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5月2日 東京新聞「こちら特報部」 :「日々担々」資料ブログ
「限定正社員」という聞き慣れない言葉が出回っている。仕事内容や勤務地などを限って雇い、その職種などがなくなれば、解雇というシステムだ。政府が来月まとめる「成長戦略」に盛り込まれる見通しだという。介護や子育てを抱える人たちには朗報と伝えられる半面、解雇規制の緩和につながるという反発もある。メーデーの会場などで探ってみた。 (小坂井文彦、佐藤圭)
「安倍政権は限定正社員を制度化しようとしているが、これはクビ切り自由の政策にほかならない。まさに異次元の雇用破壊、生活破壊だ」
一日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた全国労働組合連絡協議会(全労協)系のメーデー式典で、労働組合幹部の一人はこう訴えた。
だが、会場では限定正社員という言葉にピンと来た人は少なかった。清掃員の男性(51)は「聞いたことがないねえ」。日本音楽著作権協会で働く男性(27)は「よく分からないが、地域限定という意味なら、人によってはありがたいのでは」。
観客席の最上段にいた都職員の岡野賀一さん(42)は「報道で知った。雇用の選択肢が増え、人にやさしい社会になる気がした」と話したが、詳細を聞くと「三十代までならよいかも。でも、結婚して家族ができると、厳しい」と漏らした。
演壇で非正規雇用の厳しさを訴えた東京メトロの販売店で働く後呂良子さん(59)も「非正規が限定正社員になるよりも、正社員の立場が脅かされそう。全員を正規雇用するべきでだまされちゃいけない」と語った。
限定正社員とは働く仕事や地域が限定された正社員のことだ。「ジョブ型正社員」とも呼ばれる。欧米では一般的な雇用形態だ。
日本では正社員といえば、職務や勤務に限定がない「無限定正社員」を指す。パートや契約社員など非正規雇用は、職務や勤務地が限定されている。その意味で、日本型正社員と非正規の中間的な存在ともいえる。
厚生労働省が二〇一一年に実施した企業調査では、すでに約半数が採用していた。総務省の三月の労働力調査によれば、役員を除く雇用者五千百四十二万人のうち、非正規は36・7%に当たる千八百八十七万人。厚労省はこの間、非正規雇用から限定正社員への移行策を検討してきた。
ここに来て注目されているのは、政府の産業競争力会議が解雇規制緩和策の一環として取り上げたため。日本型正社員の場合、事務所が閉鎖された場合でも企業側は別の事業所への配転が可能であれば、整理解雇しにくい。限定正社員であれば、契約を超えた配転ができず、整理解雇が正当化されるというわけだ。
厚労省は先月二十三日の競争力会議で、限定正社員の導入促進を提唱した。同会議の民間議員はお金を支払うことを条件に解雇が法律上問題ないと定める「金銭解決ルール」の導入を求めていたが、今回は夏の参院選への影響を考慮して見送った。結果的に限定正社員が解雇規制緩和策の「目玉」となった形だ。
このシステムについて、独立行政法人の労働政策研究・研修機構統括研究員、濱口(はまぐち)桂一郎氏は「新たに特殊な雇用形態を導入するわけではない」と強調する。
「日本の労働法制も本来、ジョブ型を想定していたが、無限定という非常に特殊な形が定着してしまった。日本型正社員と、非正規に二極分化している現状は改善しなければならない」
濱口氏は「日本型正社員では、不本意な転勤や長時間労働を受け入れざるを得ない。『なんでも屋』になって特定の技能も身に付きにくい。本当は無限定は嫌でも、非正規になりたくないとの理由で続けている人が多いのでは」とみる。
一方で、「限定正社員の普及を解雇規制緩和として議論するのは間違いだ」とも指摘する。
「限定正社員は仕事があり、それをきちんとこなしている限りは不当に解雇されない。逆に中小企業の日本型正社員では『気に入らないからクビ』が横行している」
ちなみに先月施行された改正労働契約法では、パートや契約社員が同じ職場で五年を超えて働いた場合、本人が希望すれば、期間を限定しない無期雇用に変更される。これは「限定正社員」そのものともいえる。
濱口氏は「仕事がなくなって解雇するのは企業側の都合だから、誰を解雇するかを企業側が勝手に決めてはいけない。そうさせないための手続きをしっかり定める必要がある」と付け加えた。
ただ、労働現場からの反発は弱くない。東京管理職ユニオン(東京都豊島区)の安部誠副執行委員長は「雇用の原則は正社員。小泉政権が非正規を増やす政策を取った時、危機感を抱いた人は少なかった。限定正社員も同じでは」と危ぶむ。
「東京本社から地方支社へ異動命令が出た。上司から『定年まで本社に戻れないが、給与の低い限定正社員になれば、本社に残れる』と打診されたらどうしますか」
企業がある部門を閉鎖しても正社員なら配置転換で済むが、限定正社員は解雇される。企業が悪用すれば、正社員も段階的にこの制度で解雇されてしまうと懸念する。
「社会全体の雇用が不安定になると思う。経済成長、成果、規制撤廃ばかりを言っていると、社会が壊れてしまう」
NPO法人・派遣労働ネットワーク理事長の中野麻美弁護士は「働く全員をジョブ型正社員として雇用する制度であれば賛成だ」と言う。現在は正社員、派遣社員、アルバイトで同じ仕事をしても賃金が異なるケースが問題になっているが、完全なジョブ型になれば、この格差はなくなる。
「だが、安倍政権の言う限定正社員制度は言葉のお遊び。産業界に都合のよいだけのものだ」
企業によっては総合職や一般職といった形で既に制度が導入されているが、「客観的な職務評価はできていない。主に男女間の格差に利用されている。新たに男たちの中での格差に使われるかもしれない」と語る。
非正規から限定正社員になっても、待遇は向上しないとみる。「労働者が小刻みに分断され、新たな格差が生まれる」
労働団体はこの制度をどうみているのか。連合は「賃金の切り下げなど今までの正社員の労働条件の引き下げに悪用される可能性」「『解雇しやすい正社員』をつくり出し、新たな格差を生じさせる」と批判している。
全国労働組合総連合(全労連)も「限定正社員の導入など労働・雇用破壊」と反対している。
<デスクメモ> 就職したのは一九八〇年代。当時、派遣労働は美辞麗句に包まれていた。だが、結果は見ての通り。それを思うと、限定正社員も終身雇用制に伴う「固定費」切りが本当の狙いでは、と警戒する。そもそも限定ができれば無限定も生まれる。無限定な労働は過労死一直線だろう。やはり、うさんくさい。 (牧)
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