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2013年5月3日 22時57分 田中 良紹 | ジャーナリスト
私は改憲論者である。日本国憲法が一度も変更されずにきたことを良かったとは思っていない。しかしだからと言って憲法の改正手続きを緩和しようとする96条改正には反対である。憲法記念日に96条緩和を主張する改憲派の理屈を聞いて反吐が出そうになった。「憲法を国民の手に取り戻す」などと馬鹿な事を言ったからである。
96条改正を言う者は民主主義というものを理解していない。国民にすべてを判断させるような言い方はいかにも国民主権を尊重しているように見えて、これほど民主主義を駄目にする考えはない。史上最も民主的だと言われたワイマール憲法がヒトラーの独裁を生み出したように、さかのぼればギリシアの直接民主主義が有能な指導者を失えばすぐに堕落したように、国民にすべてを判断させるというポピュリズムは民主主義を破壊するのである。
民主主義を自らの手で勝ち取ったことのない日本人は民主主義を理屈で考え、綺麗事として理想化する。しかし民主主義は綺麗事でも理想的でもない。放っておけば極めて危ない制度で、絶えず強くする努力をしないと国民のためにならない。強くするとは国民の主張に耳を傾け、しかし国民の言う通りにはならない事である。
私がそうした考えに至るのはアメリカの政治専門チャンネルC−SPANを通してアメリカ議会とアメリカ政治を見てきたからである。私は55年体制末期の国会で野党がスキャンダル追及を行い、審議拒否に持ち込み、その裏で取引をする政治の実態をつぶさに見てきた。その道具に利用されたのがNHKの国会中継である。NHKの中継は表で与野党激突の構図を見せながら裏ではいびつな政治構造を生み出していた。
そこで世界の先進民主主義国はどうなっているのかを調べてみると、NHKの国会中継がアメリカからもイギリスからも批判されていたことを知った。日本の国会中継はポピュリズムを生み出し民主主義のためにならないと言われていたのである。確かにテレビを意識して野党はスキャンダル追及に力を入れ、議論も国民受けするテーマばかりを選んでいた。それで政治が良くなる筈はない。
やがてアメリカにもイギリスにも議会を中継するテレビ局はできたが、それは最近の話で、しかも日本の国会中継とは異なるものである。私が一緒に仕事をしたアメリカのC−SPANはポピュリズムにならない事を第一に議会中継を行っている。だから与野党が議論する委員会などは中継しない。やればお互いが批判し合う議論だけを見せられるからである。
中継するのは与野党の議員が共に有識者と議論する公聴会が中心である。そして弁舌がうまいとかスタイルが良い政治家が有利にならないように心がける。弁舌がうまいとか国民受けのパフォーマンスだけの政治家は民主主義にとって好ましくない。アメリカ人にはその意識が骨の髄まで染みついている。政治家の力量はそんなこととは関係ないのである。
日本人はアメリカの大統領は国民の直接選挙で選ばれると勘違いしているが、大統領選挙で選ばれるのは大統領ではなく選挙代理人である。大統領は選挙代理人の投票で選ばれる。だから国民と代理人の投票結果が異なる事がある。ゴアとブッシュの選挙で国民の票数はゴアが多かったが、代理人の票数でブッシュが大統領になった。つまりアメリカは国民の直接民主主義を認めていないのである。
憲法改正についてもアメリカは国民には決めさせない。改正には上下両院それぞれ三分の二の賛成が必要で、さらに州議会の四分の三の承認を必要とする。そして国民投票は行わない。それを勘違いしている日本人が多い。「アメリカのように首相は国民投票で直接選ぶべきだ」などと言う人間がいるからおかしくなる。
そして日本人の大いなる勘違いに多数決がある。日本人は多数決が民主主義だと思っている。さらに過半数で決めた事は正しいと思っている。とんでもない話である。過半数が賛成したというのはただそれだけの話で正しいとは限らない。いつまでも決めない訳にはいかない時に便宜的にそう決めるだけである。だから民主主義の基本は少数意見の尊重にある。
イギリスは議院内閣制でマニフェスト選挙だから過半数を得た与党のマニフェストが議会で成立する事になる。それならなぜ議会で議論し投票をするのか。それは過半数を得たからと言って正しいとは限らないため、少数意見を尊重して議会で修正の議論をするからである。
イスラム世界では全員を集めて結論が出るまで何日間も議論し、それでも決着がつかなければ全員が信頼する指導者に結論をゆだねる。このやり方は日本の自民党でも同じであった。自民党の部会では決して採決をとらず、自由に議論をさせて最後は部会長一任としていた。その伝統を壊したのは小泉純一郎総理である。初めて多数決を採り党内から批判を浴びた。その時、日本人の多くが「自民党は古い、小泉総理の方が民主主義的だ」と思ったがそれは誤りである。
社会学者の小室直樹氏によるとヨーロッパでも昔はそうであったが、時間がかけられない事情が出てきて便宜的に多数決になったのだと言う。だから多数決は便宜的な決め方に過ぎない。それを安倍政権は憲法改正に適用しようとしている。衆参両院も過半数なら国民投票も過半数で国家の最高規範を決めようとしている。そんなやり方で憲法を決めている国など世界中どこにもない。議会両院の過半数で発議する国はあるが、その後が国民の過半数などという話にならない。それよりも高いハードルが課せられる。
戦後一度も憲法改正がなかったのは96条があったからではない。与野党が政権交代ではなく憲法改正を競い合ってきたからだ。そうした過去の事実に目を向けず「憲法を国民の手に」などと甘いポピュリズムを振りまくのは、世界から馬鹿にされるだけの話である。
田中 良紹
ジャーナリスト
「1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、日米摩擦、自民党などを取材。89年 米国の政治専門テレビ局C−SPANの配給権を取得し(株)シー・ネットを設立。日本に米国議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年からCS放送で「国会TV」を放送。07年退職し現在はブログを執筆しながら政治塾を主宰」
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