軍」に多額の資金援助をしながら国際的には評価されなかった。これが「湾岸のトラウマ(心的外傷)」となった日本は冷戦後の米国一極体制の中で、世界を舞台に負担を引き受ける道を選ぶ。
〇一年の米中枢同時テロ発生後は、自衛隊の「世界展開」が常態化した。首相の小泉氏は、ブッシュ大統領の「テロとの戦い」を全面的に支持。特別措置法を成立させ、〇一年のアフガン戦争、〇三年のイラク戦争に自衛隊を派遣した。
「日米同盟のためには自衛隊の海外派遣やむなしという流れができてしまった。それでも、九条が維持されたため、自衛隊は依然として人を殺していない。長老の宮沢氏や後藤田正晴氏、近年では野中広務氏や加藤氏が改憲、軍事大国化の歯止め役になった」
これらのハト派政治家はすべて政界を去った。安倍政権の改憲路線に待ったをかける勢力は自民党内には見当たらない。改憲に慎重な与党の公明党も自民党にどこまで強く出られるか分からない。野党を見渡しても、日本維新の会などのタカ派ばかりが目につく。
渡辺氏は「軍事小国主義こそが戦後保守政治の英知ではないのか」と訴える。
「自民党は野党時代に保守政治の原点に立ち返るべきだったが、逆に自制を失ってしまった。憲法を改正して自衛隊が国防軍となり、米国と一緒に海外で戦争するようになれば、日本やアジアの平和に非常に大きな負のインパクトを与える。軍事大国化は日本を滅ぼす。自民党にとっても自分で自分の首を絞めるようなものだ。気が付いた時には遅い」(佐藤圭)
(次回の「絶滅危惧ものがたり」は5月4日に掲載します)
<ハト派> 平和のイメージがあるハトが語源。ハトは実は攻撃的とされるが、平和的で穏健な政治勢力を意味する。武力攻撃などにも慎重な姿勢を示し、外交対立時には、軍事よりも話し合いや平和的な解決方法を一般的には模索する。日本では護憲的色彩が強い。ハト派の反対がタカ派で、日本では改憲志向が強い勢力。
<デスクメモ> 自主憲法制定は自民党の結党以来の党是とはいえ、右から左までいろんな人がいることがかつての自民党の面白さだったし、それが懐の広さにもつながっていた。小選挙区の導入の結果、そんな自民党のダイナミズムは失われた。健全な「党内野党」が見当たらない。党内活力を失うことにならないか。 (栗)
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