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2013年04月16日 永田町異聞
多国間のTPP交渉に日本が参加するのに、なぜか米議会という閻魔大王の許可を得ねばならぬらしい。
大王にお目通りさせてもらうのに貢物が必要というわけで、日本政府は、これから先も自動車の不公平関税に耐え続ける約束を泣く泣く差し出した。
そのかいあって、米政府と合意文書を交わし、日本のTPP交渉参加を認めるかどうか米議会に諮ってもらえることになったが、「TPPは国家百年の計だ」と手放しで喜んでみせる安倍晋三首相は、とんだ道化を演じていることに気づいているのだろうか。
強大な軍事力を背景に、他国の関税や規制を都合よく取っ払わせて、自国のグローバル企業の海外戦略を後押しする米国の新帝国主義にねじ伏せられ、誰がどこから見ても、米国の言いなりとしか思えない日米の合意文書を発表した。
その4月13日、甘利経財再生相は記者会見で「参加が遅れた分だけ交渉相手国も多く、主たる交渉国である米国の注文も多い」と、言い訳がましい感想を述べたが、これも嘘っぱちだ。
民主党政権で参加への合意が交わせなかったのは、最初から米側の注文が多かったからであり、遅れたから注文が増えたわけではない。
そのことは、前政権で中枢部にいた政治家がよく知っている。
野田政権当時の民主党政調会長、前原誠司は、3月11日の衆議院予算委員会で、「あまりにも米国側の要求が不公平だったから交渉参加を表明できなかった」とTPP事前交渉の中身を披瀝した。
「車の関税をすぐにゼロにしないで猶予期間を設ける、安全基準は米韓FTAのように枠を設ける、保険ははじめは、がん保険等だけかと思ったら、学資保険の中身を変えるなどと、いろいろ言い出した」
日本においては、完成車に対する輸入関税はゼロだが、米国では乗用車で2.5%、トラックだと25%もの関税がかけられている。だから、ピックアップトラックで稼ぐフォードなどは日本のTPP参加に強く反対してきた。
日本政府と米通商代表部による事前協議は昨年2月以降、水面下で続けられ、乗用車への2.5%の関税を5年超、トラックの25%はなんと10年も残すことを米側は要求してきた。
こうした要求に対し、野田政権は「イエス」と言わなかったと前原は言う。ところが安倍政権はこれを受け入れ、このたびの下記の合意にいたった。
「米国の自動車関税がTPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間によって撤廃され、かつ最大限に後ろ倒しされること、及び、この扱いは米韓自由貿易協定(FTA)における米国の自動車関税の取り扱いを実質的に上回るものとなることを確認する」
これまでの参加各国のTPP交渉で「10年以内の関税撤廃」という方針がほぼ固まったという。それから判断すると、「最も長い引き下げ期間」「最大限に後ろ倒し」という文言によって、10年間、米国の自動車輸入関税は据え置き、あるいはそれに近い条件となることを日本側が呑んだと考えられる。
自動車での譲歩は本来なら、交渉の本番にそなえ、いざという時の取引カードとして大切にとっておくべきものだろう。その重要な武器を入り口で取り上げられたのでは、丸腰で戦いにのぞむようなものだ。
米側の言い分はこうだろう。とりあえず、うるさい米議会のお許しが出るように、自動車の件だけは譲歩してくれないか。あんたところのコメなどを高関税のままにするということになると、議会はよけい強硬になって、どうにもならない。だからそれは、今後の交渉のなかで話し合おうじゃないか。
経済にはいたって貪欲な日本人を侮ると痛い目にあうことも米国人は十分に知っている。軍事こそ在日米軍による占領状態を続けても、貿易では摩擦を繰り返してきた。だからこそ、規制緩和、市場開放を要求する構造協議を必死になって続け、小泉構造改革という果実も得たのである。そして最後の仕上げがTPPということなのだろう。
日本という国をアメリカ型ルールの押しつけで、ようやく社会まるごと再占領するチャンスが訪れたといえるのではないか。
自由貿易交渉で米側の要求に屈した身近な先例は米韓のFTAであろう。簡単に言うならFTAは2国間、TPPは多国間の協定で、いずれも物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など幅広い分野にわたって自由な経済交流にとっての障壁を取り除き、連携するのが目的だ。
韓国がどれだけ不利な条件をのまされたかは、米韓FTAの内容を仔細に分析すれば明らかだが、2012年11月に韓国メディアで報道された事実は、米韓FTAの実態を韓国国民が実感するのに十分すぎるほど衝撃的だった。
韓国政府は、CO2排出量が少ない軽・小型車の購入者に50万〜300万ウォンの補助金を支給し、排出量が多い中・大型車には逆に50万〜300万ウォンの負担金を課すという制度を2013年7月に導入する計画だったが、米韓FTAが禁じる「貿易の技術的障害」(TBT)に該当するという米側の指摘により、2年後に先送りした。
あえて言えば日本の「エコカー減税」に似た制度だが、CO2排出量の多い米国車が「負担金」を課せられるのを嫌がり、米国側がFTAのなかの条項を持ち出したかっこうだ。
その結果、韓国は、車の排出量や安全の基準について米国の方式を採用しなければならなくなった。つまり、環境や安全を自国の基準で守ることができなくなったのだ。
それにしても、この制度を「貿易の技術的障害」(TBT)とする判断がよくわからない。低炭素の自動車を普及させる政策は良いことであり、それが市場アクセスの障害だというのは、米自動車業界の自己中心的なソロバン勘定による屁理屈に過ぎない。
こういうことで、国の主権が制限されるとしたら、「自由貿易協定」という美名に隠された米国の新たな植民地政策と言っても差し支えないのではないか。これとほぼ同じような協定がTPPという名で結ばれようとしているのだ。
この「低炭素車協力金制度」に対し、米国側が米韓FTAの投資家対国家紛争解決条項(ISD条項)に基づき、制度の停止・変更、または損害賠償を求める訴えを起こす可能性も指摘されていた。
ISD条項は、ある国家が制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合に、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度を定めている。
審理の焦点は「政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点に絞られ、「政策が公共のために必要かどうか」は考慮されない。
この条項は、米国、カナダ、メキシコの「NAFTA」(北米自由貿易協定)でも導入されているが、公益と投資家の利益が真っ向から対立し、矛盾を露呈している。
たとえば、カナダでは、PCB廃棄物を米国に運んで処理していたアメリカ系企業がカナダ政府の廃棄物輸出禁止措置で事業を継続できなくなった。企業はこの措置で不利益を被ったとしISD条項を盾にとって提訴した。仲裁廷はカナダ政府に賠償を命じた。
メキシコでは、アメリカの企業が、ある市で廃棄物処理施設の建設許可を得ていたメキシコ企業を買収した。 市民の建設反対運動が起きたため、市は建設中止命令を出した。 操業停止に追い込まれた米企業は提訴した。 仲裁廷は、市の対応が国際法に違反しているなどと認定しメキシコ政府に賠償を命じた。
TPPにこのISD条項をねじ込めば、米国は自国企業と株主が訴訟を武器として利益をはかる仕組みをつくることができる。
TPP交渉の中身はつまびらかにされておらず、多国間の協定でもあり、米韓FTAやNAFTAと必ずしも同じようになるとは限らないが、これまでに米国が結んだ自由貿易協定の経過や実態を見る限り、主導権を握る超大国アメリカの企業に有利に運ぶことは避けられそうにない。
新 恭 (ツイッターアカウント:aratakyo)
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