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2013年5月 2日 神州の泉
TPP推進派にも反対派にも論拠としてデヴィッド・リカードの古典的な比較優位論を用いる人たちが多いが、これも注意を要することの一つではないだろうか。TPPを説明する際に、分かりやすく単純化したモデルを使って比較優位論を掲げた言説があるが、これらをぽかんと受け身で聞くと、TPP賛成論・反対論双方にそれなりの説得力があるような気がしてくる。
ある分野は得意で生産性が高く、ある分野はそれほどでもない国と、もう一つは、その得意・不得意分野を対称的に補完している国があるとするなら、この二国間の交易は理想的な相互利益を得るという説明が、単純化されたリカード・モデルである。
TPP推進派はこういう比較優位的に単純な国際分業が相互利益になると言い、逆に反対派は国家間の比較優位性から見て、TPPに参加すれば大国が一方的に勝ちを収める方向に傾くという。この両者は、机上論としてはそれなりの説得力はあるのだが、どちらかと言えば反対派がリカード・モデルを示した方に分があるように思う。
専門家ではないから分かった風なことは言えないのだが、リカードの比較優位論モデルは、『逝きし世の面影』様を参照すれば、条件が完全雇用、為替の完全な固定相場制、人口増加率がゼロであるなど、限定的で形而上学的な条件世界でのみ通用するものであり、非現実的であるという。
斯様に現代の世界には即していない気がする。なぜなら素人目で見ても、この現実社会はあらゆる要素がノンリニア(非線形)に傾いていて、しかもその要素要素が複雑な係数を持って互いに影響し合いながら全体の動きを決定しているからだ。これはニュートン力学と現代物理学の差異と似ている。
言わば現代の世界経済は複雑系モデルなのである。現代は、18世紀当時、アダム・スミスがいたころのまだ揺籃期の国際時代とはまったく異なっていて、各国の文明装置が桁違いに複雑化している。だから、このリカード・モデルは多国間貿易のファンクションを説明するには不適当である。もっとも専門家は違う見解を持っていると思うのだが。
ただ、はっきり分っていることは、グローバル資本という多国籍企業が設計したこの後期TPP(注:前期TPPを4か国のP4体制とするなら、アメリカが加わって主導的立場になったTPPを後期TPPと位置付ける)は、いわゆる複雑系モデルで捉えたとしても、まっとうな国際経済とは全くかけ離れていて、いわゆる常識的な意味における国家間の貿易条約ではない。
TPPの本質は、国家と国家の間に存在する多国籍企業(あるいは無国籍企業)が、国家同士の垣根を越えて、縦横無尽に狙った国の富を収奪できる枠組み作りである。彼らは一等国が抱えるソブリン・ファンド(SWF Sovereign Wealth Fund)に匹敵する巨大な資金を右から左へ動かせる機動力を持ち、尖兵として強力な弁護士を多く抱えている。こんなものが自由貿易の名で各国に侵襲してきたら誰も勝ち目はないだろう。
唯一、内国制度や外資規制だけがそれを阻止できるのであるが、TPPの本質がそれら国家主権を担保する内国制度を条約的に破壊できる罠を仕掛けてあることが分かった以上、参加不参加とか言う前に存在論的に認められないものであることははっきりしている。
グローバル資本は、今まではグローバル・スタンダードを相手国に受け入れさせるために、ロビー活動をしたり、エコノミックヒットマンを派遣したりして、あの手この手の内政干渉を行ってきたが、今ではそのようなまだるっこしい手間暇をかけることを止め、多国間貿易システムの枠組み形成という偽装の中で、ISDS条項、ラチェット規定、NVC条項、 スナップバック条項など、悪魔の毒素条項をたっぷりと盛り込んでいる。
だからTPPは現代欲望資本主義のモンスターであるグローバル資本が設計した“罠”なのである。多国間貿易の枠組みではなく、ほぼ日本だけを狙った“罠”である。これを古典的なリカード・モデルで賛成論へ導くような手法は幻想中の幻想というか、ほとんど詐欺であろう。
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